選抜試験-2
_____
____________
目も開けていられないほどの強い光が数秒間続いたかと思うと、スゥっと影が引くように光はおさまり、あたりは静かになった。
外気にさらされているような、ひんやりとした湿気を帯びた空気を感じ、ざわつく黒賊達の息遣いが聞こえてきてから、閉じていた瞳をそっと開く。
「!!??」
そこはうっすらと霧が漂う静かな湿地帯だった。
どんよりとした空と霧のせいで見通しは悪いが、幻想的な風景であることには違いない。
レイ達が先ほどまでいた控えの間から、どれほどの距離にあるのか不明だが屋内から屋外へ、全く異なる場所へ転移したのは間違いないだろう。
目の前には桟橋が続いていて、その奥を見ると、霧に包まれた巨大な建築物が見えた。
その形状はいつかの記憶にあるイタリアの某円形闘技場と酷似している。
その場にいた黒賊全員が試験場を見た瞬間に理解しただろう。
あそこが、自分たちの命運を分ける舞台だ、と。
あまりの巨大さと荘厳さに呆然と立ち尽くしていると、転移魔法を発動させたあの聖騎士が何も言わずにゆっくりと桟橋を歩き始めた。
その手にはいつの間にか頼りない火を揺らすランタンが握られている。
見知らぬ場所に置いていかれる不安を感じ、レイ達もいそいそとその背中についていく。その間、誰も口を開くことはなかった。
あんなに転移魔法に興奮していたバルテスでさえ、冷や汗をかいて恐る恐る歩みを進めている。転移した先…、この場所自体がかなり濃い魔力で覆われているようで、若干息苦しい。
まるで高山にいるような、空気が思うように吸えないような感覚…。
憧れていた未知の魔法は予想を遥かに超えていて、黒賊であるレイ達にとっては最早不気味な領域だった。
憧れという形は崩れ去り、畏怖に近い。
最初から魔法そのものを異質と捉えていたレイと違って、今回バルテス達が感じたものは恐れだ。
「ッ‼︎…、レイ?」
「行こう…」
バルテスの袖を掴んでゆっくりと桟橋の上を歩く。
湿地帯の上にどういう原理なのか、岩石でできた巨大な闘技場が建っている。
あたりには夜光草が咲いていて、昼だというのに夜の習性と同じように淡い光を放つ花粉がゆらゆらと静かに飛んでいた。
ぼんやりと薄暗い一帯をその光が照らし、さらにこの場所を神秘的な場所へと変えている。
レイは自分の名前の由来でもある夜光草の揺れる光を目で追いながら、バルテスを連れて静かに歩く。
控えの間での騒々しさが嘘のように誰も口を開かないこの状況で、何か物音を一つでもたてようものなら、その場でこの命が消し飛びそうな静寂と緊張感だ。
ゆっくりと試験場へ歩みを進めていけば徐々にその全貌を表す試験場。
桟橋の終わりにたどり着き、地を確認するように足をつける。
どうや試験場が建っている周りの地面だけは湿地ではなく、岩石のようなゴツゴツとした岩場のようだ。突然歩きにくくなった地面に眉をしかめながらバルテスを振り返る。
顔色は変わらず悪かったが、今は少し落ち着いたようで前をしっかりと見据えていた。その様子を確認してから掴んでいた袖を離す。もう大丈夫だろう。
「もう平気?」
「…悪い、情けないとこ見せたな…。」
落ち込んだ様子で足早にレイの前を歩いていく。後ろから見た彼の耳はほんのり赤く染まっていた。
わかりやすい照れ隠しに笑みを漏らしながらレイもその後に続く。
聖騎士を先頭に黒賊一同は歩みを進め、試験場の入り口を目指した。
近づけば近づくほど、ポッカリと口を開けているかのような暗闇が広がる入り口。アーチ上の入り口の先は真っ暗で何も見えない。レイの予測通り、円形闘技場のような作りのまんまだとしたら舞台を中心に客席が囲むような仕様のはずだが、多くの観客がいるような喧騒は一切聴こえてこないのだ。
その静けさがまた不気味であり、神秘的だった。
だが、入り口の目の前まで来た時、その異様さに全員が固まった。
「…何だよ、これ。」
1人の黒賊が呟いた。
入り口はポッカリと空いていた訳ではなく、「黒いナニカ」で塞がっていたのだ。
液体でもない、壁のような質量があるようなものでもない。時折蠢いているようにも見える空気のようだ。
ただ、空気にしては重みがあってまるで生き物のような不規則な揺めき方をする。手を出したら飲み込まれる、そんな確信が持てた。
「入れ。」
聖騎士の無感情な声が死刑宣告のように響いた。
誰もが唾を飲み込み、足がすくんでその場から動き出せない。だって見るからにこの入り口を通って無事でいられる気がしないのだ。
カサッ
誰かが後退りでもしたのだろうか、靴が地を擦る音が微かに響く。
「ッ!!??」
その瞬間、聖騎士が一瞬でその音の発生源を掴み上げ、真っ黒な入り口へ放り投げる。
「ヒッ…⁉︎ァッ‼︎⁉︎⁇⁇」
声にならない悲鳴をあげて放り投げられた哀れな黒賊は入り口に飲み込まれていった。
「!?」
黒賊を飲み込んだ、その瞬間を誰も見逃さなかった。
黒賊の体が入り口に触れる瞬間、無数の蔦のようなものが飛び出てきて黒賊の体をその内側へ仕舞い込んだのだ。
直後、耳を塞ぎたくなるような断末魔が辺りに響き渡る。
「アァァ゛ァ゛ア゛ァああアアアッッッッッ」
「「「「‼︎??」」」」
黒く淀んだ向こう側からは、バキバキと何かが折れていく音と、咀嚼音のような粘り気のある音が悲鳴に混じって聞こえてきた。
しばらく狂ったような人のものとは思えない咆哮が続いていたかと思うと、徐々にその音は掠れ再び辺りは静まり返ってしまった。一体この入り口は何なのか。
そして、今の光景を見て誰が入り口に進みたいと思うのか。
レイは黒賊を放り投げた聖騎士を見上げる。
「…貴様らに選択肢はないぞ。」
その視線に応える様に、聖騎士は無表情で言い放った。
試験に挑む前によもやこんな関門が用意されていようとは…。無事入り口を通り抜けられるかどうかも怪しいものだ。
「安心しろ、実力がある程度あればアレは襲わない。」
「襲わないって…!?、クソッ!!!!一体何なんだよっ!!」
想像を絶する光景に耐えかねたバルテスが声を荒げる。
ガクガクと足が笑って、立っているのも辛そうな他の黒賊もバルテスと同じように聖騎士を睨めつけた。
「貴様らに説明する義務はない、そして貴様らには知る権利もない。…強いて言うのなら、この試験場の“門番“とでも言おうか。弱者をよりふるいにかけ選別するためのな。」
「そんなの納得できるかよッ!死に物狂いで、ここまで…ここまで来たんだ。なのに、こんな意味わかんねぇモンにッ…ぐっ!?」
動揺して喚き散らし始めたバルテスを冷ややかに静観していた聖騎士の指先が、ピクリと小さく動いたのをレイは見逃さなかった。
(まずいっ…!)
その瞬間、彼の脇腹をひと蹴りし、その体をその場から吹き飛ばす。
「____フン…よく見えたな。」
「…っ。」
冷や汗をダラダラと流して、聖騎士の一挙一動見逃すまいと目を見張る。
レイのすぐ横、つい先程までバルテスが立っていた場所には聖騎士の剣が突き刺さっていた。
この男はそういう人間だ。
黒賊のことなんて何とも…、人どころか生き物とも思ってやしない。
呼吸を荒く繰り返し、次の動きにもすぐに反応できるように、目を凝らしていると聖騎士の剣から数滴、血液が流れ落ちていることに気が付いた。ハッとバルテスを見やると、軽く左腕を押さえて地面にへたり込んでいる。
バルテスの元へ駆け寄り、傷がひどくないか確認した。これから選抜試験が待ち構えているというのに傷を負う等もってのほかだ。
呆然としているバルテスの代わりに左腕を覗き込んでみると、じんわりと赤色が染み出ている程度だった。ほんの少し切先が掠めただけのようで、ほっと息をつく。
「私に殺されるか、入り口をくぐるかどちらかを選べ…今すぐに。」
今、この場でこの男に勝てる者は誰もいない。
バルテスを蹴り飛ばした時にレイは、自身が今出せる最高速度を出したが、この男は呼吸1つ乱していない。
他の黒賊に至っては反応できていたかどうかも怪しい。
「…はぁぁ。」
レイは深くため息をついて、バルテスをゆっくり起き上がらせる。
彼が自身の足で立ったことを確認してから、うごめく不気味なあの黒い入口を振り返った。
今か今かと大口を開けて待っている入口…。
大きく息を吸い込んで、ゆっくりとあの黒い入口に歩みを進めた。
「っレイ。」
「?」
入口へ歩き始めたレイの左手首を思わず掴み、バルテスは引き留める。その眉間には深くしわが寄っていた。そして行くなとでもいうようにわずかに首を振る。
彼の手はじっとりと汗ばみ、微かに震えていた。掴まれた手首を見下ろし、視線をバルテスに向け彼の真意を確かめようとするものの、レイには全く理解が出来なかった。
なぜ、彼は引き留めるのだろうか?
ここで聖騎士に殺されてしまうくらいなら、あの入り口をくぐる方がどう考えたってマシだ。
レクリュスの黒賊になる為に避けて通れない道だというのであれば仕方のないことだろう。これ以上ここで足踏みをしていたって時間の無駄だ。一体何を躊躇する必要があるというのか…。
先程、聖騎士は言った。
______実力があれば問題ない、と。
実力とはどの程度のことを指すのか不明だが、少なくともここにいる黒賊達が全滅することはない…、だろう。
まぁ、万が一全滅してしまったとしても「今回は誰も通過することが出来ませんでした。」と紙切れ一枚の報告書で済まされるに違いない。それはそれで白亜や聖騎士にとっては願ったりかなったりかもしれないが…。
白亜の価値観としては、実力のない黒賊をそばに置くくらいなら、別途騎士を雇う方が遥かに品位も自尊心も保たれる。黒賊にこだわる理由は騎士以上に身辺の安全を守れる為であり、お金が全くかからないからだ。
そして何より己の支配欲が満たされる。_____もしかしたらそれが一番の目的なのでは?とさえ思う。
自分の側に四六時中騎士をつけるには、例え一流貴族であっても大変コストがかかる。貴族に配属される騎士はそれこそ貴族階級出身者が多く、その中でも国指定の王侯アカデミーで騎士部門を優秀な成績で卒業した者に限るのだ。
1人専属の騎士を雇うだけで、城一棟買えるほどの金額がかかる場合もある。
それに比べて黒賊はお金がかからない。
それでいて下手したらそこら辺の騎士なんかよりもずっと強い可能性が高く、どんな命令にも絶対服従させることができる。万が一、任務に失敗し主人に罪が掛かりそうな時は、その黒賊の独断だと言ってしまえば主人は罪にも問われない。いくらでも切って捨てることができる都合の良い駒なのだ。
(何としてでもレクリュス様の黒賊にならなきゃ…)
今までの隷属へのひどい扱いを思い返しながらレイは眉間にしわを寄せる。
自分がこれまで死ぬ思いで訓練を重ねてきたのはその為であるし、ずっと前からレクリュスのためだけに残りの人生を使うと決めてきた。
「バルテス…手を離して欲しい。」
未だに掴まれたままの手首を見下ろしてバルテスに告げる。
強く握られていた手首からゆるゆると力を抜いてバルテスはレイの細い手首を離した。バルテスの目にはどうしようもない不安の色が浮かんでいる。レイは行き場を失っているバルテスの手を掴み返し勢いよく引っ張り上げた。
「腑抜けてないで、一緒に行くんだよ。」
ぺちりと軽くバルテスの頬をはたき、その顔を覗き込む。せっかくの男前も暗い表情では台無しだ。
「あいつに殺されるのなんて私はごめんなんだけど、バルテスはどうなの?ここで死にたいの?」
「…いや。」
「あなたもセオ殿下との約束があるんでしょ。」
「!!…あぁ。…__ああ、そうだ。」
噛みしめるようにバルテスが繰り返す。そしてレイの手を力強く握り返した。
バルテスとレイにはお互い望む主人がちゃんといる。
その主人もそれぞれ、バルテスとレイを望んでくれている。
こんな数奇な巡りあわせはこの先一生訪れないだろう。
本能に向けて訴えかけてくる、掴んで離すな。誰にも渡すな___と。
先程までの腑抜けた表情はどこへやら。バルテスは憑き物が落ちたように目に生気を取り戻していた。
「バルテスが先に組もうって持ち掛けたのだから、責任を持ってくれないと非常に困る。」
「ははっ。そうだったな…悪い、面倒ばかりかけて。レイには世話になりっぱなしだ。」
「年上の癖に。」
「お前は年下の癖に生意気すぎ。」
空いている手でレイを小突き、率先して前を歩く。ここに着いたばかりの頃はレイに手を引かれていたというのに、納得がいかないレイはその小さい口を軽くとがらせていた。
「…_____調子良すぎ。」
「あ?なんか言ったか?」
「何も。」
ぼそっと呟いた声が危うく拾われかけ、飄々と嘘をつく。
このお調子者のバルテスに小言がバレようものならその後が面倒だ。
ずんずんと不気味な入口に突き進むバルテスに引きずられながら、レイは後ろを振り返る。
そこにはバルテスとレイに感化されたのか、一人また一人と後に続く幼い黒賊達がいた。先ほどと同様に怯えているのには変わりないが、「あんな奴に殺されるくらいなら…」と何人かは勇み足だ。
【王侯貴族の黒賊】というゴールを目の前にして、いったい誰がこの場で殺されることを望むというのか。レイは満足げに笑みを浮かべた。ここにいる誰もが己の不当な人生、理不尽な運命に命を懸けて抗おう躍起になっている。それが例え自暴自棄によるものだったとしても、覚悟を決めたことには変わりない。
(やっと張り合えそう___)
誰が骨のない人間と試合いたいと思うだろうか。
レイは自身の猟奇的な感情を覚えながら、バルテスと共に黒い入口の中へと突き進んだ。




