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21 作戦会議


「敵もまさか谷を渡って攻めてくるとは思いますまい」


「ですね。奇襲性を高めるためにも、橋を架けるのは日没後にしましょう」


「夜襲か。我らは奴らの夜襲に泣きを見た。今度はこちらの番というわけだな」


「腕が鳴りますね、司令。雪辱のときです」


「うむ」


 要塞司令ヨーザン以下、士官数名。

 勇者ユシィとその仲間たち――俺。

 勇者査察部の面々。

 司令室には主だったメンバーが集まり、作戦会議の真っ最中。

 杉の木を生やして橋とする奇策が面白かったようで、会議は盛り上がりを見せている。

 ヨーザンが白い歯をこぼす場面もあった。


「そういえば、谷を回り込んでいた別動隊はどうなったんです?」


 と俺は誰ともなく尋ねる。

 答えたのはヨーザンだ。


「先刻到着して、現在はアッチーノ要塞近傍に待たせてある。敵はまだ気づいておらぬだろう」


「なら、効果的に運用したいですね。意思疎通は可能ですか?」


「うむ。矢文が届くゆえな。こちらと軌を一にして突撃させるのがよかろう。我々渡河部隊は正面から城門を突破し、別動隊は側面からはしごで乗り込む。このあたりが妥当な戦法か」


 そんな話をしていると、ユシィが幽霊じみた足取りで会議の輪から離れていった。


「ユシィ?」


 背中に呼びかけると、ユシィは少しだけ振り向いた。


「……ボク、いても意味ないでしょ?」


 前髪の間から覗く、暗い目。

 本物の幽霊みたいだ。

 いても意味ない――。

 自分を蚊帳の外にしたまま進む会議に、肩身の狭さを感じたのかもしれない。

 俺はちょくちょく話を振っていたつもりだ。

 しかし、何を訊いてもユシィは自信なさげに口ごもるだけ。

 査察部の目を意識するあまり、普段のユシィらしさがすっかり鳴りを潜めてしまっている。

 負の連鎖だ。


「ここにいてください、ユシィ。主役はあなたなんですから」


「主役はケルンじゃないか。みんなキミのことばかり見ているし」


「俺は前座の主役です。引き立て役です。大トリを飾るのは勇者であるユシィの役目ですよ」


「……わかったよ」


 なんとか引き留めることには成功した。

 でも、ユシィはこの場にいるだけ。

 この場に参加しているわけではない。

 その一部始終をリュネットは瞬きもせず見ている。


「アッチーノ要塞の壁上は草木の海だ。弓兵に射下ろされることはあるまい。弩砲もコニファー殿が潰してくれた。とはいえ、敵の射手はいまだ健在だ」


 ヨーザンは要塞見取り図と睨めっこし、杉の木橋の架橋予定地を指でなぞった。


「渡河中を狙われるとまずいですよね」


「うむ。暗い中、木の幹を渡るとなると盾を持つのは難しかろう。格好の的だ。別動隊におとりの役目を負わせるとしても、もうひとつ工夫が欲しい」


 丸太みたいな腕を組み、ヨーザンは結論する。


「投石機により爆薬を投じるとしよう。ゴブリンどもが泡を食っている間に渡り切るよりほかにない」


「そんなことをすると、要塞が崩れてしまうのでは?」


「たしかに自ら腹に刃を刺すような痛手だが、腹を明け渡したままでいるよりはよい。ここは安全な渡河を優先とする。コニファー殿にもなるべく派手な魔法でご支援願いたい」


「あら、いいのかしら。すべての形あるものを土くれに戻しても」


 コニファーはちょっと嬉しそうにしている。

 要塞があると壊してみたくなる稀有な気質の持ち主なのだろう。


「では、俺も爆発する野イチゴを持っているので量産しますね」


 そんな恐ろしい会話をしていると、壁際に並ぶ若い兵士たちが顔を見合わせた。

 すかさずヨーザンが睨みを飛ばす。

 黙っていろ、という無言の圧力。


「意見があるのならお聞かせいただきたいのですが」


「いや、ケルン殿。このような下級兵士どもの言葉など寝言も同じかと」


 ヨーザンはレバーに一発もらったボクサーみたいに冷や汗を流している。


「下から見る景色も馬鹿にできませんよ?」


 俺は兵士たちに発言を促した。

 かくいう俺が最下級にいたから地に膝つけてでも聞き取ってやりたいのだ。


「じ、自分はジュノットと申しますっす! お、恐れながら申し上げるっす……!」


 言葉通り、ジュノットたちはガクブルという表現がぴったりな怯えっぷりで口を開いた。


「爆薬なんて使わないでくださいっす!」


「まだアッチーノ要塞には守備隊の生き残りがいるのです!」


 俺は思いっきり顔をしかめた。


「イッシュレー司令は、対岸の守備隊が全滅したとおっしゃっていましたが」


「それは司令の嘘なんす……!」


「夜になると、谷風に乗って声が届くのです! 何かを伝えようとしているような声が!」


「嘘などと……」


 ヨーザンは渋面で腕組みした。


「私はただ、勇者様方に気兼ねなく戦いに臨んでもらいたかっただけだ。人質がいると知れば攻撃に迷いが生まれよう。それにだ、人質戦術が効果的と見れば、魔王軍の魔物どもは街道をいく人々をさらうような真似をしかねん」


 話を聞いたうえで、俺はヨーザンの言い分にこそ理があると思った。

 大局を見た冷静な判断だ。


「で、でも、アッチーノ要塞の守備隊は家族も同じじゃないっすか……!」


「見捨てるなんてできませんよ!」


 心情的な面ではジュノットたちの言い分ももっともだ。


「情に剣を迷わせれば自らの肉を断つこととなろう。作戦変更はない。もう黙っておれ」


 ヨーザンがすげなく撥ねつけ、ジュノットたちが涙ながらに食い下がる。

 俺はここぞとばかりにユシィを見た。


「ユシィはどうしたいですか?」


「え、ボクは……」


 全員の視線が集まる。

 その質量に潰されるようにしてユシィは小さくなった。


「ボクは……司令の考えには反対、かな。だって、ボクは誰も見捨てたくないから」


 ユシィは目だけ上げて言った。


「みんなを守るのが勇者だから」


 リュネットの瞳が大きく見開かれた気がした。

 ほんの束の間の間だったが。


「では、決まりということで。爆薬はまたの機会に取っておきましょう。代わりに、これを使います」


 俺は赤い実を取り出した。

 途端にヨーザンが顔をほころばせる。


鹿威草シシオドシの実ではないか。懐かしいな。子供の頃、よくこれで悪さをし、父上に叱られたものだ」


 そこまで言ってからふと我に返り、こほんと咳払いする。


「ええ。これは男の子にとって恰好のおもちゃですよね」


 机の上で潰すと、爆竹じみた音を立てて赤い実が弾けた。

 この世界のシシオドシはカポーンではなく、パーンと鳴るのだ。


「大きな音を立てて草食獣を追い払う賢い草ですけど、栽培魔法を使えば音を増幅できます。それこそ、爆弾並みに。これを投石機で山ほど放り込みましょう」


「うむ。敵の気をそらすことはできそうだな」


「それと、トウガラシあります? そっちも俺が辛さマシマシで量産します。石臼で粉になるまですり潰してもらえますか」


「一緒に放り込めばゴブリンどもの泣きっ面を拝めるというわけか。ふふふッ、面白い!」


 ヨーザンは武骨な顔に悪童の面影を浮かべている。

 少年時代がうかがい知れるようだった。


「まことケルン殿は頼りになる。勇者パーティーから引き抜いて私の部下としたいところだな」


 ほんの戯れの一言だった。

 実際、ヨーザンは大口を開けて笑っている。

 しかし、ユシィの反応は激烈だった。

 カッと顔が赤らんだ。

 俺を見つめ、そして、下を向く。

 ぎゅっと握った拳が震えていた。


 ユシィの内側でどんな化学反応が起きているのかは、俺にはわからなかった。

 でも、ほんの些細な何かと何かが反応して、よくない何かが生み出されたのは肌身でわかってしまった。


「貴様ら、勇者様方を惑わせるような発言をしおってからに! 叩き斬られても文句は言えぬぞ!」


 ヨーザンがジュノットたちに詰め寄った。


「も、申し訳ありませんっす、司令!」


「罰は受けてもらう。今宵の夜襲、貴様らは最前に立て。囚われの同胞を助け出すまで倒れることは断じて許さぬ。よいな?」


「は、はいっす!」


「ありがとうございます、司令!」


 ハートフル中世ミリタリー劇場に胸打たれていると、くいくい、とコニファーが俺の服を引っ張った。


「ひとついいかしら?」


「なんです?」


「夜襲って、もしかして夜やるのかしら?」


「そりゃ夜襲ですので」


「……」


 コニファーがすごい顔をした。


「私、嫌だわ」


「嫌と言われましても」


「我が従者ケルン、今すぐ質問状を送付しなさい。なぜ沈むのか問いただすのよ」


「太陽にですか!?」


「もちろんよ」


 西に向かって歩き続ければ、原理上ずっと昼のままですよ、と言おうとしたところで、


「わがまま言うなよコニファーッ!」


 ユシィの大声が司令室に響いた。

 一同、騒然とする。


「みんな一生懸命なんだぞ! 子供みたいなわがまま言うべきじゃない!」


「あら、ユースハルト。あなたこそ子供だわ。みんなという言葉を免罪符にして八つ当たりしないでくれるかしら」


 コニファーは針葉樹みたいに辛辣だ。

 だが、正論だと思う。


「ユシィ、言いがかりはよくありませんよ」


 俺はなるべく穏やかに言った。

 それがかえって気に食わなかったらしい。


「ふーん。キミはコニファーの味方なんだ? あっそ!」


 涙声でそう叫び、ユシィは飛び出して行った。

 異様な静けさの中、ペン先が紙面をなでる音だけが響いた。

 リュネットが査察調書に何を書き込んだのかはわからない。

 だが、ユシィにとってマイナスになったのは確実だった。


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