⑪ 魂の故郷
「ムギト君、目を閉じて。いいって言うまで開けたら駄目だからね?」
「わかった」
俺は言われた通りに目を閉じた。
ここは東京から少し離れた、人気もまったくない山奥。
誰も来ないと思うんだが、念入りに人間には理解不能な仕掛けを施し、霊場への道を閉ざしているのだとか……。
「あ、目閉じてても、なんかクラクラする」
眩暈なんて起こしたことないけど、頭の奥が揺れる感じが堪らなく不快だ。
なんか気持ち悪い。目を開けてたらもっと酷いことになりそうだ。
「ここだけ空間を変調させてるからね。ムギト君、手を引いて先導するね? 大丈夫。絶対離したりしないから」
「おう……」
左手を少し前に出すと、俺より冷たい体温が指先をぎゅっと握ってくる。
(だいぶ、マシになったよなぁ)
天黎の身体は少し前まで、真冬に降る雪のように冷たかった。
けれど俺と一緒に過ごすうちに顔色も回復し、体温も雪から雨くらいの冷たさに変わっていった。
(俺の持つ"浄化の力"のおかげって言ってたけど、自分じゃやっぱ分かんねー)
頭では理解していても、自分が長寿だということも実感までは至っていない。
これから向かう霊場には、そういう奴がごろごろいるんだろ?
おなじ日本でも、それはまるで異界の地。
天黎がゆっくりと俺の手を引っ張っる。
それに合わせて一歩ずつ足裏の感触を確かめながら進んでいく。
あ、クラクラが無くなってきたぞ……。
「もう、目を開けてもいいよ。お疲れさま」
慎重に瞼を開けると、目の前に天黎の銀色の髪が見えた。木漏れ日があたってキラキラと輝いている。
俺はずっと天黎の銀髪と銀目は、おしゃれでやってるのかと思ってた。
でも実は全部ホンモノで、小さい頃に高熱を出したことで色素が飛んでしまったらしい。だから不健康で、不出来な存在として、扱われていたらしいが……。
(でも天黎は、黒髪よりこっちのほうが似合うよな!)
うんうん、とひとりで頷いていると、天黎は不思議そうに首を傾げていた。
「見えてきた。あれが僕の生まれた霊場だよ」
「すげー。本当にこんな場所に人が住んでんだな」
山を登っていたと思ってたら、いつに間にか下っていた。
天黎が指差した先は山の中でも拓けていて、古民家のような住まいがいくつも建っている。
他には畑や田んぼや、神社の鳥居が見えたり、大きくてすごく綺麗な色をした池まであった。小さいけれど、ちゃんと人の営みが見えて正直ホッとした。
「不思議だ。……懐かしい感じがする」
空気も風も匂いも馴染むようにしっくりくるし、妙に安心感? ていうのか、ずっと前から知っているような変な感覚。
初めてきたこの場所が、俺にはないはずの「故郷」というものを想起させた。
――還る場所。
そんな言葉が頭に浮かんだ。
「ムギト君にとって、"魂の故郷"が近いからかもね」
「なんだそれ」
「覚えてるかな。ムギト君は龍神の加護を持ってるって」
「ああ。だから浄化の作用とか、身体が丈夫なんだよな?」
「うん。それは龍神の魂の一部を宿しているからだと言われてるんだよ」
「……お、おぅ」
天黎が教えてくれることを、俺は必死で理解しようとする。だだ……あまりにもスピリチュアルに偏っているのと、世界設定がぶっ飛んでいるから気が遠くなるんだよな。
「あそこに池があるでしょ?」
「ああ、綺麗なエメラルドグリーンの池だよな」
「ムギト君にはそう見えるんだね?」
「天黎は違うのか?」
「僕にはただの真っ黒な池にしか見えないけど。あれは龍神がやってくると言われている池なんだ。だからムギト君のなかの魂のカケラが反応してるんだろうね……」
――魂の故郷。
それを聞いたとき、いつも両親が言っていた「その時がきたら帰らなければいけない」という台詞が頭に甦る。何故だか無関係だとは思えなかった。
「ムギト君、もうすぐ着くよ……」
「緊張してきた。打ち合わせ通りだよな?」
「うん。打ち合わせ通り、まずは父上に挨拶に行くから、ムギト君は僕のそばにいれば大丈夫だからね」
「いきなり殴られたりしねーか? 俺の息子に手ェ出しやがって! みたいな……」
「あははっ! ないない」
天黎がおかしそうに笑う。俺は真面目に言ってるのに。
(だってそうだろ? 恋人として男の俺を紹介するんだから)
「父上は僕のことは白い目で見るだろうけど、ムギト君のことは大切に扱うはずだよ。だから予定通りに、ね?」
「……わかった。天黎は嬉しそうだな」
「うん。だってやっとだよ? やっと陸來に会えるから」
「そうだよな。それが目的なんだもんな」
そして俺達は霊場に足を踏み入れた。
畑には見たこともない野菜がたくさんあって、あとで誰かに聞いてみようと思った。
どこの民家の戸口にも、花が飾られていて、それを目にした天黎が「誰かの結婚が決まったみたいだね」と呟いた。
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