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最初の目的 壱

「で、最初はどこのどいつを叩きのめす?」

「そうだな……ここから一番近いのは水龍(すいりゅう)かな?」


二つの天災(てんさい)の一人で、伝説の古龍(こりゅう)の一柱、炎龍(えんりゅう)であるヤンロンが、元人間の白龍(はくりゅう)……安倍(あべ)清明(きよはる)に問いかけ、白龍が答えた。


「ほう。水龍からか。あやつは気難しくてかなわんのじゃがな」


炎龍と白龍の二人の会話に、二つの天災のもう一人で伝説の天狐(てんこ)である天珠(てんじゅ)は、相槌をうつ。


「そうなのかい?」

「あぁ。それに、炎龍であるヤンロンとも相性が悪いのじゃ。水龍は感情に振り回されない落ち着きがあり、気長じゃ。対してヤンロンは炎龍らしからぬ冷静さを持ってはいるが、感情……特に怒りに関しては抑えることができぬし、なにより短気じゃ」

「うるさいな、ババアが」

「黙れ小童(こわっぱ)が。事実じゃろうて」

「…………」


不服そうなヤンロンは自分の話に自覚があるのかいつもより反論らしい反論を天珠にしておらず、天珠もまた、適当にしか返さなかった。


「あとは、力の相性が悪いかのう。炎を水で消すように、炎龍も水龍には弱い」

「あんなもん、年齢以外に理由なんてないんだよ」

「年齢?」


ヤンロンが言った言葉に清明が反応する。ヤンロンはそんなことも知らないのかと言いたげに清明に軽く説明する。


「水龍……シュイロンは天珠と同じ年齢だ」

「妾の方が数ヶ月年上だがの」

「天珠殿と?」

「ああ。千歳……いや封じられてる間に五百年だったか……だから、千五百歳か」

「そうじゃな。シュイロンはヤンロンよりも五百歳年上じゃ」

「……やはり年齢によって力の強さも変わっていくんだね。私はもともと人間だし、龍としてもまだまだ若いから」


ふう、とため息をつく白龍には、前までの底知れない感じはなくなり、ただ普通に残念がっているように思われた。


その白龍の顔を見て天珠はどこか満足げに笑う。


「お主が、こうも簡単に変わるとはのう」

「え? 私かい?」

「そうじゃ。前までの読めぬ笑みは好かんが、今は本心が分かりやすくてよい」


うんうん、と腕を組んで頷く天珠を、少し驚いた顔をして白龍が見ていた。


「君は、私が嫌いではないの?」

「む? ……好きか嫌いかで言ったら、むろん嫌いに決まっておる。じゃが、我らが暴れて人々を怯えさせたのは事実じゃし、封じられても仕方ないじゃろうて。それに、前より本心が読みやすくなっておるしな、なにか悪意を感じる様なら妾がお主を叩きのめせばよいじゃろう」

「それもそうか」


天珠が清明のことを貴様ではなく、お主と呼び始めている事を知ってか知らずか、納得したように白龍は頷いている。


「俺はお前が大嫌いだ」

「知っているとも」


ヤンロンの言葉に、白龍は笑う。


「父様が……たくさん心から笑ってる……」


三人が目を向けた先には心底驚いた表情で、白龍の子どもである、タオと梅が立っていた。


「おや、タオに梅。どうしたのじゃ?」

「あっ、そうだ! 父様、御二方のお部屋とお食事の準備ができました!」

「ありがとう。タオ、梅」

「いえ……」


白龍が二人に笑いかけると、姉弟揃って照れくさそうに笑い返す。


「お主ら、もしや清明とあまり仲が良くなかったのか?」

「え?」


タオがきょとんとしている。白龍と子ども達は仲良しとは言えない親子だったのかもしれなかった。

タオの様子を見て、天珠が説明する。


「いやな、父の頼みとはいえ、二つの天災が眠る、海底の神城(かみじろ)まで来るなど、よほど仲の良い親子でないとやる気にはならんじゃろう?」

「……確かにな。俺だったら父親に頼まれても手に負えないような相手に手ぶらで会いになんて行きたくない」

「お主ら龍には親が存在せんじゃろうが」

「うるせえいればの話だ」


二人の言葉を聞いた白龍とその子ども達は、顔を合わせて首を傾げていた。


「……仲がいいかは分かりませんが、ぼくたちはあんまり父様の心からの笑顔を見た覚えはないです」

「私たちにも笑いかけてくれるけど、父親っていう仮面? みたいなものを付けた上での笑顔だったんだよ」

「…………」


子ども二人の言葉を聞き、白龍が大きな体を縮こめて気まずそうにする。それを見た天珠とヤンロンは呆れたように白龍を見た。


「……清明お主……、自分の子どもらにまであの顔で笑っておったのか……」

「阿呆か」

「……いや、私的には自然に笑ってるつもりだったんだよ。けれど、違う見られ方をされていたらしい」

「……私生活での癖が表にも出るというのは良く聞くものじゃが、逆も然りとは……」


だがしかし、そんな風に子ども達と接していたのに、白龍の子ども達は父親をよく慕っている。不思議な親子仲なのかもしれなかった。


「む、そうじゃ。食事じゃったか」

「あ、はい!」

「……して、その食事の席には、酒はあるかのう……!?」


タオが二人と初めて会った時から考えて最もわくわくする天珠を見てヤンロンは半眼に、白龍の子ども達は首を傾げた。


「……コイツ酒豪なんだ……。一人で軽く一荷(いっか)は飲む」

「軽く一荷……!?」


一荷は樽二本だ。姉弟は眼球が飛び出てしまうのではないかと心配になるほど大きく目を見開いて驚愕する。


「だ、だ……大丈夫なんですか。酒に吞まれたり……」

「……見た事ないな」


ヤンロンは顎に己の手を持っていき、考えた後、呟く。


「そもそも妾も、酒を限界まで飲むところなど誰かに見せた事が恐らくないからのう」

「限界あんのかババア」

「黙れ小童。いくら妾でも限界くらいあるじゃろうて」

「ん? 自分で限界を知らないのか?」

「知らぬ。だが限界まで飲んだことはないはずじゃ。あったとしても眠ってしまって覚えておらぬ。誰かに確認してもらおうにも、皆酔い潰れて夢の世界におる。……どうしろと」


天珠は、封じられる前の五百年前、紅月の国にいた頃はよく酒好きの鬼達の飲めや歌えやの宴会に参加していたが、如何せん、天珠が何本目かの酒樽を飲み干そうとする時には既に鬼達は酔い潰れて爆睡している。

よって、自分の限界を天珠は知らないのだ。


「よっぽど強いんですね……お酒……」


タオが苦笑いで天珠に言った。天珠も笑って返す。


「強いだけではないぞ! 妾は酒が大好きじゃ!! 貢物は酒がよい!!」

「貢物って……。天珠さん、神様じゃないよね?」


梅が天珠に呆れたように聞いた。天珠は手を振って否定する。


「妾は神格は持たぬが、妖狐の中では最も位が高く、神獣にも近い天狐じゃからな。下の妖狐らは妾の庇護を求めて貢物を持って来ておったのじゃ」

「神格は持たないけど、神獣に近い……」


梅は天珠の言葉を小さく繰り返してなるほどと納得したようだ。


「おい天珠、この宮の酒、飲み干すなよ」

「わかっておる」

「本当に頼んだよ、天珠殿」


天珠の酒好きが限界を知らないのだと知った白龍まで、冷や汗をかきながら天珠に願う始末だった。




食事後、二人はそれぞれの部屋まで案内され、もうすぐ夜だからと休むよう清明から勧められた。

天珠の部屋は、書院造の屋敷によくある内装の座敷で、それなりに広い、紅月の国の色が強く出ている部屋だった。


「おぉ……!! これはいい!」


華の国の色が強いこの白龍の宮内で馴染みある部屋で眠れるのは、気が休まり、天珠にしてみればとても有難い。


「確か、ヤンロンの部屋は妾の部屋の向かいじゃったかのう」


ヤンロンは華の国の炎龍だ。恐らく天珠と同じく、ヤンロンにとって馴染みある、華の国風の部屋になっているだろう。



天珠は部屋を案内される時に通ってきた、広く長い廊下に出て、向かいの部屋の扉を軽くノックしてヤンロンの返事を待った。


「……天珠か?」


扉の向こうから声がする。


「そうじゃ。妾の晩酌(ばんしゃく)に付き合わぬか」

「俺はそんなに飲めないぞ」

「よいよい。なんなら話をするだけでもよいのじゃ」


扉の向こうから声が聞こえなくなった。考えているのだろう。天珠の……酒豪の、飲み相手になるか、話し相手になるか、決めかねているのだ。ヤンロンは正直、どちらも嫌だろう。


「……はぁ、分かった」


最終的には付き合うことを選んだヤンロンは、引き戸を開けて顔を出した。


「あんたはどっちで飲むんだ」

「お主はどちらがよい?」

「俺はどっちでも……」

「ほう! ならばお主の部屋じゃ!! 部屋を見せよ!!」


興味津々というように目を輝かせる天珠に、ヤンロンは不可解そうな顔をするが、入口から少し体をずらす。


「じゃあ、入れば」

「うむ!!」

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