㉒衝動
……これでいい。
これで天黎はまたオレのことだけ見てくれる。
天黎。おまえは世界を広げようなんて思わなくていいんだ。
おまえにはオレだけいればいいはずだ。
生まれてから死ぬまで、オレのことだけ知ってれば。
お前の世界は、オレだけが至上で、オレの愛だけを乞えばいい。
たとえ突き放しても、泣いて、縋りついて、その心と身体のすべてをオレに差し出せばいいんだ。
そうすれば、隅から隅まで可愛がってやってもいい。
(ああ、想像していたら……気分が良くなってきたな……)
邪魔者は消した。
底知れぬ龍神の池に落ちたら最後、もう戻ってこれないだろう。
(オレのものを盗るのが悪いんだ!)
「そうだ……。外からきた奴なんかに天黎は渡さない! 天黎はオレだけのモノで、天黎は……オレだけを愛していればいいんだ!!」
あいつが突然いなくなったことで、天黎はショックを受けるだろうな。
けど、オレが慰めればいい。
そうすれば天黎は、またオレのことを――
「くっ……ククッ……」
笑いが込み上げてくる。
久しぶりに愉快な気分だ……。
明日が待ち遠しくて、今夜は眠れそうにないな。
帰って、酒でも呑むか……。
踵を返した瞬間、オレは凍りついた。
「天、黎……いつからそこに……」
星明りに反射した銀色の頭。
俯いているけど、それが天黎だってことはすぐに分かる。
オレの心臓が嫌な音を立てている。
「ねえ陸來。ムギト君は……?」
「!!」
頭の中が一瞬、真っ白になる。
――許せねえ!
他の男の名前を呼ぶなんて。
「様子がおかしいと思って追いかけてきたんだ。どこ?」
「……気のせい、なんじゃないのか?」
「ううん。ムギト君は近くにいるはず。僕には判るんだ。ずっとムギト君と一緒にいたから……。ムギト君の料理を食べたり、ムギト君が触れてくれるたび、僕は癒やされてた……だから、」
「――うるさいっ! 黙れ!」
ムギト、ムギト、ムギト……!
おまえが呼んでもいいのは、オレの名前だけだ!
「やっ……やめっ……、んんっ」
天黎の細い顎を掴んで、持ち上げると、噛みつくようにその唇を塞ぐ。
(これで、やっと、静かになった)
ああ、それにしても天黎の唇は甘いな……。
何度も抱き合った美澄の唇よりも何倍も甘い……。
「んっ……う、っんーー!」
貪っていると、呼吸が辛そうで、天黎がオレの肩をバシバシと叩く。
少しだけ顔を離した瞬間、顎を掴んでいた手を、容赦なくガブリと噛まれた。
「っつ……」
痛いのに、ぞくりと背中から快感が這い上がってくる。
ああ、最高だ、天黎……。
星明りの下で、涙を滲ませた姿も、本当に美しい。
今すぐこの場で抱き合ったら満たされるだろうか……。
「はっ……は……陸來、なにするのっ」
「なにって……おまえを愛してるだけだろ」
「!? 意味わからない……」
「おまえはオレのものだ。おまえを惑わす邪魔者だって、もういなくなった」
「いなくなったって……まさか、ムギト君のこと!!」
「ああ今頃、龍神様の一部になってるかもな」
「ひ、酷いよ、陸來!!」
池に向かって走り出そうとする天黎の腕を掴む。
「天黎、おまえは外の世界が良くなったのか? なら、二人で、霊場を出ようか」
「無理! それに……陸來は外の世界を見たことないだろ? 外の世界でキミは生きていけない。だってキミはちっぽけだ」
「なんだとっ!」
「僕だってそうだ……。外の世界の人間は、長寿ではないけれど、みんな懸命に生きてる。たくさんの苦しみのなかにあっても、いつか幸せになりたいと、必死で生きてる……。ムギト君だって……」
また、また……アイツの名前をっ!
「ムギト君を助けなきゃ!」
天黎が逸れた意識の隙をついて、オレの拘束から逃げ出す。
「待て! あの男はもう死んでる!!」
「それでも……」
天黎は自らその身を池に投げる。
心臓が痛い……。
全身が震える……。
一体、なにが起こってしまったんだ。
池の水面がやがて穏やかになっていく。
天黎はもう生きていない。
よく分からないまま、ただただオレは星空に向かって叫んでいた。
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