⑱もう一度。
いかにも和風ってかんじの台所って、何故か分からないけれど気合いが入る。
分厚い、木のまな板。
古いけど、使い込まれて味がでている包丁。
(さて、朝ごはんは何にしようかな?)
天黎にも栄養つけさせなきゃだよな。
とりあえず、もうちょい太ったほうが良い。
昨晩抱き寄せた身体は本当に細っこくて、頼りなくて、なんだかとても切なくなってしまった。
ちょっと、ぽっちゃりしてる天黎も見てみたい……。
うん。野菜もいいけど、やっぱり肉も食わせないと。
「あら、朝ごはん、私が作りましょうか?」
台所に入ってきたのは、菊花さんだった。
朝からわざわざ来てくれるなんて仕事熱心だな。
「我が家で作った漬物を持ってきたんですよ」
「へえ……美味そうですね」
「ええ。以前、天黎さんも美味しいと言ってくださったことがあって……」
そう言った菊花さんはとても優しい顔をしていると思った。
(母親……って感じだよな……)
天黎の親父さんとお袋さんは、どっかよそよそしい感じだったしな。
世話人の菊花さんのほうが、よっぽど天黎の親っぽい。
「菊花さんて、昔から天黎の面倒みてきたんですか?」
「ええ、そうですよ。もう産まれたときから良く知っています」
「小さいな時の天黎ってどんな感じだったんですか?」
「それは……」
漬け物を切る手を止めた菊花さん。
もしかして聞かないほうが良かったのか。
「正直に申しますと、私も最初は天黎さんのことを、その……どこか気持ち悪いと思っていました」
「それって、外見の話ですよね?」
「ええ、そうですね」
幼い頃から身体が弱くて、ほとんど寝たきり。そして産まれてからすぐに高熱で、髪や瞳の色素が抜けてしまった。それを長寿の霊場の人間は怖ろしく思ったらしく、何かの祟りだという噂まで広がった……。
「天黎さんは自分が周りから疎ましく思われていることを知っていました。世話人の私にも気を遣ってくれて……小さな子供なのに。そばにいて、だんだん見ているうちに不憫に思えてきて……」
あー、これは……切ないやつだ。
胃のあたりがギュッとする。
菊花さんの瞳もちょっと潤んで、声もくぐもっている。
「外にも出れないくらい身体が弱くて、気分転換にと、暖かい日に縁側にお布団を敷いてみたら、そこで一日中寝ながら庭を眺めていました」
「庭を……」
「はい。風にそよぐ庭の植物や、小さな虫達を珍しそうに眺めていました……話しかけたりもして」
きっと寂しい思いをたくさん……してたんだろうな。
「そのうち陸來さんが遊びにきてくださるようになって、私はその時になって、はじめて天黎さんの笑顔を見たんです」
「笑顔を……」
「とても無邪気で愛らしくて、不気味だとはもう思えなくなって……」
天黎にとって陸來さん特別な人だ。
はじめて笑顔を教えくれた人、か。
(そりゃ、恋心も抱くよな……)
ひたひたと床の上を歩く音が近づいてきて、俺と菊花さんの会話は自然と終わった。
「おはよう、天黎」
台所に入ってきた天黎に、俺は笑顔で言った。
「ムギトくん、菊花さんも……おはよう」
がらがらの声でそう言ってから、天黎はかすかに微笑みを浮かべた。
「お水……飲もうと、思って……」
昨日たくさん泣いたもんな。
そりゃ、喉も渇くよな。
(いや、そうじゃなくて……)
「天黎、ひとりでちゃんと起きてきたのか。……えらいなっ!」
近寄って、わしゃっと銀色の頭を撫でると、天黎がくすぐったそうに目をつむる。
(立つことを、歩くことを、生きることを……陸來さんに愛されないと知ったあとの世界でも、ひとりで、ちゃんと踏み出したんだな……)
絶望と寂しさに心を潰されて、それでもまた立ち上がったんだ。
強いと思う……。
なんだか分かんないけど、今度は俺のほうが泣きそうになってしまった。
お読み頂き有難うございます!
いよいよ、クライマックスに向かっていきます。
宜しくお願いします。




