選抜試験-1
久しぶりの更新です。。。不定期、亀足申し訳ございません。
大広間から再び控えの間に戻り、聖騎士の指示に従って男女別に衣装から戦闘用の服装へ着替えることになった。さすがに幾ら身分の低い隷属といえど、成人した男女を同じ空間で着替えさせるようなことはしないようだ。
いつの間にか控えの間に出来上がっていた簡易的な更衣室(間仕切りで仕切られた天幕)を前に、バルテスと目を合わせる。
「それじゃ、また後で…」
「おう、気をつけろよ…もう既に、」
_________始まっている。
レイにしか聞こえないような小さな声でバルテスは呟き、仕切りの内側へ消えていった。背を向けたバルテスからは微かに殺気による冷気が漏れ出している。
ハッとレイがバルテスが歩いて行った方向へ意識を集中させると、シンと不気味なまでに静まり返ったその空間は冷たい敵意で満たされていた。
ぶるりとレイは毛が逆立つような感覚を覚え、女性用の空間へと意識を向ける。
明らかな敵意と闘気…殺気と殺意______。男性用の空間と同じように、女性用の空間からもひんやりとした底冷えのする空気が漂っているようだ。
自分の体が震えているのは、恐怖からだろうか?と手のひらを開いたり閉じたりして、己の身が震えている原因を考える。
ぷるぷると小刻みに震えている手のひらは、恐怖を感じていれば冷えていくはずなのに、レイのその手は間違いなく熱を帯びていた。
(暑い…。)
これから始まるであろう試験への興奮からか、心臓は高鳴り、ぶるりと武者震いは止まらない。全身の血が漲る、確かな狩りへの興奮を覚える。
「ふぅ…。」
息を大きくついて冷めやらぬ興奮を何とか抑え、レイもゆっくりと間仕切りの中へ足を踏み入れる。
薄い布で仕切られた入り口を抜けて、簡易的な更衣室に足を踏み入れれば、すでに中に入っていた多くの人がレイに視線を向けた。
注目されることにとうに慣れてしまったレイは、すべての視線を素通りして適当に着替えられる場所を探す。
間仕切りの中は何もなく、ただ本当に簡易テントのようなものだった。皆、自分の荷物を端に寄せ、準備・着替えに勤しんでいる。
自分も準備できる場所を探すべく、レイも入り口から歩き出した。
レイの誰よりも深い漆黒の髪が、歩くたびにさらりと揺れる。身に纏っているドレスはかの王族を彷彿とさせる、シャンパンゴールドのドレス。そしてそのドレスを飾り立てているのは淡い紫色の宝石たち。
かの王族が誰かなんて、口に出さずともがすぐにわかってしまうだろう。だからこそレイにはより一層の敵意が向けられてしまう。
レイを目にした女達の視線には、嫉妬に加えて明確な殺意が含まれていた。
そんな敵意に興味を示すこともなく、レイは淡々と歩みを進める。
(思ったよりも女の人多いな…)
なんてどうでもいいことを考えるくらいには余裕があった。
レイが思っていた以上に間仕切りの中には女性がいる。
もちろん男性に比べたら圧倒的に少ないのだが、それでも十数名は確実にいた。
任命式では整列していたから、正確な人数がわからなかったがこうして狭い空間に集められるとその人数を目の当たりにして驚いた。
「っ!?」
「…」
既に着替えを終えたのであろう、一人の黒賊がレイの方へ歩いてきた。入口へ向かうのだろうと察したレイがその身を壁側へ寄せたが、すれ違いざまにレイの肩にぶつかった。
_____いや…、『ぶつかってきた』
前から歩いてくる人を視認していたレイは確実に避けたつもりだったのだが、それでもなおその「障害物」は向かってきた。軽くよろけるくらいの衝撃を右肩に受け、ゆっくりとその対象を瞳に映す。
レイよりもいくらか年上だろう。気の強そうなその瞳には身に覚えのない憎悪が宿っていた。
ひと睨みして満足したのか、普段の訓練時使用しているであろう軽装に身を包んだ女性は颯爽と去っていく。大股で風を切って歩く姿は、威張り散らすいじめっ子のそれによく似ていた。
(…)
レイは特に何も思うことなく、その背中を見送った。
成人したとはいえ、彼女の精神年齢はまだまだ子供。喧嘩を周囲に売れば売るほど、自分の生存率が下がることを理解していないのだろう。現にこうして先ほどの女性はレイを敵に回してしまった。
今回の選抜試験で生き残れるのは10人前後。なぜなら今年、黒賊を必要とする王族の子、もしくはそれに近しい地位をもつ貴族の子息はその人数しかいないからだ。
対して黒賊は女性だけでも十数人、男性を含めれば数十名前後。それらの人間がたったの10枠を命を懸けて争う儀式が選抜試験なのだ。
そして今回は最大の主が2人もいる。
だいぶ前に成人してもなお、黒賊を迎えることを拒否し続けてきたレクリュス第二王子と、
育ててきた黒賊候補を確実に自分の黒賊とするために、儀式に参加してこなかったセオ第一王子。
その二人が今回の任命式に参加を表明したのだから、王族に少しでもお近づきになりたい隷属商は全員浮足立った。
自分が育てた商品が権力者に近づくことが出来れば儲けもの。その後の繋がりや、あわよくば『ご贔屓』にしてもらえる可能性だってあるのだから。
現にバルテスは王族が贔屓にしている隷属商の出身で、セオ第一王子の黒賊になるため、生まれた時から特別な教育を受けてきたらしい。
だからバルテスは幼いころからセオ第一王子と面識があるし、他の黒賊候補に比べても実力は群を抜いている。
きっと何名か、そういった環境下で育った隷属がここにはいるのだろう。
注意しなければならないのはそういった、自分とあまり変わらない実力を持っているであろう、黒賊達だ。
中央に描かれている光り輝く魔法陣へ近寄り、預けておいた自分の荷物を拾い上げる。
そしてなるべく間仕切りの隅に寄り、カバンの底から取り出した戦闘用の軽装に腕を通した。
ここには騎士が身に着けているような鉱石や鉄で出来た防具を着ける者は一切いない。
黒賊の主な任務は暗殺や偵察といった隠密行動。身軽な動きを可能とする皮や伸縮性に富んだ薄い布地がメインで使われている軽装が基本だ。
防御力を限りなく削った防具は言い換えれば、庶民が使うような包丁やナイフでも簡単に黒賊の体を傷つけることが出来るという事だ。
攻撃を防ぐことなど、はなから念頭に置いていない。圧倒的な手数と素早さの代わりに防御を捨てた戦闘スタイルは、攻撃を受ければ絶命することを意味している。
黒のキャミソールの上に網上に織り込まれた上着を着て、網の部分に括りつけられた金具に皮ベルトを通す。
皮ベルトには暗器が収納できるようなポーチや紐がついており、そこに持ってきたククリナイフを一本一本丁寧にしまった。短パンにも同じように皮ベルトをつなげて、仕込めるだけ暗器を仕込んでいく。
レイはこの任務前や戦闘前の仕込みの時間が一番好きな時間だ。
無心で命のやり取りの前の静寂と興奮に向き合える____大切な自分の時間。
骨盤の上あたりで交差し、太ももで繋がっている皮ベルトの締め付けが身も心も引き締めてくれる。
最後にブーツの靴紐をキュッと締めてほっと息を吐いた。
レクリュスから贈ってもらったドレスはとても美しかったし、色味がレクリュスそのものだったから身に纏っている間は優越感に浸れて嬉しかった。
けれど、レイはこの着慣れた戦闘着が落ち着いた。
数えきれないくらい着ているせいかところどころ擦り切れてくたびれている部分もある。皮ベルトは使い込まれた独特の変色と艶を見せて、ブーツはあちこち傷がありながらも、黒く鈍い光を帯びていた。
そっと傷だらけのブーツを撫でて、目を細めてからレイは丁寧に畳んだドレスを魔法陣の中央へ置いた。
此処に置いておけば聖騎士達が相応しい管理をしてくれるだろう。
特にレイの衣装に関しては特別気を配るに違いない。
最後に左右の腰位置に長さの異なる愛用の武器を差し込んで、くるりと出口へ向かった。
その足取りは此処に来て一番の軽さかもしれない。
間仕切りをくぐって控えの間へ出れば、すぐにバルテスがこちらを振り返った。
「そっちの方がしっくりくるな」
「…お互いに」
背中に短槍を背負い、レイと同じく皮と布をメインにした服に着替えている。
違うところはバルテスは全身真っ黒なところだろうか。
正装をしていた時にはあんまり明るく感じられなかった赤茶の髪と瞳が、服装のせいでかなり明るく見える。
でもそれは他の黒賊達にも言えること。レイと比べたら誰だって明るい髪と瞳だ。少し羨ましくてレイはため息をついた。隣の芝は青いとはまさにこのことだろう。
夜の隠密行動の中ではレイの髪色はどんな闇にも紛れ込むことができる、最高の色だと自負してる。
けれどこうして、他の隷属達に混じってみると改めて自分の異色さを知るのだ。
「??、どうした?」
「ん、なんでもない…」
そんなこと、バルテスに言えるはずもなく、レイはスッと視線を逸らした。
どんなに羨望しても、一生この色が変わることなどないのだから。
レイの反応に首を傾げながらも、バルテスは最初の時と同じようにレイを先導した。
「______ここ控えの間はその名の通り俺達黒賊が控える為の部屋だ。」
「?…うん。」
「あー、だから…ここからさっきみたいな任命式に参加したり、選抜試験の試験場に行ったりするんだよ」
「え?…でも、地上階は旧王城跡とさっきまでいた教会の広間だと思うんだけど…」
地下階の広さと、地上の広さを思い出して差異がないことを確かめる。
だから、魔物を放っても余りある広さの試験場など此処にはないはずなのだが…。
首を傾げるレイに、少し興奮気味にバルテスがグイッと顔を近づけた。
「もちろん!!!!此処にはそんな広い場所も空間もない!だから、転移すんだよ。」
古代魔法を使ってな!
バルテスが目を輝かせて語る。
熱く拳を握る姿は年相応の少年だ。
(…転移魔法)
基本的な原理として物体を異なる場所へ、魔法を使って移動させることは困難だ。
目に見える範囲であればまだ可能だが、見えない場所…もしくは移動距離が長い場所への転移は現在の魔法ではできないこと。
例えば、りんごを机の端から端へ移動させることはできても、りんごを別の部屋へ移動させることはできない、ということだ。
目に見える範囲での移動はその名の通り移動魔法。
目の見えない範囲への移動は【転移魔法】と呼ばれて区別され、現代では行使不可の魔法となる。
けれど、古の人はその転移魔法が使えていたというのだからいかに古代アルベール人がいかに魔法に優れていたかがよくわかる。
バルテス曰く、控えの間にはその転移魔法を行使する為の仕掛けがあるらしく、此処から何処にあるか公にされていない秘密の試験場までひとっ飛びなのだそう。
「今から別会場に移動するのは難しいって思ってたから、そういうことなら時短になって便利だね」
「おいおい、そこかよ!古代魔法の片鱗を此処で拝めるんだぜ?そこんとこ感動しろよ。」
感動も何も、レイの出自を考えると【魔法】という存在そのものが人知を超えた感動なのだから、むしろ魔法でもできないことがあることの方が驚きだったのだ。
バルテスのように初期知識として魔法でできること、できないことの区別がきちんとついていれば感動できたかもしれないけれど…。
「でも、この人数を同時に移動させるのかな…それだと、魔力の消費量が凄いことになりそうだけど…」
「そこまでは俺もわかんねぇけど…まぁ、そのうち任命式の時みたいに聖騎士からの号令があるだろ。」
古代魔法という事については感動していたのに、その仕組みについてはあまり興味を示さないバルテスにため息をつく。
確かに今の魔法では再現不可なのだから、できないものを考えたところで不毛なのかもしれないけれど…。
(浅いなぁ…)
成人済みとはいえ15歳。
所詮15歳だ。
「ところで、レイの武器おもしれぇな。形態の異なる直剣と短剣か。」
また癖のある武器なことで、とバルテスがしみじみ呟く。フィーリからも言われたようにやはり、異なる形状の武器2種類を使用するのは珍しいらしい。
レイとしては、【臨機応変】【即時対応】をモットーとしている為に至極当然の選択なのだが…。
この世界の一般常識とはことごとくズレている自分にも最早慣れてしまった。ここの普通はレイにとって普通でないし、レイの普通はこの世界の普通でない。
まぁ、別世界から来た者としては当たり前といえば当たり前の【差】だ。
イレギュラーを通常と捉えてしまえれば、特に驚くような事でもない。感覚として、これはできて、これはできないと身体と脳に納得させていくだけのこと。
その繰り返しの中で生きてきたレイは、正直バルテス達の驚くラインが実はわからなかったりする。
こればかりは学んだり、覚えたりしようにも量が膨大すぎて諦めていることの一つだ。
「あまり見ないでくれると嬉しい。いくらバルテスといえど…嫌。」
「おぉ、ごめんごめん。一生のうちに会えるかわからないような特殊な人間が、どんな武器持ってんのかと思ったらついな…。あまり気を悪くすんなって。」
レイの苛立ちの理由をきちんと理解したバルテスが慌てて手を振る。
黒賊にとって自身の武器がバレるという事は、敵に対策してくださいと言っているようなものだ。
選抜試験では黒賊達が一堂に集まっているので隠そうにも隠せないので仕方がないが、通常であれば決して見せることはない。それ故に武器をマジマジと見られていい気はしないのだ。
バルテスが機嫌を悪くしたレイを宥めている時、任命式の前に集合の合図として鳴らされた高めの笛の音が控えの間に響いた。
ハッと音のする方へ顔を向ければ、最初に隷属を始末した聖騎士が、相変わらず仏頂面で立っている。
ゴミを見るように黒賊達へ視線を巡らせた後、後ろに控えていた他の聖騎士に更衣室代わりのテントを片付けるよう指示する。
テントでさえも魔法で組み立てられたもののようだから、そう時間もかけずにすぐに元の広間に戻った。
「これより、試験会場となる闘技場へ移動する。」
テントが片付いたのを見届けて、あの位の高そうな聖騎士が告げた。そして握っていた左手をパッと開いて手の内にあったであろう美しく輝く紫色の宝石を宙へ放る。
投げられた宝石はその場へ落ちていくかと思えば、不思議なことにそのまま宙を舞い、円を描きながら浮遊した。
「…やっば、、あれって純光魔石だろ」
「?純光魔石…??」
「っお前どんだけ魔法への知識ないんだよ!?純光魔石ってのは魔法石を数年以上かけて高純度に錬成したもんで、大規模な魔法を展開する時とかに使う貴重なものだ。」
「…ふーん。」
バルテスの言い方的に希少価値の高いもののようだから、ここぞとばかり観察しておく。
確かに、普段使用してる魔石と比較すると大きさも輝きも全く違う。まるで生命体のように放つ光を脈動させて、転移魔法の発動まで待っているようだった。
「この人数では残念ながら、純光魔石を持ってしても古の転移魔法を発表させることは叶わない。」
古代魔法が発動するのを今か今かと待っていたが、中々それらしい魔法陣も何も浮かび上がらなくて不思議に思っていると、純光魔石を放った聖騎士がそう呟いた。
ならどうするのだろうか?と見守っていると徐に懐から小刀を取り出して、自身の右手の親指を切りつけた。
鋭い刃は何の抵抗感もなく聖騎士の指先に食い込んで、刃に鮮やかな血が伝う。
「非常に癪だが、私の血も媒介に使う。」
サッと小刀を仕舞い、切りつけた親指を下に向けて円を描いて浮遊している魔石の中心へ聖騎士は血を数滴垂らした。
すると、落ちた血は魔石と同じ輝きを放って幾重にも連なる巨大な魔法陣へと変化した。
「…やっべぇ。こんな大規模な魔法陣の連式初めて見るぜ…、聖騎士様の血様様だな。」
落とされる血が増えていく度、どんどん魔法陣は複雑化していき広間一体を埋め尽くしていく。
縦にも横にも立体的に魔法陣が組み立て上げられ、純光魔石を中心に輝きが増していった。
辺り一面が淡い紫色の輝きで満たされた時、聖騎士が小さく呟いた。
「…旅路へ」
何かの呪文であろう言葉を聖騎士が唱えた瞬間、瞬く間に中心の魔法陣から輝きが強まって、目も開けていられない光に包まれる。
ジェットコースターの落ちる瞬間のような浮遊感と体の違和感を覚え、ハッと手先に目をやると砂漠の砂のようにサラサラと肉体がほつれていくのが見えた。
「っ!!??」
叫ぶ間も無く、意識とともに白い光に飲み込まれていく。
広間全体を飲み込んだ光が徐々におさまると、もうそこには誰もおらず陰鬱とした控えの間に戻っていた。




