待ち受ける世界
「貴様は随分と甘やかされているようだな。」
「…。」
大広間の死角で任命式が始まるまで、壁際に並んでバルテスと待機していると、レイの頭上に威圧的な低い声が落とされた。
控えの間からフェズニアス教会の大広間へ上がってきた時点で、この場は隷属にとっては敵地のようなもの。
候補者の周囲には銀の鎧を身に着けた聖騎士が監視としてついており、その人たちからは殺意にほど近い敵意を向けられていた。
レイは何でこうも自分ばかりが標的のように絡まれ、ケンカを売られるのか、心底不思議に思いながら気怠くその顔を上げる。
レイを見下ろすその人は、控えの間で調子に乗った隷属を屠ったあの聖騎士だった。
その顔を認識した瞬間、仮面の下でげっと眉をひそめてしまった。この時ほど仮面の存在に感謝したことはないだろう。
隣に座っていたバルテスが警戒し、少し身を乗り出す。
レイはバルテスを巻き込むわけにはいかないと、彼の裾を引いて下がらせ、ゆっくりと立ち上がった。きれいにセットされた灰色の髪をかきあげ、鮮やかなブルーの瞳が鋭くこちらを見下している。どこかで見たことがあるような…整った顔立ちに既視感を覚えながら聖騎士を見つめ返した。
(よりにもよって…この人かぁ…、)
一番絡まれたくない、関わりたくない聖騎士だと言える。
控えの間でなんの躊躇もなく隷属を殺した聖騎士だ。しかも周りにいる聖騎士と比べると鎧の装飾や、マントに施されている刺繍が特に上質なものだから、恐らくは聖騎士の中でも何らかの役職についている人なのだろう…。
レイはため息がでそうになるのを我慢しながら、この状況をどう受け流そうか考えていた。
あの殺されてしまったバカな隷属のように、間違ってもこの聖騎士を怒らせてはならない。レクリュスの黒賊になる前に死ぬなどもってのほかだ。
「フン…。意味が分からないか?」
あんまりにも黙り込んでいたせいか、自分の言葉が理解できていないのかと目の前の聖騎士は問う。
返事が遅くなった為に機嫌をそこねてしまったかと、レイは慌てて声を出した。
「…いえ、ただ…、どう答えることが貴方にとっての正解なのかと…」
「…何?」
レクリュスがレイに激甘なのは周知の事実だ。
それを否定することが出来ないだけに、あまり深く考えることが出来ないレイが頭をひねる。
レクリュスの名誉を保ちつつも、この白亜が満足する回答とはいったい…?
足りない頭で考えてみてもこの短い間では全く何が正解なのか、レイには到底分かりえなかった。
それでは仕方がないので本人に正解を聞くしかないと、レイがそう返事をした瞬間、周りの空気がピシりと固まる。
同じ立場の隷属達が控えの間で殺されたのを見てから、周りにいた隷属達もこの聖騎士とレイのやり取りに注目していた。
この少女は、無慈悲な聖騎士とどう対話するのかと…。
恐怖に固まり、声も出ないのか。
あるいは先の隷属のように、黒賊候補という立場に自惚れ破滅を選ぶのか。
その場を多くの人が注視する中、レイはどちらの予想も大きく裏切った。
圧倒的な力を見せた白亜へ、会話効率を重視した簡素な返事。
そこには一切相手へのへりくだりも、媚売りもない。
ただ、相手の望む答えがわからないので、分からないものをそのまま本人に聞く。という至極簡単で直接的な回答だった。
思考としては大人だが…、ある意味子供らしい、悪意のない返事と言えるかもしれない。
レイとしては、自分の考えを言ったところで、この白亜には隷属が吠えているようにしか聞こえないだろうと予測した。だから、この白亜が満足する回答を的確に答えたかっただけ。その方が会話の工数が少なくなる。という考えを持って返事をしただけなのだが…。
「れ、レイ…。」
「貴様…馬鹿にしているのか」
「っえ?__いえ…まったく?」
隣で身構えていたバルテスも思わず脱力し、掌で目を覆う。
レイの受け答えはあまりにも”素直”すぎた。控えの間で殺された隷属のような悪意や故意はないものの、会話効率を重視した返事は、時に相手にとって不快感を与えてしまうものだ。レイの場合は無自覚だからなお、質が悪い。
周りの空気が冷えていく中、本気で相手がなぜ不機嫌になったか理解できていないレイは首をかしげ、呆れるバルテスと眉間に深くしわを寄せてしまった白亜の顔を交互に見つめた。
「あーーーー、すみません。悪気はないんです…多分。」
「___話しかけた俺が誤っていたいたようだな。想像以上にその頭はお飾りと見える。
中身のない頭でもわかるよう、用件だけ伝える。【その仮面を取れ】もう間もなく任命式がはじまる。…控えの間まではレクリュス様の命によりその仮面の着用を認めていたが、ここでは外してもらおう。」
警戒していたバルテスも思わずこの聖騎士に同情し、レイの代わりに謝罪を述べる。
未だに疑問符を頭に浮かべるレイを見て聖騎士も察したのか、回りくどい嫌味を言ったところで無駄だと判断し、さっさと本題に切り替えた。
「…そう、ですか。まあ、そう…ですよね…」
「…」
直接的な悪口は意に返さず、ただ仮面を外すことに抵抗があるのか、レイは顔を俯かせて呟いた。
控えの間からずっとレイと一緒にいたバルテスはついにレイの素顔が見れるのかと、不躾なまでにその顔を覗き込む。顔が整っていることはわかりきっているだけに、その髪色同様目も漆黒なのかと早く見たいのだ。隷属の中でも滅多に見ない本物の【黒髪・黒目】を期待せざる得ない。
レイはゆっくりとした動作で仮面の端に手を添え、目元から浮かしていく。
その手は緊張からか、少しばかり震えているように見えた。
「どれどれ〜?この俺に見せてみな~?どんな顔してん…っっっっっ!?」
「…。」
顔から仮面が完全に外れた時、レイは黒髪の隙間からのぞき込むバルテスの瞳を見つめ返す。
赤褐色の鋭い瞳が大きく見開かれ、その表情は文字通り固まってしまった。
「おい、…一体何を固まっている?_______っ!?」
レイの顔を覗き込んだバルテスがピシリと固まってしまい、動かないことに痺れを切らした聖騎士がレイの顎を掴んで無理やり上を向かせる。
レイはその横暴な態度にも嫌な顔一つせず、開けた視界に映る鮮やかなブルーの瞳を見つめ返した。
レイの瞳を見てしまった聖騎士もバルテスと同じように息を飲む。
長くこのフェズニアス教会に勤めるこの聖騎士でさえも、目にしたことは初めてであろう…最上位の色。
神話、伝説の中でしか語られない神の色_______銀色の透き通るような瞳が聖騎士を射抜いていた。
「…バカな。その色______なぜ…、貴様のような隷属が…。」
「レイ…お前一体…」
聖騎士が至近距離でレイの顔をマジマジと眺めているおかげで、まだ周囲の人間にはレイの瞳の色はバレていない。
何なら声も抑えて話しているおかげか、側から見れば聖騎士に絡まれた哀れな少女のままだろう。
レイは自分の異常さを自覚しているだけに、すぐにこの場で他の隷属にまでばれるような騒ぎにはしたくなかった。
だから顎をつかんでいる聖騎士の手をそっと両手ではさみ、ゆっくりと引き下ろす。
存外、簡単に聖騎士の手は外れて力なく垂れる。
いそいそと長めの前髪を目元まで下ろして、レイは深く息を吐いた。これで少しは安心できる。
「____、こういうわけなので、無名棟の外に出る際には仮面の着用を義務付けられていました。先にお伝えすべきでした。…ごめんなさい。」
「いやいや、えっ?…え??…髪は、黒。目が…ぎ、銀?…__お前、体ん中どうなってんだ…?」
「…心臓を中心に、各臓器を内包してる…」
「いや、そういうことを聞いているんじゃねぇの。バカなの?」
「…む。」
どうなってるんだ、と聞かれたから答えたのにバカとはひどい言われようだ。
レイはムッとしながらも、しかしそれも仕方ないことかと息を吐いた。
未だに状況に追いつけないバルテス。
こんな目を見れば誰もが似たような反応を示すのでレイはもう慣れっこだったが、どう説明していいかわからない。
説明したところでバルテスを含め、周りの人間はレイが実際に魔力を、呪印行使するまで、その力を信じないだろう。
フィーリやキアラ、ダンにもレイは呪印を使ったところを見せたことがない。
それに実戦で呪印を行使するのはこの叙任式がレイにとっても初めてだ。
呪印の彫師、ガルドラからは魔力を通してみれば自ずと体の使い方などわかるもの、と言われているものの不安は残る。なんて言っても、あの変人ガルドラの言葉なんて信用に値しない上に、取扱説明書もよこさず、危険物を投げてよこしたようなものなのだから…。
呪印を彫っている間も、不気味な引き笑いをしながら息を荒げて作品つくりに夢中になっていた。レイが痛みで意識を失おうが、逆に痛みで意識を取り戻そうがお構いなしだ。
彫られていた当初を思い出してレイは眉間にしわを寄せる。
「お前とんだ博打だったんだなぁ…。まあでも、こういう不測自体は嫌いじゃないぜ?俺はな」
お前がどう戦うのか、楽しみだ_______と好戦的な笑みを浮かべてバルテスはレイの頭を小脇に抱える。
恐らくバルテスなりにレイの顔が周囲に見られないようかばっているのだろう。
ヘアセットが崩れないよう首筋に腕を回し、自分の顔が懐に抱えていることから庇われていることを察したレイは、そのさり気無い動作に心地の良さを覚えた。
「お前が目に映すのはレクリュス様。俺はセオ様だ…。」
「…うん。」
自身とレイに言い聞かせるように呟くバルテスに同意しながら、レイはバルテスの裾をそっと握った。
他人の反応は関わった人間から大体予測できる。
けれど、不特定多数の____いやもっと多くの人、国中あるいは諸外国にまでこの相反する色を併せ持つ自分の存在は知れ渡るのだろう。
知る人が多ければ、それぞれ印象や意見も変わってくる。稀有な存在のレイが一体どんなどんな目で見られるのかなんて未知数だ。
悪意を持つ人もいるだろう、好奇心を寄せる者もいるだろう。
黒髪を見て隷属でありながらと憤る人もいるに違いない…。
何よりこの国、アルベールが掲げている白亜主義を根底から覆しかねないのだから、教会や王族はレイの扱いにかなり慎重にならざる得ないだろう。
しかも、そのレイはレクリュスの黒賊筆頭候補だ…。隷属と白亜の共存を掲げ続けるレオニア、レクリュスにとってレイを手元に置くのは最重要事項となる。
黙り込んでいた聖騎士は、考えを一取り巡らせると気づかれないようにため息を吐いた。
(____兄上はこのことを言っていたか。)
レオニアに仕える近衛隊長の兄を思い浮かべる。
レクリュス様の黒賊候補で凄い子が来た______。
そう言って自分に嬉しそうに報告してきた兄のヘリオ。あの子は特別だと会う度に言われてきた為、どんな奴かとわざわざ控えの間まで行ったというのに…ふたを開ければ成人したばかりの少女だった。
あの兄が手放しで褒めるのも珍しいと、期待していたというのに…。
そうして、わざわざ控えの間まで赴き勝手に期待して勝手に落胆した。ただ、目の前で同じ隷属を殺しても顔色ひとつ変えなかったことは少し不気味と感じたくらいだが。
どう考えてもレクリュス様にとってこの隷属の少女がいい影響を与えるとは思えない。
だから先の隷属と同じように隙を見せれば殺そうと思ったのに…。最後に素顔を見て戦慄してしまった。
素顔なんかに興味を示すことなく、最初から何かしらの理由をつけて手にかけておくべきだった。若き聖騎士は手を額につけて目を閉じた。
(こんな、…こんな事があり得るのか…。)
レイと目があった衝撃から未だ立ち直れない彼は冷静になろうと努力する。
銀色は白亜にとって信仰の象徴。
聖なる色だ。
その色を身に纏えるのは現代の王族もしくは教会の最高位、祭司長のみ。
その王族達でさえもこういった伝統の儀式の時にだけ、銀糸で飾られた衣装や装飾を身に纏い、臣民の前に立つ。そしてその姿を見た臣民は王、教会に更なる信仰を募らせるのだ。
(この隷属が、世に出れば…どうなるか)
この国への衝撃は計り知れない。それどころかこの世界が信じてきた常識が壊されるかもしれない。
その事を兄が理解していないはずもなく、それでもなおこの隷属を認めているのはアルベールという国を現国王と同じように変えたいと思っているからだろう。
間違いない。あの少女は______長きに繁栄してきたこの国を変える。
兄の志しを否定することはしないが、己にも隷属を忌み嫌うだけの理由はある。
それだけに、心から兄を慕うことも応援することもできないのだ。兄は尊敬に値する立派な人だ。兄の背を追ってこの聖騎士の部隊長にまで上り詰めた。
激しく己の中で葛藤しながら聖騎士はバルテスと戯れるレイを見つめる。
この少女は一体どこまで自分の存在の危険性を理解しているのか。
例え聖騎士部隊長にのし上がったとしても、この隷属をどうにかすることもできない自分に歯を噛みしめた。
______叶うならば今すぐにでもこの危険因子を亡き者にしてしまいたい。
聖騎士はゆっくりとバルテスとレイに近づき、手を伸ばした。
確かな敵意を感じ取った2人は振り向き、バルテスに至っては構えてはないものの、体にグッと力を込めている。臨戦態勢だ。だがレイはあろうことか、うっすらと口元に笑みを浮かべていた。敢えて下ろした前髪の隙間から、確かに敬服すべきその色が試すようにこちらを見ている。
その瞳はこの聖騎士には何もできない事を理解しているようだった。
「…目眩」
「??」
心の底から湧き上がってくる嫌悪感を押し殺して、聖騎士はレイの目元を軽く覆い、呟いた。
手が離れた後、隙間から覗く隠し切れていなかった銀色はぼやっとそこだけピントがズレたようにぼやけて完璧に隠されている。
何をされたか理解していないレイは首を傾げて聖騎士を見上げた。
「頑なにその目を隠す意図は理解した。隠すなら、確実にその時まで隠し通せ。」
「すげぇ…レイ、お前、目だけぼやけてんぞ…。」
「本当ですか?こちらから見える景色には先ほどと大差はありませんが…。」
「目眩だ。貴様の目だけ周囲から見たら不明瞭になるよにした。レクリュス様のことだ、その目眩見れば意図を察し、ご自身の時宜で解除なさるだろう。」
「…なるほど…えっと…、ありがとうございます?」
礼には答えず、聖騎士は背を向ける。
その時大広間からは角笛の重低音が響き渡っていた。
(まずは、生き残れるか。見ものだな…。)
レイの実力が如何なるものかは、選抜試験で自ずとわかること。例えここで聖騎士が手にかけずとも、弱ければ勝手に朽ち果てる。目眩をかけたのは、レイの為ではなくあくまでも王族であるレオニア、レクリュスの意向を汲んでのことだ。
黒賊ダンが自ら育てたという少女。
己の兄が手放しに認めた少女。
現国王、王子が頑なに手元に置きたがる少女。
(此度の叙任式は…見ものだな)
聖騎士の頭にはレイが勝ち残るという未来は描かれていない。
ただただ、あの異物がこの叙任式で消え去ることだけを、無惨に散る様だけを願っていた。




