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開幕ー5



選抜試験ヴェーレン



聞き慣れない言葉にレイは首を傾げた。

キアラも何が問題なのかと眉間にしわを寄せている。



選抜試験ヴェーレンはただの試験じゃない。」

「どういう、ことですか?」



ダンが小さく呟きながら、小さく息を吐く。

レオニアもレクリュスもどこか緊張した面持ちでレイを見つめていた。

レイはなぜ、そんな視線が自分に向けられるのか理解できず、窺うように見つめ返す。

その不安を感じ取ったキアラが安心させるよう華奢な肩をそっと引き寄せた。



「…レイはこの選抜試験ヴェーレンでトップにならなければ、恐らくレクリュスの黒賊にはなれないだろう。」



_______レクリュスに望まれたからといって、必ずレクリュスの黒賊になれるわけではない。



「…。」

「なん、ですか、それ…。」



突然突きつけられた事実に頭が真っ白になる。


レクリュスはそのことを知っていたのか、さっきとは打って変わって沈んだ表情を浮かべていた。



「一人につき一体の魔物であれば、討伐までの時間で競われ、総当たり戦…つまり黒賊全員で一体の大型の魔物を討伐することになれば、______地獄だな」

「…じ、ごく??」

「いいかいレイちゃん。"総当たり戦"は何でもありの無法戦なんだ…、他の黒賊達は隙あらば、“ライバル”を殺そうとするだろう」

「ッ!?、隊長っどういう事ですか??!!そんなこと、一言もッッ」



レオニアの言葉を聞き、レイよりもキアラが激昂する。

そしてダンに詰め寄りかけた時、机を壊す勢いでダンがその大きな手を打ち付けた。

バァンと響いた大きな音にびくりと肩を震わせてしまう。


ダンからは僅かに殺気が漏れ、噛みつきかけたキアラは一瞬で牙を抜かれて大人しくなった。

それでもキアラは食い下がる事なくダンの言葉を待つ。自分が納得する答えを得るまで引かないようだ。

その様子を目にしたダンは荒んだ気配を落ち着かせ、大きく息を吐くことで冷静さを取り戻した。

どんな場面であれダンが感情をあらわにするとは珍しい。



「_______そう、告げたことはない。これは俺達黒賊が受け継いできた、破る事の許されない“古い掟”だ。ある種の伝統とも言えるだろう。黒賊全員が通ってきた最初の難関…。例えレイであっても、この難関を避けて通ることはできない。」



もちろん、手助けすることも許されない。


広げていた手のひらに、爪が食い込むほど握りしめて、ダンは呻いた。

きっと、この男もレイに助力したいはずなのだ。

少女を拾い、レイと名付け育ててきて7年間、人の皮を被った冷鬼とまで恐れられたダンであっても、淡い情が生まれてしまった。

だが、その微かな情を持ってしても先人達が通ってきた道を…覆すことはダンにはできなかった。

黒賊には、黒賊として譲れない脈々と受け継がれているナニカがある。それは黒賊以外の者には決して理解されるものではないのだろう。現にキアラはダンの言葉を聞いても、決して納得した様子は見せていない。


選抜試験ヴェーレン】を終え、晴れて黒賊となった者だけが、その真意を理解する。

選抜試験ヴェーレンの洗礼を受け、生き残った者だけが本当の意味での黒賊となり得るのだ。

つまりそれは、選抜試験ヴェーレンを受ければ、普通の人としての大切なモノを捨てる…ということ。

年の近い子供達が己の未来を懸けて殺し合う。それを経ることで黒賊たる精神が確立されるのだ。


彼らが失うものは、感情であったり、倫理観であったり、表情であったり、思考力であったり…。


それを対価に晴れて黒賊として、生まれ変わる。



「総当たり戦だろうが何だろうが、ただ与えられた課題に対して、求められている回答をするだけだ。」

「ですがッ、レイは恐らく今回の中で最年少でしょう。いくら、実践を積んでない者たちとはいえ周りは…、17歳までの年上です。」

「キアラ…」



抱えていたレイの肩をキアラはぎゅっと抱きしめ、息を漏らすように呟いた。

てっきり、魔物1匹殺せばおしまいだとキアラは思っていたのだ。どんな魔物であれ、一対一での戦闘であるならば…レイは勝利を収めることができると信じていた。それだけの実力がレイにはある。


けれど、それが魔物に加えて多数の人間が相手ならどうだろう?


魔物は本能で動くだけに、動きは読みやすく攻撃なんかも容易く躱すことができるが、不特定多数の人間も相手ならば話は変わってくる。

しかもそれぞれ、自分が得意とする武器を携え虎視眈々と相手の隙を窺っているのだ。

そして、魔物のついでとばかりにほふろうとする。

どうしても年齢差で体力面では劣ってしまうであろうレイはきっと一番の獲物になりやすい。


それを理解してしまっただけに、キアラは激怒したのだ。

単騎か、多勢かでレイの勝算は大きく異なる。



「___。何か…問題があるのでしょうか?」

「え…?」



そんなキアラの心配を他所に張り詰めた空気を、場違いな高めの声が両断した。

キアラは思わずその声の主を凝視してしまう。



「キアラさん、心配してくださってありがとうございます。でも問題はないです。だって、私は____一番になる。」



いつもより一層ゆっくりしとした口調でレイは答えた。

この部屋にいる誰もがレイに注目する。

俯いていた顔をゆっくりと上げたレイの口にはうっすらと、普段は見ることのない笑みが浮かんでいた。



「ッレイ?」

「どんな魔物だろうと、どんな人数だろうと…きっと私には敵わない。」



それはそれは、綺麗な笑みで思わず部屋の誰もが見とれてしまう。

引き込まれるような感覚に陥りながら、レイのその小さな口で弾むように言葉を発した。



「邪魔をする奴は、一人残らず…消してしまいましょう。」

「「「っ!!?、」」」



銀色に輝いていたレイの瞳が、一瞬赤く染まったように見えた気がしてレオニアは頭を振った。



(_______そんな、まさか…。み、見間違いか?)

「…レイ?一体どうし…、」

「っ…そう、か。レイちゃんがそういうなら安心して見ていられそうだね。」

「おい、レオニア?」

「父上?」



きっとレクリュスもレイの向かい側にいただけに気付いたのだろう。

主の動揺を見逃すような黒賊ではないため、ダンも怪訝そうにレオニアの変化に反応する。

だが、レオニアはあえて隠すように上から言葉を被せた。

そしてそっとレクリュスとダンに目配せをする。その目は今は黙するように、と告げていた。



「!!あれ?…っえ、と??だから、その…見ていて、ください。私、きっと…頑張ります。」

「…分かった。レイのこと…待ってるよ。」



レイは一瞬ぼーと虚な表情をした後、ハッと気が付いたかのように目を見開いた。

自分が何を言っていたのか思い出せないようで、軽く口元を抑えていつものように少し自信なさげな態度に戻る。

レクリュスもレオニアの意向に従って少し動揺を見せるレイに柔らかな表情を浮かべなおした。

レイには先ほどのゾクリとするような雰囲気はカケラも残っておらず、まるであの一瞬の出来事は幻のようだ。



「さて、レイちゃんの決意表明も聞けたことだし…そろそろ送り出さないといけないかな?」

「む、もうそんな時間か…レイ、お前はキアラに着いて黒賊候補達が集まっている場所に行け。」

「わかりました。…それでは、行ってきます。」

「っあぁ!待って!!レイッ」

「??」



レオニアがソファから立ち上がったことをきっかけに、各々が自分の役目全うすべく立ち上がる。

未だに表情が固いままのキアラの後に続き、レイはくるりと背を向けた。

行ってきますと告げた言葉に一切迷いはない。

重厚な扉へと歩き出した小さな手を、レクリュスは思わず引き止めた。

引き寄せた小さな体を己の懐に閉じ込めて、レイの耳元で優しく囁く。

その甘い響きはレイにとってまるで麻薬や媚薬の一種のように思考を停止させ、一瞬で硬直させてしまう。


ぼーっとしているような、それでいて聴覚は研ぎ澄まされているような…不思議な感覚だ。



「僕の大切なレイ、僕は必ず君を側におくよ…。だから君は…何も失くさないで、どうか、…君のままで。」

「??…っ努力します?」

「うん、約束だよ」

「ッ!?」



隠されていなかった瞳を仮面で隠すついでに、レクリュスはレイの頬に軽く口づけを送る。

突然のことに反応できなかったレイは次の瞬間、首筋まで真っ赤になった。



「ふふ、可愛いね。じゃあまた後ほど、教会で会おう。キアラ…頼んだよ」

「はい、お任せを」



カクカクと変な挙動をしながらも、今度こそ背を向けたレイにレクリュスは小さく手を振った。



「本当に溺愛しているな。」

「むしろ、何故あれほどの色彩になぜ皆魅了されないのか僕には理解できないよ。」

「…レクリュス、然りと覚えておけ。例えお前がどんなにレイを望んだとしても…レイが負ければそれまでだ。」

「…_______。」



厚い扉の向こうに消えた黒い少女に思いを寄せる若き王子にいつかの幼い二人が重なった。

昔はレクリュスがレイの前から去っていったのに、今ではレイがレクリュスに背を向けている。


人を見送るのはこんなにも寂しいものなのかと、ぼんやりとレクリュスは思った。


ぼーっと立ち尽くすレクリュスにダンはため息をつきながら、どうかレイが負けないようにと信じてもいない白き魔女に何となく祈る。

そして自分の主のレオニアに視線をやった。

レオニアもダンを見ていて視線が合った瞬間顎を少し引く。

話がある、とでも言いたげなお互いの思いを感じ取り、それぞれ自然に視線を外した。


そして置いていかれた子供のように背中に寂しさを漂わせる息子にレオニアは近づき、肩に手を置く。

ダンとの話はまた、後にするようだ。



「あまり心配をするものじゃない。今は…レイちゃんを信じよう。」

「はい、わかっては…いるのです、いるのですが…それでも…」

(何だか、嫌な予感が拭えないな…)



女性陣がいなくなった部屋の中で、レクリュスは先ほどまで差し込んでいた陽の光がないことに気付いた。







***






「黒賊候補達の控えの間はこの城の地下にあるの。」



地下牢だった空間を改装し、格子を全て取り払った広いホールになっていると先を行くキアラは呟く。



「詳しいですね?」

「黒賊の叙任式自体は初めてだけれど、此処フェズニアスはべつに叙任式にだけに使われている場所ではない。それはレイも知っているでしょう?」

「えぇ、まぁ…」



言葉を濁したレイにキアラが答えた。


国の祝日や式典、祭りとか国を挙げての祝い事がある度にここで最初の開会式や閉会式が行われるのよ。と石造りの壁を撫でながら歩いていった。

点々と続く明かりにキアラの白い背中が浮かんでいて、ぼーっとそれにレイはついてく。

今回はキアラも簡易的ではあるもののドレスアップしており、焦げ茶色の髪が映える、濃紺色のマットな質感の生地のドレスに身を包んでいた。

ハイネックでありつつ背中はガッツリと開いている仕様で、相当スタイルが良くなければ到底似合わないであろうタイトなドレスワンピースだ。

女性なら誰もが憧れそうなスタイルのキアラをマジマジと眺めながらひたすら歩く。



「着いたわよ」

「キアラさん?…ここ、行き止まり…」

「いいえ、ここでいいの。」



しばらく歩き続けたのち、見えてきたのは左右の壁と何ら変わらないただの廊下の"突き当たり"だ。

疑問に思ったレイがキアラを見上げるも、キアラは壁の方を向いてしまっていて視線が交わることはない。


本気で壁の向こうに、その先があるように振る舞うキアラに、レイもとにかく同じ方向を見つめた。もしかしたら自分には見えない何かがあるのかも…と目を凝らす。


そんなレイを置いて、キアラは壁の中心へ歩き、右手を差し出して壁の一部をなぞった。

するとなぞった部分から白く淡い光が不思議な紋様を描いて広がっていく。



「きっ、キアラさん!?」

「大丈夫よ。特殊な隠し通路になってるだけだから。」



よく見ると紋様は蔦や樹木を模した紋様のようで、最終的には大樹となってその壁を埋め尽くした。



栄光グローリアスあれ、ディルれた白枝ネリアノルムウェスの黒いニギュラム。」

「!?」



白い大樹に生えていた葉がバラバラと散っていく。

それに合わせて上から壁が徐々に消えていった。

それはそれは美しい光景だったが、生い茂っていた葉が落ち、枯れ木になっていく様はなんとなく気持ちが悪い。

レイは眉をひそめながら少しずつ現れてくる壁の先を見つめた。



「一番簡易的な術式よ。決められた祝詞のりとを唱えると扉が開く…、この白い枯れ枝は白き魔女の紋様なの。」

「なるほど、通りでここの城には木や蔦をモチーフにした装飾が多かったわけですね…納得です。」



完全に壁が消え去り、現れたのは細くて暗い下に続く階段だ。

それは螺旋を描きながら下に伸びており、下を覗き込めばうっすらと一番に灯りが見える。

微かではあるものの壁に反響して人の声も聞こえてきていた。



「ここから先は貴方達の領域。私が送れるのはここまでよ。」

「…そう、…なんですか…。」



レイとともに階段下を覗き込んでいたキアラが告げる。

厳しい規律により、黒賊でないキアラはここから先には入れないようだった。

突然一人で叙任式へと向かわなければならない状況になったレイに緊張が走る。微かに表情が硬くなったレイを見逃さず、慰めるように薄い肩にキアラが手を乗せた。



「大丈夫よ。地下の広間には既にフィーリが到着しているはず」

「フィーリさんが…?え、でも…何で…」

「私からは言えない。…そのうち本人を問いただしなさい。今は…目の前のことに集中して」



小さい子へ言い聞かせるようにレイの形のいい頭を引き寄せ、一撫でする。その様はまるで姉が幼い妹を慰める姿にも似ていた。

キアラ自らの手で飾り立てたレイにオレンジ色の瞳を細めて、颯爽と背を向ける。

その背を見続けて育ってきたレイはこれから先、本当にキアラさんが着いてきてくれないことを悟る。キアラはいつだって多くを語らない。

その姿はお互い育てられてきたダンさんにそっくりだとレイは思った。


キアラと同じでダンの私兵であるはずのフィーリがなぜ、黒賊もしくはその候補の者しか入ることの許されない地下の広間にいるのか…疑問は尽きないものの、キアラの含みのある言い方だと何か深い事情があるのだろう。

しかし、キアラの言う通り今は目の前の叙任式に集中すべき、と頭を切り替え、目の前の暗い階段を一歩また一歩と降りていく。


光であふれていた廊下に比べて地下へと続くこの一本の螺旋階段はひどく狭いうえに、信じられないほど暗い。

壁に沿って灯っている明かりだってマッチの火のように小さくて、黒賊のための広間にはこの程度の明かりで十分と言わんばかりだ。

地下独特の湿っぽさと沈むような空気に思わず大きく呼吸しながら、階下に見える淡い光を目指して降りていく。



(…大丈夫、私はレクリュス様の黒賊になる。)



せっかく着せてもらったドレスが汚れないように、軽く裾をつまみ上げながら履きなれないヒールを響かせ用意された場所へと進んでいく。

絶対的な自信を持っていたとしても、レイはまだ成人したての12歳である。

いつもの任務や訓練とは違う、独特な緊張感に手足が確実に冷えていった。本人でさえ気づいてはいないがその息はやや上がっている。

しばらく螺旋階段を降り続け、明かりが近づいてきたときにレイは気づいた。

どうやらこの螺旋階段はそのまま広間へ突き抜けているようだ。

広間の明るさと床が眼前に映り、思わずレイは足を止める。かなりの人数がすでに集まっているようで、初めて経験する人の賑やかさと気配に一度ゆっくりと瞳を閉じた。



(大丈夫、フィーリさんがいる…。大丈夫)



軽く下唇を噛み、早鐘を打つ心臓を落ち着か設ため深呼吸を繰り返す。

その脳裏にレクリュスの姿が掠めた。

記憶に残る藤色の瞳と淡いプラチナ色の綺麗な髪…そしてレイのすべてを肯定してくれる大きくて広い懐と両手。

暑い日差しを優しく遮るひと時の木陰のような、雨上がりのすべてを洗い流した後の静けさと、ひんやりと澄んだ大気のような…とにかく、言葉では言い表せないような、誰もが懐かしさや心地のよさを感じてしまうそんな…そんな儚くも美しい人。



(誰にも、譲らない…)



レイは自分の意思以上のナニカに突き動かされるのを感じながら、それに抗うことなく力を抜いてゆっくりと再び階下へと踏み出した。

これからどんな地獄が待ち受けていようとも、レクリュスを守るのは自分だとそう誓いながら______________。



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