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29 再出発


 その後、何事もなく夜は明けた。

 俺はコッチーノ要塞の壁上で谷風に吹かれながらアッチーノ要塞を眺めている。

 一夜明けても、三本杉の橋はふてぶてしいくらい堂々と架かったままだった。

 兵士たちが働きアリのように行き交っている。


「橋の再建には1年かかるとみていたが、ケルン殿が立派な橋を架けてくれたゆえな、復旧作業も捗っておる」


 夜通し指揮していたのだろう、ヨーザンはまだゴブリンの返り血をつけたままだった。

 しかし、さすがと言うべきか疲れの色は見えない。


「欄干を造り、敷板を渡せば、行商馬車も通れるようになろう。王国有数の橋となることは間違いなしだ。なにより勇者パーティーのケルン殿が魔法で架けたという謂われが素晴らしい。100年先までも語り草となろう、わーっはっは!」


 ヨーザンは引くほどハイテンションだ。

 就寝前の修学旅行生のほうがまだ落ち着きがあるだろう。

 要塞陥落の大失態を『黒き死』討滅で上書きできたのだから、ご機嫌なのもわかるが。


「名をケルン大橋とす!」


「やめてくださいよ……」


「わーっはっはっは!」





 お昼時を前にして、リュネットたち査察団が城門前に立った。

 これから王都に帰って査察結果を上奏するそうだ。


「ユースハルト様、難癖をつけて取り上げてしまったこちらのお品をお返しいたします」


 そう言って差し出したのは、幽魔草の種を入れた革袋だった。

 やはり、難癖だったらしい。

 査察対象が依存的に使用する物品を取り上げ、反応を見る。

 目的はそんなところか。


「もはやユースハルト様には不要なものかもしれませんが」


 そう言われて少し悲しくなる。

 俺がこのパーティーにいられるのは、幽魔草の種を量産できるからだ。

 ユシィが覚醒した今、俺の価値は風前の灯火だ。


「ううん。これは必要だよ。だってボク、細々した魔物を倒すのは相変わらず苦手だもの」


 ユシィは背中の聖剣に触れ、八の字眉で笑った。

 そういえば、昨晩見た聖剣は見た目が変わっていた。

 金の花弁を広げた花っぽい剣に。

 リュネットは『聖剣解放』と呼んでいた。

 尋ねる時間はなさそうだった。


「さて、わたくしはこれで失礼いたします。教会に帰るのは今日かい? ……フッ。それでは皆様、またどこかでお会いしましょう」


 リュネットと連れの兵士たちは軽やかな足取りで去っていった。


「最後まで謎なキャラを貫徹しましたね、あの人」


「うう、また3か月もすれば査察だよ……」


 そうか。

 この1回で終わりじゃないのか。


「それまでに実績を積まなきゃなりませんね」


「明日には出発するよ、ケルン! ボク、もうリュネットにあの目で睨まれるの嫌だもん!」


 ユシィは今にも飛び出して行きそうだ。

 査察官が厳しくするのは、こうして勇者を奮起させる狙いもあるのかもしれない。





 その晩、アッチーノ要塞とコッチーノ要塞合同で盛大な宴が開かれた。

 光るキノコでライトアップした橋の上が宴会場。

 俺はあらゆる果物を量産して、酒席を彩った。


 べろんべろんに酔ったヨーザンが橋からダイブを敢行、ギリギリのところで俺の伸ばしたツルが間に合い、要塞司令の命を繋ぎ止めたところがハイライトと言えるだろうか。





 そして、翌日。

 俺たちは兵士総出の見送りを受けていた。

 拍手は万雷、降り注ぐのは紙吹雪。

 ある意味、荒天。

 しかし、空は突き抜けた青だった。


「まるで勇者一行の出陣式ですね」


「そうだね」


「まったくだわ」


 実際、勇者一行なのだが、いかんせん実感に欠けるメンツだ。

 この表現が一番しっくりくる。

 ユシィとコニファーも同じ意見のようだった。


「勇者様!」


 人垣の中からジュノットたち弱卒が抜け出してきた。

 守備隊の生き残りも一緒だ。


「勇者ユースハルト様、ジュノットから聞きました。司令の爆撃から我々を助けてくださったと」


 司令の爆撃から助けてくれた、か。

 投石機で爆薬を投げ込もうとした件を言っているのだろうが、すごい言い回しだ。


「ボクは一言意見しただけだよ。代替案を考えたのも段取りを立てたのも全部ケルンだから」


 ユシィがいつもの癖で謙遜し、俺に視線が集まる。

 俺はその集まった視線を掴み、背負い投げの要領でユシィに返す。


「謙虚なのはユシィの長所ですが、時と場合は選ぶべきですよ。勇者たる者、ここはドヤ顔で前髪を払いつつ、夕日に向かって今後の抱負を述べて、最後に名言を残して風のように去っていくべきです。さあ、堂々の勇者ムーブをかましちゃってください」


「キミの中の勇者像ってどうなってるの、ケルン……」


 アットホームな笑いが起きた。


「とにかく、自分たち、嬉しかったんですよ。とっくに見捨てられたと思っていましたから。勇者様が助けに来てくださったと知ったときは泣きそうになりました。どうかお礼を言わせてください。ありがとうございました、と」


 守備隊の生き残り一同は揃って頭を下げた。

 ユシィは面映ゆそうにコクリと頷き、


「どういたしまして」


 と頬をポリポリした。


「自分はケルン様もすごいと思うっす!」


 とジュノットがあまり賢くなさそうな顔とノリで言う。


「ぶっちゃけ、自分は勇者様よりケルン様のほうがすげえって思ったっす!」


 それはなんとも反応に困る誉め言葉だ。

 ユシィはウンウンとさっきより大きく頷いているが。


「コニファー様もお二人を見習ってもうちょっと頑張ってください! オレ、応援してるっす!」


「……もうちょっと? あら、私の聞き間違いかしら。今、働きが足りないと遠回しにけなされた気がするのだけれど」


 一帯の気温が数度下がった。

 恐ろしい。

 ジュノットはもう少し頭を使う癖をつけたほうがよさそうだ。

 さもなくば、死亡診断書の死因欄に「コニファー」と書かれることになる。


「おい、貴様ら! これから杉の森に入ってスライムの残党狩りだ! 討ち漏らしがあれば未来に禍根を残すことになるゆえ、血眼で捜し出すのだ! 見つかるまで寝食抜きと心得よ! それ、進軍開始!」


「そ、そんなぁ……」


 ジュノット以下弱卒たちはご機嫌のヨーザンに引きずられていった。

 大変だが、大事な作業だ。

 頑張ってくれ。


 拍手と声援に背を押されながら橋を渡る。

 運航を再開した帆船から水夫たちも手を振っている。


「ケルン、コニファー、キミたちの荷物、ボクが持っていいかな?」


 ユシィが唐突にそんなことを言った。


「なぜです? カタツムリを目指しているのですか?」


「きっとロバになりたいのよ。ユースハルトって荷運び用のロバに憧れていそうな顔だもの」


「どっちも違うよ……」


 半目で睨まれた。


「ボク、とっても反省したんだ。二人にさんざん八つ当たりしちゃったからね。これからは仲間のために頑張りたいなって思ってる。だから、荷物貸して。ボクが全部持つから」


 言うが早いか、ユシィは友達のランドセルを全部背負う少年みたいな格好になった。


「何かしら、この勇者。進んでパシリになろうとしているわ」


「ですね。初手から方向性間違うの、すごいですね」


 俺とコニファーから冷ややかな視線を浴びせられ、ユシィは早くも荷を下ろした。

 また半目になっている。


「別に特別なことはしなくていいと思いますよ。ユシィはユシィらしい勇者を目指してください」


「うん。そうだね。自分らしさを地道に探すとするよ」


「頼りにしていますよ。ユシィは勇者パーティーの主力なんですから」


「……?」


 ユシィが小さな眉をかしげた。


「何言ってるの、ケルン。勇者パーティーの主力はキミでしょ?」


「そうよ。あなたはユースハルト以上に謙遜家だわ。それも奥ゆかしさがないから、一周回って皮肉家でもあるわね。少しは自分の能力に自信を持ちなさい。ケルン、あなたこそが勇者パーティーの主力よ。私が追い抜くまでの須臾の間の栄光だけれどね」


 コニファーが獲物を見つけたシリアルキラーじみた目で睨んでくる。

 俺が主力。

 勇者パーティーの。

 そんなまさか、と思った。

 でも、二人はリップサービスや冗談で言っている感じではない。

 心からそう思ってくれているのだとしたら、とても光栄なことだ。


「ありがとうございます。じゃあ、俺も自信をもって主力だと言えるように精進します。ユシィ、コニファー、一緒に勇者伝説の新章を始めましょう」


 話は変わるが、


「ところで、これからどこに向かうんです?」


 橋を渡り終えたところで、俺は行く手を見渡した。

 崖に沿って左右に続く道。

 杉の森に突っ込んでいく道。

 二人は顔を見合わせて、肩を竦めた。


「勇者パーティーは流浪の身だからね、風が吹くままに旅をすればいいんだよ」


「私、歩きたくないわ。ケルン、馬車みたいな草を出してちょうだい。主力ならできるはずだわ」


「いや、さすがにないですよ。そんな草。あっても乗りたくないでしょう」


 そんな話をしながら、俺たちは風の向く方向に歩き出すのだった。


完結です。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

次回作も鋭意執筆中です。

またお願いします。

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