㉑本音
晩御飯を食べて、お風呂に入ったあと、寝間着にならない俺を見て天黎が首を傾げている。
「ムギト君、寝ないの?」
「ん、ああ、ちょっと散歩にでも行こうなかって」
「散歩? こんな時間に? 外は真っ暗だよ」
「こんな時間だからだよ。天体観測にはぴったりだろ?」
「天体観測……。星を見にいくの?」
「あぁうん……東京じゃ、なかなか見れないからな」
「なら僕も一緒に」
「俺ひとりで良いって。天黎は疲れてるだろ? すぐに帰ってくるし……」
そう言って天黎の肩をやんわりと押しながら、寝床まで連れていく。
(嘘ついてごめんな)
心の中で謝りながら、綺麗に敷かれている布団の上掛けをめくって、天黎を寝かしつけようとする。
「どうしたの急に……。ムギト君なんか変……」
「全然変じゃないぞ。今夜はゆっくり寝て、明日調子が良さそうだったら、その時は一緒に夜更かしして、星を見ような?」
「……う、うん?」
明らかに訝しんでいる天黎。
だけど、やっぱり疲れていたようだ。
ふあっと小さく欠伸をしながら、ころんと布団に横たわる。
「おやすみ天黎」
「おやすみ、ムギト君」
上掛けを肩までしっかりかけてやると、天黎はそっと目蓋を閉じた。
よし……。
じゃあ行くか。
外へ出て、満天の星空を眺めながら「龍神の池」を目指して歩く。
昼間、結婚式が終わったあと、知らない霊場の人から手紙を渡された。
それは陸來さんからで「今夜、龍神の池にひとりで来い。他言無用」という内容だった。
まるで校舎裏の呼び出しみたいだな……と苦く思う。
(絶対、天黎がらみ……だよな)
だってそれしか思いつかない。
俺が天黎といると、何故かめちゃくちゃ睨んでくるし……。
気に入らないんだろうな。色々……。
"外"からきた人間て言うのもあるだろうし。
(天黎にとって陸來さんが特別だったように、陸來さんも天黎のことを「幼馴染み」として大切に思ってるんだろうな)
だって、ずっと一緒にいたんだから……。
俺なんかより、もっと長い時間を、陸來さんは天黎と過ごしてきたんだ。
深くお互いのことを理解できるんだろう。
たとえ恋にはならなかったとしても、大切だと思っているに違いない。
「……星、めちゃくちゃ綺麗だな」
真っ暗な空から降り注ぐ星明かり。
おかげで街灯がなくても足元が明るい。
龍神の池の前には陸來さんがいた。
相変わらずイケメン……。
だけど星明かりを宿した陸來さんの瞳はギラつき、隠そうともしないその攻撃的な情動に、俺は少し距離をとって立ち止まる。
面倒なことになりそうな予感しかしない。
「俺に、なんの用ですか」
「天黎は?」
「天黎なら、もう寝ましたよ」
「そうか……」
サアアア……と、夜風が俺たちの間を吹き抜けていく。
龍神の池の水面にも波紋が広がり、星明かりが反射して微細な光がいくつも浮かび上がった。
ささやかだけど神秘的なその光景に目を奪われる。
――天黎にも見せてやりたい……。
そう思ったとき、風に混じって声が聞こえた。
「オマエさえ、いなければ――」
地鳴りのように低い、陸來さんの声。
俺に向かって激しい憎しみをぶつけてくる。
「オマエさえいなければ、天黎は、永遠にオレだけのモノだったんだっ――!」
ああ、そうか……。
これが陸來さんの本音か……。
「オマエさえいなければ、天黎はオレのことで心を燃やし尽くして死んでいったはずなのに――!」
ギリギリと歯噛みし、怒りで歪みきった表情の陸來さんを前に、背骨のあたりがゾワリとした。
怖い……?
いや違う。
むしろ、ひどく頭が冴えていくような感覚。
俺のなかでさっきから警鐘が鳴っている。
(今の陸來さんを、天黎に近づけるわけにはいかない……!)
強くそう思う。
だから、俺も今までのままではいられない。
「ははっ……、陸來さんてば独占欲だしすぎ……」
「うるさい」
「俺よりもはるかに歳上なのに、天黎のことになると、余裕……ないんですね?」
「うるさいっ!」
激昂する陸來さん。
火に油を注ぐことを承知で、俺は止めない。
「そんなに天黎のことが欲しくてたまらないなら、もっと優しくすれば良かったのに……」
「オマエになにが分かる!」
「分かりますって……。陸來さんは本当は心の底から天黎が好きで、でも素直になれないまま天黎を傷付けて、後悔して……俺に八つ当たりしてるってこと」
「は!? なんだと!」
「言っときますけど、先に裏切ったのは陸來さんです。天黎はずっと貴方のことだけを見てました。貴方と一緒にいられるなら、誰になにを思われようと平気だった」
「……っく」
「どうせ貴方は天黎がいなくなった喪失感を、別な人で埋めようとしたんですよね? 子供までつくっちゃって……。霊場の狭い世界で、周りの目を怖れた結果がコレです」
予測でしかなかったけど、どうやら図星らしい。
陸來さんは天黎のことを、やっぱり好きだったんだ。
けれど男同士であることや、身体が弱くて忌まれている天黎と一緒にいることを、周りの人にどう思われるか怖かったんだ……。
(『おまえじゃ、身も心も悦ばせられない』なんて、陸來さんも、よく嘘を言ったもんだよな)
確かに天黎は「男」だ。
女の人のようにはいかないだろう。
けど……多分、天黎は自分のすべてを差し出したって構わなかったはずだ。
ちゃんと最初から素直になっていたら、こんなことにはなってなかった。
「もう、遅いですよ……。天黎は"世界は広い"って気付いてしまった」
「……そうだ……天黎にそれを教えたのはアンタだ。天黎はもうオレのことを見ようとしない……だからっ!」
「!!」
まずいと思った時には遅かった。
頭の上から大きな布を被せられ、視界を遮られる。
あ〜、ちょっと挑発しすぎたかな。
乱暴に身体ごとを持ち上げられる。ジタバタと手足を動かしてみるが拘束はとけない。
「天黎はオレのものだ! オレだけ知っていればいいんだ! オマエは邪魔だから死ね――!」
浮遊と落下の感覚。
俺は龍神の池に投げ落とされた。
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