待ちわびた世界
重く響き渡る、角笛の音はレイ達が控える大広間の隅にまで確実に届いた。
聖騎士に目眩をかけてもらったレイは、先ほどのように下を向くことなく自由に過ごし、バルテスとその時を待つ。
相変わらずレイで遊んでいたバルテスも笛の音を聞いた瞬間ピタリと遊ぶのをやめた。
ゆっくりとその手からレイを解放し、幕で仕切られていた大広間の方向へ目を向ける。その瞳はとても険しかった。
「…始まるな。」
「____うん。」
周囲に散らばっていた隷属達が、角笛の音を聞いてから音もなく一列に並ぶ。
各々表情はどことなく緊張感で陰っているが、瞳だけは敵意を燃やしていた。
生まれて初めて袖を通したであろう、上質な衣装に誰も浮かれることはなく、齢15程の青年達は徐々に自分たちを隔てていた幕が上がっていくのを睨めつけていた。
影の世界を割るように、大広間の白い光がすっとこちら側へ差し込んでくる。
その眩しさに目を細めながらレイは大きく深呼吸をした。
一体何人の隷属がこの白い世界に飲み込まれて、生き残れるのだろうか。
(やっと…ここまで…)
幕が上がりきる前に候補者たちは見張りの聖騎士に即されて、一人また一人とその白い世界へ足を踏み出していく。
色素の濃い者たちが、白い世界に飲み込まれていくその様子は異様な光景だ。
出来上がった列が前に進むのに従って、レイも一歩、また一歩とその歩みを進めていった。
幕の内側で先ほどの聖騎士が腕を組み、進んでいく隷属達へ目を光らせている。
少しでもレイ達がおかしな挙動を見せればその場で殺せるように…。
白い世界に踏み込む直前、レイは絡んできた聖騎士へ軽く頭を下げ、会釈をした。レイから会釈された聖騎士は驚きに目を見開く。その表情に気づくことなくレイはくるっと背を向けて先に進んでしまったバルテスの後を追った。
…喧嘩は売られたが、隷属であるレイに対して貴重な魔法をかけてもらったのは間違いない。
してもらったことへの礼が出来ないほど、レイは落ちぶれているつもりもないし、心的余裕がないわけではないのだから、礼はちゃんとしたいのだ。
(____もうここからは誰も守ってくれない。)
もとよりこの場にいる誰もレイの味方ではなかったが、この光溢れる世界において、より一層、同じ隷属の中でも特に異質を極めている。
同じ隷属達の間でも、この髪の黒さは少なからず噂され、注目を浴びていた。
黒髪で、尚且つこの叙任式の参加者の中でおそらく一番幼い…故に『弱いのだ』と噂する声は絶えなかったのだ。
そうして自分を見下す声、眼差し…差別を憎んでいるはずの同族…。隷属達からの差別。
レイはそれに重い溜息をついた。
同族であるはずなのに、同じ立場の人間からも見下されてしまうなんて…。であるならば、本当に自分の居場所とはどこにあるというのか…。ほとほと呆れながらレイは目に物を見せてやる、と敵意を燃やした。
自分を見初めたレクリュスに恥をかかせない為、
自分に可能性を感じて拾い、育ててくれたダン、
貴重な技術を教えてくれたキアラ、フィーリの為。
バルテス以外の候補者、全員をこの手で葬ってしまおうと考えているくらいには、レイは苛立っていたのだ。
気配に敏い、同じ候補者やその中でも優秀なバルテス、先ほどの聖騎士にだってその秘めたる憎悪を勘づかせはせず、心の底にどろり湧いた感覚を、あの場では丁寧にしまい込んで見せた。
(__けれど、この叙任式を終えたら…。)
…選抜試験では何をしようと自由だ。
____隷属達の列半ば、ついにレイが公の場へ登場すると同時に、広間内はより一層ざわついた。
誰もが一目で理解しただろう。
この少女が、レクリュスの黒賊候補であると_____。
顔は伏せているのと、聖騎士の目眩のお陰で目の秘密はまだお披露目していないものの、黒髪というだけでこのざわつき様なのだ。
この銀を見たらどんな反応を示すのか。
レイの中では、観衆への恐怖が興味へ姿を変えていた。
だから、歩きながらレイは耳を澄ます。
少しの声でも大きく反響してしまうこの広間内では、一々人が何を話しているか詳しくは聞き取れない。
けれど簡単な単語はレイの耳にしっかりと届いていた。
「あれが…レクリュス様の?」
「間違いない。見覚えのない隷属はアレだけだ。」
「なんて悍ましい。あの色…」
「あぁ、恐ろしい…黒すぎるわ。すべてを飲み込む異界の色よ…何てこと__。」
上流貴族や、王家の縁戚にあたる者たちから想像通りの声が聞こえてくる。
あまりにも想像通り過ぎて、顔を伏せたままレイは思わず笑みがこぼれてしまったほどだ。
自分の前を歩くバルテスだけが不審そうに一瞬こちらを向いたが、元の無表情に戻ったのを見て首をかしげる。
確かに、後ろでいきなり笑った時の吐息が聞こえてきたら変に思うだろう…。バルテスには機会があれば考えていたことを伝えてもいいかもしれない。
(___ほんと、…広い視野を持たない人達。)
あちらが勝手に恐れ慄くのは勝手なこと。
それはある意味、今後において好都合かもしれない…。
レイという存在がそばにいるだけでレクリュスへの虫よけになれれば本望だ。
考え事をしながら歩いていれば、レイを含めた全隷属が参上し終えたようで、列の動きが止まった。
列の動きが止まってからすぐ、広間上段に座している王族達へ向き直る。
ザっと床を靴底がする音が大きく響き、ざわついていた広間が静まり返った。
(レクリュス…様)
列半ばにいるレイの目の前には、ちょうどレクリュスとレオニアが鎮座していた。
レイが顔を上げた瞬間レイと目が合ったのだから、きっとレクリュスはずっとレイを見つめていたのだろう。目眩を掛けられているレイの目を見て一瞬目を見張ったが、すぐに表情を柔らかくして微笑んでいた。
微笑んだレクリュスにレイはほう、と見惚れる。
広間の天井から降り注ぐ白い光が鎮座しているレクリュスをより一層神々しく照らし、伝説に語られる白い王子その人のように優美だ。
どんなに白亜に対して嫌悪を抱いていても、伝説の中の黒賊のようにきっと、この憧憬には抗えない。
レイが御伽噺に出てくるような光景に浸っていると、先頭と最後尾にそれぞれ着いていた聖騎士が持っていた斧槍で石造の床を2度叩いた。
はっと現実世界へ意識を戻し、2度目の音でレイ達はその場でピタリと合わせて跪く。
そして男女ともに立て膝をついて玉座に向かって首を垂れた。
「_____汝らの、罪が赦される時がきた」
ヴァルハラ祭司長の声が静まりかえった広間に響く。
跪いているからヴァルハラの顔を見ることはできないが、すでに最初の一文でこの場にいる殆どの隷属から恨みを買ったことだろう。
レイの左右に並ぶバルテスと名も知らない隷属が、拳に力を込めているのが見えた。さすがは教会の頂点に立つ者だけある。揺らぐことのない白亜への信仰心だ。
「選ばれし、罪人達よ。今宵、汝らはその罪から解放されて、新たな生を受けるのだ。そして新たな役目を与えられ、その役目を…その命をもって履行せよ。我らが白亜に仕えられることを至上の喜びと心得、白亜を脅かす全ての存在を排除せよ。それが汝らへ賜れた恩赦への唯一の奉公となる。
______________栄光あれ、枯れた白枝。栄光あれ白き魔女。」
最後はよくわからない呪文で締めくくられて、思ったよりは短かったヴァルハラの演説が終わった。
「__________________面を上げよ…。」
この場にいる人の息づかいしか響かない広間に、レイの目の前からヴァルハラとは対照的な柔らかい声が届く。
その言葉に誘われるように一列に会した隷属たちが、恐る恐る顔を上げた。
見上げた先には国王、レオニアが立っており、優しげに瞳を細めて若き候補者達を見つめていた。こんな至近距離で王族を見るのは初めての者が殆どだろう。
銀色の装飾品を身に纏い、己が自身の髪色も光を浴びて白金色に輝いていて…ただひたすらに神々しい。
本当に同じこの地に立つ人間かと疑うほどだ。隷属達は皆一様に息することも忘れて、己れが仕える事になるかもしれない王族達に目を奪われていた。
いくら白亜を憎く思おうとも、この人間離れした美しさの前には惹かれざるおえない。古き時代の血の記憶か、白亜という存在に焦がれてしまう隷属の性。
レイは誰にもバレないように、小さくため息を吐いた。
レオニアもレクリュスも無意識にこうして隷属達を魅了してしまう。
(余計なライバルが…)
レオニアと同じように微笑むレクリュスはそんな風に思われているなんて、気づきもしないのだろう。
「今宵、この場に立っている君たちは…他のどの黒曜よりも血の滲むような努力をして、私達の前に参上してくれているのだろう。まずは、敬意と賛辞を贈りたい。…現国王として礼を言うよ。私達は君たち無くしては生きることさえも儘ならないのだから。」
隷属のことを敢えて黒曜と表現するレオニアは流石と言えるだろう。その言葉を聞いたヴァルハラの顔は歪み、国賓席にいるジルヴィオは真逆に満足そうな顔をした。
祭司長と国王の明らかな認識、価値観の違いに、戸惑う白亜の貴族。しかし、その戸惑いの中でも最早隷属を隷属たらしめるのは時代遅れだと話す声もあがっていた。少しずつではあるがレオニアの考えを肯定する者も出てきつつあるのだ。
上位貴族の中でも徐々に派閥が生まれつつあるこの現状を、白亜主義を掲げるレオニアの従兄弟レスガルドは納得いかないのか…ヴァルハラと同じように眉間にきつくしわを寄せ、レオニアの背後からその姿を睨みつけていた。
王族や貴族の中でも主義主張の違いがこれだけある。
レイは今後この国を背負っていくことになるであろうレクリュスの先を案じずにはいられなくなった。
ため息をついてふと視線を巡らせると、眉間にしわを寄せつつも、深く考え込んでいる青年の姿を見つけた。
あれはセオ第一王子だろうか。
レクリュスとは逆サイド、レスガルドの右隣に構えて座る青年はレスガルドとは異なり、銀色に近いパールブルーの髪色にペリドット色の瞳でざわめく会場全体をただ無表情に眺めていた。
(…いつか会った時よりも随分と成長された____。)
レイはレクリュス達以外の王族で、セオだけは数回、無名棟の外で会ったことがある。
セオ自身はレイのことを認識してはいないだろうが、実は直接話したことだってあるのだ。
数年前の記憶を蘇らせながら、レイはセオ以外の初めて見る王族をここぞとばかりに観察し、目に焼き付けながらレオニアの言葉に耳を傾けた。
「私達の新たな剣となり、盾となる…君たち黒曜へ。我がアルベールの祝福を_____。
いつ何時、何があろうとも君たちの刃が私達王族、あるいはここにいる貴族の鞘へ収まってくれることを願う。_____白の誓いを此処に。」
「っ!!」
レオニアが差し出すように手のひらを隷属達に向け、詠唱をしたとたん、上から優しく降り注いでいた白い光が列なす隷属達に集まり、一層輝きを増し始めた。
目を開けていることも難しい眩い光の中、レイはどことなくこの光へ懐かしさを覚える。
(この感じ…どこかで…。すごく、ほっとする懐かしい感じ…____。)
ほどなくして、すぐにレイたちを包み込んだ白い光は徐々にその光を弱め、それぞれの体へ吸収されるように消えていった。
何が起こったのかと隷属たちは騒めき、お互い見つめ合う。すると一人の隷属が何かに気付き、あっと声を上げた。
「これ…は…。」
声を上げた隷属の右手の甲には木を象った、白い紋様が煌々と輝いていた。
他の隷属たちもそれぞれ、太ももや、脇腹、肩など多様な部分に全く同じ紋様が浮き出ている。恐らくこれは白き魔女の象徴である【白い枯木】の紋様だろう。それが列成していた隷属全員の体の一部に刻印されたのだ。
「…これで君たちは_______正式な黒賊だ。」
レオニアが満足そうに微笑む。
恐らくはレオニアが唱えた呪文?により、ここにいる隷属全員が黒賊の資格を付与されたのだろう。
「君たちがこれから行われる選抜試験を終えて、本当の主と主従関係を結んだ時、今浮き出ている場所に主となる者の魔力痕が浮き上がる。それまではこの国アルベールを象徴する、『白き大樹』が君たちの身分を保証するものだ。」
自分たちの体に浮き上がった光輝く魔力痕に目を輝かせ、黒賊となったことに浮足立つ。
国王からの詠唱とともに正式な黒賊になれたことで、ずっと緊張で張りつめていた体から、やっと力が抜けたようだ。
(私は…いったいどこに…???)
自分の魔力痕はいったいどこに浮き上がったのだろうかと、目に見える範囲を探すもののレイには己の魔力痕を見つけられなかった。まさかこの場でドレスを脱ぐわけにもいかず、今確認できないもどかしさにそわそわする。
隣のバルテスはというと左手の甲に浮き上がったようで、嬉しそうにレイに向けて掲げて見せた。そしてレイの魔力痕を確認ようととした瞬間、バッと勢いよくその顔をそむける。
「___っお前…。なんつーとこに魔力痕あんだよ…。」
早口でまくし立てあげ、そっぽを向いているため顔は見えないが、心なしか耳が赤くなっているように見える。
バルテスには見えて、自分には見えないところ…
____いったいどこだというのか。
皆目見当もつかないレイは、首を傾げ今一度自分の体を見回してみる。
腕にも、足にもない…。
まさか、額だろうか。
(額はちょっとやだなぁ。)
何かの罰ゲームみたいにおでこの真ん中にあったら、いくらレクリュス様の紋様でも素直には喜べない。
結局どこに浮き出ているか、分からないためバルテスの服を引っ張り、不安げに伺った。
「…えっと?」
「っ…あーー…、お前の視線からは見えないのか。そこだよ…あの…、ひっ左の鎖骨のすぐ下。」
バルテスは顔をそむけたまま心臓よりちょっと上の位置だと指をさす。
レイはなるほど…と頷いた。鎖骨のすぐ下だとレイ的には見つけにくく、見つけられなかったのだ。
しかもレイのドレスはシャンパンゴールド。ゴールドの布地が反射して、せっかく浮き上がっていた魔力痕の輝きを相殺してしまっていた。
額じゃなくてよかったと胸をなでおろし、魔力痕の上に自分の手のひらを重ねる。
「そっか…私は、私のは此処に…」
_____レクリュス様の魔力痕が刻まれる。
噛み締めるように閉じていた瞳を開いて、そっとレクリュスを伺い見ると、バチリと視線が絡み合った。
瞳は柔らかく、口元はたおやかに微笑む姿はこの場にいる者全員を魅了してしまうに違いない。実際、レイの背後からは淑女たちの悩まし気なため息が聞こえてくるのだから。
ざわついていた聖堂内の空気を一括するかのように、カンカンとヴァルハラが杖を叩き静寂に戻す。
杖の音を聞いた黒賊達はザッと一瞬でその姿勢を正した。魔力痕が刻まれ、正式にアルベールの黒賊となった隷属達の表情は先ほどまでとは異なり、凛々しさと鋭さが表れている。
隷属から黒賊となる。
白亜からしてみれば同じ隷属には変わりなく、些細な違いのように思えるかもしれないが、虐げられてきた者達にとって己が立場がきちんと位置付けられるということは非常に重要なことだった。
やっと人として見てもらえる。
立場を自覚し、役職を与えられるとは、彼らにとって命を懸けられるほど特別だ。
面構えが変わった黒賊達を前に、ヴァルハラは満足げに祭壇前に立ち、任命式の締めくくりの言葉を述べた。
「______新たな黒賊よ、それでは、目下をもって任命式を終了とする。後の選抜試験に向け聖騎士に従い準備を始めよ。1刻後には…貴殿らの未来が決まる。我らが白き繁栄を続ける国、アルベールに祝福を。…栄光あれ、枯れた白枝。栄光あれ白き魔女」
ヴァルハラが最後の祝辞を言い終えると同時に、再度深く黒賊達は首を垂れる。
美しく、神聖な儀式とはここまでだ。
次にレイ達、黒賊を待っているのはダン達が危惧する…
血濡れた儀式、選抜試験なのだから。




