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国賓(閑話ジルヴィオ視点)ー3



_____________「レイの後見人になってほしい。」



告げられた言葉を頭で理解するのに、ジルヴィオは時間を要した。

今、レオニアは何と言った?



「話が全く読めない。俺がレイの…、後見人?」

「随分と突飛な話ではないですか…?いくら___レオニア様でございましてもこれは早急過ぎるかと…」



つい先ほどまで穏やかにお茶を楽しんでいたクレドも、思わず苦言が口から零れてしまう。

悠々とお茶などしている場合ではない話題だ。

現時点において、レクリュスの黒賊になる確率が高いレイの立場を考えると、親交の深い国同士であれど他国の黒賊の後見人になるメリットはヴィシュガルツにはない。それに、レイのことを全く手放す気など見せなかった、アルベール側の突然の手の平返しにいくらジルヴィオでも警戒をせざるえなかった。

ヴィシュガルツの三人は揃って怪訝な表情を浮かべている。



「___一体どういう風の吹き回しだ?」

「________________あの子に…、レイに…__【陥落モルグル】の兆しがみられる。」

「「「っ!?」」」



陥落モルグル

その名称の通り、落ちることを言う。

白き魔女、リーファの伝説に語られる白の世界を陥れた黒い賊。

その賊が使ったとされる黒い力は荒地サマクと呼ばれる黒の世界の力だ。

そして、そのサマクの力を使う賊には共通点があった。


血で染め上げたかのような深い赤色の瞳、

そしてその瞳孔は縦に裂け、獣のような目になるのだとか_________。

理性をなくし、本能のままに殺戮を行う、獣になる。


古に語られたお伽噺の事など最初は誰も信じていなかったが、ある時、一般的な白亜の一家が惨殺される事件が起きたことで、隷属の陥落モルグル化はアルベール全土に浸透することとなった。


始まりの事件で犯人を捕まえることも出来ず、その後も立て続けに白亜を標的とした残虐な事件が繰り返された。

もちろん当時も隷属は白亜から迫害を受けていたので、すぐにこの一連の悪行が隷属の仕業であると国中の誰もが思っていた。

一連の事件を当時のアルベールの王族が威信をかけて解決に挑むも、その被害は増加し拡大するばかりで、遂には白亜だけでなく隸属の惨死体も出るようになった。


『賊の再来』とアルベールの国民は怯え慄き、当時の王族も頭を抱えた時、状況は突然一変した。

とある隷属の男がローランド城へ自ら出頭したのだ。



「今までの殺戮は自分の行いである」と。

全身から血を流し、城の広場に膝から崩れ跪いた男は告白した。


「己が家族を白亜に殺され、怒りで理性がなくなった_____。」



どうしようもない怒りや憎しみに支配された時、眼前に広がる景色すべてが赤く染まり、自分が一体何をしているのか、まったくわからなくなった。何が起きているのかわからない_____と。

そして自我を取り戻した時、最初に目にするのは大量の赤。あたりを充満する鉄生臭い匂い。

現状を理解しきれない頭で周囲を見渡せば、人形の手足のようにバラバラにされた死体がそこかしこに転がっているのだと。


パニックに陥った男は国中を徘徊し、逃げ回ったと言う。

自分を追ってきた者に手にかけ、見つけた者にも手をかけた…

そして気づけば自分をかくまってくれた、隷属の者たちにも手をかけた。

ひとしきり暴れ、正気が戻った時はいつも同じ、赤い景色と死臭だけ。繰り返される狂気と自我の狭間に己に恐怖を覚え、何とか理性のあるうちに城へ来たのだという。


直ちに拘束された男はどこかほっとしたような表情を見せ、その日のうちに公開処刑とされた。

処刑されるその瞬間、男の瞳はまた赤く、獣のように縦に裂け、拘束された時に見せていた後悔や贖罪の表情はなくなっていた。






****







この事件から、白亜の研究者達は過去の事件や歴史を改めて調べなおし、古の碑文を紐解いた。

その結果、どれも隷属が関わっていることがわかり、その上である特徴が一致することに辿り着いた。


赤く、獣のように瞳孔が避けた瞳。

それに呼応するような凶暴な性格と残忍な行動。

そして、自分が起こした事件はまったく記憶に残らない。

どの隷属も「怒り」「憎悪」に蝕まれ、溢れた時変容する。

そして何より、事の発端には必ず白亜の影がある。


調べた結果から、多くいる隷属の中でも、ある一部の隷属にはそういった狂気に飲まれてしまうような者が現れることがわかった。

このように狂気に飲まれてしまうことを、研究者達はこう名付けた、【陥落者モルグル】と。

それが浸透し、各国で一気にこのモルグルへの研究が進められ始めた。

そうして一般常識として馴染んできたのが近年だ。このいつ発現するかわからない凶暴性も、今では隷属の立場を貶めている要因の一つとなっている。



「で?いつからだ?モルグルの兆しが見られ始めたっていうのは…」

「…二度目の任務からと見ている。だから凡そ5年前…それ以上の詳細な時期は不明だ。」

「今は?…どの程度まで進行が?」

「無意識下における言動…瞳の瞬間的な赤色化。っていうところだ…。」



ダンとジルヴィオがレイの情報を交わす。

その間、レクリュスはずっと顔を俯かせ、膝の上で強く拳を握りしめていた。

レクリュスがレイのモルグル化を知ったのはつい先刻。

レイとキアラを控えの間へ見送った後、レオニアにダンと共に呼び出され、追及されたダンが渋々と報告したのだ。

息子の黒賊第一候補がモルグル化の兆しを出してしまった。その事実を知ったレオニアは急遽、ジルヴィオ達ヴィシュガルツとの会談の場を作ったのだ。

レオニアにとって優先順位は己が息子を守る事。それはこの国を守る事にもつながる。

現国王として、そこにレクリュス個人の意見や意向が汲み取られることはない。その王の立場を理解しているからこそレクリュスはこの提案に首をたれるしかなかった。



「なるほど、それで黒曜国家であり、親睦の深い俺のヴィシュガルツってことか…。」

「大きい理由はそれで間違いないが、何よりもヴィシュガルツでは黒曜が人口の過半数を占めているにも関わらず、モルグル化する人の少なさと、その対応に目を見張るものがある。巷のうわさではモルグル化から回復した者もいると聞いているが…」

「…それで??何が言いたいんだ?」



あれだけレイを手放したがらなかったレクリュス達アルベール側が、モルグルの兆しが見え始めたレイを、ただでこちらによこすとは思えない。例えモルグルとなったとしても、レイにはそのリスクを上回る価値がある。



「もし、レイのモルグル化が進行していくようであれば、一時的にヴィシュガルツへ預けたい。」

「一時的…か。____横暴だな、治ったら返せってか?俺の国は治療施設じゃない。悪いが、そんな一方的な条件をのむことは出来ない。」



レオニアとジルヴィオが静かに睨み合う中、絞り出すようにレクリュスが声を出した。



「…返せ、とは言わないよ…ジル。」

「っ!?レクリュス、何を…」

「ダン、静かに…。父上も…聞いて下さい。

レイを、_____返せとは言わない。あくまでも僕はレイの意思を尊重したい…。もし、レイのモルグル化が進んで、本人も望まない殺戮を行う前に、治せるすべがあるのなら、___僕はヴィシュガルツにレイを預けたい。そして、治ったなら…その時、レイに聞いてみたい。ヴィシュガルツで過ごして、そちらで平穏に暮らしたいと望むのならば…そうなれるように、手配する…。」


膝の上で手を組み、その手に額を付けているからレクリュスの表情はジルヴィオ達に見えない。

だが、掠れた声や、組んでいる手が強く握られ白く微かに震えている様を見て、相当レイへの執着を我慢して言葉を絞り出していることは明白だった。そんな様子のレクリュスに友としてジルヴィオは思わず声をかける。



「…レク、俺はお前も知る通り、レイの事は喉から手が出るほどに欲しい。だから、レイがヴィシュガルツにいることを望んだ時、身元も何もかも、全てこちらに移すぞ?そうしたら、そうそう容易には会えなくなる…それでもか?」

「わかっているよ…ジル、わかってる…。それでも僕は、あの子の幸せを一番に願いたい。僕はあの子の…」

「…??」

「ううん、何でもないや…」



何かを言いかけ、口を閉じたレクリュスにジルヴィオは首を傾げた。

率直に意見を交わし会える友だからこそ、言いかけた言葉こそがレクリュスの本音に一番近いとわかる。

真意を探る為、レクリュスの様子を伺うようにその目を見ても、伏し目がちに彼は笑うだけで曖昧に濁した。



(いつもいつも、お前はそうして…、望みを口には出さないんだな…。)



レクリュスの他人を優先しすぎる性質は昔から全く変わる事はない。

それが彼のことを好ましく思える性質でもあったが、それと同時に己が望みを伝えてこない、やりたい事を言ってこない性格にはジルヴィオは時折苛立ちを覚えていた。


(お前だって、レイのことを手放したいなんて毛頭思っても無いくせに…)


本当の事を言えと、耐えかねて口を開きかけた時、レクリュスが静かに、けれど確かな強さを持って言葉を発した。



「ジル、それからクレドにザヘル…アルベールの王子としてではない、一友人からの願いを聞いてくれる?レイのモルグル化が進行し、あの子が望まない行動を取るようになったら、あの子を助けてくれると…」


自分の望みをひた隠し、必死に堪えているレクリュスの姿を見て言いかけた言葉をジルヴィオは飲み込んだ。

正直になれ、素直になれとこの男に言ったところで、更に追い詰め、苦しめるだけだとわかってしまった。



「_______________…あぁ。約束してやる、国同士だとかそう言うもんは一旦取っ払って。お前の望む通り友人としてな」

「ありがとう…、レイのことは、僕以外にはジルにしか預けられないと思ってたんだ。」



弱々しくもどこかほっとしたように笑ったレクにアルベールという国がどこまでも難儀な国だとジルヴィオは同情せざる得ない。

レクリュスにとって、これからある意味一生涯の相棒パートナーとなる予定の今日この日に、この話は寝耳に水だっただろう。

お互いに7年という時をしっかり、待った。

だが、待ちこがれた時の先にあったのは、下手したら一生の別れになるような悲惨な現実だ。


まるで通夜のような冷え切った空間に耐えかねたのか、今まで黙っていたザヘルがおずおずと手を挙げ口を開いた。



「あーーー、話ぶった切るようで悪いんだが、まだ「銀の落とし子」はこっちに連れて来なきゃいけねぇほどモルグル化が進行してるわけじゃねぇんだろ?…本人のいねぇとこで本人の未来をここで話しても意味なくねぇ?」

「ざ、ザベルにしては良いことを言うじゃないかっ!…レオニア様、レクリュス様、我が主が私的にではあれ、協力を申し出た以上私達は最大限の努力を待って彼女のお力になる事をお約束しましょう。

ですが、幸いなことにまだその時ではありません。モルグル化に関してはヴィシュガルツにおいてもまだまだ謎が多く、兆しが見られたとしても決して進行し続ける訳でもない。人によっては治る事も稀にあるのです。ですから今しばらく、様子を見守りましょう。事を急いても良いことは無いです。」



あまりにも憔悴しきったレクリュスにザヘルやクレドが声をかける。

ずっと親交があって、幼い時から面識があるだけに、レクリュスの事を二人も弟のように想っているのだ。



「…そうだね。ねぇレクリュス、私達はダンの報告を受けて最悪の事態ばかり考えていたけれど、その最悪の事態も数ある未来の一部でしかないと思わないかい?」

「はい…」

「今はあの子を信じて、まずは今日という日を無事終えられるよう祈ろうか。」



久しぶりに再会したばかりなのだから、とレクリュスの肩にレオニアが手を乗せ、諭す。

王として最悪の事態を考え、出来ることはしておくことが国の判断としては正解だ。

そして俺との口約束とはいえ盟約を得た今、父親の顔になったレオニアに安堵した。今でもレオニアと皇帝として対面し、会談をするのは何となく苦手なのだ。



「…フン、それに7年きっかり、この俺が待ったんだ。既にレイはヴィシュガルツに来ると決めているかもしれないぞ?」

「それはないから安心しろ。」

「んだと!?ダンッ。まだ返事も聞いてないんだから、分からないだろうが!!」

「ジルヴィオ陛下!!突然立ち上がらないで下さいっ!紅茶が溢れてしまいます!!」

「ははっ愉快愉快。」

「クソ…、そのうちしっかり、レイの口からヴィシュガルツに来たいって言わせてやる。」



すっかりいつもの空気を取り戻した空間の中、何となくまだレクリュスの表情が冴えないのをジルヴィオは見逃すはずもなく、レクリュスの肩を引き寄せ耳元へ口を近づけた。



「ジルっ??」

「(一番大切なら、他人にそう易々と渡すとか言うな。やりたい事をやればいいんだよ。)」

「!!」

「まあ、俺も譲らないがな?」



ハッとしたように顔を上げたレクリュスの頭を乱暴にかき回し、すでに冷めきってしまった紅茶を流し込む。



「おいおい、アルベールは国賓に冷めた紅茶を飲ますのか?」

「っ…。それは申し訳ない。すぐに新しいものを用意させるよ…それからおもてなしを仕切り直させてくれるかな?」

「お手並み拝見。」



不安そうな表情がレクリュスから消え、色素の薄い頬に若干赤みが戻った事を確認したジルヴィオは満足そうに鼻で笑った。


(あーぁ、何してんだか。焚きつけたって何の得にもなりはしないってのに…)


せっかく転がり込んで来たレイを手に入れられるチャンスを自ら先延ばしにしてしまったが、じゃれ合う臣下や穏やかに会話するレオニアやレクリュスを見て、何となく満足している自分がいる。



「ホント、難儀だな…。」

「あ?ジルヴィオ様なんか言いました?」

「あー、お前はいつになったらマシな敬語使えるように何のかねって思ってな。」



零した独り言がザヘルの耳にほんの少し聞こえてしまったようだが、言葉をすり替えて遮断する。

アルベールなんて国は大嫌いだが、その中心で必死に抗う者達のことはどうしても嫌いになれないもどかしさがジルヴィオの胸を燻った。



(早く連れて帰りたいもんだ。…レイ。)


7年経った彼女がどう成長を遂げているのか、心待ちにしてジルヴィオは運ばれて来た新たな紅茶を楽しんだ。






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