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24 アッチーノ要塞奪還作戦


 三本杉の橋。

 兵士数十人がダッシュで渡っても少しも揺れない。

 でも、普通に怖い。

 下は黒一色。

 奈落の底に続いていそうな真っ黒な裂け目。

 まさしく黒き死の谷だ。

 コニファーでなくとも肝が冷える。


 上流のほうには点々の赤い火が見える。

 足止めを食らっている帆船の舷灯だ。

 それが谷底をさまよう死者たちの魂っぽく見えるくらいだから、やはり怖い。

 そもそも夜の橋自体、最恐スポットの定番だ。

 枝を伝って対岸の地面に下りたときは心底ホッとして、大地を抱きしめたくなった。

 本番はここからなのだが。


「隊列を組め! これよりアッチーノ要塞に突入する! 勇者ユースハルト様に続け!」


 鉄兜をかぶったヨーザンが動きの悪い兵を叩く。

 もはやアッチーノ要塞はこっちの要塞となったので、俺は少し混乱した。


「うおおおおぉ!」


 柄にもなくユシィが吠えた。

 仲間を鼓舞するというよりは、自分を奮い立たせようとしているようだった。


 矢がまばらに降る中、ユシィを槍先として、一本の槍となった渡河部隊が城門から雪崩れ込む。

 城門を固めていたゴブリンたちが恐慌をきたして逃走する。

 と、見せかけてこちらを誘い込む作戦かとも思ったが、アッチーノ要塞に入っても四方から矢の雨を浴びることはなかった。

 荒れ果てた要塞内をゴブリンたちは転んだりぶつかったりしながら逃げ惑っている。


「掃討せよッ!」


 鳥瞰して全体像を見れば、別動隊との挟み撃ち。

 細部を見れば、4対1でゴブリンを囲んで潰す囲碁的戦術がハマっていた。

 数的優位に加え、奇襲の利。

 多少の傷をものともせず突っ込んでいく、雪辱に燃える兵士たち。

 すべての面で完全に人間側が上をいっていた。

 ものの1分で趨勢が決するほどに。


 俺もいちおう貢献した。

 屋根の上の弓兵にスリングショットで寄生植物を植え付け、奇怪な屋上ガーデンを造るとか、そういう活躍だが。

 コニファーのほうも目立っていた。

 戦うクリスマスツリー的な意味で悪目立ちしていた。

 場違いまである。


「……」


 肝心のユシィも奮闘していた。

 誰よりも果敢に踏み込み、何度も転び、それでもめげずに立ち上がって、まっすぐ斬り込んでいった。

 泥まみれになり、顔にすり傷を作り、しかし、片時も足を止めることなく攻め続けた。

 この場にいた誰よりも動いたと思う。

 そこに結果がついてくればどれほどよかったか。


 ユシィにとって不幸だったのは、ゴブリンたちが初めから戦うことを放棄していたことだ。

 あまりにも見事に決まった電撃作戦。

 大音響で轟くトウガラシ催涙弾。

 壁上を覆い尽くす悪臭植物。

 勝ち目がないことを悟ったゴブリンたちは、ニワトリのように絶叫しながら逃げ惑った。


 そして、奴らが最も恐れたのは勇者ユシィが持つ聖剣だった。

 その剣で斬られたが最期。

 輪廻の輪に戻ることは叶わない、討滅の剣。

『金葬剣』シュヴェアガルド――。


 ユシィはゴブリンを追って走った。

 ゴブリンはユシィから逃げた。

 背を向け、脱兎のごとく。

 兵士らの槍に串刺しにされることもいとわず、なます斬りにされるのも承知の上で、ひたすら逃げて、逃げて、逃げて、逃げた。

 自害するゴブリンまでいた。

 そして、ゴブリンは刻一刻とその数を減らしていった。


「やめろ! そいつはボクがぁ……!」


 壁際に追い詰められた最後のゴブリン。

 ユシィは兵士を押しのけて斬り込んだ。

 聖剣を振りかぶったそのときだった。

 剣から黄金の光が噴出した。

 暴れ狂う大蛇のように光があたりを滅多打ちにする。

 聖剣の暴走。


「くそぉ! ボクの言うことを聞け……!」


 ユシィは魔力を必死に抑え込もうとしていた。

 しかし、力は圧縮するほどに反発を強める。

 制御を失った黄金の光がデタラメにあちこちを叩いた。

 まるで荒れ狂う雷神のようだった。


 金の雷に打たれた城壁が弾け、石の雨が降ってくる。


「伏せて!」


 俺はヘクソカズラで緑のネットを作った。

 石材のひとつが網目をすり抜けるのが見えた。

 直後、兵士が悲鳴を上げて倒れる。

 幸いにして、当たったのは肩口。

 鎧もある。

 死ぬほどの傷にはならないはずだ。


「ボク、そんなつもりじゃ……」


 ユシィはすっかり戦意を失ったようだった。

 その背後から影が迫り、


「させぬわッ!」


 ヨーザンの剣がゴブリンを両断していた。


 こうして、アッチーノ要塞奪還作戦は幕を下ろした。

 結果は人間側の圧勝。

 ゴブリン100頭以上が討伐された。

 しかし、ユシィの聖剣が魔物を斬ることはついになかった。


 アッチーノ要塞に再び王国旗が踊り、ヨーザンが勝利の雄叫びを上げた。

 兵士たちが拳を突き上げ、思い思いに兜を投げる。

 歓喜の輪ができた。

 その輪から離れたところで、ぽつんと。

 ユシィは闇の中にたたずみ、一人だけ雨にでも打たれているみたいにうつむいていた。


「……」


 リュネットが静かに眼鏡を正した。

 篝火を反射したレンズは赤々と光り、その瞳の色をうかがい知ることはできなかった。


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