⑫ご挨拶のときの作戦
天黎の家は立派な屋敷で庭や畑も広かった。
「でも僕は別邸……すぐ隣の離れにひとりで暮らしていたんだけどね」
「そっか……でもそこに、陸來さんがよく遊びにきてくれたんだろ?」
「うん。だから僕はぜんぜん寂しくなかった」
二人で玄関の前に立つ。
俺もだけど、天黎の横顔も少し緊張して強張っていた。
「天黎です。ただいま戻りました――」
そう言って、じっと返事を待っている天黎。
(自分の家なのに、ちっとも気楽な感じじゃないな……)
それがさらに俺の不安を煽る。
やがて内側から引き戸が開かれると、女の人の声がした。
「お帰りなさい。天黎さん」
「お久しぶりです母上。言い付けを果たし、ただいま戻りました」
おお。天黎のお袋さんか……。
見た目はやっぱ若いし、天黎の親なだけあって美人だ。
落ち着いた若葉色の着物に、しっかりと結い上げて纏めている髪。民放で人気のテレビドラマに出てくる、古き良き時代の主婦といった感じだ。
「では無事に結婚相手を見つけて……、えっ!」
お袋さんが俺を見て驚いた顔をした。
「母上、どうなされました?」
「い……いえ、天黎さん、まさかと思いますが、そちらの方は?」
「ええ、ですから「彼」が僕の結婚相手ですが……なにか?」
天黎の目が笑ってない。むしろ圧を感じる。
一方で、お袋さんは青ざめた表情で口元を手のひらで覆った。確実にショックを受けている。
居た堪れない気持ちになりながら、俺は挨拶をする。
「はじめまして。麦野生人と言います」
「は……はい……」
「天黎さんのこっ……恋人として、ご挨拶にうかがったのですが、あ、これ詰まらぬものですが皆さんでどうぞ……」
一瞬、声が裏返ってしまった。
(でも、これで予定通りだ)
右手に持っていた高級な海老煎餅の入った菓子折りを差し出す。
おそるおそる受け取るお袋さんの指に、俺はわざと自分の指をぶつけた。
「!!」
どうやらちゃんと気付いてくれたようだ。
これは天黎が考えた作戦だ。
『ムギト君に触れれば、きみの力がどんなものか気付くはずだから』
それは本当だったようで、さっきまで汚いものを見るようなお袋さんの眼差しが変わった。
これは成功したと言って良いだろう。さすが天黎!
「とにかく、中へお入りください」
「母上、父上にも挨拶をしたいのですが、自室にいらっしゃるでしょうか?」
「ええ。おりますよ」
「では僕達は挨拶にいって参ります」
ぎこちなく靴を脱いで、きちんと揃える。
(あー、途中で着替えてきて正解だったなぁ)
山を登ると聞いて動きやすい服装をしていたが、ご両親に挨拶となるとあまりにも失礼だろうと、俺は途中でスーツに着替えをしてきた。めちゃくちゃ抵抗はあったけど誰も見ていないし、汗で濡れた下着も取り替えて逆にスッキリした。
天黎の実家はきちんとした感じだし、荷物になったけどスーツを持ってきて良かったと安堵する。
「父上、天黎です。ただいま戻りました」
「――入りなさい」
ぶっきらぼうな声がした。
古き良き時代のお袋さんがいるなら、こっちは寡黙な頑固親父……とか?
襖を開いて、天黎が先になかに入る。俺は背筋を伸ばして後ろに続いた。
「天黎。その男は誰だ?」
挨拶もなく、厳しい顔つきの男がじろりと俺を睨んでくる。
こわすぎだろ……。背中に汗が滲んでいくのを感じる。
(天黎は親父さんじゃなくて、お袋さん似だな……)
気を紛らせようと、どうでも良いことを考えてみるが、親父さんの視線からは逃れられない。
俺は覚悟を決める。
そう……まだ予定通り。作戦通りにやればいい。
「はじめまして。麦野生人と言います」
「ふんっ。天黎、おまえの結婚相手はどうした? 見つけるまで帰ってくることは許さないと言ったはずだが」
「ですから父上……生人君が、僕の見つけた結婚相手です」
「ふざけるな!」
地鳴りのような声が響いた。やっぱ頑固親父だ。亭主関白だ。
ここは強引に推し進めるしかない。
「急に、男の俺が結婚相手だと言われて驚きましたよね? でも……お父さんっ! どうか俺のこと認めてください!」
「なっ、なにをっ!」
ちょっと芝居掛かっちまったかな。
とりあえず怒っている親父さんの腕を掴んで、俺は無理やり握手をした。
「!! きみはっ……!」
親父さんも、ちゃんと俺のことに気付いてくれたようだ。
今までの態度が軟化していく。良かった……。
「父上。僕は女の人と結婚しても、子をつくることはできません。だったら好きな人と一緒に生きていきたい……。生人君を霊場においても構いませんよね?」
天黎が臆することなく言う。
多分、俺が触れた時点で、親父さんには勝ったも同然!
「確かに今、龍神の気配を感じた……」
「そうですか……。俺は天黎に会うまで自分が何者なのか知らなかったんです。俺の両親ももう何年も見た目が変わらなくて……」
「長寿の民であれば普通のことだ」
「らしいですね。俺、実は……両親のことを探しているんです。何か知りませんか?」
「うむ。心当たりはないな。使いを出して他の霊場に問い合わせることもできるが?」
「是非、お願いします! しばらく此処に居させてもらうつもりです」
「ずっと此処で暮らすが良い。龍神の御魂を持つ者は、大地を豊かに繁栄させる……」
親父さんの目的は分かっている。
俺がいれば霊場の環境が良くなる。そしてそんな俺を連れてきた天黎のことを、無下に扱うことなんて出来なくなる。
それにつけ込んだ作戦を、天黎と俺は考えたんだから。
「では父上。お時間を取らせてしまい申し訳ございませんでした。僕達は別邸で暮らします」
「ならば、また本邸から使用人を遣らせよう」
「助かります」
「それから天黎……」
「なんです? 父上」
「五日後……おまえも良く知っている陸來の婚儀が執り行われる。出席しなさい」
「……今、なんて?」
天黎の顔から表情が消えた。
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