選抜試験-4
いつぶりの更新だろう・・・。
レクリュスがサッと右手を払った瞬間、狭まっていたレイの視界が開ける。
レイにかけられていた瞳を隠す魔法が解かれたのだ。
これにより、レイの特別な秘密は惜しげもなく世に晒される。
だが、誰もが闘技場の変化を把握することに精一杯で、まだレイの瞳の色に気付いている者はいない。
けれどそれも時間の問題だろう。
彼女は誰よりも注目を浴びてしまう今回の中心人物だ。
自分の素顔を堂々と世に晒したたことがなかったレイは、自分にかけられていた魔法が解かれたと分かった瞬間、反射的に顔を俯かせて、呼吸を乱した。
バクバクとなる自分の小さな心臓に手を当て、ゆっくりと深呼吸を繰り返す。
延々と闘技場内をこだまする角笛と喧騒の中、おずおずとレイはレクリュスを見上げた。
じっとレイを見つめていたレクリュスは、きゅっと切なげに目を細めて信頼の証とばかりにゆっくりと頷いた。
____あぁ。信じてくださっている。こんな私を、あの方が。
それを確認したレイは焦れながらもレクリュスに背を向け、バルテスの元に駆け寄った。
必ず期待に応えなければならない。彼の名誉と威信にかすり傷1つもつけてならないのだ。
それに残念ながら選抜試験では誰にも助けを求めることなどできない。
今でこそ味方でいてくれているというバルテスでさえも、心からの信頼を寄せることなど到底不可能だ。自分以外は皆、敵だ。
ここから容赦も慈悲もない、無法の殺し合いが始まろうとしている。
「おい、大丈夫か?」
あまり表情に出してないが、気配に敏感なバルテスはどうやらレイの緊張を感じ取ったらしい。
気遣わしげに手を差し伸べてくれたことに、感謝ながら青年にしてはがっしりとした手に自分の手をギュッと重ねた。
この世界において、レイはまだ成人になりたてほやほやの12歳だ。
精神年齢はとうに成人していたとしても、体の年齢に引っ張られて時折、言動が幼くなることがある。
自身が抱えているこの不安もそれによるものだと必死に言い聞かせ、手を離さないでいてくれるバルテスに今は甘えた。
「______…これより、選抜試験を始める。
______若き隷属よ…、健闘を祈る。」
息をつく間もなく祭司長ヴァルハラの声が場内に響き渡り、喧噪がしんと静まりかえった。
静かに高見の見物をする観客達の瞳には狂気的な熱が宿っている。
(あぁ…。___狂ってる)
人々が殺し合う姿を、酒を片手に鑑賞するなど狂気の沙汰だ。
日本人の感覚が正しいのなら。
誰が勝ち残るか、その結果に金品をかけて楽しんでいる。
古から続く伝統的な儀式だというのに、古代ローマの剣闘士のような扱いを受けていることがレイにとって屈辱的だった。
けれど、それと同時に何故だろうか?
とてつもなく興奮している自分がいる。
そしてそんな自分を驚くこともなく自然と受け入れてしまっている。
あぁ…。
これが、隷属か。
黒賊は歴史的に見てもその役割はれっきとした護衛だ。
一体どれだけ、自分たちの命が黒賊達に守られてきたのか、考えようともしない白亜に沸々と怒りも湧く。
この選抜試験はそんな王族や上位貴族専任の護衛を選ぶ重要な試験だ。
自分たちの身辺警護を任せる、大切なボディーガードを賭け事の道具として見るなど言語道断_____。
そうであるはずなのに、誰もこの現状に異を唱えない。
そう、たとえ王族達でさえでも________。
そんな狂気がレイの好戦意欲を更に焚きつけていた。
「ッッッ!!??な、に…!?」
高まってきた興奮に水を差すように、突然レイ達が立つ闘技場の地面が地震の様に揺れはじめる。
そして地面のところどころが不自然に盛り上がり始め、その盛り上がった地面を突き破って全長2-3mほどの円錐状の柱次々と現れた。
突然の出来事に、反応できなかった隷属の何人かは既にその体を貫かれてしまう間抜けもいた。
現れた柱はちょうど攻撃を躱したり、身を守るための防壁として使えそうな大きさだ。
自分達の近くの地面からも勢いよく氷柱のような鋭い柱が飛び出し、レイとバルテスは咄嗟に飛びのく。
闘技場が試験の為の地形へと姿を変えようとしていた。
次々と柱が付き出してくる最中、レイはその地面に違和感を覚える。
(_____地割れ?)
柱のせいではない不自然な地割れが、黒賊達の周りにまるで生き物のようにのびていく。
それは障害物となる柱を避け、まるで意思を持つかのように辺りの地面にひびを入れていた。
地中から飛び出してきた柱を器用に避けて走る地面の裂け目を見て、レイは咄嗟に視線を巡らせる。
本能が危険を感じ取っていた。
___________おかしい、何かおかしい。
背筋がぞくっとし、嫌な汗がだらだらと伝う。
ふと見上げた先にいた祭司長の瞳が、怪しく三日月形に歪んだ。
まだ、会場の変形は終わり切っておらず、他の黒賊達は柱を避けるのに集中していて自身の足元の異変に気付いていない。
レイの脳裏にふと、ダンから聞いた選抜試験の話がよぎった。
(______Aランクの魔物と一対一、もしくは大型の魔物に対して全員でかかる総当たり戦…。)
闘技場内全体の様子が変貌している状況から察するに、今回は各々が魔物と対峙する、一対一の試験ではなく、大型の魔物に対して隷属全員で挑む、総当たり戦だと予想する。
場内全体に障害物となるような柱が出てきてフィールドが形成されているのを見て、レイは確信した。
バルテスと手を組んでいてよかったと改めて思いながら辺りを見回すと、足元の変化にも気づかない間抜け共が徐々に、レイとバルテスににじり寄ってきていた。
「おいおい、この状況で俺らを襲うとかアホか?」
「…。」
バルテスも自身の短槍を構えながら周囲への警戒を強めていく。
じりじりと距離をせばめられ、いよいよレイも剣の柄に手をかけた時_____
バリバリバリバリッ!!!!!!!!!!!!!!!!!
「「「「「「「っッッッッ!!!!!!??????」」」」」」
つんざくような轟音が辺りに響き、地面がひび割れに沿って大口を開けた。
覗き込めばどこまでも落ちてしまいそうな裂け目がそこかしこに出来上がっている。
「へ?」
レイの近くでその裂け目を覗き込んだ隷属の青年が、一瞬で姿を消す。
あまりにも唐突のことで周囲にいた人達も呆然と彼が立っていたところを見つめていた。
一体何が起きたのか?
彼が消えて数秒後、その裂け目からつんざくような叫び声が響いた。
誰もがギョッとしてその裂け目から距離をとる。
次の瞬間、バッと血しぶきが裂け目から噴水のように上がった。
細かな赤い水滴があたりにまき散らされ、地面を赤黒く染める。
______人の体は70%が血液でできているらしい。
どこかで聞いたことがあるような知識が脳裏によぎり、「あぁ、あれは本当のことだったのか」と現実逃避を思わずしてしまうほど、目の前の光景は常軌を逸していた。
辺りには時間差で降り注いだ青年の血がビチャビチャと地面に吸い込まれ、血液特有の生臭さが立ち込める。
「ッッッ!!!!!避けろォっ!!!!!!」
「っ!!??」
バルテスが切羽詰まったように叫ぶと同時にレイの腕を引っ張り、大きく後方へ飛びのく。
つい先ほどまで立っていた地面に目をやると固い地盤を割って、うねうねとした赤黒い触手のようなものが飛び出してきていた。
どうやらレイの足を捕えようとしていたらしい。
地面から1mほど、その触手のようなものは出てきており、粘液のせいか、触手はテラテラと気味悪く光っている。
誰もが見たこともないような”生き物”に目を奪われた。
そして、次はどこからその腕が出るかと警戒する。
注目されていることを理解しているのか、その触手は隷属達を翻弄するようにゆらゆらと揺れ、さらに2mほどゆっくりと伸ばしその生体を露にした。
「な、に…コレ…?」
誰かが震えながら呟く。
伸びた触手がピンと縦に伸びきり、スーッとその体に線が入ったかと思うと、パカッと左右に広げた。
「うっ…。」
そこには5~10cmほどの鋭い牙がサメの歯のように密集して生えており、それぞれがまるで意思があるかのようにバラバラと蠢いていた。
しかも、それは腐臭を放ちおよそ生き物とは思えないような異臭をあたりに漂わせている。
誰もが理解した。
あぁ、生年はこの怪物に食われたのかと_________。
不可解な足元の地割れと大きな裂け目を作った怪物に会場にいる全員が立ち上がり、凝視した。
"絶望"を具現化したかのような存在に先ほどまで大声で騒いでいた貴族たちも閉口する。
隷属達の恐怖をあざ笑うかのように、ゆらゆらと触手の口を広げる魔物にさぁーっと血の気が引いていった。
足裏に神経を研ぎ澄ませると、確かに感じるのだ。
地中で無数のナニカが這いずり回っているのを________。
ゆらゆらと目の前で揺れ動く怪物に「逃げ場はないぞ」と告げられているようで…。
自分の腕をつかんでいるバルテスの手のひらも心なしか震えているように感じる。隷属(人間)同士で争っている場合などではないと、いまだ全貌の見えない異形にレイも震撼した。
(私、生き残れるかな_____)
漠然と、まるで他人のように目の前にある恐怖を見据えて立ち尽くすしかなかった。
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