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任命式ー2



_______フェズニアス教会、大広間。


この大広間には2、3年に一度ほどの頻度で行われる叙任式の為に、アルベールの一部上位貴族と王族が集まっていた。


そしてもう間も無く、叙任式を構成する最初の式…、【任命式】が始まる。

黒賊の叙任式とは【任命式・選抜試験・契約式】の三部で構成されており、任命式で一通りの候補者を黒賊として任命、その後見合う実力があるかどうか選抜試験で確認、ふるいにかける。

そうして生き残った、実力者だけが契約式で己の主となる者と契約することができるのだ。


此度の叙任式は特に、黒賊候補者の人数に対して、黒賊の所有権を持つ権力者の人数は少ない。

しかし、一度黒賊として権力者の傍に仕えることが叶えば、その隷属は確固たる地位を手に入れることができる。

白亜からの差別を抜け出せるどころか、白亜を上から見下すことだって仕える主によっては可能になるのだ。

その権力を手に入れるためには、選抜試験で上位に食い込まなければならない。上位の黒賊だけが上位の貴族、あるいは王族に仕える権利を得られるからだ。


逆を言えば位の高い者は、より優秀な黒賊を自分の専属にできる為、各貴族や王族は皆心なしか浮足立ち、此度の叙任式はどんな粒ぞろいかと囁きあっていた。


_______強者は強い権力者のもとへ。

国家内でも権力争いの激しいアルベールでは、より強い黒賊を所有していることが己の生存率を上げる重要な鍵となる。


だからこそ、皆が注目するのは当然、第二王子レクリュスの黒賊候補として育てられたレイと、第一王子セオの黒賊候補バルテスの二者だ。


バルテスはもうすでにセオ王子の近くで何度も目撃されていることから、容姿・体格等は既に知れ渡っている。何なら名前さえも出回っている為、登場次第すぐに注目を浴びるだろう。

それに引き換え、レイの存在はこれでもかというほど、ひた隠しにされてきた。

数少ない目撃情報でさえもその容姿は、常にフードやマントで顔、体全体を覆い隠している為、レイの顔はおろか性別も貴族の間では広まっていない。

ただ、かなり体格は小さめの為、おそらく最年少の参加者で性別は女性だろう、ということのみ噂されている程度だ。


レイとバルテス…王族の黒賊候補者同士の殺し合いが見られるかもしれない。

叙任式に参加している貴族達は今までにないような、ハイレベルの選抜試験に胸を躍らせていた。


いつだって人は、血や争いに興奮する。

はるか昔、神話の時代から戦争や奴隷同士の闘いが語り継がれ、描かれてきたように、どんなに格式の高い文明をもった国であろうとその残虐性が失われることはない。

しかも高位の者であればあるほど、そういった血や争いといった刺激を求め、に心を奪われる…。


アルベールの場合は、叙任式がそれにあたる。

隷属が最も憎む白亜の権力、それをめぐって隷属同士で殺し合いをするのだから…それがいかに滑稽なことであろうか。

その矛盾に気づけず、戦い続けた先にあるのが黒賊だ。

白亜と同等に並ぶ権力ちからを手に入れるために、同族で蹴落としあう定めを選ぶ。その現状にレクリュスは心を痛めずにはいられなかった。



「…もう間も無くですね。」

「ヘリオ…、レイは大丈夫かな…」

「心配せずとも、ダン殿に鍛え上げられた子です。俺も何度か手合わせしたことがありますが、当時、未成人であるにも関わらず、腕は相当なものでした。必ずや、レクリュス様のお望み通りとなることでしょう。」



広間の上座にレオニアと並んで座るレクリュスが、緊張に耐えかねて側に控えていたヘリオに声を掛ける。

隷属同士の争いが今日行われるこのフェズニアス教会で、レイは隠し続けてきたその顔と瞳を世間に晒す。

流石にこの古くから行われている儀式の中で、王族や貴族を前にして仮面をつけたまま参加する事はできないからだ。


レクリュスが何とか選抜試験ヴェーレンまで仮面を着けたままでいさせてくれないか、と嘆願したものの、結局その願いは叶わなかった。

自分だけの銀色が思ったよりも早く、世間に知れ渡ってしまう…その事にどうしてもレクリュスは焦りを隠せない。

この緊張は自分だけかと、レオニアの側に控えているダンを見やるも、目を瞑っていて何を考えているのか見当もつかなかった。さらにその後ろにいるキアラとフィーリも顔を伏せていて表情が読めない。


誰とも目が合わないことがさらに不安となってレクリュスを襲う。

このどうしようもない不安から思わずため息を零し、レクリュスはこめかみに手を当てた。


いつかはレイの存在が知られてしまうのだから、過度な不安を抱いたところで何の意味もない。

しかし、何故か…。____恐らくレイ自身よりもレクリュスは緊張していた。

普段は全く緊張する姿を見せないレクリュスが、ガチガチになっているのを見てレオニアが笑みをこぼし、声をかける。



「…全く、我が息子は心配性なことだ。先ほど、ヴィシュガルツの方々から励ましてもらったばかりだろう?」

「…ですが、心配なものは心配なのです。_____それに父上…、レイの美しさ、魅力に他の者が気付いたらどうするのです…。」

「レクリュス…。」



いらぬ心配までし始めたレクリュスの表情がいつになく真剣なため、レオニアも思わずため息をこぼす。

会えなかった長い年月が、レイへの執着心をさらに募らせてしまったのだろう。


リーファの古城でジルヴィオ達と会談を終え、叙任式の時間がいよいよあと1時間ほど、というところでレクリュス達はフェズニアス協会の前までジルヴィオ達を送り届けた。

もちろん教会内に施されている魔法を解呪してから…。

別れ際、不安そうな表情を浮かべたレクリュスにジルヴィオは軽く笑って、頭の上に手を置きその耳元で囁いた。



『…お前がそんな不安そうにしていては、レイの方が信用されていないのかと不安になってしまうぞ。_____それに、そんな隙だらけだと…』

『!!??』


俺が横取りするからな。



すれ違いざまにとんでもない発言を落としたジルヴィオを咄嗟に睨むも、鼻で笑いながら颯爽と片手をあげて席へ向かっていってしった。その後ろ姿を見送りながら相変わらずだと苦笑を漏らす。


昔からジルヴィオの励まし方は人を煽るやり方で反感を買うことも多いけれど、自分を特別扱いしないその態度にレクリュスが救われていることも多々あった。


深い息をつきながら、これがジルヴィオのやり方で優しさだとレクリュスは結論付けて、レオニアと共に大広間の上座へ向かい、今に至る。


そうして上座へついたものの再びレクリュスが緊張してしまい、ヘリオがなだめ続けているのだ。

王子がそんな会話をしていようとも、傍目からはしっかりと前を見据え、貴族を見下ろし、堂々と構えているのだから王族とはかなり器用なものだ。


もちろんレクリュス自身がレイ以上に緊張しているわけにはいかない、と一番自覚している。その早鐘を打つ心臓を落ち着かせるために、レクリュスはそっと瞳を閉じ、肘置きに腕を置いて視界をシャットアウトした。

すると、ザワザワとした教会内で自分の名前や、従兄のセオの名前が時折聞こえてくる事に気が付く。

貴族達は中身のない噂話をすることが好きだ。

特に年頃の淑女達は…______。



「(レクリュス様ってもう、19歳であられるしょう?ご婚約とかはまだお考えではないのかしら?)」

「(まだ、その気はないそうよ…。レオニア陛下もレクリュス様ご本人の意思に任せる、とおっしゃっているみたいですし…。)」

「(けれど…、いくらなんでもそろそろお考えになる頃よね)」

「(あら、もしかして貴方…レクリュス様にご婚約をお申込みになるの?)」

「(わたくしだけではなくてよ、今日この場に来ているご令嬢…きっと皆様、セオ様、レクリュス様へご婚約、お見合いを申し込まれるはずよ)」



煌びやかな宝石が散りばめられた色とりどりのドレスを身に纏い、色恋沙汰に花を咲かせている淑女たち。これから、古くから行われている神聖な儀式が始まろうというのに緊張感も無く呑気なことだ。

ドレスと同じくらい彩度の高い髪と目を持つ彼女達は、心身ともに生粋の白亜として生を受け、この場に招待されている。

恐らく侯爵家やその血筋の者たちで間違いないだろう。


鮮やかな色彩を持つ彼女達は皆、上座に座るレクリュスとレオニア、その右側に沿って座るレスガルドとセオに熱い視線を注いでいた。

レクリュスにとって白亜の女性は嫌いではないが、好ましいとも言えない存在だ。

いわゆる【苦手】の部類に相当する。

鮮やか過ぎるその色彩はレクリュスにとってみれば主張が強すぎてしまうのだ。そんな白亜の強すぎる色彩に囲まれて育ってきたせいか、レイやダン、フィーリ、キアラのような落ち着いた暗い色の方がレクリュスは何んとなく好ましいと感じてしまう。

レイに至っては暗い色どころか真っ黒だけれども…。


勿論、今までにレクリュスに婚約の話がなかった訳ではない。

ただ、レオニアから婚約の話を持ちかけられた際、その話をしたところ笑って、じゃあ好きな時に好きな人と結ばれるといい、と婚約を断ることを許してくれたのだ。


王族として他国や有力貴族と婚約パイプを持たない事は通常、許されることではない。けれど、大国であるアルベールの国としての余裕と、いつだってレクリュスの意思を優先してくれるレオニアの方針が合致し、レクリュスは19歳になった今でも婚約者はおろか恋人だっていないのだ。

その代わり、婚約者がいない事で頻繁に行われる社交パーティーには嫌でも参加しなくてはならなくなってしまっているが…。



(そういば、セオにも婚約者いないんだよね…何故だろう)



同じ社交場によく、セオと居合わせることを思い出してレクリュスは首を傾げた。


レクリュスには、一応下らないけれども婚約者を取らない理由がある。

しかし白亜至上主義のレスガルドがセオに婚約者を付けない理由は何なのか。

セオの立場を考えると少しでもレクリュスより優位に立ち、白亜同士のパイプラインを強くするため、家同士の婚約くらいはもうとっくに済んでいてもおかしくはないのに…。

レクリュスの座っているところからセオの様子を伺い見ようにも、座っている席の角度的に難しい。

けれど、今日も変わらずきっと眉間に深いシワを寄せているのだろう。

暫く、会話をしていない従兄の事を考えていた時、広間に角笛の重低音が響き渡り、閉じていた瞳を開く。

石造りの教会内の空気をひどく震わせて、角笛の音は響き渡り、辺りは一瞬にして静まり返った。


静まり返った教会内に布がこすれる音と、ゆったりとした足音が代わりに響く。

上座の一つ段を降りた先に、繊細な蔦の木彫りが施された祭壇があり、そこへゆっくりと上手側からヴァルハラ祭司長が歩いてきた。

ゆっくりとした足取りで祭壇中央に着き、前へ向き直ると一斉に白亜の参加者達が頭を下げる。



「________遥、古来より…アルベール誕生から隷属は黒賊として、我らが神聖なる歴代の王族、貴族達へその命捧げてきた。高潔な血を守ることで己の穢れた血を浄化し、悔い改め、その許しがたい罪を我らが王はその寛大な御心をもってお許しになるのだ。しかしながら、罪を許される権利を持つのは、残念なことにたった一握りの隷属だ。

己が罪を自覚し、精進を重ねた隷属には黒賊という名の選ばれし地位を与えよう。光ある溢れる世界には背を向け、その生涯をもって持ちうるすべてを我ら白亜へ捧げる。

我々は広い心をもってその行動を認め、この叙任式において隷属を黒賊を任命するのだ。」



静まり返った教会内には、それほど大きくないヴァルハラの声でもよく響く。

ヴァルハラが喋り始めてもなお、頭を下げ続ける貴族達の行動から、いかに教会側が強い権力を持ち得ているかがわかる。アルベールは非常に宗教や神話、歴史を重んじる国。その為、比例して教会の権力も強く時には王族への進言も許されてしまうのだ。


協会のトップに君臨するヴァルハラの演説にレクリュスはがまnできず、眉をしかめる。

このヴァルハラの演説に心酔して聞いている白亜にも苛立ちを覚え、7年間という歳月を経てもなお、ほんの少しも国民性に変化が見られないことに焦りを募らせた。

どうにかして、上流の白亜にも隷属の存在を受け入れてもらおうと国政だけでなく公務などでも必死に努めてきたが、黒賊という国を挙げての儀式を前にすると全ての行いが無駄だったように思えてならない。


根付いた意識や感覚、信仰はどこまでも人の意識を奪い、自分で考える術を奪ってしまう。

レオニアが即位後、ずっと隷属との共存と平等を唱え続けてきてもこの有り様なのだから、レクリュスが幼い頃に思い描いた、隷属と白亜の未来も今や自分の代で実現ができるのか自信がなくなってきていた。



「俯いてはいけないよ。レクリュス…」

「…っ父上。」



視線を下げかけたその時、隣に座るレオニアがレクリュスにだけ聞こえる小さな声で呟いた。



「どんなに不当だと思っても、自身の無力さと、この世の理不尽に苛まれても…、私達は隷属という存在を守らなければならない。正しい知識を持って平等な国を…世界を…、私たちだけでも目指さなければ…だから________…」


_________前だけを向いていなければ。



凛とした態度で王座に座り、迷いなく前を見つめ続けるレオニアの横顔をレクリュスは目に焼き付けた。

そう、この道へ進むと決めた時、レイと出会ったとき…たとえ何を犠牲にしようともレオニアとともにアルベール(このくに)を根本から作り直すと決意したのだ。

黒賊を含めたすべての隷属…国民に人としての自由を。



「___________では、これより…叙任式を、開幕致す。

選ばれし隷属たちよ…前へ。」



長い演説を終えたヴァルハラの合図とともに再度、角笛が響き渡る。

笛の音が空間に溶けていったと同時に、上手から今回の叙任式に参加する黒賊候補者が静かに姿を見せた。


微かな高揚感と、人々のざわめきが大広間に反響する。

値踏みするような視線を受けながら、ただ候補者は足音も立てずに入場し、その身に闘志と殺気を募らせていた。


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