㉔「好きだ」
(ばかっ、危ないだろ!)
何も言わずに出てきてしまったことを、今さら後悔する。
好きだって気付いたら、なおさら陸來さんにだけは渡したくないって思う。
"……酷いよ、陸來!!"
駄目だ。今の陸來さんは危険だ。
頼むから逃げてくれ、天黎。
"……必死で生きてる……。ムギト君だって……"
俺の名前を何度も口にする天黎の声が聞こえる。
"ムギト君を助けなきゃ!"
おい、無茶するな。
俺は大丈夫。ちゃんと生きてるし、すぐに戻るからな。
振り返ると水底の光がゆっくりと消えていく。
(さようなら……父さん、母さん……)
心の中でお別れを言う。
本当は、まだ、たくさん話したことがある
だけど……今は、先にやることがあるからさ。
だから――
(また来るよ。父さん、母さん……)
くぐもった水の音。
天黎が池のなかに落ちてくるのが見えた。
(本当に俺のこと助けようとするとか、もう、ほんと……)
あとで説教だな。
そう思いながら、本当はすごく嬉しかったりする。
まだ離れているけど、天黎に向かって、俺は思いっきり腕を伸ばす。
早く、早く、おまえに触れたい。
「天黎――!」
思いっきり叫ぶけど水の中じゃ全然声にならない。当たり前か。
星明りを頼りに、きょろきょろと俺を探している天黎。
(天黎、俺はここにいるぞ)
「!!」
ようやく俺を見つけた天黎が、ものすごく泣きそうな顔をした。
死んだと思ってた?
(……ごめんな心配かけて)
もうすっかり冷たくなっている手を取った瞬間、天黎はごぼりと苦しそうに空気を吐いた。
俺は迷わず天黎に口付けた。
ぎゅっと俺にしがみついてくる天黎。
隙間をつくらないように、口を強く押し当てて空気を送る。
……難しいな、これ。
(死ぬなよ、天黎)
いや絶対に死なせないけどな。
トントンと、肩を叩かれて顔をあげる。
大丈夫……、そう言うように天黎がしっかりと頷いた。
(もう少しだから、頑張れ!)
龍神の池は本当に底無しかもしれない。
結構、下まで落ちていたことに驚いた。
水面に近づくにつれて、落ちてくる強い星明り。
しっかりと天黎を抱えて、水中から這い出る。
(陸來さんは……いない、か……)
ほっと安堵する。
「……っ、はっ……ムギ、ト君……」
「天黎、大丈夫か?」
「大丈夫か? ……じゃ、ないよっ!! し、心配……したんだからっ」
「ごめんごめん」
また泣きそうになっている天黎の頭を、腕のなかに閉じこめる。
優しく、そっと、抱きしめた。
俺も天黎もずぶ濡れだ。
だから、くっついてるとあったかい。
「天黎。……好きだ」
「!!」
「出会えて良かったって思ってる」
「ム、ムギト君……、ほ、んとうに?」
「うん。誰かのことを考えて、こんなに優しくて強い気持ちになったりしたこと……俺、今までに無いから。だからちゃんと好きだ。ずっと一緒にいたいって思う……」
抱えている天黎の頭が、ふるふると小刻みに震えている。
泣いてるのか?
さっきよりも強くぎゅっと抱きしめて、頭の上にこつんと額をのせる。
「天黎……好きだ」
「……僕も。ムギト君が好きだよ。ムギト君は……最初から僕のこと守ってくれてた。ずっと陸來のことが好きだと思ってたのに、その気持ちより何倍も、ムギト君がいてくれることが嬉しいって……気付いたんだ……」
「そっか、ありがとな……」
それから俺たちは、自分たちが「自由」だと気付いた。
天黎は陸來さんのそばじゃなくて、俺とともに生きること選んでくれた。
そして……俺は両親が帰ってこなかった理由を知ったことで、もはや霊場にいる理由も無くなった。
龍神の加護持ちは引きとめられるだろうからと、俺たちは、菊花さんにだけお別れを告げて、ひっそりと霊場出た。
数ヶ月経ったある時、天黎の両親にちゃんと挨拶をするために、ふたたび霊場へと足を運んだ。
そこで陸來さんのことを、菊花さんが教えてくれた。
陸來さんと美澄さんの子供は元気に産まれた。
ただ……不幸な出来事が起こった。
ある晩、思い詰めたように家を出た陸來さんが、龍神の池に身を投げたらしい。
すぐに助け出されたそうだが、ずっと数週間眠りについたままで、ようやく目覚めた時には、記憶のすべてを失っていた。
おかげで今では別人のようになっている。
(解放されたんだろうな)
俺から見たら、陸來さんは相当な肉食系男子だ。
狭い霊場で、自分の大きなエネルギーを持て余していたように思える。
その欲望から解放された今、もう苦しむことはないだろう。
記憶を無くしたといっても、天黎は陸來さんに会おうとしなかった。
そして俺たちは、二人で新たな道を歩んでいく。
お読み頂き有難うございます!
次回、ラストになります。




