再構築
維月は、その後維心を振り返り振り返り、月の宮へお越しになる時は、月に仰ってくださいませ、とだけ言い置いて、月へと帰って行った。
維心は、それを見送って、思ってもいないほど、心が軽くなったのを感じた。
結局は、ルシウスが言う通り、逃げずに今日、話して良かったのだ。
皆が出て行ってから、もう二時間ほど経っている。
維心は、宴の席に行かなければと、会合の間をやっと出た。
すると、外では義心が心配そうに膝をついて待っていて、言った。
「王!あの…皆様お揃いですが、ルシウス様は帰られました。」
維心は、頷いた。
「だろうの。良い、待たせたの。宴の席へ参るわ。」
あまりに長いので、もう宴に出ないと言うと思っていた義心は驚いたが、頭を下げた。
「は!」
そうして、維心の後ろについて、大広間へと入って行った。
大広間では、待ち構えていた炎嘉が、急いで言った。
「維心!よう来たの、さあ、早うこちらへ!」
維心は、苦笑した。
「何ぞ、我の宮であるのに。」と、炎嘉が示す、席へと座った。「ルシウスは帰ったのだがの。何を話しておったのか、あやつは言わずに戻ったゆえ、案じておったのだ。どうであった?」
維心は、答えた。
「…ルシウスは、誠によう出来たヤツよ。あれは、かなりの事を見通しておる。我が、考えぬようにしておったことや、我が分かっておらなんだ点を、絞って分かるように説明してくれたゆえ、我も悟りがあって考えることができた。ゆえ…まあ、もう闇を案じるのはやめる事にする。」
焔が、顔をしかめた。
「まあ、案じたところで何もできぬしな。こちらでも、もう言うてもしようがないから、見たままを信じて受け入れようと申しておったところよ。ということは主、これまで一人で考えておったのか?」
維心は、首を振った。
「いいや。悟ったゆえ、維月に話したいと申したのだ。それで、話して来た。結論から言うと、我らは再構築を始めようと思うておるのよ。別居のままで、一からの。」
志心が、顔をしかめた。
「別居のままで?誠か。主はそれで良いのか。」
維心は、頷く。
「我は、維月がどんな命でどう思ってどんな困難の上に生活しておるのか、誠に理解してはおらなんだ。それを、ルシウスは我に分かりやすいように話してくれた。あれがこれまで励んでくれたのなら、今度は我の番。我が、時を作ってあれと一からやって参るしかないと思うたのだ。月の宮へと通う。時に、あれもこちらへ参る。それで、過ごそうと思うておるのだ。何より、維月は闇と共存することで、陰の月としての仕事が増えた。王妃をしておる暇がないのだ。」
炎嘉は、言った。
「そうか。とにもかくにも主らがそれで、納得して落ち着いたのなら良かったことよ。確かに対外的には、闇と共存となって陰の月の仕事が増え、龍の宮に住むことができぬから別居だと申せば、今は通るではないか。いつか離縁になるのか、また同居するのか分からぬが、それまで不自然に思わせぬ理由ができる。良かったと思う。」
焔も、頷く。
「そうよ、確かに維月は陰の月として、これからも闇と上手くやってもらわねばならぬから。十六夜があんなことを言い出した時にはどうなるかと思うたが、維月と主が話せる仲なら案じることもなくなる。神と月が分断するのを食い止めるためにも、主と維月の仲は神世に必要なのだ。炎嘉が申すようにしよう。」
別居は仲違いではない。
闇との共存のため、闇を治めるために、維月は月の宮に戻るのだと。
そこからは、これまでが嘘のように落ち着いた様子で、時に楽など楽しみながら、久しぶりに王達は、肩の力を抜いたのだった。
ルシウスが自分の宮の建設現場に出現すると、そこに青い髪に青い瞳の美しい男が出現した。
この、気配が読みにくいのにやたらと大きな包み込むような気は、地中で嫌になるほど感じていたものだ。
間違いなく、これが地の人型なのだろう。
維月の父だと聞いていたので、今少し歳上の姿かと思っていたが、地は若々しく全く老いた様子はない。
ルシウスは、言った。
「…して?地が我に何の用ぞ。これまで、何があっても全く干渉して参らなかったのに。」
碧黎は、言った。
「我は、主らをよう見ておらなんだからの。」碧黎は、じっとルシウスを見つめて、表情を変えずに言った。「闇だと我の中におるのが疎ましかった。外へ出ぬかとイライラしたこともある。だが、此度のことでそれを後悔した。我の親が、闇も愛する命なのだと申してな。我にはその意味が、やっと分かった心地なのだ。我は、主に謝りたいのよ。」
ルシウスは、淡々と答えた。
「別に。疎まれることには慣れておる。それでも主は、我らがあそこに長く潜むのに、神に伝えたり月に伝えたりしなかった。ゆえ、ここまで我は生きて来た。それには感謝しておる。」
碧黎は、苦笑した。
「禁じられておるからよ。」ルシウスが、驚いた顔をした。碧黎は続けた。「我は、己が育む命達の学びを邪魔することは許されておらぬ。知っておったが、言えなかった。言えたら言うておったろうな。何しろ、良い闇など見たことはないし、たった一体あったそれも、維月を取り込み共に黄泉へと連れて参った。ゆえ、警戒しておったのだ。だが、主は思うておったほど愚かではなかった。」
ルシウスは、言った。
「…主に制限を加えるなど、どんな命なのだ。主がその気になれば、地上の全ては死に絶えよう。闇を消すなど簡単なこと。我らなど、主からしたらチリ同然だろうに。」
碧黎は、答えた。
「我には親が居ると申したではないか。他の命の学びを阻害するような干渉をすると、我は意識を失うのよ。眠り込んで目を覚まさぬようになる。しばらくの間の。」
親…。
ルシウスは、そんな大きなものがまだこの上に居るのかと驚いた。
「…それは、どんな存在ぞ。」
碧黎は、言った。
「この世界を作った命ぞ。あれもまた学んでおる。我らを見ることでな。世に不公平が生じないよう、見守っておるだけで、余程のことがなければ干渉はせぬ。とはいえ、主は一度会っておるのだぞ?」
ルシウスは、え、とさすがに目を丸くした。
「我が?どこでぞ。そうと知らずに?」
碧黎は、頷いた。
「覚えておるだろう。主が地下に潜ろうと決めた夢の話をした命。陰陽の月が生まれたと知らせ、その意味を話した命。あれが、創造主ぞ。天黎と我らは呼んでおる。天黎は、早くから主のことも見て知っていた。我らには一切話はしなかったがの。」
天黎…!
あれが、創造主だったと言うのか。
「我らを愛おしい命と申した。あれが、創造主であったのか。天黎と…。」
ルシウスは、何か熱い感情が胸の内から湧いて来るのを感じた。
地上の誰もが疎む命として生まれた自分を、最初に愛おしい命と呼んだのは、天黎だったのだ。
その言葉があったからこそ、陰の月も己を認めてくれる未来があるやも知れぬと思った。
誰にも認められぬと思っていたが、天黎が認めてくれたからだった。
「泣かせるでないわ。」
急に、別の声が割り込み、ルシウスはハッと顔を上げる。
そこには、目が覚めるほどに美しい金髪のに、空のような青い瞳の、それは美しい人型が浮いていた。
…この声…。
ルシウスは、覚えていた。
あの時の声は、これだったのだ。
「…泣かせるとは…?」
ルシウスが戸惑う顔をすると、天黎は苦笑した。
「泣いたことなどないものの。分からぬやも知れぬが、主は今泣いておる。」
我が…?
ルシウスが不思議に思って頬に触れると、確かに自分は涙を流していた。
「…どうしてこのような。」
天黎は、微笑んで言った。
「人型で居るといろいろ分かることもある。主はつらい生を耐え抜いて生きたが、その間一度も感情に動かされる事もなく、泣いた事もなかったの。我は知っておる。見ておったからの。主は我や碧黎が作った命ではないが、我らが作った人や神が作り出した命ぞ。等しく愛される価値がある。もちろん、性質は重要ぞ。性質が悪い命は、闇でなくとも一度、黄泉へ参ってその罪を禊いで心根を入れ替え、また学びに出て参る必要があるが、主は禊ぐ罪もない。学ぶのだ、ルシウスよ。主が生み出された意味を。そして、己の責務を探してそれに邁進するのだ。それこそが、命を大きく成長させて、また学ぶための礎となる。主にはできる。世が、こうして主が学ぶための場を整えた。これから世は、また良い方向へと参る。様々な神や人の学びを助けて、場は作られたのだからの。」
碧黎は、それを聞きながら、確かに、と思った。
これ以上成長することは難しいと思っていた自分でさえも、今回の出来事でまた、少し成長した。
維心でさえ、己の中で学びを得た。
それを自覚しているのかは分からぬが…。
ルシウスは、自分に発現した知らない感情に、しばらく天黎と碧黎に見守られながら、涙を流し続けたのだった。




