第四章 「太極扇のステージで再認識した持続可能な社会の心構え」
挿絵の画像を作成する際には、「AIイラストくん」と「Gemini AI」を使用させて頂きました。
無事にスピーチもこなせた訳だし、次はいよいよ太極扇の演武だね。
これから先は一層に気を引き締めなくっちゃいけないよ。
何しろ今回の端午節においては、謂わばこっちが本番なのだから。
ステージでしばし瞑目し、精神を集中させる私。
曇りなき鏡のように蟠りを排し、水のように澄み切って静かな心を目指す。
そんな「荘子」で説かれた「明鏡止水」の思想こそ、太極扇に臨む私に一番必要な物と言えるね。
「むっ!」
二胡と笛子によって奏でられる優雅で力強い旋律に合わせ、私は両手に握った二本の扇子を開いたんだ。
套路の型に従って身体を動かし、重心を移動させる。
決して途切れる事なく、靭やかに力強く。
ここまでは太極拳にも共通する事だけど、扇子が加わった太極扇は更に華やかでダイナミックなんだ。
打撃に突き、そして払い。
太極拳を始めとする中国武術に通じる動きは、人類防衛機構で会得した近接格闘術に応用する事が出来たから「学んで良かった」と感じられたよ。
腕を伸ばす動作と同時に扇子をパッと開き、腕を引くと同時にサッと閉じる。
この要所毎に鳴り響く扇子の開閉音も良いアクセントになるけど、京劇で見得を切る時みたいな亮相の動作もまた、ポーズがビシッと決まってカッコいいんだよ。
それに今こうして私が携えている扇子だって、いざという時は近接戦用の補助兵装になるからね。
何しろ親骨や中骨を始めとする随所を金属に改めた、極めて頑丈な鉄扇だもの。
新選組の芹沢鴨が「尽忠報国之士芹沢鴨」と書いた鉄扇を携行していた事は有名だけど、帯刀を許されない主君の屋敷みたいな咄嗟に刀を使えない状況での護身用として武士階級に重宝されたんだよ。
太極扇と合わせて鉄扇術もミッチリ勉強したから、この鉄扇で賊の刃や弾丸を叩き落とす位の芸当は難なく出来るって訳だね。
これで巴図魯として招待された式典で賊が貴人の御命を狙ったとしても、マゴマゴせずに貴人を御守り出来るって寸法だよ。
そう、あの長崎での式典に乱入した賊徒を殲滅した時みたいにね。
もっとも、そんな機会はそうそう無いに越した事は無いんだけど。
古代ローマの軍事学者フラウィウス・ヴェゲティウス・レナトゥス曰く、「汝平和を欲さば、戦への備えをせよ」。
ボーイスカウトの創始者であるロバート・ベーデンパウエル卿曰く、「備えよ常に」。
偉大な先人達は万全の備えを説かれているし、それが安全保障の原則だって事も分かっている。
でも、その備えが用いられているって事は有事が起きちゃっているって事だからね。
有事が起きた時に被害や犠牲を最小限にする為の備えは万全にし、尚且つ有事が極力起きないよう平時から最善を心掛ける。
それこそが安全保障と治安維持って物じゃない。
何か起きてから動くなんて、「泥棒を捕らえて縄を綯う」っていう諺その物で非効率的だよ。
そう考えたら、今回の端午節だって立派な安全保障かも知れないね。
だって端午節では国内外から観光客が沢山やって来るから経済も活性化するし、人々の気持ちだって明るく楽しくなる訳じゃない。
武力行使や巡回パトロールといった公安職の治安維持活動は勿論だけど、経済活動の促進と市民の幸福度向上といったソフトパワーでのアプローチも安全保障においては重要になってくる訳だね。
斉の名宰相である管仲は「倉廩実ちて則ち礼節を知り、衣食足れば則ち栄辱を知る」って主君の桓公に説いたけど、これもまた持続可能な社会作りの基本的な理念だよ。
そうした具合に安全保障と治安維持の理念を再確認しながら一通りの型を披露した私は、再び鳴り響いた万雷の拍手に送られる形で特設ステージを悠々と後にしたんだ。
「有難う御座います、巴図魯殿!会場の皆様、巴図魯殿に今一度盛大な拍手を!」
司会進行である徐福燕女士のマイクに応じる形で拱手礼を会場に示せば、一層に激しく打ち鳴らされる拍手の音に混じって報道陣の構えるカメラのシャッター音が鳴り響くよ。
この記事やニュース映像が次年度以降の端午節の客足にも繋がってくる訳だから、実に頼もしいね。
こうして来賓としての御役目を無事に果たす事が出来て、本当に何よりだよ。




