調和の白龍
「ど、どうしてあんな事したんですか!?」
海から出た後の天珠、ヤンロンは、白龍の息子であるタオに、海から出るための手段について怒られていた。
「いやな、久しぶりの外じゃと思うと、気分が上がってしまってのう。ついつい力加減を間違えてしもうたのじゃ」
「だからって、二人してあんな大きな力の塊を海底から空へぶん投げて、外で弾けさせるなんて!!」
「悪い……」
二人が封じられていた海の上空にある、白龍の宮にて、正座で怒られていた伝説の古龍と天狐は、気弱そうだった少年の剣幕におされ、冷や汗を浮かべている。
「謝って済むなら、審判の神なんていりません!! もう少しで父様の宮が……ぼく達姉弟の家が壊れちゃうとこだったんですよ!?」
「まあまあ、タオ。なんにもなかったのだからそんなに怒らなくてもいいじゃないか」
ぷりぷりと怒ったままのタオを、タオの姉である梅が宥める。
タオの容姿が少し女子的なのであれば、梅はどちらかというと男子的だ。
髪色や目は弟と同じだが、髪は短く、ストレートで、振る舞いも男子を思わせる所があった。
「……ちとやりすぎたのは申し訳なかったが、その、じゃな……」
「なんですか!? 言い訳はもう聞きませんよ!?」
「いや。言い訳では無い。妾が言いたいのは、着物じゃ」
「着物?」
タオの横に立っていた梅が繰り返す。
「ああ。俺達、あの場所じゃほとんど台座に座ってたもんだから、ここに来るまで気づいていなかったんだが、着物が体が小さくなる前のままで、かなり歩きにくいし着心地が悪い」
ヤンロンの言葉に天珠も頷く。
二人の話を聞いて、梅とタオの姉弟は二人の姿を見直した。
「本当ですね。どうしよう、姉さん?」
「今の体なら、私たちの服で大丈夫だな。少し待ってて」
そう言って梅は、どこかへ立ち去る。
そこで、天珠はとある疑問をタオに尋ねた。
「タオよ、なぜお主の姉君は紅月の国の名なのじゃ? お主の名は華の国の名じゃろう」
「あ、それはですね……。姉さんの母様が華の国の人で、紅月の国が好きだから、紅月の国の名前をつけたがったそうです。逆にぼくの名前は、ぼくの母様が紅月の国の人で、華の国が好きだったからなんです」
「おや、お主ら姉弟は白龍と人間の混血なのじゃな」
「はい」
「白龍は元が人間だから、龍より人間寄りじゃないのか? 人間から龍になったという例は今まで聞いたことがないから知らないが」
ヤンロンが首を傾げながら、そう言い、それに対して天珠も首を傾げる。
「いや、しかし、あやつら姉弟は、他の龍どもと同じ龍の目をしておるじゃろう?」
「それはそうだが……。だがまず、元人間の龍というのが異例のはずなんだ」
「ぼくも詳しいことはよく分からないんです。父もそのあたりは微妙らしくて」
「ほう?」
そこまで話して、梅がどこからか戻ってきた。その両手には大きめの紙袋が握られており、紙袋からは色とりどりの着物が見える。
「姉さん!」
「おまたせ。着物、持ってきたよ。好きなの選んで」
「「おぉ……!」」
天珠とヤンロンは、揃って感嘆の声を漏らす。
特に天珠は女であるため、こういった着物を見るだけでも喜ぶのだ。
「なんと……! 紅月の着物もあるではないか!」
「うん。タオの母様が紅月の国の出身だったから、私にもよく作って着させてくれたんだ」
「ほほう! 良いな良いな。今になって妾も子を作らなんだ事を後悔しようとはな」
桃色の丈の短い着物を手に取りながら、天珠が笑う。
「天珠さんって結婚とかしてたんですか?」
何気ない流れでタオが聞く。ヤンロンは少し目を見開いて、天珠の答えに耳を傾けた。
「いや、婚姻はしとらぬな。恋人はいた事があったが、人間であった故、契りを結ぼうとは思わなんだ」
「あ、その……すみませ……」
「よいよい。お主が謝るような内容ではないじゃろうて。何百年も前の話じゃ」
申し訳なさそうに謝ったタオの頭を、天珠は笑って優しく撫でる。
その時、部屋に蛇足の女官がしずしずとやってきて、拱手した後、梅とタオに耳打ちした。それを聞いた梅が女官に頷き、天珠とヤンロンに向き直る。
「早く着替えて。父さんがお2人を呼んでる」
「分かった」
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天珠とヤンロンは早々に着替えを済ませ、白龍がいるという奥間に向う。
着いた部屋は天井がかなり高く、恐らく白龍の体の大きさに合わせて作られているのだろう。
天珠は手に持っていた桃色の丈の短い着物に、もともと自分が付けていた桜の刺繍が軽く施された紫色の帯を巻き、蝶結びのようにして後ろで結んでいた。
対してヤンロンは華の国らしいデザインで、袖や裾、首もとが金糸で縁取られた赤紫色の詰襟の服に、同系色の膝下丈のズボンを合わせて履いている。
「久方ぶりじゃな、清明。我らを封じて何年後にあの世に行ったのじゃ?」
「ああ、久方ぶりだ。二つの天災。そうだな、確か……君たちを封じてから五十年だったか?」
御簾越しに見える人型の影がのんびりと答える。その様子を見てヤンロンは苛立たしげに御簾の向こうの人物を睨む。
「……で、安倍清明。なぜ、どうやって龍となった?」
「タオか梅から聞いただろう。私にもよく分からないんだよ。なぜ私が人間の頃の記憶を保持したまま、白龍になったのか」
「……本当か?」
「本当だよ。なぜそこまで疑う?」
「自分の意識を勝手に封じた元人間を疑わずにいられるかよ」
ヤンロンは鼻で笑ってそっぽを向く。そのヤンロンの様子を見て、天珠はやれやれ、と呆れ顔を見せるもすぐに切り替え、天珠は清明に言った。
「清明。いや、白龍か?」
「どちらでもいいよ」
「貴様、我らを前に姿を隠し御簾越しとは、どういう了見じゃ。それに御簾で顔を隠すのは、紅月の国でも何時ぞやの貴族の姫君か、帝くらいじゃろう」
「それはそうだね。だが、許してくれ。人型を保てるのがこの御簾の内側だけなんだ」
白龍……清明はしょげたようなため息混じりで答えるが、天珠は清明の影を睨む。
「事情など知らぬ。ヤンロンの龍型も妾は封じられる前に見ておるのじゃ。今更貴様が白龍になった所で驚く訳がなかろう」
「……はぁ、しょうがないね……」
尚ものんびりと答える清明に、天珠がピリッとした空気を纏う。白龍の子供達がハラハラしながら二人のやり取りを見守る。
「早く姿を見せろ。力づくで、その御簾を吹き飛ばしてやってもよいのだぞ」
「やめてくれ。君の力づくはこの宮ごと吹き飛ばしてしまいそうだ」
そう言いながら清明は自ら御簾を持ち上げ、そこから出る。
「やっとか」
先程までそっぽを向いていたヤンロンが、腕を組んで横目で清明を見ていた。
御簾を持ち上げ、そこから清明が出た瞬間、その部屋に無臭の煙が広がり、人型の影は上に伸び、龍の形に変化する。
「これでいいかい」
この部屋の高い天井付近に顔がある白龍が、天珠とヤンロンを見下ろして聞いた。
「まあ良いじゃろう」
天珠は本当の姿を見せなかった清明に向けていた殺意を収め、清明の顔を見上げる。
「で、頼みがあるとな?」
「ああ、そうだよ」
「なあ、天珠。俺たちを封じた奴の頼みを聞くのか?」
天珠に向き直して、ヤンロンが問う。天珠は頷くでも首を振るでもなく、ヤンロンに答えた。
「頼まれてやるかどうかは話を聞いてから結論を出せば良い」
「……そうかよ」
そしてやはりヤンロンはそっぽを向く。だが、彼は天珠の判断に任せることにしたらしく、それからは大人しく黙っていた。
「それで? 我らに何をさせたいのじゃ」
「タオから聞いただろうけど、各地で暴走している神獣や神を力づくで止めて欲しいんだ」
「なぜじゃ」
「あんまり暴れられると、人間たちが怯えてしまってね。毎日のように私が祀られている社に訴えにきて困る。私は調和を司っているが、全てを整えられるわけじゃないのにね」
龍の姿をしていてもやはり清明は、のんびりと事情を説明する。
天珠はそれが、封じられる前に戦った頃から気に入らない。
収めたはずの殺気が漏れ出す。
「つまり、貴様が困るから、我らにどうにかしろということかのう……」
「まあ、そういうことに……」
瞬間、白龍の髭近くを火の玉が掠め、そのまま天井に穴を開ける。それにより、天井から木材が落下して白龍の頭に落ちた。
「痛いな。髭も少し焦げてしまったじゃないか。天珠殿」
「貴様ごときが、妾に、ヤンロンに、貴様のために力を振るえじゃと? 貴様、我らの意識をたったの一度封じただけで随分といい気になっておるようじゃな?」
「……そんなつもりはないけれど?」
「貴様がそう言って、我らの戦いに水を差し、我らが疲れた隙を狙って封じた挙句、そのまま海に落としたのを我らは忘れておらぬぞ」
「私の家族が困っていたからね。君たち二つの天災に。朝から晩まで怯え、疲れきっていたんだ」
その二つの天災の片方に、とてつもない殺気と敵意を向けられてもなお、白龍は飄々としていた。
「気に入らん。貴様は本当に読めぬ、気持ち悪くて仕方ないのじゃ。その態度も全て」
「…………」
白龍は真顔になり、じっと天珠を見る。
「貴様は何を考えておる? 自分の子どもらのことか。それとも保身か。白龍として神獣になったのに、何もしないと人間たちから思われたくないのか? 永遠に英雄じゃと崇められたいか」
天珠は殺気や敵意もそのままに清明の目を見て白龍の真意を探る。
それから暫く、二人は静かに見つめ合い、天珠は殺気と敵意を、白龍は何の感情もない目を、互いに向け続けた。
そして、先に根負けしたのは白龍だった。
「……降参だよ。天珠殿。君が言った通り、自分の為でもあるが、それに以上に娘と息子が危機にさらされるかもしれない可能性を潰しておきたい」
「保身の為でもあるが、それ以上に、梅とタオが大切、のう……。どう思う、ヤンロン」
ようやく本当に殺気を収めた天珠は清明の言葉を反復し、少し考えてヤンロンに問うた。
「ふん。俺はどうでもいい。ただ、この白龍は気に食わないが、梅やタオはまだ子どもだ」
「え?」
ヤンロンの言葉が足りなさ過ぎて、首を傾げるのは梅とタオだ。天珠だけは呆れたように笑って補足する。
「ヤンロンはな、お主らの父親は気に食わない。我らを封じたことを許したくも、許す気もないが、奴の子どもであるお主ら姉弟はまだ幼いから、守ってやるべきだと思っておるのじゃ」
「……!! ババア! そこまで言ってないだろ!!」
「誰がババアじゃ小童が!! お主が言葉を省き過ぎるせいじゃろう!! 妾に勝手に補足されたくないのなら、自分の口からハッキリと言わぬか!!」
「うぐっ……!!」
それ以上反論出来なくなったヤンロンが悔しそうに下を向く。
静かになった部屋に、タオの戸惑う声が漏れた。
「……えっと……?」
「タオや、気にせずとも良いぞ。あやつが伝えたいことを伝えられない意気地無しなだけじゃ」
天珠は笑顔でタオの頭を撫でる。タオは戸惑いつつも納得したようだったが、ヤンロンは天珠の言葉を聞いてまた怒り出した。
「てめっ……!!」
天珠はまた何かを言い出しそうなヤンロンを無視して白龍に向き直る。
「……ごほん。頼みの答えじゃがな、清明」
「う、うん」
咳払いで話を戻した天珠は、二人の軽い口喧嘩によって微妙な空気になったことで少し戸惑っている白龍に答える。
「聞いてやっても良いぞ。白龍ではなく、父としての頼みのようじゃ。恐ろしいであろう我らにこれを頼む為に神城までやって来たタオと、我らそれぞれに、華の国と紅月の国の着物を用意してくれた梅のために、な」
「……ありがとう」
白龍はいつもの底知れぬ笑みではなく、子を思う父の顔で笑った。




