心の披歴(別視:ダン)
(別視:ダン)
・・・
____________本当にこの選択は正しかったのだろうか?
いつもより更に深く眉間にシワを寄せたダンの視線の先には、場内の変化に必死についていこうとする少女の姿があった。
いつだって愚直に、そしてひたむきに____。
己と向き合っている彼女がもしかしたら今日、選抜試験でその命を落とすかもしれない…。
最悪の結果を想像して拳を強く握りこむ。
万が一にも、彼女が死んでしまったら?
果たして自分はいつものように平静を保っていられるだろうか?
自分には関係ない事だと、女子供がいくら死のうとどうでもいいと、いつものように思えるのだろうか?
自問自答したダンがフッと息を吐く。
思わず自分に呆れてしまったのだ。今更なんだ?と。
今のダンでは、かつてのように平常でいることは到底できないだろう。
そして、らしくなく取り乱し、更にこの心は荒んでしまうに違いない、と。
いつの間にか、レイの存在が自分の中で途方もなく大きくなっていることを思い知らされ、ダンはその手で目を覆った。
あれほど、大切なモノを作っては失い、後悔したというのに____。
大切なモノなど、作るだけ負担になるというのに…。
失って学んだのではなかったか。
繰り返し失敗しても学ばないヤツは間抜けだと、そう見下して今まで手にかけてきた雑魚どもと自分も同じじゃないかと。
現国王レオニアとその息子、王子レクリュス____そして今は亡き王妃でありレオニアの実の妹であったルナヴェル。…ついでにキアラとフィーリ。
自分の人生の中で彼ら以上に大切な存在など、もうできることはないと…。
作りさえもしないと誓ったはずだった___。
けれども、運命というものは残酷なもので、レクリュスの傀儡に仕立て上げようと拾った少女は、いとも簡単に男の心にぬるま湯のような安らぎを与え、大切だった彼女を失ってからぽっかりと空いた心の隙間を埋めてしまった。
もしあの子を失えば、とうの昔に死んだはずの心が____失ったはずの感情が、また悲鳴をあげてしまうほどには…。
ふと視線をやったレクリュスの顔色はいつも以上に青白い。
不安気な色を、その端正な顔にあからさまに浮かべていた。
レイの安否に関しては、レクリュスが最も気にしていることだろう。
一瞬たりともレイから目を離そうとしない若き王子の背に、周りからバレないようそっと手を添えた。
数年ぶりの再会をつい先ほど果たしたばかりだというのに、大切な子が己のためにその命を危険に晒しているのだから気が気でないのは当然だ。
だが、王族の一人であるレクリュスが特定の隷属だけを優遇することは立場上許されるものではない。
贔屓してしまうとレイの立場が更に危うくなってしまう。
「そうあまり不安げに見つめてやるな。____逆効果だ。」
「…っダンはよく…、よく、そんなに落ち着いていられるね。」
「あの子は俺が育てた。…信用している。」
「それは…そう、なん…だけど。」
牽制もかねてレクリュスに声をかけるも、「でも」「だって」と不満げに言い籠る。
これ以上は何を言っても意味はないと放置することに決め、言い淀むレクリュスを横目に会場全体に目を移した。
今の言葉はレクリュスにかけているようで、実のところは自身にも当てはまるものだ。心配を募らせても、レイの助けになるわけではない。
見守るしかないのだ。この近いようで遠い観覧席から_____。
あの子は大丈夫だと。
この自分が鍛え上げたのだからと。
なんの確証もない言葉を自身にも言い聞かせた。
だが、早速会場の中心部から早速上がった血しぶき、いや血柱ともいえるような惨憺たる光景に心臓が早鐘を打ち始める。
地面の割れ目から現れた試練用の魔物は、魔物の中でもトップレベルに危険なヤツだ。
今までの選抜試験でも選ばれたことなどない、特級クラス。
「ッダン…!?。アレは一体…????」
「____やってくれたな、あの祭司長…。」
異形の魔物を初めて目にしたレクリュスが小さく悲鳴をあげる。
想像していたものよりも遥かに大きく禍々しい魔物は会場中の視線を釘づけにしていた。
ダンたちの反応とは真逆に、会場内は最高潮の熱気に包まれる。
他の貴族どもが魔物の姿に夢中なる中、ダンは祭司長を勢いよく睨みつけた。
視線で人を殺せるなら、とっくにあの老人は切り刻まれているだろう。そんな強烈な視線を浴びながらも祭司長はニタニタと笑みを浮かべていた。
この老いぼれは、最初から今回の試験で誰一人として生還させるつもりなどなかったのだ。
確かに、過去には一人も選抜試験を通過できなかったという年もある。
だが、それは数十年に一度あるかないか。それも、参加した隷属がたまたま成人して間もない者。
ほとんどがほぼ子供が参加していた時ぐらいだ。
いわば参加者の実力不足、経験不足が原因である。だが、今回は…。
教会側が用意した試験(魔物)による参加者達の全滅など、思い返しても一度もない。
選抜試験史上起きたことなどないのだ。
歯が砕け散ってしまうのではないかと思うほど、ダンは奥歯を噛みしめた。
強く握られた拳からはポタポタと血が流れ落ちる。殺してやりたい、今すぐにこの下種を。
ずたずたに引き裂いてやりたい。
凶暴なダンの性が首をもたげていた。
レオニアやレクリュスの目さえ無ければ、すぐにでもあの老害の胴体と首を切り離してやるところだ。
そしてその穢れた身から噴き出た血肉をあの魔物にくれていやるというのに。
そんな暴力的な思考が脳内を占め、うっかり行動に移してしまいそうになる衝動を何とか抑え込む。
「…ダン、例年であればあのような魔物は、この選抜試験に用意されることはないんだね?」
「…ない。今までにもなかったはずだ。」
「______そう。…わかった。」
絞り出すようなダンの回答に静かに頷いたレオニア。
王はすでに凄惨な状況になりつつある会場を、何とも冷たく見下ろしていた。
毎年選抜試験を見届けてきたダンがこれを「異例」だと唱える。
これだけで教会側に苦言という名の【警告】を告げることは可能となった。
ただ、教会側もここまで勝手をすればレオニアから警告が来ることはわかっていたはず。つまり、警告を受けてでも今回の参加者を…、彼女を殺したいということだ。
苦虫を嚙み潰したような顔で会場を見つめる二人。
ダンの怒りが、燃え滾るような激情だとすれば、レオニアは灰の中でくすぶり続け、静かに、だが延々と燃え続ける憎悪だ。
こうして蓄積されてきた怒りが今にも溢れようとその心で爆ぜている。
(まったく、舐められたものだ…。少し甘やかしすぎたのだろうか?)
ほんの少し、教会の連中を自由にしておいたらこの様だ。
基本的に、教会側も王族側もお互いのことには不干渉であることを暗黙の了解としている。
権力の均衡を保つため、それぞれの実権や管轄等には基本手を出さない。
だからこそ、ある程度のことはお互い目を瞑るのだ。
例えそれが非人道的なことであったとしても_____。
だからこの選抜試験に関しても教会管轄だから口は挟まず静観してきた。
しかし、今回の事例をもって、果たして教会だけの領域なのか?と、疑問視できる事案が生まれた。
選抜試験は王侯貴族達の側近となる黒賊を選ぶ重要な儀式。己の命を預ける存在を選別する為の催しであるのだから、教会側の意向でその結果が左右されて良いものではない。
普段、温和なレオニアの眉間に似つかわしくない、深いしわが刻まれる。
油断していた。と言ってしまえばそれまでだが、ここまで大きく教会側が王族へ喧嘩を売ってくるとは想定外だった。
不意打ちとはいえ先手を打たれてしまったと、レオニアは自分の甘さを悔いた。
次から次へと、自分の目の前で若い命があっさりと散り去っていく。
それはもう虫けらのようにあっけなく______。
改めて見守ることしかできない無力さを思い知らされ「王」とは一体何なのか。
何ができるというのか、という虚無感に囚われた。
***
(レイはどうなった…!?。)
血走った目でダンは少女を探す。
すると会場の端に強烈な色彩が写った。いたるところで血しぶきが上がり始める中、彼女はその合間を縫うようにうまいこと魔物の襲撃を避けている。
すぐ側にはレクリュスと同じくらいの若者がいて、お互いがお互いを守り合っているようだった。
____なるほど、同じ境遇の者同士手を組んだらしい。
集団戦となれば誰かと共闘して対応することは良策だろう。
「ダン、レイは?」
「見ろ…無事だ。」
会場のパニックに引き摺られレイを見失っているレクリュスに顎で指す。
レイの生存を目にしたレクリュスはほっと息を吐いた。
「…一緒にいるのは?」
「さあな、だが共同戦線を組んだんだろう。賢いな。」
短槍を構える青年もそこそこ動けるようでレイと同様に魔物の襲撃をうまいこと躱しながら、現状を打開する機会をうかがっていた。
そして、レイの瞳を防護する魔法はとっくに解かれているというのに、いまだに誰も気づいていない。
会場の混乱と喧騒、そして丁度目の下まで伸びている彼女の前髪が良い感じに功を奏しているようだ。
いつその瞳が持つ真価を発揮するか、ひりつく緊張感の中、レクリュス達と共に固唾をのんで見守った。
頼むから、生き残ってくれ__________________。
ダン達全員がそう、強く願っていた。
・・・




