第五章 「心残りは次への第一歩」
挿絵の画像を作成する際には、「AIイラストくん」と、「Ainova AI」と「Gemini AI」を使用させて頂きました。
そうして大きなボロを出す事もなく太極扇の演武を乗り切った私は、万雷の拍手を浴びながら一礼して特設ステージを後にしたんだ。
午前中の来賓挨拶や演武直前のミニスピーチの時にやった拱手礼ではなくて文武拳なのは、これが太極扇の演武で広義の武術にあたるからだよ。
右拳の表面に掌を密着させる文武拳には文武の合体による平和の願いが込められているの。
だから、日中友好の架け橋という大義を担う巴図魯としての私にはより相応しい挨拶だと思ってね。
「御見事で御座います、巴図魯殿。素晴らしい技の冴えで御座いました。」
「有り難う御座います、後は頼みましたよ。」
こうして場の空気を凍らす事もなく、無事に次の演目である変面師のパフォーマンスにバトンタッチする事が出来たんだから何よりだよ。
まあいずれにせよ、控室に戻った時には肩の荷が下りた感じだったね。
「御疲れ様です、千里さん。ステージの小脇で拝見させて頂きましたが、つつじ祭りの際の演武よりも一層に円熟味を増した趣が御座いましたよ。」
「有り難う、英里奈ちゃん。何しろあの時は初めてだったからね。記録映像を見返していたら色々と改善点が出てきちゃって。」
毎年五月三日から五月五日までの三日間に亘って行われる、人類防衛機構極東支部近畿ブロック堺県第二支局主催の「つつじ祭り」。
この年中行事の主目的は管轄地域住民との交流を通しての人類防衛機構のイメージアップだから、広義の公報活動の一環と言えるね。
そして堺県第二支局に現役の特命遊撃士として配属されている私が愛新覚羅麗蘭第一王女殿下を御救いした功績を讃えられて巴図魯に任じられた事は、支局の上層部としても前面に押し出したい重要トピックスとなったんだ。
そこで元化二十六年度つつじ祭りも急遽として「日中友好」をコンセプトとして掲げる事になったんだよ。
模擬店の料理も点心と中国茶がメインになったし、接客担当も漢服や満州服を着る事になったの。
今こうして私に話し掛けている英里奈ちゃんにしても、つつじ祭りではクラシックな漢服に身を包んで肉まんを運んでいたんだから。
そして私はというと、実に慌ただしい三日間だったよ。
何しろ開会の辞やら講演会やらにあれこれ動員されたもんだからね。
日によっては分刻みでスケジュールが組まれていたもんだから、食事だって大急ぎだよ。
中でも最終日に執り行われた太極扇の演武は、準備期間が短かったから本当に大変だったなぁ。
それなりに形にはなったし拍手喝采も存分に頂けたけど、どうも私には物足りない出来だったんだよね。
とは言えこの時の心残りが後の鍛錬への傾倒と今回の演武の成功に繋がった訳だから、決して無駄にはならなかったんだよ。
「日々の鍛錬を怠らない吹田千里少佐の勤勉さと克己心には、小職と致しましても誠に頭が下がる思いであります。つつじ祭りの時と比べて各動作の繋がりもよりシームレスな物になっておりますし、扇子の扱いも一層スムーズな物になったとお見受け致しました。」
「貴官もそう思われますか、咲洲舞中尉?臨時秘書として側に控えて下さっている貴官にそう仰って頂けたなら、私としても張り合いがあるというものですよ。」
考えてみれば、この咲洲舞中尉と組んで初めて臨んだ最初の本格的な公務も、つつじ祭りにおける各種イベントへの出演だったんだよね。
そして勿論、つつじ祭りで私が披露した太極扇の演武を練習段階から見守って下さったのも、この咲洲舞中尉だった訳で。
「その鉄扇も、今ではすっかり吹田千里少佐の身体の一部でありますね。」
「今回用いました鉄扇は、咲洲舞中尉が素材に至るまで吟味して下さった逸品です、無碍に扱う訳にはいきませんよ。この鉄扇を選んで下さった咲洲舞中尉の真心に報いる為にも、鉄扇術や太極扇を我が血肉として会得しよう。そんな思いに突き動かされて、今に至るって感じですね。」
そうして鉄扇を開閉させながら、私は咲洲舞中尉に笑い掛けたの。
臨時秘書として私のスケジュール調整やマネジメントを本格的に担当して下さる咲洲舞中尉には、本当に足を向けて寝られないよ。




