⑯終わりじゃないから。
本邸から世話人としてきてくれた菊花さんが作ってくれた夕飯は、すごく美味しかった。
(野菜が……甘い! みずみずしい!)
大根なんてちっとも辛くない。
そのまま生でバリバリ食べたくなる。
それに霊場の天然水はほんのり甘くて、料理のすべてが美味しく感じられる。
もう、ほんと胃袋が幸せだ。
俺、ずっと此処にいたら絶対太るんだろうな……。
「あー、でも……ひとりメシじゃなかったら、もっと美味かったのかもな」
食器を洗いながら、俺はぼそりと呟いてみる。
世話人の菊花さんにはもう帰ってもらった。ちなみに明日の朝ご飯も、俺が作るからわざわざ来なくても大丈夫ですと、丁重に断っておいた。
せっかく作ってもらったんだけど、天黎はとても食事をできるような状態じゃないからな。残してしまうのが申し訳無い。
もし腹が減ったんなら、簡単なものなら俺だって作れるし……。
ひとり分の食器を洗い終えると、俺は風呂場に向かった。
(うわー、この風呂すげー……)
檜木の爽やかな香りが鼻腔をつく。
そう……浴槽が檜木なのだ。
どっかのリゾートホテルにでもきた気分だな。
どういう原理かは分からないけれど、蛇口をひねればお湯が出る。
電気も通っていないのに。地下水道のお湯。まさか温泉なのか!?
お湯を溜めながら、寝たきりの天黎を呼びにいく。
「天黎? 風呂入らないか? ……腹は? 水分だけでも取ったほうがいいぞ」
声をかければ、うつ伏せで寝ていた天黎がちょっとだけ身動ぎをした。
それからゆっくりと時間をかけて俺のほうに顔をむける。
あー、泣きすぎて目が腫れてるな。
「ムギト……くん、僕……ごめ……」
小さな謝罪と一緒にまた涙がぽろりと溢れた。
多分、慣れない場所に来たばかりの俺に、色々させてしまっていることを気にしているんだろう。
「俺は平気だから。それより今日は疲れたろ? 湯船に浸かれば少しはすっきりするぞ?」
「う……ん……」
力無く起き上がる天黎の身体を支えながら、脱衣所まで連れていく。
ちょっとだけだが、声が聞けたことに俺はほっとしていた。
脱衣所に着くと、ぱさりと服を脱いだ天黎。
真っ白で、華奢な背中。
うん。もっと肉つけたほうがいいな……。
「俺は着替え取りに行ってくるから、ちゃんとあったまるんだぞ」
「……うん」
菊花さんに教えてもらった着替えのある部屋に行って、適当に寝間着っぽい浴衣を手に取る。
あれ下着はどこにあるんだ?
全然見当たらない。
まさか……あ、いやいや、さっきちゃんと穿いてたの見たし。
棚の引き出しを片っ端から開けて下着を見つけると、俺は脱衣所に戻る。
「着替え、ここに置いとくからなー?」
そう言いながら、磨りガラスの向こうに目を向けた。
そこに見えた動かない影に心臓がひやりとする。
(まさか、倒れてっ!?)
「天黎! 大丈夫かっ!?」
慌てて戸を開けると、風呂場の床にうずくまるように膝を抱えて、天黎は泣いていた。
「……っ、うっ……っ……」
苦しそうに漏れた吐息が、風呂場中に響いている。
「ごめ、ん……、くっ、……僕、もう、痛くて……」
俺は膝をついて、裸の天黎を背中から抱きしめる。
無防備すぎるその姿から伝わってくるのは、軋むように痛がっている心と身体。
「僕……ぜんぶ、なくなって……っ」
「うん」
「陸來……は、僕の、そばには……いてくれなくて……」
「うん」
「だか、ら……僕は、もう、終わりなんだ……っ」
涙と一緒に吐き出された天黎の心。
何もかも終わってしまったという哀しみ。
……だけどな、俺はそうは思わないよ?
「すべてが、終わってしまったわけじゃない」
天黎。
ちゃんと俺の声を聞け。
耳元に顔を寄せる。
「……確かに陸來さんは他の人と結婚してしまう。だけどな、今までの想ってきた時間が消えるわけでも、無駄なわけでもないと、俺は思うよ」
「ムギ……トくん……」
「大丈夫だよ天黎。すべてを失っても、未来はやってくるんだ……」
「……でも、望まない未来なんてっ……要らない……」
「そうか? おまえが精一杯、陸來さんを愛した時間があったからこそ、やってくる未来だぞ?」
生まれつき身体が弱くて、霊場では腫れものに触れるように扱われて、そのなかで唯一愛した人には失恋して……。
(幸せになるのは、これからだろ?)
「大丈夫だよ天黎。今はまだ哀しくて、他のなににも目を向けることは出来ないかもしんないけど。ゆっくり……ゆっくりで良いんだ。もう一度、希望を見つけような?」
「っ……ムギ、ト……くん……、君はどうして……っ」
――どうして、そんなに優しくしてくれるの?
そう言った気がしたけれど、抱きしめた腕の中ではくぐもってしまって、よく聞き取れなかった。
読んで頂き有難うございました!
半分くらい終わりました。




