⑳結婚式
結婚式は【龍神の池】の前で行われる。
皆に見守られながら、この土地に恵を与えてくれている龍神が住まうという池の前で、結婚の誓いをたてるのが習わし。それが済むと、集会場で宴会が催されるらしい。
重たい着物によろよろしている天黎の手をとって、俺は歩いていた。
あまり目立ちたくないから、列の一番後ろにくっついて龍神の池に向かう。
前を歩いている霊場の人達が、何度も振り返って俺達を見ては、ヒソヒソと何事かを話している。
「僕の我儘のせいで、ムギト君まで色々言われて……ごめんね」
「いや、俺はまったく気にしてないぞ」
きっぱりと言った。
だって直接何かされたわけじゃないし、これくらい何ともない。
こんな田舎と変わらない狭い霊場にいる奴らだって人間だ。きっと娯楽のひとつのように、俺たちを見て噂話に花を咲かせているんだろう。
(これくらい、俺の生きてきた世界じゃ日常だった)
だから天黎……そんな申し訳ない顔しなくていいんだからな。
陽射しが強い。
でも絶え間無く吹いてくる風が頰を撫ぜて、清涼感をもたらしてくれる。
やがて見えてきた――龍神の池。
やっぱり懐かしい感じがする……。
霊場にきたばかりの時に感じたことは、気のせいじゃなかったんだな。
(天黎は、俺が"龍神の加護"……を持ってるって言ってたな)
目に見えないから分からないけど、確かに言えることは、俺の身体が普通の人とは違うということ。
それが龍神の加護……つまり龍神の魂の一部を宿しているからというなら、それはもう受け入れるしかないだろう。
一歩一歩、近づくほどに、池の表面が光り輝き、吸い込まれそうなほど深い碧色に染まっていく。龍神の加護を持つ者の目にしか映らないと知っていても、思わず呟いてしまう。
「綺麗な色だな……」
「うん。そうだね」
「天黎、見えるのか?」
「うん……直接は見えないけど、ムギト君の瞳にはちゃんと映ってるから」
柔らかく微笑みながら、俺の瞳をのぞきこむ天黎。
……顔、近いぞ。
「そっか……」
「うん。そうだよ」
池の周りには、大切なものを守るように等間隔で柱がたち、しめ縄が結ばれている。
神社で見かけるヒラヒラとした長い紙垂が結ばれ、気持ち良さそうに風に揺らいでいた。
ここが神聖な場所なのだと、肌で感じる。
さっきまで聞こえていた人の声も、もうしない。
池の前に祭壇がある。
そして、そこに並んで立っている二人。
陸來さんと……陸來さんの花嫁さん。
主役にふさわしく天黎よりももっと豪華な着物をきている。
花嫁さんのほうは白無垢姿で、ちょっと濃いめの化粧をしてるから素顔は分からないけれど、幸せそうに微笑んでいる。
お腹がふっくらしている。
(そうだ……陸來さん、子供が産まれるって言ってたっけ)
俺たちは離れた場所から、結婚の儀式を見守った。
天黎が泣くのを堪えるように瞬きをしていて、俺はなにも言わず、ただ握っていた手に力を込めた。
我慢なんかしなくてもいいんだ。
泣いたって、喚いたって良いんだ。
(俺が、ちゃんとそばにいるからな)
天黎の冷たい指先が、応えるように俺の指に絡む。
「ムギト君、僕ね……」
「どうした?」
「僕ね……誰かを"愛する"っていうことが、今になって、やっと解った気がするんだ」
「そうなのか?」
「うん。それに気付けたのはムギト君のおかげ――」
「……俺?」
予想もしてなかった言葉に首を傾げてしまった。
だって俺……何もしてないぞ?
「うん。……僕は陸來のことが好きで、今も好きで……一緒に居れたらってすごく思うけど、でもそれはきっと"愛"じゃないんだ」
「……」
「だって本当に愛してるなら、陸來の幸せを心から喜べるはずだから」
「それ……難しいことだよな? 好きだったら尚更」
「そうだね。でもね……僕は知らなかったんだ。僕のことを受け入れてくれるのは、この世界のなかで陸來だけだと思ってた。だけどムギト君と出会って、キミは僕のこと……否定するわけでもなく、むしろ守ってくれたから……」
「そんな……こと……」
「ムギト君が僕に教えてくれたんだよ? 「世界は広い」ってこと……。ずっと僕には陸來しかいないと思ってた。だから必死で縋りついて……。陸來とは結ばれないと知って、死にたいほど惨めで哀しかった。でも……僕は独りじゃなかった。ムギト君がそばにいてくれたから。だから……ありがとう」
「それを言うなら、俺だって――」
俺だって、お前に会っていなかったら、きっと何も知らないままだった。
この体質を気味悪がって、誰にも相談できないままだったと思うんだ。
帰ってこない両親のことだって、どうしたら良いか分かんないまま、日々に押し流されるだけだったかもしれない。
天黎が俺との出会いを特別なものだと言うなら、俺だって、天黎との出会いを「運命」だと思ってる。
(伝えたい……)
湧きあがる想いがある。
これは言葉にしなくちゃいけないコトだと思う。
「天黎――」
だけど、続けようとした言葉は、騒めきによって止められてしまう。
結婚の儀式が終わり、正式に夫婦となった二人が、参列した人達に順番に挨拶をしていた。
俺と天黎は、顔を合わせて頷きあう。
もう、此処にいる必要はない……と。
宴には参加しなくてもしなくても良いらしく、俺たちはさっさと退散した。
伝えたい言葉は喉の奥で燻ったままだったけど……。
――その夜。
俺は天黎に内緒で、陸來さんと二人で会うことになった。
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