Ⅺ.Sister
side:Soleil
――アルファルド王国王城、王太子の私室。
広々とした豪華な居室で、私――ソレイユ・エルピスはある考え事をしていた。
知らない人が聞いたら笑い飛ばされるような、真摯に私の頭がおかしくなったのかと心配されるような、そんな普通では在り得ない事を、私は確信を持って知っていると言えるだろう。
――それはこの世界の事だったり、転生の事だったり、どれも信じられないような事。けれども私はそれが本当にあった事なのだと、身をもって経験したのである。
この世界に生まれ落ちてから、何だかひっきりなしに色んな事が立て続けに起こった。
けれども、私は何だかんだでこの――王太子妃という一番素晴らしい立場を見事ものにしたのである。
……それでも、私を悩ませる出来事はきりが無い程に沢山あるのだ。
――アウロラ・エルピスとソレイユ・エルピス。
悪役令嬢の姉と妹。
それが、ゲームでの私と姉の役割だった筈だ。
私は転生者でその役目を抜け出したけど、姉は転生者でもなんでもない。そのままの悪役令嬢の筈なのに。
――どうして、こんな事になっているの?
今世の私の姉である少女――顔も容姿も思い出せない彼女の事を考える。
ダンタリオン・エルピス――。
身体が弱くて学院に通えないから、家で……エルピス公爵家の屋敷で過ごしている私の姉。
出来るだけ実家である公爵家とは関わらないように、エルヴィス王太子様――エルと過ごす様に心がけていたから、姉なんて本当に覚えていない。
けれど、私がエルの婚約者になったから、姉もついでに弟であるアルヴィス第二王子様の婚約者候補として選ばれることとなったのだ。
……どうせ、エルピス公爵、私の父が手を回したのだろう。ゲームの時から、そういう人間だった。
それにしても……彼女は、あの人間は何?
ダンタリオンなんて名前、あのゲームには出てこなかった筈なのに。
そもそも、姉の名前は「アウロラ」よ。ダンタリオンなんて名前では断じてないわ。
それに、オリヴィア第一王女。
完璧無欠の第一王女だなんて、そんな肩書はなかった筈なのに。
唯の、ヒロインサイドの味方の王女ってだけだったのに。魔術キチで、気味悪がられていた筈なのに。
ヘルミーナ・フォッサルデは恐らく私と同じ転生者。だってあんなキャラゲームにいなかったもの。
――この世界は、何処から何処までがゲーム通りなの?
ヒロインであるフェリシア・カルケードは蹴落とした。……でもあの女は、本当にヒロインなの?
確かにゲームのヒロインと同じ名前で、同じ様に希少な光属性の魔術を使う。
転生者で、本来のヒロインの性格とは違ったからあんな事になったの?
「……一回、ダンタリオン様とは会ってみる必要があるかしら」
私と同じ転生者だったら、話せば分かる。
転生者だったら、アルヴィス様を譲る必要もあるかもしれない。転生者じゃなければ、当初の予定通り姉を言いくるめてアルヴィス様の正妃に据えて、それからじっくり私がアルヴィス様を落とせば良い。
……あの婚約破棄イベントで、エルが私にベタ惚れしている事は分かっているのだ。
逆ハ―エンドなんてどう考えても現実的に無理だけど、エルとアルヴィス様二人だったら行けると思うのよね。
――その為には、まず姉と会わなくては。
父と母に会うのは余り気乗りがしないのだが……私の望みの為ならば、少しは我慢しないと。
「……取り敢えず、予定を空けなくてはね」
私を実の娘のように可愛がってくれている王妃様にこの事を話せば、良いように取り計らってくれる筈。
王妃教育は大変だし、少しお休みが欲しかったのもあるから、その辺りもそれとなく伝えてみようかな。
姉には悪いけど、私の幸せな未来の為よ。諦めて犠牲になって頂戴?
どうせ体が弱いのだから、まともに何も出来やしないのだ。
――私の御蔭で、王子様と婚約できるのだから嬉しいでしょう?
「……ふふ、アルヴィス様、待ってて下さい。必ず落として見せますから――」
頭の中でこれからの計画を立てながら、一人ほくそ笑んでソファから立ち上がる。
そうと決まったら、早速王妃様に会いに行って私の意思を伝えなくては。
――自身の計画の失敗などあり得ないと言わんばかりの自身と希望をその顔に浮かべて、ソレイユ・エルピスは唯自身の欲望のまま邁進する。
■
何時ものエルピス公爵家でのお茶会で、主催であるダンタリオン・エルピスは首を傾げていた。
疑問符が頭の上に浮かんでいるかのような表情は、彼女の目の前に座るオリヴィアも初めて見るものだったが、オリヴィアが知りたいのはそこではない。
「……?」
「ダンテ?」
「……そんな名前の人間、いたかしら」
「……いやあのダンテ?……あなたの妹よ?」
「知らないわ、そんな人間……どんな容姿だったかしら」
「……はい、ダンテ。これがソレイユ・エルピスよ。貴方の妹」
そう言ってオリヴィアは慣れた手つきで掌に収まる程の小さなソレイユの絵姿を取り出して、目の前のダンタリオンに渡す。
ダンタリオンは興味のある人間に対してはまともに対応するのだが、このように興味の無い人間に対しては対応どころか反応さえしない、覚えていないという事が普通であった。
おそらくダンタリオンの妹であるソレイユ・エルピスはそれに該当する人間だったのだろう。
幾らほぼ会っていないといっても、血のつながった家族である。普通なら嬉しく思うのだろうが、ダンタリオンは肉親であろうとなかろうと特に何も思わないらしい。
――彼女が望むのは、「美しい瞳」の持ち主だけ。
それに当てはまらない人間は、彼女の視界にすら入らない。存在さえ、無い物として扱われる。
ダンタリオン・エルピスは残酷なまでに、「人間」をそういう風にしか認識しないのだ。オリヴィアは、ダンタリオンとの長年の付き合いでそれを嫌と言う程に知っていた。
故にダンタリオンのこの反応を見ても、特に何も思わない。寧ろ、この反応を予測して絵姿を用意しておくなど、その行動は余りにも手馴れていた。
小さな絵姿は、持ち運びがしやすくそれなりに安価なので様々な人に重宝されている代物だ。
貴族がお見合い等をする為に自分の息子・娘の肖像を絵師に書かせて出来る絵姿は、そのままでは非常に扱いにくい。その為、その絵姿を魔術によって圧縮・複製する事によって、簡単に持ち運び・取り扱いを楽にするのである。
当然、筆頭公爵家の令嬢であるダンタリオンとソレイユのものも存在する。なのでオリヴィアがソレイユの絵姿を持っている事に違和感は無かった。
ダンタリオンはつまらなさそうにソレイユの絵姿を見る。
「…………あぁ。青の瞳の。玩具にもならないと思って、興味が失せたのよね」
「――濁って、歪んだ汚い蒼。つまらない。まだ人形の瞳の方が、見てられるだけいいわ」
そう言って、ダンタリオンはオリヴィアから受け取った絵姿を興味なさげに突き返す。
オリヴィアはダンタリオンから絵姿を受け取って、溜息をついた。
――ダンタリオンからソレイユの話題が出た事が一度も無いという事実から、ほぼ予想していた結果だったが。
「つまらないモノとお話する趣味は無いわ」
「……容赦ないわねぇ、ダンテ。まぁ、私としてもそうした方が良いとは思うけど」
ダンタリオンの余りにも素っ気ない言葉に、オリヴィアは溜息を吐いた。
人間では無く、モノ扱い。
この大親友が此処まで言うとは、珍しいというか、不安が渦巻くというか。オリヴィアとしては頭が痛い所である。
「……どちらにしろ、あっちが接触してくる気まんまんなら、此方も行動を速めなくてはね。彼方の思惑に乗ってやる必要なんて無いんだから」
そう言ってオリヴィアはティーカップに口を付けた。
ダンタリオンとのお茶会が無くなるのは少し寂しいのだが、彼女の事を考えれば「これ」が最善の手である事は間違いないのだ。
ダンタリオンとオリヴィアが会話出来なくなるわけでは無い。お茶会だってそれから先一度も無いなんて事は無いのだ。だってダンタリオンは全てが終われば此方に戻ってくるのだから。
オリヴィアは、目の前の大切な大親友を見て微笑んだ。




