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条件、そして下調べに。

「昨晩、私の(みや)水龍(すいりゅう)の分身体が入り込んで、ヤンロン殿(どの)を狙い、天珠(てんじゅ)殿がそれを倒したと?」

「そうじゃ。シュイロンを最初の目的と決め、お主の息子の願いを聞いてやっていた時だったぞ」


 騒動の翌朝、天珠とヤンロンは元人間の白龍(はくりゅう)清明(きよはる)に、昨晩の話をしていた。


「ふむ……。私の宮には結界が張ってあるはずなのだけれどね……」

「ここの女官は皆蛇だろう。蛇は龍の眷属(けんぞく)だ。外から取り憑かせるなんて簡単なんだよ。特に自分よりも若い龍の蛇なんてな」

「そうなのかい?」

「……本当になにも知識がないんだな、お前」


 ヤンロンは呆れたように白龍に言って、蛇足(へびあし)の女官を呼ぶ。


「実践してやる。安心しろ、すぐ返す」

「分かったよ」


 白龍の許可を得るとヤンロンは口の中で呪文を唱えた。


「我に従い、我に尽くせ」


 術を掛けられた女官はヤンロンの前に(ひざまず)き、(こうべ)()れる。


「なんなりと。炎龍(えんりゅう)・ヤンロン様……」

「蛇に戻れ」

「…………」


 ヤンロンに指示された女官は、すっと蛇の姿へと戻った。

 驚く白龍に視線だけを向け、ヤンロンは言った。


「ほら、簡単だ。 ……人へ戻れ」


 蛇に戻った女官はヤンロンからの命令に従って、すぐさま普段の蛇足の人の姿へと変わる。


(かい)


 ヤンロンは術を解除し、女官には仕事に戻ってもらった。そして、その女官の去っていく後ろ姿を見ながら感心している白龍に声をかける。


「おい、感心している場合か」

「ああ、すまない。凄いんだね古龍(こりゅう)は」

「お前も今は龍だろう。古くから存在する訳ではないが」

「そうだったね」


 ふふと笑って白龍が頷いた。

 まだ龍としての実感がないからなのか、清明はどこまでも呑気である。


「お主、白龍となるまであの世で何年過ごした?」

「正確には覚えていないけれど百年くらいじゃないかな。今、龍としては三百五十歳にいくかいかないか位のはずだから」

「ほう? そんなに若かったのか」

「ああ」

「しかも、人間から龍になったという異例の存在だから、龍なら当たり前に知っている知識も乏しい。……はぁ」


 ヤンロンが大きくため息をつく。白龍は困ったように笑って「すまないね」と謝った。そして、はたと疑問に思った事を口にする。


「けれどどうして、水龍はヤンロン殿が目覚めて、私の宮にいると分かったのだろう?」

「それは、俺とあいつが相反する存在だからだ」

「……?」


 首を傾げる白龍に、天珠が説明した。


「この世には光と闇のように正反対の物が存在するじゃろう。そして、(ほのう)は水とは正反対の存在じゃ。真逆だからこそ、よぉく相手が分かってしまう」

「そうなのかい?」


 白龍が尋ねると、ヤンロンは不機嫌に答える。


「……ああ。俺は常に、水龍であるあいつの気配や力を感じている。神城(かみじろ)を出る時に天珠と一緒に俺も力の塊をぶん投げたし、俺が目覚めた時、あいつはすぐ俺の気配が動き出したことを感じ取っただろうよ」

「と、いうことじゃ」

「ふぅん」

「……お前はそういう存在いないのかよ。龍ならいるはずだが」

「何となく、何かがいる事は感じるんだけれど、それが何なのかも、どういう力を保持(ほじ)しているのかも分からないんだよ」

「龍としてまだ若い(ゆえ)かのう……」

「さてね」


 白龍は笑って首を傾げるだけだった。

 少しして、ヤンロンが思い出した様に言った。


「次の満月はいつだ?」

「次の? 二週間ほど先じゃないかな」

「……じゃあ、シュイロンをぶっ飛ばすのは二週間後だな」

「なぜじゃ?」


 天珠がヤンロンに聞く。一瞬眉を寄せたが、ヤンロンは天珠にも言っていなかった事を思い出した。


「水龍が現れるのは、満月の夜……。水龍池(すいりゅういけ)と呼ばれる幻の湖が、華の国にある霧が深い山で見ることができる時だけだ」

「それは、紅月の国でも聞いた事があるのう。たかが物語だと思っておったが、なかなかどうして事実であったか」

「ああ。一応な」

「私もそれは聞いたことがあるよ」


 清明の同意に、天珠が頷く。


「しかし……、その霧が深い山とは?」

「それは、俺が昔消した山の近くにある山だ」

桃源郷(とうげんきょう)に繋がっておると噂されていたが、あの山はただの山じゃったのう」

「そうだな。というか今は、俺が消した山じゃなくてその近くにある山の方が重要だ」


 また話が逸れてしまう前にヤンロンが軌道修正を測った。


「その山の名は?」

「封じられる前は水神山(すいじんざん)だったはずだ。あの山は(ふもと)に住む人間によって呼び方が変わるから、今はどう呼ばれているのか知らないが」

「ほう」


 天珠が質問した事にヤンロンが答え、天珠が頷く。


「では、まずは行ってみようかのう。その水神山に」

「? 何故だ?」

「何故じゃと、お主……。二週間待ってからそこへ行き、五百年の間に地形が変わっておったりしたらどうするつもりじゃ?」

「あいつの気配を探ればいいだろう?」


 呆れたように言う天珠に、キョトンとしてヤンロンは答えた。

 そんなヤンロンを見て、天珠は額に手を当てる。


「……。それはそうなんじゃが、我らは今、力を二割も出せぬと言ったであろう……。その状態で空など飛んでみよ、力の消耗が激しいに決まっておる。そしていざシュイロンとやり合った時に力不足となるはずじゃ」

「あぁ……、なるほど」

「なぁにがなるほどじゃ!! お主の敗戦記録を更新するつもりじゃったのか!? どうなっても妾は知らぬぞ!!」

「……!」


 敗戦記録、という言葉にぴくりとヤンロンが反応した。それを見た天珠はにやりと笑ってからかう。


「そうか、そうか。ヤンロンお主、また考え無しに動いて負けるつもりであったと? 暴走しておる奴に負ける筈がないと宣言しておったのにか?」

「……!!」

「恥ずかしいのう、恥ずかしいのう」


 にやにやとしながら天珠がヤンロンを煽り、怒りを抑えることを苦手とする炎龍が額に青筋を浮かべる。それを見ていた白龍がさすがに不味いと仲裁に入ろうとしていた。


「て、天珠殿。さすがにもうやめたほうがいいよ……!」

「それもそうじゃな」

「は?」


 あっさりと白龍の言を肯定した天珠は、にやにやとしていた表情を引っ込めて、まだ目に怒りを宿しているヤンロンに言った。


「何も準備せずにあやつに挑めば妾が言った言葉が全て現実になってしまうぞ? よいのか」

「…………良いわけがないだろう」

「そうじゃろうな。今の我らにどれほど準備が大事か少しは分かったかのう、小童(こわっぱ)よ」

「……ああ……だが。あんたのさっきのやり方は好かん」


 ヤンロンはやっとのことで怒りを抑え、頷いてから、そっぽを向いて天珠に文句を言う。それを聞いた天珠が一瞬キョトンとしたが、その後すぐに表情を崩して笑った。


「すまんのう。お主には怒りが一番よく効くと思うたのじゃ」

「ふん」


 その幼い姿二人の会話風景はやはり、母と息子の様だった。




「して、今から水神山に向かうわけじゃが、今はその辺りはここ数十年ずっと雨が降っていて、人はあまり残っておらぬようじゃ」

「見に行ったのか? まさかな」

「妾は行っておらぬ。式に行かせた。たった今、伝達されたのじゃ」

式神(しきがみ)ねぇ……、まさか天珠殿が私が使っていたその術も持っているなんて、知らなかったなぁ……」


 天珠の言葉を聞いて、白龍が呑気に言った。

 先程の焦っていた彼は何処へやら、清明はいつもの調子である。


「お主はまったく……。もう少し緊張感を……いや、お主は無理か。妾が諦めよう」

「そうしてくれると助かるよ」


 天珠は深いため息を一つ落とした。対して白龍は笑う。


「おいババア。これからあそこへ向かうとして、それも足でか?」

「いいや。まだ奴とやり合うまでに二週間あるのじゃろう? それならここより麓の村まで飛んでゆく。実際は転移の方が楽じゃが二週間では回復出来ぬ」

「分かった」


 自分の呼び方には一切触れずに言った天珠に、ヤンロンは頷き、二人は揃って外へ出た。



 白龍の宮は、雲の上にある。

 宮を出ると雲の絨毯が一面に広がり、そこを少しばかり歩いていけば、華の国と紅月の国を見下ろすことが出来る。


「さて、と。では往くか、華の国へ」

「ああ」


 二人が足音に気づいて振り向けば、白龍の子供達が見送りに来ていた。


「すぐ戻られるんですか?」


 まずは、弟のタオが口を開く。


「そうじゃのう……あくまでも下調べ。そのつもりじゃが、ハッキリとは言えぬな」

「そうですか……」


 タオが心配そうに頷いた。それを見たヤンロンが天珠に言う。


「俺はちゃんと案内する」

「山で遭難する心配などしておらんわ。情報収集が出来るかどうかじゃ」

「情報収集?」

「他の神獣どもの事もあるじゃろうが。少しでも多くの情報がほしい」

「なるほど……」


 天珠の返答にヤンロンが納得した様に頷いた。それを見て、天珠が姉弟に向き直す。


「そういうことじゃ」

「分かりました。じゃあ、いってらっしゃいませ!」

「行ってらっしゃい」


 タオが言い、それに続いて姉の梅も笑って手を挙げた。


「うむ、行ってくる」


 天珠は言葉を返し、ヤンロンは頷く。


 姉弟二人に見送られ、二つの天災(てんさい)は、空へと飛び出し、華の国へ降下して行った。

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