国賓(閑話ジルヴィオ視点)ー2
古びたアーチ状の石門を潜った先。
その先にはどっしりとした巨大な古城がうっすらと霧を纏っていた。
アルベールの【白い巨人】と謳われるローランド城、その白い巨人とは似ても似つかない、古の時代を感じさせる武骨な作りの城。
切り出した岩を積み上げ作られたのであろうこの城は今でもしっかりと地に足をつけ、苔を生やしながら霧立つ緑の丘にひっそりとたたずんでいた。
「古の魔法だよ。空間魔法と空間転移、障壁魔法を複雑に組み上げて作られた、今では再現できない古の魔法…。それがさっきくぐった門やここへ通じるための道に施されているんだ。」
_____そしてその魔法は王家の血筋の者か、その者に許された特定の人間しか通すことはない。
「恐ろしいほどの魔力の消費量ですね…。白亜の先人…、一体どれほどの力を持っていたのか。」
クレドは門を潜り抜けたのち、潜った門を振り返り冷や汗を流す。
これほどの魔法を扱えるだけの力を、過去の白亜の王たちがごく当たり前のように持っていたならば、確かに白亜という存在は畏れられ、崇められただろう。
この力を前にジルヴィオ達黒曜は圧倒的不利であったに違いない。そしてなにより自分たち黒曜の劣等感を今以上に感じていたことだろう。
いつもはふざけ通しているザヘルもこの圧倒的な力を前にして、今はその口を閉ざしてしまっていた。心なしかその額にもじわりと脂汗が滲んでいるように思える。
だがジルヴィオは表情を変えることなく、背を向けて立っているレクリュスの隣へと歩みを進めた。
「おい、情けねえ面晒してんじゃねぇ。今はいねえ奴らの力に怯えてどうする…?」
「…そうだね、ジルヴィオの言うとおりだよ。今の僕たちにはこんな力ないのだから。安心して?」
門の発動に必要な膨大な魔力はこのフェズニアスの土地自身が持っている地力が賄ってくれている。確かにある程度、自分たちの魔力も消費されるがそれは極々些細な量だ。
ある程度の魔法のたしなみがある者であれば、簡易魔法を発動した程度の負担しか魔法を発動させた本人にはかかっていない。
「さあ、ここで立ち話しているわけにもいかない。既に父上やダンが城で待っているよ。」
「⁉、それは大変申し訳ございません。国王陛下をこれ以上お待たせするわけにはいきませんね。」
「急かすようでごめんね…。」
「レオニアと顔を合わすのも久しぶりだ。書簡ではやり取りを重ねてはいるが、ヴィシュガルツ(こっち)には来れないようだからな。」
「…行きたい気持ちは大きいのだけれどね。」
「フン…。どうだか。」
少しすねた表情を見せるジルヴィオに、頬をかきながらレクリュスが苦笑いを浮かべた。
薄いプラチナブロンドの前髪の隙間から本の少し、疲労の色がうかがえる。
御年19となったレクリュスにも徐々にアルベールの問題がのし掛かってきているのだろう。悔しさやうまくいかない歯がゆさを笑みの下に敷いて、ジルヴィオ達から視線を逸らした。
親交を深める中で今までにレオニアやレクリュス達がヴィシュガルツに訪れたことがあるのはたったの二回。
それもジルヴィオの父、先代皇帝の退位の時とジルヴィオの即位の時、それだけだ。
先代皇帝の時から両国ともに親交があったにも関わらず、ここまで訪問が少ないのはひとえにアルベールの重臣たちが許さないからだ。
慕っている国王や王子が隷属の国であるヴィシュガルツに頻繁に赴くのは容認できないのだろう。
「お互い難儀なお国柄ですな。」
「本当にね。そうそうザヘル…、城にはヘリオもいるから手合わせするといいよ。」
「っマジ!?ですか⁉それは腕がなるってもんですわ!ヤツにはどーも嫌われてるみたいでなかなか会えても相手してくんないんすよ~。レクリュス様、恩にきります。」
「ヘリオ殿かわいそうに…。」
いたずらっ子のような笑みを浮かべ、レクリュスは王の近衛兵隊長であるヘリオの情報をザヘルへと流す。
ヘリオとザヘルはお互い似たような立場にあるためか、レクリュスやジルヴィオよりもお互いの国を行き来し親交を重ねている。
いるのだが、なぜかヘリオとザヘルは会うたびに謁見や会見という名の手合わせ及び決闘をしているようで、ザヘルと会った後辟易とした様子でいつもヴィシュガルツから帰ってくる。
その度にレクリュスから影でからかわれ、アルベールにザヘルを招くときはあえてザヘルとの時間を作っていたりする。
そんないたずらをされているなど当の本人は気づく様子もなく、今に至る…。
何となく事のいきさつを察してしまったクレドが城に向けて遠い目をしたが、レクリュスから秘密と言われてしまえばそれまでだ。
こうした雑談を交えながら歩き、古城の門前についた。
木製の巨大なアーチ上の門にレクリュスが手をかざすと、見慣れた白い巨木が門全体に浮かび上がりその大口をゆっくりと開けた。
「ようこそ、古城ドゥーム・トエト・リーファ…『リーファの古城』へ。」
「これが…」
「____始祖の魔女、伝説に語られる白魔女リーファの城…。」
門の先に現れたのは、とてつもなく広い空間。
天井は高く、白い光が溢れるそこはどういった原理で輝いているのか、天井そのものが発光しているように輝いていた。
濃度と純度の高すぎる魔力に溢れたそこは少しばかりの息苦しさを感じるほど。
空間を支える巨大な柱はザヘルが腕を回してもあまりあるほど太く。
施されている装飾は一本一本枝を模しているのか、天井は重なり合っている木のように模刻され、きつすぎる光をほどよく遮っていた。
門からまっすぐ伸びる大広間へと続く道、天井から垂れるアルベールの紋章を描いた藍色のタペストリー。
そして一番光のあたる広間の中央には王レオニアとその後ろに控えるダン、近衛騎士隊長ヘリオの姿があった。
「ヴィシュガルツ皇帝陛下、ジルヴィオ=グランブリュヘル=ディオジール殿。遠路はるばるよくお越しくださいました。まずは心からの労りを…。」
正装に身を包んだレオニアの姿はそれはそれは衝撃的な神々しさを秘めていた。
白金の髪に繊細な銀装飾の飾りをつけ、引き摺るような長さのマント。それも眩ゆいばかりの白色で光に反射した銀刺繍が美しい。
全体的に白と銀でまとめあげられたその姿は伝説に語られ続けてきた、白き魔女の生き写しのようだ。
普段は感じさせない白亜の姿、そのあり方というものがレオニアから溢れてやまない。いつも気さくに話しかけてくれる優しい父のような存在は欠片もなかった。
(チッ…今までは手加減してたってことかよ。)
まざまざと見せつけられた大国を治める者の威厳と威光。
ジルヴィオは初めて対面するアルベール国王レオニアの姿に膝をつきそうになった。
思わずその神々しさの前に膝をつき頭を垂れてしまいたくなる。
自分の後ろに控える臣下は既に膝を折り、平伏しているのがその証拠だ。
ジルヴィオ自身も鳥肌がたち、少しでも気を緩めればガクンと膝から崩れ落ちてしまいそうだった。
「こちらから招致したにも関わらず出迎えず、申し訳ない。この非礼、お詫びする。」
「アルベール王国、レオニア=ロンドウェル=レソロア=アルベール殿。アルベールの聖地であるこの稀有な土地に我々をご招致いただいたこと、感謝こそすれ、腹を立てることも、非礼だど思うことも決してない。そのような無礼者に思われているのであれば心外ですね。」
「_________ふふっ…大きくなられましたね、ジルヴィオ殿」
しばしの間、両国治めるもの同士無言で視線を交し合ったかと思うとレオニアが堪え切れなくなったように吐息を漏らした。
それを合図に固く張りつめていた緊張感からジルヴィオ一行が解放される。
ジルヴィオ達の後ろで様子を見守っていたレクリュスも肩を震わせていた。
「ふっ、ふふふ…」
「おい、レク…てめえ。」
「へ、陛下!!レクリュス様になんて態度を!!??今は、今だけはお願いですからご勘弁を…。」
思い切りからかわれたと察したジルヴィオは振り返ると同時にレクリュスへ詰め寄る。
胸倉を掴まん勢いに、まだ平伏したままの状態のクレドが大慌てで主を止めようと、ほぼ半泣きの状態で主の足にしがみ付いていた。
「ははっ、強ち間違ってはいないのですが…?」
自身の背後から聞こえた声にピタリとジルヴィオの動きが止まる
また、いつの日かみたいにこの国で勝手をされても困るから。
と、ジルヴィオを見据えたレオニアの瞳は冷えていた。
「成長してなかったらダンとヘリオにお願いして問答無用で叩き出すつもりだったのですよ?一応ね。」
「命拾いしたな、ジルヴィオ」
「最後にお会いした時よりも威厳が増して驚きました。流石ジルヴィオ陛下ですね。」
ゆっくりと歩みを進めてジルヴィオ達のもとに赴いたレオニアは意味深な笑みを浮かべている。
自分の切り返しは間違っていなかったのだと、掴みかかりそうになっていた腕を下ろしてジルヴィオは心中息をついた。
「いつの日か」とは間違いなく、レイを拉致ろうとした日のことだろう。
もう7年以上前のことになるというのに未だにこの王はあの日のことを根に持っているようだ。
「それにしたって抜き打ちはやめてくださいよ~、大人げないっすよレオニア様。」
「ふふっ、すまないね。たまにはこういうのもアリかなと思って。」
「なっ!?貴様!!レオニア様になんて口をっ。相も変わらずの無礼、非行はジルヴィオ陛下と異なり正していないことにうんざりするッ!!!ザヘル殿!!」
「ヘリオ~久しいなァ!!!!!ぜひ此度も手合わせをっ!!」
「っ!?近づくな野蛮人!!」
レオニアに向かって馴れ馴れしく話しかけたザヘルをすかさずヘリオが牽制するが、その牽制も空しくザヘルにはまったく意味をなしていない。
レオニアとジルヴィオのやり取りに腰を抜かしていたザヘルはヘリオを見つけた瞬間に、尻尾を振る犬のように飛びついたのだ。
自分よりガタイも身長も勝る大男に詰め寄られたヘリオは顔を引きつらせ、腰に下げていた剣に思わず手を伸ばしてしまう。
「はぁ、手合わせしたいのはわかるが今は控えろヘリオ。」
「んなっ!?ダン殿!?ちがっ、自分はっ…!!」
「ちぇーっ、今はお預けだな。」
「俺はお前なぞと手合わせなどしたくない!!勘違いするな!」
ザヘルと手合わせをしたいと勘違いされたヘリオの訴えも空しく、「ごめんねヘリオ」とレオニアにまで言われてしまえば「違う」という叫びを飲み込むほかなかった。
そうやっていつもヘリオは何かしらの形でザヘルと手合わせをしてしまうのだった。
そしてここにおいて、ザヘルとの手合わせをヘリオ自身が望んでいないことを知っているのはレクリュスと、青ざめた様子で場を見守るクレドのみ。
恐らく今後もヘリオの望む形で事態が収拾されることはないだろう。
「ふふ、いつも賑やかでいいね」
「何を仰いますか、死ぬほど大変ですよ。」
威嚇しているヘリオの肩を半強制的に組み、豪快に笑っているザヘルを目にし、こめかみに手を当てるクレド。
ヴィシュガルツの軍の中で一位、二位を争う武の腕は確かなものの本能的に行動してしまうその性質には、幼馴染といえど大変な苦労を重ねているようだった。
「さぁ、父上…国賓をいつまでも広間でもてなしてはいけません。積もる話もあるかとは思いますが、腰を落ち着けて話せる場所に移動しませんか?」
「あぁ、すまないレクリュス。それもそうだね、私としたことが…。さてヴィシュガルツの御一行方、こちらへ_______…」
広間の中心で談笑していたレオニアに声をかけ、レクリュスが移動を即す。
ヴィシュガルツから遥々招致した国賓をいつまでも立ち話させていてはアルベールの品位を落としてしまうからだ。
たとえアルベールの多くの国民、重臣が彼らを快く思っていなかったとしても、せめて自分たちは対等に、目指す未来のためジルヴィオ達とは手を取り合いたい。
この古城にはあの祭司長ヴァルハラも許可なく入ることは出来ないため、腹を割って話せる貴重な時と場所なのだ。
少しでも無駄にしたくなくて、レクリュスが自分たちの部屋へと一行を先導していく。
いくつもの廊下と扉を通りすぎ、古城の最深部と思われる部屋までたどり着いた。
意外とシンプルな扉の先には、王族の間とは到底思えないような質素な部屋が広がっていた。
「はーーー、やっと一息つける…。」
「おかえりなさいませレオニア様、レクリュス様。そしてようこそ、ジルヴィオ陛下。」
隙のない完璧なお辞儀をジルヴィオ達に行い、サッと自身の主に向き直ったレオニア直属のメイド、タンザが迎え入れる。
薄いオレンジ色の髪をきっちりと結い上げ、シワひとつないメイド服を着こなす彼女は年齢不詳だ。
「ただいま、タンザ…。私の大切な国賓の方々に美味しいお茶を用意してくれるかな?その後は大事な話があるから。」
「かしこまりました、レオニア様。…お茶につきましてはクーデン地方の最高級品にてすでに、ご用意させていただいております。ですので私はこれで…。」
主の意を汲み取り挨拶もそこそこに部屋を出ていったメイドの後ろ姿を見て、ザヘルが呟く。
「ホントにメイドか?隙も何もありゃしねえ…。武人の間違いだろアイツ…。」
「ははっ、ひどいなぁザヘル殿は。彼女は父上と私専属のメイドだよ?その証拠にほら、お茶も完璧でしょう?」
10名ほどが座れそうな大きな卓に1セットずつ丁寧に茶器がセッティングされている。淹れたてである証拠にゆらゆらとティーカップからは甘い湯気がたっていた。
また、少しつまめるようにと一口大のささやかな茶菓子も添えられている。
それぞれの味の好みにあわせられるよう勿論砂糖や柑橘類も準備済みだ。
「俺たちがくるタイミングを完全に読んで準備した、と!?」
「タンザは自慢のメイドなんだ!!できないことはないよ…?」
「レオニア様のお側に共に仕えている私も保証しよう。タンザ殿にできないことはないだろうな。」
「お、恐ろしい…。」
何でもできるとは、どこまでのことを言っているのか白目を剥きかけたクレドに対してジルヴィオは不貞腐れたように口を尖らせた。
「ったく、何でホントいい人材ばかりアルベールに集うのか…。全く理解できねぇ…」
「父は慕われているからね。」
「それを言うならばレクリュス様、貴方様も同様に慕われておりますよ。」
父を自慢するレクリュスをすかさずカバーして仕える人間を立てるヘリオにさらに不貞腐れながら、ジルヴィオは程よい温度になった紅茶を口に含んだ。
「…んで、早速と言っちゃなんだが。黒曜である俺達を白亜の伝統的な格式高い儀式にお呼びいただいたのはどういった風の吹き回しだ?」
「______。」
自分達が此処に招致された理由。
それが未だジルヴィオにはわからないままであったのだ。
いくら親交の深いアルベールの国王レオニアとその第二王子レクリュスであれど、黒曜を隷属と呼び虐げるお国柄上、神聖な儀式に自分達を招致することはかなり難しかったはずだ。
その証拠に、儀式を執り行う祭司長ヴァルハラは全く歓迎などしていなかった。
和気藹々としていた空気がピリリと核心を突くジルヴィオの質問で緊張感を帯びる。
鋭く鮮やかな紅玉のような瞳は自分の向かいにいる、アルベールの四人を射抜いていた。
「まさか7年前に俺がレイに言った『迎えに来る』という言葉を、鵜呑みにしたわけじゃあないだろう?」
「はぁ…。ジル、『迎え』ではなくて『答え』を改めて聞くと言ったんだろう?」
「______同じようなものだ。」
仔細なことなどジルヴィオが気にするはずもなく、レクリュスに諭されようと今でもレイのことを諦めていないと、堂々と告げてみせた。
挑戦的な、挑発的な視線でも穏やかに受け止めてレオニアが口を開く。
「そう、勘が鋭いのは相変わらずのご様子ですね。では単刀直入に言いましょう。
ジルヴィオ陛下、…彼女の、レイの後見人になっていただけませんか?」
「「「っ!?!?!?!」」」
静かな部屋にジルヴィオ達の息を飲む音が響いた。




