⑮お願いだから。
「違うよ! ムギト君は、僕の結婚相手のフリをしてくれただけっ!」
その通りだ。
だからさ、そんなに俺を睨むなよ……。
「それにムギト君は、外の世界で死にかけてた僕を助けてくれたんだ……。僕は、陸來がきてくれるのを、ずっと待ってたのに……」
辛かった日々を思い返したのか、ぼろぼろと涙をこぼす天黎。
「僕のいちばん好きな人は、陸來なんだ。陸來じゃなくちゃ、駄目なんだ。陸來のそばにいたい。一緒に生きるのも、死ぬのも……、抱きしめて欲しいのも、ぜんぶ陸來だけなんだ……」
もう隠すことなんて出来ないほど、膨らんでしまった気持ち。
(きっと天黎は、陸來さんだけでいいんだ……)
陸來さんさえそばに居てくれたら、幸せなんだ。
他にはなにも要らないほど……たとえ、今日このまま世界が終わってしまうとしても、天黎は、陸來さんがそばにいてくれたら、笑顔のまま死んでいけるのかもしれない。
「僕のそばにいてよ。僕のことだけ愛してよ。ねえ、お願い……陸來」
……そうだよな。
愛して欲しいんだよな。
そのために此処まで帰ってきたんだもんな。
(なあ……頼むよ、陸來さん……)
俺まで本気で願いたくなってしまう。
だって、天黎は、あんたがいなきゃ幸せになれないんだから。
それに、なんとなくだけど、陸來さんも天黎のことを、とくべつに想ってるんじゃないか?
そうじゃなきゃ、俺に対して感情的になったりしないだろ?
「陸來……お願い……」
縋りつくように両腕を伸ばす天黎。
だけど、その腕はあっさりと振り払われてしまった。
がくりと膝をついた天黎を見下ろして、陸來さんは言った。
「天黎、オレもおまえのことが、好きだよ……」
「!!」
「だけどな、オレを幸せにできるのは、おまえじゃない」
「……え……?」
「おまえじゃ、オレを……身も心も悦ばせることはできないんだ」
おい。
なに言ってんだこいつ。
「そんな……ことっ……」
「オレは、おまえを悦ばせることはできても、天黎……おまえではオレを満足させることはできない……」
「………っ」
(――やめろ!)
やめてくれ……。
頼むからこれ以上、どうしようもない事情で天黎を傷付けるのはやめてくれ。
痛々しいほど泣いて苦しんでるのが、あんたにだって伝わってるはずだ!
(振るにしても、ちょっとは言葉を選べよな。大人のくせに……)
俺は膝をついて、しゃくりあげて泣く天黎の華奢な背中をさすった。
こっちはこっちで子供みたいだな。
「とりあえず、今日のところはお引き取りいただけませんか?」
何故だかまた鋭く睨んでくる陸來さんに、俺は言った。
これ以上は本当にダメだと思う。
天黎が壊れてしまうから……。
「…………」
まだ何か言いたげな顔をしていたけど、陸來さんは無言のまま去っていく。
(良かった……)
俺自身も、さすがに抑えが利かなくなりそうだったから、帰ってくれたことにほっとする。
「天黎……大丈夫か? って、全然大丈夫じゃないよな……」
ひんやりする玄関の床にうずくまるように丸くなって泣いている天黎。
話しかけても、軽く揺すぶってみてもビクともしない。
ただただ、身体を震わせて泣いている。
(このままじゃ、また体調悪くしそうだしなぁ)
「天黎、ちょっと待っててな?」
俺は急いで干していた布団を取り込む。
よしよし。いい感じにフカフカになってる。
「おーい。天黎、動けるか?」
寝室に布団を敷いて、また玄関に戻る。さっきと同じ体勢のまま、やはり天黎は泣いている。
「疲れただろ。ちょっと休もうな? お布団気持ちいいぞ。干したばっかで、お日さまの匂いがするからなっ……と、」
よいしょ、と、俺は天黎を抱っこする。
多分、このまま待っても天黎は自分からは絶対動かない。
(いや、動けないんだよな……)
多分だけど天黎は……息をするのも、食べるのも、思考することだって、すべてが陸來さんに繋がっていたんだと思う。
天黎の世界は陸來さんで、陸來さんに「おまえじゃ駄目だ」と言われたら、天黎はもう何もなにも出来なくなってしまうんじゃないか……。
(天黎、大丈夫だからな)
腕の中でぐったりとしている天黎の背中を撫でる。
(俺は、まだ、ちゃんと隣にいるからな)
出会ってまだ日も浅いけど、すべてを失った天黎のそばに、今、俺はいる。
お読み頂き有難うございます!
……やっと書けました。




