開幕ー4
_______あれがレクリュス様の…?
__ただの子供じゃないか。成人してるのか?
立場もわきまえず、なんてこと…
まあ見てよあの髪…おぞましい。初めて見たわあんな色。
僕がレイを抱き寄せてからしばらく、最初は聞こえてこなかった雑踏の中に聞き慣れた声が聞こえてくるようになった。
レイは未だに僕にすり寄っていてまだ気づいてないみたいだけれど、それも時間の問題だろう。
あっという間の7年、されど7年だ。
例えそれだけの時が経っても変わることのないこの国の本質に呆れて眉間に皺が寄ってしまう。
大きく息を吐き、レイの背中を一撫でしてから腕を緩め、そっと仮面を元の位置に戻してあげた。
そんな僕の行動に不思議そうに顔を上げた彼女。
彼女の表情の中に微かな不安が透けて見えて、安心させるべく形のいい頭にバレないよう口付けた。
「ッ!?______レ、レクリュス様?」
「ふふっ…ここだとあまりにも目立ち過ぎるね。」
頬をほのかに赤く染めたレイに微笑み、その形のいい頭を一撫でする。
僕に合わせて立ち上がったレイを改めて上から下まで見つめた。
最後に会ったのはレイが初めて仕事を果たした時。だいたい5年くらい前のことだったと思う。
初めて人を殺めたショックから寝込んでしまった、というレイを見舞いに行けば、彼女は心配かけまいと必死にその心の内を隠していた。
その時すでに、きっと黒賊になる決意をしていたんだと思う。
命を奪ったことに震えながらも、自分の足で立とうとしていた直向きさが愛おしい。
そんな触れたら壊れてしまいそうな危うさも、今となってはなりを潜めて、凛とした佇まいをしている。
今日この日のために、僕が贈ったドレスに華奢な身を包み、彼女の背中を美しく流れる長い黒髪に思わず指を通す。
サラサラと指の間を面白いぐらいにすり抜けていく感触を楽しんでから、空いている背中に手を添えた。
「さ、行こうか?」
「??…どこに…」
「やっと移動する気になったか、お前達は目立つことを自覚しろ」
痺れを切らしかけていたダンにひと睨みされながら、戸惑うレイを隠すように歩き始める。
ついでとばかりに周りの人間を牽制し、悠々と旧王城内を目指した。
叙任式が始まるまで、まだある程度余裕があるし、レイとの再会をもっとゆっくりと満喫したい。
5年間も顔を合わせてなかったのだから、ほんの少しのわがままくらい許されるだろう。
僕のことを見上げたまま歩き続けるレイに微笑み返して、今後のことを想像し足取りが自然と軽くなった。
「まったく、私の息子ながら中々ヒヤヒヤしたよ?レクリュス…。」
「父上がおっしゃったのですよ?大事なものは抱え込んで離さぬように、と。」
「レオニア様、レクリュス様は何だか不穏な方向へ傾いているような気がしてならないのですが。」
「はぁ…どうしたらいいかなキアラ…。もしかして私は教育方針間違えたかなぁ。」
騒がしい広場を後にし、旧王城に足を踏み入れてからそれまで黙っていた父上からも小言をもらう。
灰色のゴツゴツとした石が積まれただけの壁が続く廊下を5人で歩き続け、自分達にだけ用意されている部屋を目指した。
本来ならレイはすぐに他の黒賊候補が集まる地下の待機室に行かなければならないが、ここぞとばかりに僕は権力を行使して部屋に招き入れる。
広間を抜けて、一番突き当りの部屋が僕や父上、父上の黒賊であるダンに与えられた【控えの間】だ。
「クソ、忌々しい扉だな。」
廊下に重く響き渡る音を立てて、石の扉をダンが開く。
一枚の岩を削り出して作られた昔の扉はかなり重量があり、開けるのも一苦労なのだろう。
緻密な彫刻が施された扉を指で軽くなぞり、中に入った。
普段見慣れているローランド城の白と違って此処はひどく色褪せている印象だ。
旧王城に滞在している間は、まるで僕の方がこの世界から嫌われているようにも感じる。
「レクリュス様?…どういたしましたか?」
「っ!、あぁ…何でもないよ」
部屋に入った瞬間黙り込んだせいか、レイが心配そうに僕の顔を覗き込む。
色のない世界でも、彼女はこんなにも輝き、僕の視界を染めてくれる。
灰色の部屋中で彼女の黒い髪と僕が送った金色のドレスはとても美しくお互いを引き立てていた。
我ながら見立ては良いと思う。
「ねぇレイ?、ここではその邪魔な仮面は取ろうか」
「…はい。」
小さな頭をそっと撫で、仮面を指でこつんとはじく。
レイは大人しく従い、ゆっくりと仮面を外して銀色に輝く瞳を晒してくれた。
「ふむ…レオニア様、隊長、我々はお邪魔なようですので一度引きましょうか?」
「キアラ!?っえぇ!!??私だってレイちゃんには久しぶりに会ったのに…」
「黙って引け、レオニア。」
気を利かせてくれたキアラとダンが父上を引きずりながら部屋から出ていく。
できた忠臣だと改めて感心ながら、せっかく作ってくれた機会を無駄にはしないようにすべく、さっとレイの方へ体を向けた。
「ぇ、あ…キアラさん、ダンさん…。」
「気を遣ってくれたんだよ。だから…ほら、レイ?せっかくの再会だ。ちゃんとこっち向いて…僕を見て?」
部屋から出て行ってしまった2人に焦ったのか慌てて後を追おうとするレイを引き留める。
惜しみなく晒された銀色がこちらに振り向いて、その瞬間窓からの光に乱反射した。
眩い輝きに目を細めながら椅子に座るように即し、大人しく座ったレイの真向かいに自身も腰を下ろす。
落ち着かないのか、どこかそわそわした様子で時折こちらへ視線をよこしてくる、その姿に思わず笑ってしまった。
「ふふっ、さっきは会った瞬間熱烈な歓迎をしてくれたのに、そんなに緊張されると少し寂しいな?」
「ぇ、いや、、、だって…さっきは…。」
「ん?…さっき、は何?」
「…っ、さ、さっきはレクリュス様が…。呼んでくださったから…」
「っ…」
薄桃色に頬を染め、視線を逸らすレイはきっと気づかないだろう。
からかったはずの僕の方が赤くなっていることに…。
僕が名前を呼んだだけで、その頬を上気させ何の疑いを抱くこともなく駆けて、懐に飛び込んでくる少女。
あの行動は最早本能に近いものなんだろう。それほどまでに僕という存在がレイの中で大きくなっている事実に心が震えた。
今、彼女の瞳には間違いなく僕一人しか映っておらず、この先も他の誰かを映すということは…きっとない…、と思いたい。
彼女はなんて純真無垢で、ぶれることのない忠誠、忠義心を持っているのだろうか…。
「君はいつの間に…、そんなに魅力的になっているんだろうね。」
「?」
何のことか理解していないレイに苦笑しながら、これから行われる叙任式のことを考えた。
無事レイが僕の黒賊となれば、彼女の体のどこかに僕の【紋】が浮かび上がり、そして瞳の色は僕と同じ、藤色に変化する。
いつだって銀色に輝いていたレイの瞳の色を、変色後も戻そうと思えばいくらでも戻せるけれど、しばらくは僕の色に染まっている姿も見ていたいと思った。
何よりも、叙任式の後ずっとレイは僕のそばにいてくれると思うと、心が躍って仕様がない。
まだ彼女の口から直接、僕の黒賊になってくれるという決意を聞いたわけではないけれど、今この場にいるレイを見てるとその未来しか考えられなかった。
「ねえレイ、これから修羅の道を、…君はきっと歩んでいくことになる。そしてその道へと引き摺り込んでしまった僕は…とても罪深い人間だろう。それでも僕は…君にそばにいて欲しい。待つと言っておいて、君に選択権があると言っておいて、こうして懇願してしまう…。
____こんな酷い僕を…、赦してくれるかい?」
とてもずるい聞き方をしている自覚はある。
僕から強請られて、いったい誰が否定できようか…。
けれどいくらレイが僕を慕ってくれているとはいえ、それでも尋ねずには、確認を得ずにはいられなかった。彼女の口から確証を得たい。
そんな自分の強欲さにため息が出る。
しばらく沈黙が続き、窓からの光だけで照らされている部屋に埃がキラキラと舞う。
「今更…、何をおっしゃっているのですか?」
「え…?」
沈黙を最初に破ったのはレイだ。
静かな部屋に響き渡った彼女の声を聞いて、僕は俯かせていた頭をゆっくりと上げる。
そこには不可解そうに、眉をひそめたレイがいた。
その綺麗な顔は不愉快そうに歪んでしまって、いつもの僕に見せてくれる愛らしい表情は消えている。
「レクリュス様がおっしゃっていることの意味がわかりません。私が此処に…、今日この日にいることが、その答えなのではないでしょうか?」
「…。そう、なのかな…。」
「はい、私にはあなたの傍しか…居場所も、拠り所もありません。…この世界の中で私が息つけるのは貴方の傍しかないから。貴方と共にいるため…、そのために生きてきた。勿論これからも生きていきます。」
すっと差し込んだ日の光にレイの瞳と髪が透ける。
初めて会った時から何も変わらない。僕の心を捉えて離さない色彩が、いとも簡単にまた僕の心を奪っていく。
大きく息を吐いて、射抜くような視線をよこす彼女の瞼をそっと撫でる。
叶うなら僕も君と同じ色に生まれてきたかった。
例えどんなにこの世界で嫌われているとしても、この美しさは唯一無二だ。
何度だって僕を捉えて離さない。
「レイは、…とても綺麗だね」
「そのお言葉、そっくりそのままレクリュス様にお返しします。」
あまり表情を変えない彼女が微かに笑ってくれた。
お昼少し前のゆったりとした時が流れるこの部屋で、数年間の空白などなかったかのように、緩やかに流れる空気が心地いい。
色のない城にずっと居心地の悪さを感じていたけれど、彼女がいてくれるだけで、こんなにも落ち着ける空間になる。
(今日は…特別な日になる。)
最初からそうなることは、火を見るより明らかではあったけれど、より鮮明に今日という日が記憶に焼き付けられることを改めて確信した。
「ありがとう、レイ。僕もずっと、君の傍にいたい…」
「礼はいりません。レクリュス様に仕えること、それが私の存在意義なのだから」
まるで義務かのように、強いられた使命のように語るレイに何とも言えない淋しさを覚える。
今日この日までに、生きる上での選択肢と猶予を与えてきたつもりだけれど、その選択肢などは初めからあってないようなもののようだ。
レイが流れに逆らうことはない。
当然のように僕の人生が彼女の人生を喰いつぶすことを受け入れ、
そして僕の運命に引き摺り込まれていくことを望んでいる。
一度黒賊になればもう2度と陽の光を浴びることは叶わないというのに…。
傍にはいてほしいけど、この世界からこの子の居場所を奪いたいわけじゃない。
僕の考えを何とか理解してほしいけれど、今のレイには難しいだろう。
だって、見つめたこの子の瞳は決して揺らがない強さを持っているから。
けど、いつか…いつかでいい。
彼女の【義務】からではない心や想いで、僕の傍にいてくれることを願わずにはいらねない。
大人しく頭を撫でられたままでいるレイにクスリと笑い、話題を変えるため手を叩いた。
「…さてっ!、じゃあ本題の叙任式の流れについて大まかに打ち合わせでもしておこうか…。」
「はい。よろしくお願いします。」
「かわいそうだから皆もいい加減、部屋に呼ぼうね。」
「そうですね!呼んできます。」
「ありがとう、すぐ右隣の部屋にいると思うから…」
気を利かせて出て行ってくれた父上や、ダン、キアラをレイが呼びに行く。
その足取りは軽く、重い扉も苦戦しつつも自力で開け、僕の目の前から鮮烈な色彩が失せた。
「ふー…」
大きく息をついて思わず目元を手で覆う。
レイがいなくなった途端、この無彩色な壁が迫ってくるようだった。
「ほんと、ここではまるで僕が嫌われ者だな…」
先ほどまでは輝いて見えた差し込む日の光も、今はただの白い光にしか感じない…それも霞がかっているようで、心地のいいものには思えなかった。
自分一人でいるには、この部屋は重すぎると目をつむり、皆が戻ってくるのを待つ。
白亜と隷属の始まりの場所。
僕が最も苦手とする場所で、生まれてこの方、居心地のよさなんて感じたことがない。
白亜は生まれて3ヶ月目にここで洗礼を受け、儀式を行う。
それは白き魔女の祝詞を聞き、己を象徴する紋を与えられるものだ。
その出生後の儀式以降、ここには敢えて足を踏み入れてこなかった。
貴族連中は好んでここに祈りに来たりしているみたいだけれど、なぜ奴隷契約を結んだ地が【聖地】として崇められるのか、未だに僕は理解できなかった。
例えそれが世界基準での正義と悪だったとしても、きっと僕はこれからも理解できないだろう。
「存外、時間がかからなくて安心したぞ」
「レイちゃん、レクリュスになにもされなかった?…」
「??え、っと?お話をしました…!」
「レオニア様、お控えください。」
騒がしい声とともにあの重たい扉が開かれる。
声を聴いた瞬間、色のない世界から掬い上げられるようなそんな気がした。
振り返れば、父上を始めとし、皆が部屋に戻ってきて一番にレイは、さっき座っていた僕の前の席を陣取った。そのちゃっかり感がとてつもなく可愛い。
「いやぁ、それにしても本当に綺麗になったねレイちゃん。今日の髪の毛はキアラが?」
「はい、自分ではうまくできなかったのでキアラさんが着付けから、髪のセットまでしてくれました!」
「いい仕事ぶりだね、キアラ」
「お褒めに預かり光栄です。」
ソファには座らず、ダンのすぐ後ろに控えていたキアラが丁寧に腰を折る。
ダン以外に褒められてもあまり表情に出さないキアラが満足そうにしていて、父上に褒められることも同じくらい嬉しいのだと伝わってきた。
「ダンからは順調に特訓をこなして、今ではもう立派に仕事をしていると聞いているよ。」
「いえ、まだそんな…。ダンさんには簡単なものを回していただいているので…」
「今回の叙任式で集まっている他の黒賊候補に比べたら、群を抜いていることは間違いないがな」
そもそも他の奴らは実践に出たことさえないだろう。
ダンがそういうとレイは目を丸くした。
「え?…どういうことですかダンさん。」
「ここに集まっている奴らは黒賊候補、つまりまだ正式な職にも就ていない状態だ。そんな奴に任務なんて、与えられんだろうが?」
「はあ…、いや、、あれ?でも私、は…?」
「お前はフィーリやキアラと同じ、現時点では俺の【私兵】だ。兵は任務をこなして当然だろう。」
ダンの十八番、とんでも理屈を今更知るレイは驚きを隠せず、ブツブツと不服を唱えていた。
「え、じゃあ私まだ別に実践なんてする必要なかった…ってこと、…え?そんな、…じゃあ、あの鬼のような訓練や任務は一体…」
「知った時には全て終わった後なのよ、レイ」
「き、キアラさん…」
どこか遠い目をしたキアラにレイがハッと視線を向ける。きっと二人にしかわからない、特別な経験があるのだろう。
青ざめているレイには後で僕の知らない期間について話してもらうことにした。
「はいはい、思い出話はまた今度。間近に迫る叙任式について説明するからよく聞いて?」
パンパンと2回手を叩き父上が説明を始める。
「大きな流れとしては、まず叙任式で黒賊候補達を正式な黒賊にする為の任命式を行う。次に黒賊達の選抜試験があって、最後に契約式っていう順に執り行われるんだ。」
「叙任式って一言で言っても実際には儀式が3種類あるんですね?」
父上が机の上に広げた表を皆で囲み、全体流れを抑える。
「え、…と、任命式で候補から黒賊になったとして…次の選抜試験っていうのがダンさんとキアラさんフィーリさんから聞いていた魔物と対峙する試験、という認識であってますか?」
「合ってるよ。内容を知ってるのは主催の教会側と監督官、つまりダンと一部の聖騎士だけだ」
「えっ!?ダンさんご存知なんですか?!」
「…俺とてどういった種類の魔物が出るとか、そこまでの詳細は把握していない。ランクを知っている程度だな」
因みに例年通り今回もAランクだ。
と魔物のランクだけ告げて腕を組む。
種類やタイプがわからないだけに対応策も考えることは現時点では、できないようだ。
「あくまでも試験は公正、公平に、だから魔物そのものを把握してるのは教会のトップ、神殿の祭司長ヴァルハラだけだろう。」
「ヴァルハラ…さん?」
「白亜至上主義の強硬派トップよ」
キアラがヴァルハラの名を耳にした瞬間、彼女から凄まじい殺気が漏れる。
レイはまだ関わりを持ったことがないせいか、まだヴァルハラへの嫌悪感はそれほど抱いていないようだった。だが、白亜至上主義と聞いて同じく眉間にしわを寄せている。
「まあ、ヴァルハラ司祭長についてはそのうち嫌でも関わることになると思うから、今は考えなくてもいいよ。一番の問題は二番目の【選抜試験】だ。」
父上が選抜試験の名称を静かに呟き、部屋は張り詰めた緊張感に包まれた。




