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最初の目的 弐

「ふむ。これがお主の部屋か」

「ああ。()の国らしい部屋で、使いやすそうだ」

「妾も紅月(あかつき)の国らしい部屋でよく眠れそうじゃ」


 ヤンロンの部屋は、華の国らしい石床で、装飾の細かい丸机と背もたれのない椅子が置かれた部屋だった。


「下駄は履いたままでよいのか?」

「この部屋ならな」


 天珠が履いている下駄は、紅月の国の花魁が履くような高めの下駄……所謂ぽっくりだ。

 天珠は体が幼くなる前からよく履いていたため、履きやすいだろうということで、白龍(はくりゅう)の宮の女官が、梅に頼まれて用意してくれたのだ。


「寝室は?」

「絨毯が敷いてあるから嫌だ。というか寝室は関係ないだろう」

「関係ないじゃと〜?」

「な、なんだよ」

「酷いわ……妾と一緒に寝てくれないの……!?」

「…………」


 うるっと目元に涙をためて唐突にふざけ出した天珠に、ヤンロンが冷たい目を向ける。


「……帰れ」

「はっはっは! 冗談じゃ冗談。話し相手になってくれるんじゃろう」

「はぁ……。冗談なのは口調ですぐに分かったが、いい年して恋人の真似事をしてふざけるなよ」

「たまにはいいではないか。人間とは違い、我らは永い時を生きるのだから。無駄な時間がちと増えたところで特に支障はないじゃろうて」

「はぁ……」


 ヤンロンは、大きなため息を着いて、丸窓の方へ歩き、壁と一体化している棚のようなものに座った。


「そこ、座れるのかえ?」

「ああ、椅子だ。一応は」

「ほう、面白い椅子もあるんじゃな」

「ここ座るか?」


 ヤンロンは自分が座っている所から少し離れた所を指さして天珠に問うた。


「いや、じゃが、窓は開けてくれるかのう?」

「分かった」


 そう一言答えると、ヤンロンは丸窓を引いた。

 すると、雲のない夜空に浮かぶ少し欠けた白銀の月が、よく見えた。


「ここの月はやはり、(あか)くはないのう」

「この白龍の宮は、二国の間にある海の上の空にあるが、どちらかといえば華の国に近いんだろう」

「そうなんじゃろうな。紅月の国はその名の通り、紅い月が夜空に浮かぶ国じゃ、何故そうなのかは誰も知らぬが」


 少し寂しそうに、懐かしそうに天珠は呟き、酒の入ったひょうたんを傾けて飲んだ。


「……紅月の国の雪月花(せつげつか)は綺麗だと俺は思う」

「いきなりじゃな?」


 突然述べられた感想に天珠はぱちぱちと目を瞬く。


 雪月花は、紅月の国でしか起こらない、三百年に一度見られるかどうかの不思議な夜だ。

 眠る前、五百歳だったヤンロンはまだ一度しか見たことはないはずである。


「よく覚えているんだ。あんたに戦いを挑む随分前、紅月の国の神に呼び出されたことがあった時だった」

「ほう、では妾の事は噂程度しか知らない頃じゃな?」

「そうだな、二千年ぶりに天狐が現れた、と」

「ただの妖狐から天狐になった者は、三千年ぶりだったそうじゃ」


 紅月の国の神から聞いた話だ、と天珠は付け加えた。


「ただの妖狐が天狐になるための条件は?」

「秘密じゃ」


 ヤンロンの問いに、天珠は人差し指を自らの唇に押し当てて笑う。その姿は、幼いがどこか艶やかな女性らしさがあった。


「…………」

「なぁにを(ほう)けておる。まさか妾に見とれておったのかえ?」

「ち、違う!! 誰がババアになんて見とれるか……!!」

「なんじゃと小童が!! 意地ばかり張っておる男は女子(おなご)に好かれぬぞ!!」

「女になど好かれなくていい!!」

「ほほう!? では小童は男子(おのこ)が……」

「違うに決まっているだろう!!」


 また口喧嘩を始めた二人だが、すぐに辞め、しばらくして各々で落ち着く。


「……で、天珠。俺の部屋に来た本当の理由は?」

「まったく……、鋭くなったものじゃな」

「おいババア」

「分かった、分かった。話してやるぞ小童」

「…………」


 ヤンロンはまた苛立ちそうな自分を律し、天珠の言葉を待った。


「ヤンロン、お主は二割も力を出せない状態で相性が一番悪いシュイロン(水龍)とやり合えるかのう?」

「は?」

「我らは長い時間眠ったことで、力を無意識下にて自分たちで封じたとは言ったな?」

「ああ」


 ヤンロンは頷く。しかし、天珠がいいたいことがまだヤンロンには読めなかった。

 天珠は仕方がないというような顔をして、話を続ける。


「我らは今、清明に封じられる前の力の二割すら出せないのじゃ」

「だからなんだ?」

「ヤンロンや、お主、シュイロンとは戦ったことがあるか?」

「ああ、当たり前だろ。炎龍と水龍だぞ、力比べくらい……」

「シュイロンに挑み、何度勝った?」

「…………五回……」

「何戦した?」


 天珠が続けて質問すれば、ヤンロンはあからさまに渋面になった。言いたくないのだ。


「…………二十戦くらい……」

「ほう? 二十戦中十五回も負けておるのか」

「…………だよ」

「なんじゃ」

「っだから!! そうだよ!! アイツにはまともに勝ったことがない!! 文句あるか!!」


 やけを起こしたヤンロンが、椅子から立ち上がり、天珠に人差し指を向けて叫ぶ。

 天珠は目を瞬いて固まるが、すぐに表情を崩した。


「はっはっはっ! そこで開き直るか! 文句はないんじゃが、そんなに負けたか! 可哀想に!」


 天珠は腹を抱えて笑っている。ヤンロンには面白くない状況だが、事実であるために何も言えない。


 ヤンロンが悔しそうな顔をしていると、天珠は笑いすぎて出てきた目元の涙を指で払って、ヤンロンに向き直る。


「さっきは笑ってしまったが、妾は聞きたいのじゃ」

「……なにを」

「それだけ負けておる、相性も最悪。しかもお主は封印前の力の二割すら出せぬ状況じゃ。暴走しておって力の制御もできぬ水龍に、炎龍は戦いを挑めるかのう?」


 真剣な顔で問いかける天珠に、ヤンロンは椅子に座り直して言った。


「当たり前だ。どんだけ負けてようと、相性が最悪でも関係ない。暴走して自分の制御も出来ないような馬鹿に、俺は負けない」

「そうか、なら決まりじゃな」


ヤンロンの真面目な顔を見て天珠が笑う。


最初の目的はこれにて決まった。古龍の一柱、水龍・シュイロンだ。



「しかし……頭の良さでいえば、お主の方がよっぽど馬鹿じゃろうて」

「なんだとババア!! というか今それ関係ないだろうが!!」

「分かっておるわ、小童が!!」


 じゃあなんで言った!!というヤンロンの言葉を天珠は無視して、酒を飲む。


 と、そこで気弱そうな声が扉の前から聞こえた。


「あ、あの……!ヤンロンさん」


 タオだ。天珠とヤンロンは顔を見合わせ、互いに首を傾げる。ヤンロンが椅子から立ち上がって扉へ向かった。


「なんだ、タオ」

「そ、その聞いてほしいことが……さっき天珠さんの所にも行ってみたんですけどいなかったので」

「妾ならここにおるぞ?」

「え!? どうして……まさかお二人って……!?」

「違う!!」


 タオの勘違いが加速する前に、ヤンロンが遮った。


「そうじゃぞ。妾がこんな小童に興味があると思うかえ? 妾の恋人だった人間の男は、もっと大人びて……」

「勝手に比べるな!」

「ヤンロンさん、落ち着いて〜!!」

「はぁ……悪い、タオ。話だったか?」

「あ、はい!」


 ヤンロンのタオに対する態度も随分と軟化した。それどころか、タオに対して優しくなっている。ヤンロンの成長に、天珠は姉や母の心持ちで感心したのだった。

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