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タオの相談

 タオが二人に相談したのは彼の父、白龍(はくりゅう)清明(きよはる)のことだった。


「なに? 清明の心からの笑顔が見たい?」

「はい。天珠(てんじゅ)さんや、ヤンロンさんには心からの笑顔を向けていると思うんですが、やっぱりまだ、ぼくたちに向ける笑顔は作ってるみたいな感じなので……」

「そうか?」


 ヤンロンは隣に座っている天珠に顔を向けて尋ねるように首を傾げる。だが天珠は肩をすくめ、自分も分からないと示した。


「そうです! ぼく達があんなこと言ったからなのか無理をしているようにも感じました!」


 タオは丸机の上で拳を握り、真剣そのものの顔で二人に訴える。

 そんなタオに、二人は困った様に眉尻を下げる。


「しかしのう……タオ、我らは二つの天災(てんさい)と呼ばれていたのだぞ。人の感情やらには疎いのじゃ」

「特に俺はな」

「おや珍しい。ヤンロンが自らの苦手とするものを自分で白状するなど、明日(あす)は槍でも降るのう」

「うるさい、今はタオの話が大事だろ」

「これまた珍し……」

「五月蝿い!!」


 タオの相談から逃げるためかヤンロンに突っかかる天珠を、ヤンロンは丸机に置かれた、タオの手土産の果物を口に放り込み黙らせる。

 そして、タオに続きを促す。


「それで?」

「あっ。はい! それで父様が喜びそうなことを一緒に考えて欲しいんですけど……」

「………………」

「? ヤンロンさん?」

「こやつは、嫌いな清明の喜ぶものを考えることに抵抗があるのじゃ」

「えっ」


 果物を食べ終えた天珠が、無言のヤンロンの代わりに代弁する。

 

「こやつは古龍(こりゅう)の炎龍じゃ。炎龍は感情……特に怒りを抑える事を苦手とするのじゃ」

「そうなんですね……」

「だからヤンロンは我らを封じた張本人で怒りの対象である清明が喜ぶことを考えるのが嫌で仕方ないのじゃ」

「…………違わないが、タオにわざわざ言わなくても良かっただろう…………」


 しゅんとしてしまったタオに慌てたのか、ヤンロンは天珠に顔を近づけて声を抑え、文句を言った。


「しかし、言わずしてタオの頼みを断ることは出来ぬぞ」

「くっ……」

「あ、あのっ! 無理しないでください、ヤンロンさん!」


 悔しそうに(うめ)いたヤンロンに、先程までしょんぼりしていたタオが気遣って首を振る。


「妾は構わぬが、お主はどうするのじゃ。(おさな)い少年に気を遣わせておる、千歳のヤンロンよ」

「う…………や……る……」


 天珠に半目で問われ、ヤンロンは渋い顔でやる決意をした。

 ちなみに、タオが頼んでいるのは白龍を喜びそうな事を一緒に考えて欲しい、ということだけである。


「えっ!? いいんですか、ヤンロンさん!!」

「よいらしいぞ。良かったな、タオ」

「はい!!」


 ヤンロンの言葉を聞いて顔を明るく輝かせたタオの頭を、椅子から降りた天珠は優しく撫でた。


「……それで、タオは何かあるのか?」

「え?」

「清明の喜びそうな事だ。何かあるのか?」


 机に頬杖をつきながら、ヤンロンはタオに問うた。先程まで天珠に撫でられていたタオが、ヤンロンの質問に、はっとして答える。


「え、えっと、宴……とか」

「宴!? 酒は!! 酒は用意するのかえ!?」


 椅子に戻った天珠だが、やはり酒の気配には興奮せずにはいられなかったのか、椅子を倒して身を乗り出した。


「あ、えっと……。お酒は、宴なのであるようにしたい、ですね」

「ほう!!」

「いや待て。あいつは酒は飲むのか? それによるだろう。今晩の食事の時も、御簾(みす)の内側で人型になって食べていたが、酒は飲んでなかったはずだ」


 タオの案に全力賛成しようとする天珠を無視して、ヤンロンは大事なことを聞く。


「多分、嫌いではないと思うんですが、天珠さんほど好きという訳でもないみたいです」

「いや、天珠程の酒好きはなかなかいない。何せ一荷を軽く飲むくらいだぞ。樽二本分だ」

「そうですよね……。ただ本当に、嫌いじゃないけどそこまで好きでもない、って感じなので……」

「そうか……」


 タオの言葉にふむ、と考えるヤンロン。そして未だに酒は酒はと言っている天珠。その状況にタオが困っていると、部屋の扉を叩く音が響いた。


「今晩は来客が多いな……」


 若干疲れたような顔で、扉に向かうヤンロンだった。


「誰だ?」

「私。梅」

「今開ける……」


 そう答えてヤンロンは、気配が梅本人とは違うことに気づいた。そして軽く眉を寄せ、天珠に視線を投げる。


「どうしたんじゃ、ヤンロン」


 ヤンロンが視線を寄越したことで、何かを察した天珠は声を抑えてヤンロンに問うた。


『気配が違う』

「! ……」


 口を動かすだけで答えたヤンロンに頷き、タオを背中に庇う天珠を見て、ヤンロンも頷き返す。

 タオは戸惑っていたが、二人の様子に何かが起こると理解し、黙って天珠の後ろでじっとした。


「……どうした? ヤンロンさん、早く開けて」


 梅の声のまま、梅と違う気配をもつそれは、ヤンロンに扉を開けるよう促す。


「悪い。今開ける」


 ヤンロンが引き戸を開くと、扉の前にいた梅と違う気配の者が笑う。


「ありがとう。ヤンロンさん」

「……なんの用だ?」

「え? ヤンロンさんに会いに来ただけだ」

「なぜだ」

「なぜってそれは……」


 そこまで言って、梅とそっくりな顔が、目の辺りが少しへこんだだけのゼリーのようなものに変化する。


「炎龍ヲ殺スたメに……!!」


 梅を模していたそれは、自らの周りに水の玉をいくつも出現させる。その水の玉から触手のような形をした水が飛び出し、ヤンロンを狙った。


「っ……!」


 ヤンロンはすんでのところでその水の触手を避け、それを掴むが、すぐに形が崩れて床に落ちた。そしてまた、別の水の触手がヤンロンの首を狙って襲う。


「面倒だな……!! シュイロンの力か!!」

「ヤンロン! 戻ってタオを守るのじゃ! 妾がやる!」

「はぁっ!?」

「ただでさえ力の相性が悪いのに、それはただの力でも何ともならぬのだろう!!」

「だが狙いは俺だぞ!? タオが危険だろう!」

「お主は、妾が、水龍の分身如きにそう時間をかけると思うておるのか」


 天珠は不敵に笑ってヤンロンに問うた。その顔を見て、ヤンロンは天珠に従って下がる。


「良い子じゃ」


 天珠はヤンロンと入れ替わった瞬間に懐から取り出した札を全ての水の触手に投げて貼り、蒸発させた。


「のう、分身。貴様の本体は、妾がヤンロンの傍にいると予想出来なかったのかえ?」


 水の触手が全て蒸発したことで(ひる)んだ水龍の分身体に美しく笑いかけた天珠は、すぐに分身体との距離を詰め、札を分身体の顔面に叩きつけるように貼る。


「グぎャ……っ」


 分身体は貼られた札を外そうとするも、手が顔に辿り着く前に、ただの水と化し、その場に崩れ落る。分身体が立っていた場所には水溜まりが残っただけだった。



「ふむ、片付けねばいかんのう……。何か拭くものを……」


 水龍の分身体を瞬殺した天珠は、呑気にそんなことを言って、雑巾を探している。


「す、すごいですね……? 天珠さん」

「ああ。天珠は強いんだ」


 どこか誇らしげに天珠を褒めるヤンロンは、弟のようにも見えるが、違うようにも見えた。


「ヤンロンさん、なんだか嬉しそうですね」

「そうか? だが、強い女は好きだ」

「えっ、それって……」

「違うぞ」


 ヤンロンはタオの勘違いが加速する前に否定することを忘れなかった。


「これ、二人とも! 特にヤンロン! 片付けるのを手伝わぬか!!」

「分かっている」


 いつの間にか来ていた、この白龍の宮に仕える蛇足(へびあし)の女官達と共に水を拭いていた天珠がヤンロンとタオに声をかけ、それを聞いたヤンロンがまず、自分を狙ってきた水龍の分身体が残した水を拭く天珠と女官達を手伝うために足を向けた。


「あっ! ぼくもやります!」


 タオも急いで天珠の元へ走る。



 そうしてその日は一つ騒動が起こったものの、他は何事もなく幕を閉じたのだった。

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