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噛み合わない契約だけど

アルハンソロはごくりと生唾を飲み込んだ。


マリンを見た時のような、生々しい生唾ではなく、命の危機を感じるような生唾である。


「で、殿下……ここは一旦下がったほうが」


鼻血を噴いて倒れていた側近のクアトロがいつの間にか立ち直り、アルハンソロの隣でガクガクと震えていた。逃げましょうよ、と腰が引けている。


ええい、情けない!とアルハンソロが袖を振るってクアトロの手を己から引っぺがした。


「い、い、いかにも!」


声が裏返った。


ごほごほ、と慌てて喉を整え、きっとアレックスを睨み返す。笑顔を見せているつもりだが、頬が引き攣り今にも泣きそうな笑顔になっていた。


「私の名は、アルハンソロ!ラリア王国の第一王子にして、王太子である」


そこで騎士とクアトロが、一歩下がり頭を控えめに下げる。


当然アレックスも頭を下げると見越してのことだったが。


「俺たちは劇団スピネルの団員で、俺はアレックス。こちらの二人はセルゲイとマリンという。いきなりイセカイショーカンをされて戸惑ってはいるが、舞台は舞台。ショーに上がるからには、報酬はいただく」


相手に名乗られたのだから、名乗り返すのが当然である。アレックスは堂々と仲間を紹介し、セルゲイは観客に向けて、ボウ・アンド・スクレイプを、マリンは片足を頭の横に上げ伸ばし片手でホールドし、クルリと一回転をして挨拶をした。


アルハンソロがまたしても顔を赤く染め上げて固まった。


全く初心である。


「……ねえ、ここ健全指定じゃないわよね?」


劇団スピネルのスピーゲルテント「ラ・ロンド」は大人のサーカス劇場である。18歳未満はお断りの舞台なのだ。見た感じ、皆成人していると思ったのだが、その反応はどうにも初々しい。


特にこのアルハンソロと名乗り上げた青年は、マリンを見るたびに真っ赤に染まり、アレックスを見ては青白くなっている。ちょっと心不全を起こしそうな勢いで心配になった。


それを聞いたアレックスが付け足す。


「子供に見せるためのショーではないので、18歳未満はご辞退いただきたいのだが」


「なっ!?私が子供だと申すのか!」


カッとなったアルハンソロが叫ぶ。


「その反応を見る限りでは。しかしながら18歳以上であるなら、問題はないが」


「私は20歳を超えている!問題ない!」


問題はそこではなかったのだが、アルハンソロは子供と馬鹿にされたといきり立ち、アレックスの雰囲気に呑まれていた。


そのほかにも席を立つ人はいなかったため、全員が18歳以上ということで「ま、いいか」となった。


「では、自己責任ということで。報酬は、そうだな……拘束時間、ショータイムに90分、準備期間を含めて金のインゴット一枚、ってとこかな」


「金のインゴットって……え、それが報酬?」


マリンがつい、声を出してアレックスに尋ねた。


「だって、紙幣価値が違うでしょ?金ならどこの世界でも問題なく持ち帰れるじゃない」


「おー。さすがアレックス」


「それもそうか。ドル札なんてないだろうしな」


「で、金のインゴットっていくらぐらいなもの?」


「知るかよ。買ったことないし」


「まあ、給料分よりは高そうよね?」


「100g相当なら、そうね。それに出張費も込みよ。そもそもこっち、相場も知らないでしょ、バレないわよ」


「あくどい!」


「異世界出張は高く着くのよ」


「ほぼ拉致だけど」


「同意じゃないことは確かね」


アレックス達がコソコソと会話を続ける中、アルハンソロの方もボソボソと会話を続ける。


「金のインゴットとはなんだ」


「よくわかりませんが金貨1枚でいいのでは?」


「では三人分で金貨3枚?そんなものでいいのか?」


「彼方がいいというのであれば、問題ないのではないでしょうか?」


「ふむ。金の価値観が違うのかもしれんな」


「むしろ、指定された方がやりやすいかと。下手に爵位や土地を差し出すよりはよろしいのでは?」


「それもそうだな。多少の宝飾品も合わせて出せば、他国からの顰蹙も買わずに済むだろう」


「ええ、勇者達の望むようにいたしましょう。その上で色をつければ我が国の株も上がりましょう」


両者共が話し合いを終え、にこりと微笑んだ。


「良いだろう。成功した暁には、希望する宝飾品も一人にひとつづつ、つけて遣わそう」


アルハンソロが慇懃にそういうと、アレックスもにこりと微笑んで握手を求めた。


「ボーナスも貰えるようよ。アタシ騎士の剣が欲しい」とアレックス。


「私はルビーの指輪かダイヤのネックレスがいいな」と言うのはマリン。


「俺は考えておく」とセルゲイが付け足した。


「契約書ちゃんと書いてね、アレックス」


「もちろん」


またしても、どこから現れたのか劇団スピネルの専用契約書をスーツケースから取り出し、報酬額、期間などを書き込んでいくアレックス。


「団長のサインがないと完全な契約書じゃないんだけど」


その時。


慌てた騎士がテントの中に走り込んできた。




「大変です!魔族軍が押し寄せてきました!!」



テントの中は一気に緊張に包まれた。



読んでいただきありがとうございます。感想・ブクマもお待ちしています。

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