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開幕ー6



階下へレイが姿を現すと同時に、幾多もの視線がその小さな少女をとらえた。


ある者はその少女のいで立ちに感嘆し、

ある者は侮蔑的な視線を送り、

ある者は好奇をもって観察をする。


どれも決して心地のいい視線といえるものではなく、初めて大勢を前に地に足をつけたレイは階段下で歩みを止めた。

不特定多数の視線を前にレイはほんの少し尻込みをする。震える両手に軽く力を込めながらゆっくりと広間全体を見渡した。


この広間の全体的な構造は上層の城内部と変わらない。

切り出された石造りの床、その床を覆うオレンジ寄りの茶色い厚手の絨毯。

会場全体を照らしているのは壁に掛けられているランタンの灯りと天井の巨大なシャンデリアだ。

そのシャンデリアもランタンも全て本物の火である様子から、いかにも魔力の少ない隷属のための広間といった感じである。


体育館ほどはあろうこの場所に、想像以上の隷属が集まり、己の武器の調整を念入りに行っていた。ざっと見渡しただけでも100人は下らないだろう。そしてそのほとんどがレイよりも年上と思われる男性だ。


先ほどまで賑やかな話声が聞こえていたはずの広間は、レイが姿を現した途端、打って変わって静まり返り、皆一斉にレイへ視線を向けている。



(おい、見ろあの髪…)

(あぁ、間違いない。あの子供…。ダン殿の拾いモンだな)

(第二王子レクリュス様に就ける後継を育ててるっつー噂は本当だったか…)

(だけど見ろよ…哀れなもんだ。可哀そうに、一番にやられるぞ)



静まっていた広間がほんの少しざわめきを取り戻す。

それもそのはず、一目でわかる高貴なドレスに身を包む少女は、広間に集まる者の中でも最年少だと丸わかり。

その上性別は女ときた。

情報とは少しずつ、それでも確実に漏れていくもので完璧にはレイの存在をこの7年間、隠し通せてはいなかったのだ。

その瞳や、容姿そのものをはっきりと見られることはなかったものの、ダンの周りやキアラ、フィーリの後に付き任務、訓練を行う姿は少なからず、確認されていた。

噂は徐々に広まり、貴族やその子飼いの隷属及び黒賊候補たちはかなりレイの存在に敏感に反応していたのだ。

だが、現時点もその素顔は装飾的な仮面に覆われており、見ようにも伺うことは不可能。


呆然と立ち尽くしていたレイを【獲物】だ。とここに集まった全員が思っただろう。

その瞳は怪しく弧を描かき、ここにいるほぼ全員が噂のレイを一番の標的にとらえたことは間違いなかった。



「おーーーい!レイっ!!こっちだこっち!!」

「!!フィーリさんっ」



レイは自分にまとわりつく様々な視線を無視し、目的の人物を探して広間全体を見渡していた。

初めて人前に立つ子供であれば、少なからず怯えたり泣き出してしまいそうなものだが、レイの中身は立派な大人。

そういった目に見えるような動揺は表に出さなかった。


静まり返った広間の奥から聞きなれた声がレイを呼び、人ごみを掻き分けてフィーリがひょっこりと顔を覗かせる。



「あーいたいた。そろそろじゃないかと思ってたんだ。…おいおい、見世物じゃねぇぞ?散れ散れっ!!…」

「いいですよ別に、気にしてないですし…?」

「俺が気になるんだよ…ったく。どいつもこいつも…ジロジロと…」



フィーリが牽制したことでレイへの視線が分散し、広間は元の喧騒を取り戻す。

階段付近にいると注目を集めてしまうことを察したフィーリがレイの手を引き、壁伝いに広間内部へと進んでいった。



「レクリュス様には会えたか?」

「はい…お元気そうでした。」

「だから言ったろ~?大丈夫だって」



レイの柔らかな雰囲気から久しぶりの再会が上手くいったことを察し、フィーリが嬉しそうに笑う。

何への自信なのか少し胸を張って歩くフィーリに苦笑しながらおとなしくレイはその背を追った。



「フィーリさんも正装しているんですね」

「あー、まぁ一応正式な場だからな…。」

「普段の祭事にはしないのに?」

「うるせー」



唇を尖らせながら、壁際へ移動したフィーリさんと向かい合い、改めてまじまじと見つめる。

深い緑色の髪は後ろに撫でつけられて、黒に近いネイビーの服にその身を包んでいる。

それはどこか形式張っていて制服もしくは軍服のようにも見えた。

何となくキアラと色合いが似ており、合わせたのかとレイは思った。

何だかんだで仲が良い二人。

実は付き合っているのではないか、とかなり前から推察している。



「キアラさんの正装も素敵でしたけど、フィーリさんはどことなく軍服?っぽいですね」

「…まぁな。これが黒賊指定の正装、所謂制服ってやつだ」

「何故その制服に袖を通して、ここにいるかは後ほど詳しく聞かせていただきます。」

「…ハイ。」



キアラに本人に聞け、と言われていたことをふと思い出し、レイはフィーリをジトリと睨む。

レイに睨まれたフィーリはバツが悪そうに視線を逸らし、頬をかいた。

付き合い自体の年数はかなり長く、重ねてきた思い出もあるはずなのに、未だに隠されていることがあると知って、レイの機嫌は急降下だ。

その様子に焦ったフィーリが肩にかけていた黒い革張りのカバンをズイとレイの前に差し出した。



「ほ、ほら!お前の道具、持ってきてやったぞ!!ほらほら〜?」

「暗器であやさないでください…子供じゃないんだから…」

「…暗器であやされる子供なんて…ヤダァ。っま、まあまあ!!、俺の事情はさておき…。実際使うモンなんだし確認しておけって…」



カバンを床の上にドカリと置き、レイの注意を上手いこと逸らす。レイも敢えてフィーリの誘導にのりながら、手馴れた手つきでカバンを開き、中を確認した。

しゃがむと同時に不釣り合いな金色のドレスのレースが黒い鞄に被さる。

重たげな鞄にすらりと細い手が伸び、中を探った。

その細い腕がぬらりと鞄から鈍色の刃物を2本取り出す。

レイは手慣れた手つきで軽く構えると手の内で弄び、両手でぎゅっと己の暗器の感触を確かめた。



「ありがとうございます。重かったですよね…」

「いや?俺のに比べたら全然、むしろ軽いくらいだ」



気にすんなといつものようにレイの頭を撫で、レイが手にした暗器を共に確認する。

レイの暗器はリーチの異なる2本の剣だ。

1本は凡そ60cm、もう一本は30cm。

長い方は直剣で短い方はククリナイフのような形をしている。刺すことと切ること、それぞれに特化した暗器だ。

それに加えて多数の投擲ナイフ。



「ホント、癖のある暗器好きよな」

「そうですか?私的には凄く使いやすいんですけど…」



微妙なリーチの短剣や、形状に特徴のある武器は向き不向きがあり、人を選ぶ。

武器の特徴を抑える必要がある上、それぞれに最適な動きがあるために戦闘において数種類の武器を使いこなすことは非常に難しいのだ。

だから、賢い者は扱う武器を1種類に絞る。


レイとしては数種類持っていた方が状況によって使い分けられるから、と単純な理由で二種類の暗器を標準装備としたが、そもそもの最初のこの判断がビギナー向けではない。

それを知ってか知らずか、ごくごく自然に2種類の暗器を手にしたレイは所謂天才肌と呼ばれ、ダンにひどく気に入られているのだ。



「さて、メインはいいとして…他に何か必要なモンとか、足りないモンはないか?」

「そう、ですね…現状では特に何も…私には己が身もありますし…」

「あー…ね?呪印ルインか?…それ今日で初お披露目だもんな。どんなもんか楽しみにしてるよ」



レイは自分の両手を掲げて見せた。

だが、掲げられた両手には特にこれといった何かはなく、何がお披露目となるのか傍目には想像もつかない。


けれどレイには絶対的な自信を裏付けている秘策があった。

呪印ルイン】と呼ばれる一種の魔術で、魔法が使えない隷属が作った魔法の発動を手助けする演算術式だ。


隷属とはいえ、保有している魔力が全く無いわけではない。

ただ、保有している魔力を具現化する力…魔法が使えないだけだ。

呪印ルインはその身に宿る魔力を魔術や魔法に変える、呪文や祝詞を図式し化たもの。


わかりやすくいうと魔法陣のようなものである。

魔法とは元々ある魔力を決まった式に当てはめ、その結果こたえを発動させることだ。

隷属にはその式を組み立てる演算能力、回路が無いために魔力があったとしても魔法は使えない。そこで、隷属はその式を予め体に彫り込むことで魔力を具現化し魔法を発動させることを編み出した。それが呪印ルインと呼ばれるものだ。

己の魔力を呪印ルインに通すことで魔法が発動する。

魔法が一切使えなかった隷属にとって呪印ルインは画期的な発明だった。

今では殆どの隷属、特に黒賊は呪印ルインを体のどこかに彫り込んでいる。

しかし、この呪印ルインは基本的に身体強化しか可能としない。白亜が操るような本格的な魔法は発動させることができないのだ。

できることは一時的な肉体強化、瞬発力や治癒力を高めること等のみ。肉体強化以外ではせいぜい火起こしや、微風を起こす程度しかできなかった。



「いや〜けどレイの呪印ルインは回数制限が無いんだろう?ズルいわ〜。」

「全くないわけではないと思いますが、現時点では回数に限界を感じた事はないですね…。私の唯一の長所です。」



呪印ルインを使うことで隷属は魔法を使う方法を得た。

だが、保有魔力が元来少ない隷属にとって、たとえ呪印ルインで魔法の発動が可能になったとしてもそれには回数制限がある。

保有している魔力量によって魔法を発動できる回数が決まっているのだ。

殆どの隷属は凡そ1回〜2回。

多い者でも3回が限度だと言われている。しかも1人につき1箇所しか呪印ルインは基本的に彫り込めない。

魔力量の少ない者が呪印ルインを重ねて彫り込めば魔力不足か、魔力耐性不足で死んでしまうのだ。


そのため、隷属は一つの呪印ルインで一回の発動が基本限界となる。


けれど、レイは()()だった。



呪印コレがきっかけで私には魔力があり余っているんだと知ったので…銀色のこの目も飾りではなかったんだと、思えました。」

呪印ルイン彫るまでは頑なに信じてなかったもんな?」

「信じられないですよ…髪色は魔力がないことを示しているのに、目だけ銀色で実は白亜並みの魔力があるなんて…」

「まぁ…、そうだよなぁ〜」



俺でも多分信じられねーもん。

壁に凭れ掛かりながらフィーリは呟く。

レイはそっと手にした暗器を鞄に仕舞い直し、再度フィーリに託した。最初に執り行われる任命式では暗器の出番はないからだ。


そしてレイも同じように壁に凭れ掛かり、フィーリを見上げる。視線に気づいたフィーリは軽く微笑み、自分の胸下までに成長したレイの頭を撫でた。



「普段の訓練や任務ではまだ呪印ルインを使ったことないだろ?いつの間に習得してたんだよ?」

「さあ?秘密です。ダンさんにも最近まで報告してなかったんですから…。」

「そのせいで俺がどれだけとばっちり喰らったか知ってんのか?ホント…勘弁しろよな…」

「む……。その節はすみません…。」



呪印ルインを彫り込む事は隷属の身体にかなりの負荷をかける。

元々魔力への耐性が低い隷属にとって、体に魔力が流れる道を築く事は非常に苦痛を伴うのだ。どれほどの苦痛かは人によって個人差があるが、例えるとするならば神経という神経に針を一本一本刺されていくような、とんでもない痛みと言われる。


大の大人でも呪印を彫り込む際は苦痛にうめき、悶え苦しみ、耐えきれない者はそのまま気絶。

もしくはそのまま死んでしまうことだってある。


レイは頭を撫でられながらそっと自分の両腕を抱きしめた。目を伏せれば、この身体中に走る呪印ルインを施した時の記憶が蘇る。



***



レイは成人の誕生日を迎える一月前に呪印の彫り師である『ガルドラ』に会いに行っていた。

ガルドラはこのアルベールで一番有名な呪術師で、多くの隷属が彼に呪印ルインを施してもらっている。臙脂色の長髪に厚くて丸縁のメガネ、真っ黒のローブに身を包んだいかにも怪しい出で立ちの人物。


訪ねた当日にレイは無理を言って両腕と両脚、脊椎にかけてと顔面に及ぶまで…ほぼ全身に呪印ルインを施した。


その後3週間にわたり高熱と痛みに苦しみ、レイが姿を消したと大騒ぎになった無名棟内ではダンが大暴れしていた。

当時、レクリュスやレオニアにバレなかったのが不幸中の幸いだろう。


ガルドラからローランド城のダンの元へ報告が上がったのは施術後から凡そ1週間が経ってから…。

レイはずっと施術後の熱にうなされ、ベッドから起きることもままならなかったが、それでも意識だけはあり、言葉の認識はできた。



『っレイ!!!??』

『っぁ、うっ…???。(ダン…?さん…)』

『全くお前は…いつも…いつも勝手なことを…』



力なくベッドに横たわるレイを抱き上げ、許される限りの力で抱きしめる。

レイの小さな体には赤く煌々と滲むように輝く呪印が刻まれており、その熱を伝えていた。抱きしめたレイの体から高熱を感じ取ったダンは大きくため息をつく。



『いや〜〜〜〜〜〜っほんっとに凄い!感動ですよ!!彼女はすばらしいっっアァッ!!こんなにも私の作品を彫り込むことができたのは彼女が初めてだァ!!!!』

『黙れ、腐れ呪術師…』

『おいおい、やめてくれたまえ…。そんなダッサイ呼び方…オレガルドラ、この魔法大国アルベール随一の呪印を使役する者だぞ?』

『そんなことはどうでもいい。この子は連れて帰る。』

『ハァーーーーー!!!????術後の経過がまだ安定していない!!!それに、もっとゆう~~っくりィ〜〜ッ、己の作品を鑑賞させてくれっ!私が作り上げた作品!そうっ!!芸術品うぉ〜〜!!』

『それ以上寄るな殺すぞ』



ダンから明確な殺意とともに投げられたナイフがガルドラの頬をかすめ背後の壁にストンと刺さる。

数秒遅れてガルドラの頬には赤い線が走り、ゆっくりとその頬に鮮血が伝った。



『ンヒィ!?これだから暴力で訴える奴はいつだって芸術、美術を理解しないから困る!!アーアーーアーーーーーッッッッいいさ!!連れて行くがいいさ!!!だけどねぇ、己の作品が表舞台に出る時ッ!!その時はしかと馳せ参じるからな!!、…よろしいだろ?黒賊ダン…????』

『…。好きにしろ。』



今からが楽しみで仕方ないよ…思わず勃ってしまいそうだ…と恍惚とした表情で、顔面と股間を抑えながら悶えるガルドラを一瞥し、狭い彼の居住を出る。

胡散臭いガラクタと謎の文字で綴られた本が散乱している埃っぽい部屋から出て外の空気の美味しさを味わった。

抱き上げたレイはすでに意識を失っており、荒い呼吸を繰り返している。その状態にダンは眉間にしわを寄せながら来た道をゆっくりと戻った。


無名棟に変えれば血相を変えたキアラとフィーリが出迎え、ダンの腕の中で眠るレイの様子にホッと息を漏らした。

フィーリなんかは特にダンからの特訓という名の八つ当たりを受けていたので血の気も失せている状態だった。

それから2週間、レイは呪印ルインの後遺症と戦って過ごした。



***


施術したての頃は赤々と浮かび上がっていた呪印ルインも今は外見に全く影響せずに、なりを潜めている。

魔力を通して発動させる時のみ、その術式は紋様となって体の表面に浮かび上がるが、使用しなければ至って普通の外見だ。



「まあ、楽しみにしていてください。今回の叙任式から私の目も、もう隠しませんし…」

「あーあ…ついに俺たちだけのレイじゃなくなっちまうわけね。寂しいじゃないの。」

「一応、選抜試験ヴェーレンまでは仮面を着けたままの予定です。外すのはその後のつもりなんですが…」

「クゥーーーッこの色がもう俺たちで独り占めできないのかと思うと…何かとモヤモヤするぜ全く」



レイの頭の上に置いていた手を髪型を崩さない程度にわしゃわしゃと動かし、フィーリは呻いた。

レイの素性を知るのは無名棟の自分達とレオニア、レクリュスだけという限定的な人達でその情報範囲の狭さに少なからず優越感を得ていたのは間違いない。

誰も知らない、この反発色同士の共存。

世にレイが晒されればとんでもないビッグニュースとして瞬く間に広まるだろう。

それくらい、レイの存在はこの世界に対して影響を与える存在なのだ。

フィーリは思わずヴィシュガルツの王、ジルヴィオを思い浮かべる。

ジルヴィオの目標は自国の発展のための白亜との共存だ。今回の叙任式にも招待されており、国賓として式典を、____レイを見に来るに違いない。



(大人しくしててくれりゃぁ、いいんだけどなぁ…)



思わず、遠くに目をやりながら無事に叙任式を終えてレイがレクリュスの黒賊になれるよう思わずにはいられなかった。













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