選抜試験-3
入口をくぐってから視界は真っ暗闇で、蔦状のナニカに全身をまさぐられるような感覚がしばらく続き、体中を撫でまわされているようだった。
バルテスと繋いでいた手も強制的に離されてしまい、他の黒賊達がどうなっているのか、周囲の状況が全く掴めなかった。耳元ではミミズが這いまわるような不快感を覚える音がずっとまとわりついて鳥肌が立つ。
うぞうぞと這われる感覚はとても気持ち悪く、早く終われ、早く終われとだけ念じていた。
最初に入っていった黒賊のような断末魔が周りから聞こえてくることはない。一切の静寂だ。
ただ、頭の先からつま先まで謎めいたナニカにまとわりつかれている時間がひたすらに過ぎていくだけだった。
一体どれほどの間、暗闇の中で弄られ続けていただろうか。
突然背中を勢い良く押し出され、パアッと視界いっぱいに光を感じる。まともな受け身もとれないまま、膝から地面に盛大に着地した。
「っう!?」
地面に着いた手のひらと膝に感じるのはざらついた固い地面だ。
目に映ったのはベージュ色の岩石のような地面とそれをぐるりと取り囲む高い壁。やっと耳が正常な音を拾い出してレイの周囲からも同じようなうめき声が聞こえてきた。闘技場の周囲は深い霧と厚い雲で覆われていたのに、闘技場内には日が差し込んでおり、霧にも覆われていない。
澄んでいる青空と強い日差しに目を細めながらレイは辺りを見渡した。
すると、それほど離れていないところに尻もちをついているバルテスの姿もある。
他の黒賊達も皆、レイと同じように勢いよく入口から押し出されたのだろう。体勢を崩している者がほとんどだった。
試験場の内部はというと、広大な地面は想像通りの円形状で、高い壁の向こう側には浮足立った王侯貴族の連中がレイ達を見下ろしていた。
あの黒い入口は黒賊を吐き出した後も健在で、うぞうぞと蠢いている。入り口付近には若干の血糊が残されていた。
どうやら自分はあの入口のお眼鏡に叶ったらしいと、レイはほっと息をつく。
体中を這いずっていたあの気持ち悪さがまだ少し残っているものの、無事、無傷であの入口を通り抜けられた。そっと立ち上がり、膝や手についていた砂を払う。そして同じく体勢を立て直したバルテスの元へ近づいた。
「バルテス、無事?」
「っあぁ、何とかな。…ったく、気分は最悪だぜ、体中にまとわりつかれてる感覚がまだ残ってやがる。」
「ホントに…。」
両腕を忙しなくさすり、不快感をあらわにするバルテスにレイも同意する。
他の黒賊は、と周囲を見渡してみると同じように地面に放り出されたのか、皆体勢を崩して座り込んでいた。心なしか人数が減ったように感じるのは、勘違いではないのだろう。
いくらかの黒賊はあの入口のお眼鏡に叶わず、ここまで通過できなかったに違いない。
つくづく酷い関門だとレイは真っ黒な入口を振り返りながら考えた。
「思ったより減ってねえな。」
「あの聖騎士の言う通りだとすれば、ここに残ってる人達はある程度の実力があるってことだね…。」
「おぅ、俄然やる気が出るってもんよな。」
どういう基準であの入口が黒賊を篩に掛けているのかわからないが、ここを通過できた者は実力お墨付きの黒賊ということなのだろう。そのせいか、ここに残っている者は皆面構えが異なっていた。
ぞろぞろと残った数十名の黒賊が体勢を立て直し、立ち上がる。観客席側へと目をやると、中央にはレオニアを始めとした王族が、左右には上位の貴族達が控えていた。中にはオペラグラスのようなものでこちらをまじまじと観察している者もいる。
闘技場は高さ20mほどの石作りの壁で囲われていて、観客に被害が及ばないようになっていた。
「入り口を通過した者達よ…前へ」
闘技場全体にヴァルハラ祭司長の声が響き渡り、指示通りに中央へぞろぞろと集まる。かくいう本人は王族より下段の前に位置付けて、魔法を使っているのかよくよく響く声で指示を通していた。
その左右には屈強そうな聖騎士二名が控えている。見覚えがあると思えば、ヴァルハラの左側にいるのはここまでレイ達を案内したあの聖騎士だ。
ヴァルハラのしゃがれた声が闘技場を震わせ、レイ達は緊張した面持ちでその指示に従う。
自分の体にくくりつけたあらゆる武器を指でなぞりながら早鐘を打つ
「準備は整ったかな?黒賊諸君。」
レイの準備が整うと同時にヴァルハラが間髪入れずに喋り出す。
準備に時間がかかっていたレイに苛立ったのか、ジロリと壇上からレイを見下ろし、諸君と言いつつもレイに対してのみ言葉を放つ。そんな冷ややか視線を真正面から受けながらもレイは視線を逸らすことなく睨み返してみせた。
_____仕方ないだろう、自分は他の黒賊よりも扱う暗器が多いのだから。
その視線の強さは残念ながら目眩という魔法で隠されているが、充分にヴァルハラへ伝わったのだろう。臆することないレイの態度に更に視線をキツくした。
「フン…。白き魔女の末裔を待たせるとは、これからは気を付けなさい。お前達がその身を捧げることを許された寛大な方々だ。…して、ついに選抜試験が始まるが、現段階でお前達に恩赦を与えることもできる」
「恩赦?」
「_____今なら辞退可能ということだ。」
「「「「!!??」」」」
静まりかえっていた黒賊達が一斉にざわつきだす。
「例え、“黒の入り口“に認められようと、己の実力に自信が無ければ今この場で選抜試験を放棄することが可能なのだ。そうじゃな、______我々白亜からの貴重な施しと考えよ。」
ヴァルハラがその深い口髭の下で口を笑みで歪ませたことを察した黒賊達は、たまらず嫌悪感を滲ませて睨み返す。
何を今更…ここまで来れば誰も引き下がるわけがないだろうに_____。
この場にいた黒賊全員がそう考えた。お互い視線だけ交わし合い敵意を確認する。何人かはむしろヴァルハラ達白亜を馬鹿にするように鼻で笑っていた。
そんな表情を見てもヴァルハラは先程のような不快感を表情に全く滲ませない。むしろ心から楽しんでいるように目元を歪ませていた。その違いにレイは違和感を覚え、思わず眉をしかめてしまう。
(何を考えている?)
相手の考えが読めないことほど気味が悪いことはない。
手のひらの上で転がされているような、弄ばれているような感覚を持ち選抜試験が始まってもないのにレイは警戒を強めざる得なかった。
「そうか、そうか。此度の選抜試験には心身共に屈強な強者が揃っておると見た。非常に喜ばしいことだ。」
蓄えた口髭を満足そうにさすりヴァルハラは頷いた。だが、その目は決して喜びの色を浮かべていない。色素の薄いベージュ色の目が細められ獲物を品定めするかのように黒賊一人一人を見回している。
「何か変だな…」
「私もそう思う。」
バルテスも同様の違和感を感じ取っていたらしい。
眉間に皺を寄せてヴァルハラから目を離さない。何かがおかしいのだが、何がおかしいのかがわからない。どうしようもないもどかしさにイライラしながら壇上で悠々と構えている白亜を見上げた。
(そういえば、いつこの目眩は解かれるんだろう…。)
ヴァルハラの影に隠れてしまって姿は見えないが、レクリュスが座っているだろう方向に目をやりレイは目元を手で抑える。
周りの反応を見るに、まだ誰もレイの瞳のことは気付いていないようだし、バルテスもあれ以降何も言わない。ということは聖騎士がかけた魔法は未だ有効なのだろう。この叙任式でレイの目について公にすることになっているが、そのタイミングがレイ自身には知らされていないから、そわそわしっぱなしなのだ。前髪をいじるのが癖になりそうでレイは溜め息をついた。
その後もヴァルハラの長い説教が続き、聞いているふりをしながら後ろで組んだ手で暗器で手遊びをする。
あまりの長さに殺気が漏れかけそうになった時、やっとヴァルハラの話が終わりを見せた。
「______では、諸君の健闘を心から祈ろう。まぁ、安心して選抜試験に挑むと良い。ここで死んだとしても墓は与えられるし、墓石には名前だって刻まれる…この恩恵に感謝なさい」
「ったく、なげーんだよ話が。」
「…その長い話に感動して涙する白亜もいるようだけど。」
「ハッ、アホらしい。そんな奴の黒賊になっちまう奴が哀れでならないな。」
「間違いない…」
吐き出すように舌を出して手をひらひらと振るバルテスに笑いながら同意する。
日に照らされて目に痛いほど真っ白に輝くローブを颯爽と翻し、ヴァルハラは壇上を後にする。そして左右に控えていた聖騎士に何か指示を出した。その時一瞬、ここまで案内してくれた聖騎士とレイは目が合った。だが、その綺麗な青い目には何の感情も浮かんでおらず、どこか期待を含んだような視線だけレイに向けていた。
「??」
目が合ったのはほんの一瞬で、すぐに王侯貴族の元へ歩いて行ってしまった背中をレイは見送る。
何となくむず痒く感じてまた前髪をいじってしまった。落ち着かなくて、前髪の隙間から高い壁の向こう側を伺い見る。ヴァルハラが壇上から消えたお蔭でよくよく貴族達が座している席が確認できた。
中央には勿論、王であるレオニアが、その後ろには国賊のダンと近衛騎士兵長のヘリオが毅然とこちらを見据えて立っている。僅かにダンがレイを見て頷き、レイは応えるように軽く顎を引いた。レオニアの左隣に目をやれば、レイが焦がれてやまない王子がたおやかに足を組んで座っている。
彼の周りだけ特別な魔法でもかけられているのだろうか、日の光の中にいるレクリュスは今までレイが目にした中で最も輝かしかった。レイを目視したレクリュスはその長いまつ毛を切なげに軽く伏せ、慈愛を持ってレイを見つめていた。それだけでレイの身体中は熱を持ち喜びが駆け巡る。
周りの喧騒も一切レイの耳には届かない。
2人だけの世界に落とされたかのように、目を逸らすことなどできなかった。今すぐにレクリュスの元へ駆け出してこの人は自分のものだと叫びたい。その衝動を必死に抑え、腰に差している長さ違いの剣の柄を握る。何かで気を紛らわしていないと狂いそうだ。
「おーーーいっ!!!!!レェーーーーいーーーーーっ!!!!」
「っえ?」
レイが折角の感傷に浸っていたというのに、あまりにも無視できない大声でその名を呼ばれ、現実へ引き戻される。
レイの視線をレクリュスから奪った声の主は、隷属を黒曜と呼びこの大陸で唯一差別を良しとしない皇帝…ジルヴィオ__________ではなく、
「いや、誰…」
「知り合いじゃねぇのかよ!!」
思わず呟いたレイにバルテスが鋭く突っ込む。
レイだって誰だか知りたいが、見覚えがあるような、そうでないような…一度見たら決して忘れなさそうな大男なのだが、確かにどこかで見たことがあるような…そんな曖昧な記憶なのだ。
その隣にはレクリュスと同じように成長したジルヴィオが不躾にふんぞり返って座っている。国賓としての扱いなのだろう、他の上位貴族よりもレオニアとレクリュスの近くに席を設けられていた。
「ザヘル、お前レイさんと面識合ったのか?」
「あ?ねーけど?」
「お前、面識もないのに大声で呼び捨てたのか…。」
「大声で呼べば何かしらの反応があるだろ?それがうちの陛下ぞっこんの相手ってわかるし、俺だって顔くらい知っておきたいんだよ!」
「…レクに怒られるのはてめぇだからなザヘル。」
自身の方へひしひしと冷たい視線を感じ取ったジルヴィオが空を仰ぐ。同じく国賓席に座っていた宰相のクレイバルドも呆れたようにザヘルに声をかけた。眼鏡を押さえて溜息を深くつく姿はもう見慣れたものだ。
レクリュス達が怒るのは当然、レイのことをなるべく目立たせたくない為で、既に任命式で注目を浴びてしまっているがだけにこれ以上レイが標的になりうるような事は避けたかった。しかし、そんなことを一切意に介さないザヘルという爆弾がレイに投下されてしまった。
当たり前だが、レイは呼ばれたので振り返ってしまうし、ヴィシュガルツの騎士団副隊長から声を掛けられたレイは今まで以上の注目を浴びてしまう。より一層、この選抜試験での敵が増えてしまったのは明白だ。
ただ、ザヘルもレイも、両者共に注目を浴びることへの危機感が無さすぎるのが一番の問題だが、当事者ほどその重要性に気付いていない。
「あっ!振り返った!!つーことは、あの子がさっき教会で金色のドレス着てた子だな?俺達はあの子を応援すればいいんだな!」
「…もういい、何もしゃべらないでくれ。」
「ん?何でだ?おーーーーいっ頑張れよーーーーーっ死ぬんじゃねぇええぞーーーーっっっ」
口元に手を添えて再度大声を上げたザヘルにレイは軽く会釈する。
理由は知らないが、応援されていることには変わりないのだからそれには応えたい。レイは軽くそう考えたので行動に移したが、それを見たレオニア達もジルヴィオ達も更に深いため息をつく形となった。
_____本当に何もわかっていない。
ダンは空気を読むことと己の立場と価値を改めてレイに教え込むことを決め、視線を遠くした。
「レイは、すげー奴らと知り合いなんだな。」
「…さぁ?でもレクリュス様以外興味ないから。どうでもいいかな。」
「お前なぁ…」
一国の騎士団副隊長をどうてもいいと表現したレイにバルテスはこめかみをひくつかせる。
ヴィシュガルツ側の様子を見るに、ザヘルだけでなく宰相クレイバルド、皇帝ジルヴィオとも面識があるようだし、この少女のコネは一体どうなっているのかと訝し気に見つめる他なかった。
周囲の黒賊からの敵意がより強まったのを感じ取り、バルテスは今更ながらコイツに声を掛けたのは失敗だったかと後悔する。
不思議な魅力を持つ少女にあてられているのは自分だけではないのだと少しほっとしつつも、複雑な気持ちになった。
ブォオオオオオーーーーーーー
ざわついていた闘技場内を遮るように、低い角笛の音が空気を震わせる。
選抜試験開幕を告げる笛の音だ。反射的にレクリュスに視線をやるとどこか不安そうに、心配の色をたたえた目でレイを見つめていた。
レイは安心してもらうべく、滅多に浮かべない笑みを口元に描いて見せた。遠目からでもそれを見て取ったのか、レクリュスは驚き困ったような笑みを浮かべる。そしてゆるりと自身の右手をレイに向けてかざし、そっと右に払った。
「目眩解除…」
角笛が鳴り響く音と、あたりの興奮に満ちた喧噪でレクリュスの呟きは誰にも届いていない。誰にも見せたくないが、レイが本領を発揮するためにも、そして隷属と白亜の未来の為にもレイの存在は公にしなければならない。自分だけのものではなくなってしまうような気がして、レクリュスはどうしようもない焦燥感に駆られたが、レイはそんな心の打ちを理解していないからかスッと前を向いてしまった。
背中を向けられたことにひどく狼狽してしまった自分に苦笑する。
レイもきっと気付いただろう____。自分の瞳が解禁されたことを。
遠く離れた場所から、自分の大切な人が危険に晒されるのを見ていることしかできないのが、酷く辛い。
レクリュスは無事、レイがこの最難関を超えられるよう柄にでもなく伝承の白き魔女へ祈った。




