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25 消えた月


「守備隊の生き残りがいたぞ! 手を貸してくれ!」


 ジュノットたち若い兵士が喜色を浮かべて要塞の奥に駆けていった。

 勝利の高揚感も下火になり、アッチーノ要塞には夏祭りの後片付けにも似た空気が流れていた。

 俺も悪臭植物を枯らす作業に勤しんでいる。

 自分でも怖くなるくらい臭い。

 手伝ってくれているユシィに、


「臭いですね。鼻が曲がりそうです」


 と、ちょくちょく話を振るのだが、返答はなかった。

 魂が抜けたような顔で草を握りしめている。

 さもありなん。

 今はそっとしておくしかないようだ。


「……解せぬな」


 要塞復旧の音頭を取っていたヨーザンがふと腕組みして言った。

 俺も頷く。


「作戦通りとはいえ、完勝でしたね」


「うむ。ケルン殿も気づいておられるようだな」


 敵方はゴブリンばかりが100頭ほど。

 上位個体や王位個体は見当たらなかったし、トロールやドラゴンなどの大型魔物もいなかった。

 要するに、雑魚ばかり。


「不意を突かれたとはいえ、アッチーノ要塞は陥落したわけですもんね。それも、警鐘を鳴らす間もなく……」


「この程度の相手にやり込められるほど我らは惰弱ではない。その点が気がかりでならぬ」


 とはいえ、プロ野球選手だって1試合で3エラーを記録することがある。

 ゴブリン側の襲撃がうまくハマった、小型魔物の少数部隊だからこそ気づくのが遅れた、などジャイアント・キリングを成し遂げる要素はいちおう揃っている。


 ヨーザンはツインゼヴァル要塞群の最高責任者だ。

 今回の件で更迭もありうる。

 ドラゴンの1匹でもいてもらったほうが言い訳になるのだろうが、願わくは、ボスキャラ登場みたいな追加イベントがあってほしいものだ。

 ユシィのためにも。

 活躍のためには悲劇がいるのだから、勇者というのは皮肉なものだ。


「うおおお、無事だったか!」


「ああ、もうダメかと思ったぜ! へへ!」


「助けに来てくれてありがとよ、おめえら!」


 囚われていた守備隊が解放されたようだ。

 ジュノットたちは涙して無事を祝っている。


「しかし、どうやって助けに来たんだ? 橋は落ちてただろ?」


「勇者様方が魔法で橋を架けてくださったんだ」


「ゴブリンの野郎ども、橋を落とすなんて卑怯な真似しやがって」


「……?」


 助け出された兵士が怪訝に眉を歪めた。


「何を言っているんだ? 橋を落としたのはオレたちだぞ?」


「……え?」


「あいつを対岸に渡さないために。そう伝えただろ、大声で」


 そういえば、ジュノットもそんなことを言っていた。

 夜になるたびに風に乗って声がすると。

 聞き取れなかったようだが。


「あいつってのはなんだ? ゴブリンたちなら全滅させたぜ?」


「ゴブリンなんかじゃねえ。敵がゴブリンだけならオレたちだって後れを取ったりしねえ」


「じゃあ、なんだってんだ?」


「あいつはあいつだよ。オレたちだってわからねえ。だが、黒くて何かこう……水みたいな奴だった。あれに呑まれた奴らはみんな消えた。肉が消えて骨だけになって、骨も砂みたいになって消えちまった」


「…………」


 異様な静けさが訪れた。

 幻でも見たんじゃねえのか、と冷やかしを入れる兵士もいる。

 でも、大半の兵士たちは体温が3度ほど下がったような顔をしていた。


「警戒せよ! 見張りを倍に増やせ! いつでも抜剣できる態勢を整えよ!」


 ヨーザンが号令をかける。

 城壁の上で目が光った。

 この際、ノラ魔物でもいいから見つけてほしいところだ。

 戦果ゼロではユシィが詰む。


「……」


 ふと何か気配みたいなものを感じた。

 いや、そんな気がしただけだが。

 俺は真っ暗な杉の森に目を向けた。

 城壁に篝火が並んでいるせいか、木々のシルエットが闇に溶けて森と空の境界は判然としなかった。


「おい、なんだ? 月が消えやがったぞ」


 見張りの兵士が間の抜けた顔で空を見上げている。


「さっきまで、あそこにでっかい満月出てたよな」


「雲に隠れただけだろ」


「どこに雲が出てんだよ。ほかの星すら見えやしねえぞ」


 兵士たちの言う通りだ。

 空の半分が黒一色になっている。

 残っている星も潮が満ちるみたいに少しずつ消えていく。


 不意に強い谷風が吹いた。

 星が消えた暗黒の空に光の波が走った。

 ……何かある。

 黒い幕のようなもの。

 巨大なカーテン。

 暗幕。


「イッシュレー司令、火矢を」


 俺の声でヨーザンが我に返った。


「うむ。――弓兵隊、放て!」


 火矢が赤い弧を描く。

 それらは暗幕にぶつかり、そして、消えた。

 まるで水面に呑まれたように。

 矢が当たったところを中心に赤黒い波紋が広がる。

 墨に血をまぜて描いたオーロラのようだった。


「そんな、まさか……。ありえません、そんなこと……」


 喉を震わせたのはリュネットだ。

 後ずさって、尻もちをつく。


「月を食らう、黒……」


 リュネットは悲鳴じみた声でこう続けた。


「黒き死……」


 それは、かつて勇者に葬られたという、『六怪』と呼ばれる魔物の名だった。

 魔王よりも恐れられた、国崩しの魔物の。


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