国賓(閑話ジルヴィオ視点)ー1
「ったく、ホントここはいつ来ても辛気臭ぇ…」
「陛下…、すでにここはフェズニアスですよ。アルベールの随一の聖地…、他国の聖地を貶める内容については口を謹んで下さい」
「なぁ〜?フィーリに連絡しなくて良かったのかぁ…?話してぇこと、あったんじゃねーのー?」
ひどく目立つ男3人が横並びに歩いていた。
緑の丘の塗装された石畳の道をそれぞれが連れる馬の蹄が軽快な音を立てている。
3人の中心を歩く、限りなく黒に近い濃紺の髪に端正な顔を際立たせる真っ赤な瞳の持ち主。
ヴィシュガルツの皇帝、ジルヴィオ。
彼を挟むように控えるのが青髪の宰相クレイバルドと栗色で癖のある髪に深い苔色の瞳を持つ一際ガタイのいい男、ヴィシュガルツの帝国騎士団の副長ザヘルだった。
「まぁ…、別に急用ではないからな…。忙しかったら無理に会いに来なくても良いと言っておいた。」
「ほう、貴方が急ぎでもないのにフィーリと話したがるとは?」
色素の濃い3人がフェズニアスの門をくぐり、古の王都に足を踏み入れる。
自慢の愛馬は旧城門を潜る際に門兵に預け、ゆったりとした足取りでアルベールの聖地を踏みしめた。
ここ、フェズニアスにこの3人以外の使者が通されることはない。
皇帝という立場でありながら、自らの足で歩みを進めなければならないのはジルヴィオ自身がこの国で言うところの隷属だからだ。唯一連れることを許されたのは幼馴染であり忠臣の2名のみ。
アルベール側の礼を欠く姿勢に、置いていかれた百人前後の使者達は憤慨したが、ジルヴィオは大きく事を荒立てることを望まなかった為、たった2名の護衛とフェズニアスに赴いたのだ。
ここが隷属を虐げる元凶となった地。
どうしようもない格差や差別が生まれてしまった場所。
そんな土地にやっと、やっと踏み入れることができた。先代皇帝でも成しえることのできなかった瞬間をヴィシュガルツの現皇帝は実現して見せたのだ。
複雑な思いと未知の領域への高揚感から何とも言えない高揚を覚える。思わずフェズニアス内部をじろじろと観察してしまうのも仕方のない事だろう。
アルベールの聖域、フェズニアス領土内では嫌でも目立ってしまう3人へ、招かれていた高位の白亜達は様々な視線を向けている。
(あれは確か…ヴィシュガルツの…岩窟帝。)
(皇帝陛下と宰相様、それに軍部の副長様だな…、錚々たる面子ですこと。)
(此処にあのような他国の隷属が堂々と足を踏み入れれる日が来ようとは…)
(ダメよそんなこと…、黒岩の国では黒耀と呼んで、隷属とは呼ばないらしいのだから)
各々が小声で話していても確実に3人には聞こえてしまう喧騒が辺りには広がっていた。
だが、3人は大抵どの国に行っても歓迎などされない。
そのため不躾な視線や言葉には慣れ切ってしまっており、悠々とアルベールの聖地を歩く。よもや観光気分であった。
敵意をものともしないその姿には、刺すような視線だけでなく、いつしか羨望や憧れといった熱もささやかながらに含まれる。
敵意の中にある憧れを、恐れの中にある熱を…。
それを知っているからこそ、どんな不躾な視線や言葉を向けられようと3人は俯いたりしなかった。
自分たちの色に誇りを持つ。
決して屈しないその姿には濃色嫌いの白亜でさえも黙らせてしまう…あるいは魅了してしまうほどのカリスマ性があった。
それが圧倒的な外国からの支持と尊敬を得ていることがジルヴィオ、強いては帝国ヴィシュガルツが注目されている理由である。
隷属でありながら、放たれるオーラと貫禄はそこらの白亜の貴族とは比べものにならず、だからこそこの3人は特例という形でこの叙任式にも招待されていた。
また、白亜至上主義が多いアルベールに招待されるということは、無視できないほどの勢力を持って国を繁栄させていることを意味しているとも言える。
「ふん…レイの様子を聞きたかっただけだ」
「あー…なるほど、【銀の落とし子】様ですね?」
「ハッ!!ジルがソイツに振られた話は有名だからな!!」
「振られたわけではない、拉致に失敗しただけだ。」
「いや、内容がひどくなっておりますが…」
くれぐれも今回の叙任式だけは大人しくしていてくださいね!
過去のことを思い出し、不機嫌になってしまったジルヴィオの隣でザベルがゲラゲラと笑い、クレイバルドは当時を思い出したのか急激にお説教モードに入る。
そんな両極端なテンションの3人を周囲の人間はマジマジと興味深そうに伺っていた。
アルベールの領地に隷属が堂々といるだけでも珍しいのだ。しかも今回に限ってはアルベールの聖地、『契約の丘』である。
白亜であっても限りある許された者でなければ、祭事等で一般開放されている時以外に足を踏み入れることも許されない、そんな聖域。
その中でも叙任式に参加が許されている白亜ともなると、王家の血族、もしくは侯爵といったかなり上位階級の者のみが集まっている状況となる。
彼らの中には最早、隷属を目にしたこともない者もいるのだ。
物珍しさ半分とジルヴィオ達のオーラや整った顔立ちに淑女の中には浮足立つ者も少なくなかった。
「【大人しく】行動はしてやるさ」
「ちょっ!!??今回の叙任式ばかりは本当に勘弁してくれジル…頼むから…」
「心配が過ぎるとハゲるぞ?クレド。バレなきゃいいんだってバレなきゃ、なっ!!」
「ザヘルはあの場にいなかったからそんなことが言えるんだよ!!」
両脇で繰り広げられる2人の口論を無視してジルヴィオは口角を上げる。
視線の先には叙任式の会場となるアルベールの最古の教会、フェズニアス教会があった。
正面から見るとこじんまりとしている教会だが、当時の建設技術では高くは建てられなかっただけであって、建物自体は奥へ奥へと広がっている。
ジルヴィオも忍び込んだことはあれど、国賓としてきちんと招待され、堂々と入場が許されたのは初めてだった。
それもアルベールの現王レオニアと王子レクリュスとの親交があったためだが、どのような形であろうと許されたことには変わりない。
こうして堂々とアルベールの真髄たる聖域に足を踏み入れることができる、それだけでも気分は高揚してしまうものだ。
きっと叙任式に参加する隷属は、ここにいる黒賊候補以外ではジルヴィオ達が初めてだ。
教会の門を前にしてふと空を仰ぎ見れば、フェズニアスに来る道中は晴れていたというのに今になって薄ら雲がかかり始めている。
湿った冷たい風が吹き抜け、ジルヴィオたちが羽織っていた厚手のマントを揺らした。
何かが起こりそうな予感に目を細め、ジルヴィオは笑いを堪えることができない。
口角をゆるりと上げながら独り言のように呟いた。
「ククッ…悪いなクレド。俺はレイの意思を、生き方を知りにきたんだよ。7年だ…7年、きっかり待ってやった。なあ、レク…?」
教会の奥にいるであろうレクリュスには決して聞こえもしないのに、ジルヴィオは門前でそう呼びかけた。
教会を睨みあげるように見つめ、その赤い瞳は獲物を狙う獅子のように鋭さを増す。
教会付近に集まっていた白亜を一瞥し、ゆったりとした足取りでその入口へ向かった。
ジルヴィオ達に気づいた白亜達は自ずから道を開き、3人の行く手を邪魔することはない。
教会の使徒が門の前に立ったジルヴィオ達を見て顎を引き、教会の石門に手をかざす。
すると、石門の表面に手のひらを中心として木の紋様が浮かび上がり、石門に巨木が浮かび上がった。
キアラが地下の控えの間へと続く道を開けるのと同じ魔法だ。
石門一面に白く輝く大樹が描かれると、門は重厚な音を立ててゆっくりとその口を開く。
「ようこそ、皇帝陛下。ジルヴィオ=グランブリュヘル=ディオジール様、そして宰相閣クレイバルド様、騎士団副長ザヘル様…。
我らが聖地【契約の丘】へ…」
「あぁ、…」
高らかに声を上げる協会の使途へジルヴィオが軽く礼をし、その敷居をゆっくりとまたぐ。
だが跨いだ瞬間に体がズンと重くなり、その違和感に思わず眉根を寄せた。
まるで深い沼へ歩みを進めているような感覚だ。それに加えて上から抑えつけられているような強烈な圧力を感じる。
「っあ?」
「あぁ…。大変失礼いたしました。
此処では一切の武力の行使、武器、魔法の使用は禁じられております。そのため古の時代から教会内部には強力な空間魔法が施されており、外部の人間、および皆様方の武器や魔力に制限を掛けているのです。」
恐らく皆様の場合は魔道具や剣が普段の数倍以上の重さとなっているのではないかと…と、門兵がたじろぎながら説明を付け足す。
(何が数倍だ…これは、数倍どころの話じゃねぇ…)
元より濃色の3人とフェズニアスの空間魔法は相性が悪いのか、通常であれば数倍程度で済む魔法による抑止も3人に限っては数十倍にまで膨れ上がっていた。クレドにいたっては体調面に何か不調をきたしているのか、脂汗が額に滲んでいる。何とかそれを表には出さないように堪えているようではあるが、ジルヴィオやザヘルには手に取るようにわかってしまった。
大事な部下であり、友人の憔悴した姿に思わず敵意が若干溢れ出る。
「チッ…俺は国賓だぞ…クソが」
「陛下…申し訳ありません。…」
「お前は軟弱ダナァ…俺なんていつもの筋トレと同じくらいだぜ!!」
「脳筋め…」
クレドを馬鹿にしながらもザヘルはしっかりと肩を貸し、体を支えてやっている。
魔法国家であるがゆえに、フェズニアスの空間魔法は隷属でありながら魔力がより多いクレドへ強い影響をもたらしてしまってりるようだった。
「ヒッ…も、申し訳ありません。わ、私にはどうすることも出来ず…」
軽く苛立ちを滲ませてしまったジルヴィオに門兵は慌てふためき、必死に首を垂れる。
着込んだ見事な鎧がガチガチと音を立て恐怖で震えていた。
確かに、この門兵に怒りをぶつけたところでどうにもならないこと。
それだけにこのやり場のない苛立ちを向けるのは筋違いとも言え、ジルヴィオは大きくため息をついた。
「あー、悪かった。しきたりと言うか儀式みたいなものだろう?…この教会を出れば解呪される、相違ないな?」
「あっ、は、はい!!左様でございます。」
「なら、いい…レクはどこにいる?」
「レク??…様ですか?」
「…すみません。わからなかったですよね、第二王子レクリュス様です」
いつもの呼び方でレクリュスの居場所を訪ねたが、一般兵にはジルヴィオが普段レクリュスをどう呼んでるかなど知りもしない。
ジルヴィオの苛立ちがこれ以上上がらないようにクレイバルドは前に進み出て、すっかり小さくなってしまった門兵へなるべく優しく話しかけた。
「あぁ…、恐らくレクリュス様は旧王城の王家の間で、レオニア様と共に式の始まりまで待機しているのではないかと…。」
「行き方は?」
「それは…」
「白木の間へはこの私、ヴァルハラがご案内いたしましょう御仁方…」
掠れた静かな声が石造りの回廊に響き渡る。
通路の奥からゆっくりと現れたのはジルヴィオの胸元あたりまでしか身長のない小柄な老人だった。
腰まである灰色の髪は緩く編まれ、頭には白金でできた枯れ枝の冠を載せている。
真っ白な法衣にその身を覆い、その法衣の袖を床に引きずりながらゆっくりとそして静かに歩いてきた。
そして己が身長ほどもある真っ白な杖をつき、長い髭を弄りながら深く深くジルヴィオ達へお辞儀をする。
(なるほど、法衣全体に魔法がかけられている。だから足音もなかったか…。)
「これはこれは、驚きました。祭司長ヴァルハラ殿…。」
「ホッホッホ…、たかが老人ごときにかしこまらないで頂きたい。貴殿らは我らが王、レオニア様の大切なご友人…国賓であられるのですから。」
立襟の真っ白な法衣で着物のような袖を床に擦り、その顔を上げた。
長い眉でその瞳は見え隠れしているがそこには鋭い眼光が垣間見える。
ジルヴィオ達はすぐに歓迎されていないことを悟った。
祭司長ヴァルハラはアルベールの中でも白亜至上主義を全面に掲げる強硬派として有名だ。
多くの隷属たちが本来は平等であるべき協会から虐げられ、迫害されてきた事実がある。
特にアルベールの先代王の時代には目にも当てられないほどの悪政と悲しい歴史があったことはレオニア自身からジルヴィオは聞き及んでいた。レオニアの代になってからはだいぶ協会の横行を阻止し、権力を弱めたようだがそれでもなお、協会による宗教面による差別は無くなっていない。
思わず敵意をむき出しにしてしまいたくなるような衝動にかられたが、左肩にザヘルの大きな右手が載せられたことで何とか落ち着きを取り戻す。
「アルベールの協会最上位である祭司長殿直々にご案内いただけるとは、身にあまる光栄だ。」
「何の…むしろお迎えに上がらず大変失礼いたしました。如何せん、叙任式の準備で立て込んでおりましてな…」
ジルヴィオのせめてもの皮肉さえも受け流し、ご自慢のひげをいじりながら笑みを崩さないヴァルハラに最早若干の殺意を抱きかけた時、閉じられていた背後の協会の門が再び開いた。
「やあ、ジル…久しいね。それにクレドとザヘルも…よく来てくれたね。」
「レク…!!」
驚きに目を見開いたジルヴィオだったがすぐに国賓としての立場を思い出し、レクリュスへ丁寧なお辞儀をする。
ジルヴィオに倣い、即座にクレドとザヘルもその場で跪いた。
「これはこれは…レクリュス様。」
「ヴァルハラ、君は叙任式の準備で忙しいだろう。客人を招いたのは僕らなのだから、ここからは僕が引き受けるよ。この叙任式が無事成功するよう…君は準備に集中してくれ。」
「殿下のお気遣い、大変ありがたく存じます。…承知いたしました。それではヴィシュガルツの皆様方…ごゆるりと。」
ジルヴィオ達へ柔らかな眼差しを向けていたレクリュスがヴァルハラへ向き合った瞬間、スッとその藤色の瞳を細める。
そこには確かな牽制の色が宿されていた。
突然のレクリュスの登場にヴァルハラ自身も驚いたのか、特に反論もせずおとなしく引き下がっていった。
廊下の奥へ小さな白い老人が消えるまでレクリュスはその厳しい表情を変えることはなかった。ヴァルハラの気配が完全になくなったことを確認すると、コロッとレクリュスはジルヴィオ達へ向き直る。
「気分を害しただろう、悪かったね…。」
「いいえ、助かりましたぜレクリュス様。こんの馬鹿は危うくお宅の祭司長殿へ剣を抜きかねなかったんでね。」
「おい、いくら俺でもそれはしねぇ。」
どうだか?
と首をすくめるザヘルの鳩尾へ拳を埋めながらジルヴィオは改めてレクリュスと向き直った。
「だが、実際助かった。前々から聞いてはいたがどうにも祭司長殿とは馬が合わねえからな。」
「だろうね。本来であれば国賓が国境を越えればすぐに連絡が来て、出迎えも行われるはずなんだけれど…」
その後の言葉を続けなかったレクリュスにジルヴィオは笑って頷いた。
そうジルヴィオ達はいつだって【歓迎されない】のだ。
通常の国賓としての扱い等基本的にされない。そこらの旅行客と同じような粗雑な対応をされ、王都や王宮内に入って初めて一皇帝としての対応が始まるのだ。
申し訳なさそうに俯くレクリュスの頭にジルヴィオは軽く手を置いた。
「レク…お前はがここまで出迎えた。それで十分だ。」
「うん…ありがとう。」
(昔はもっとちっさかったのにねぇ…)
自分とあまり身長が変わらなくなったレクリュスにしみじみと人の成長を感じながら、案内すると歩き出したレクリュスの後を追う。
レクリュスの突然の登場と緊迫した場の空気に腰を抜かしていた門兵への配慮も忘れずに、お仕事ご苦労様と声を掛ける王子の優しさが変わっていないことに満足した。
教会の外に出ても歩みを止めることなく早足で移動するレクリュス達。アルベールの王子とヴィシュガルツの皇帝および臣下が共にいるのだから目立って仕方がなく、周りの視線が煩わしかったからだ。
「レクリュス様、改めて先ほどは誠にありがとうございました。…どうもあの教会内は苦手で。」
「クレドも災難だったね。ジルも含めあそこは非常に辛かったでしょう…。旧王城の王家の間に入ったらすぐにあの空間魔法を無力化する術式を掛けるので…。」
最初に通過した広場まで戻り、教会とは反対の方向へ歩みを進める。
進んでいくごとに招待客ではなく、聖騎士の数が増え始め徐々に旧王城へ近づいていることをジルヴィオ達は実感した。
「さあ着いたよ。」
「はぁ??」
レクリュスが突然止まり、ジルヴィオ達へ示した先には。
______________何もなかった。
いや、正確にはアーチ状に組まれた石門とその両脇に屈強な聖騎士が確かに立ってはいたが…。
その石門の先には広大な緑の丘が広がっているだけで、いたって何もないのだ。
なんの冗談と思い3人ともレクリュスを見つめるがレクリュスはニコニコと笑みを浮かべているだけだった。
「まぁまぁ、僕の後に付いてきてよ」
一向に動き出しそうにない3人にクスクスと笑みを零しながらレクリュスは石門を潜った。
石門を潜り抜けた瞬間、レクリュスは忽然と姿を消す。
「え、マジで?」
「…これは…」
「行くぞ…。」
自分たちの前から消えたレクリュスに唖然としながら、半信半疑で古びた石門をレクリュスと同じようにくぐる。
潜って瞬いたその先には、灰色の石を積み上げて作られた巨大な古城が確かに立っていた。




