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開幕ー3

久しぶりの更新です。遅くて済みません。



ひんやりとした薄暗い廊下をキアラさんの後について歩く。

いつもよりいくらか狭くなった視界の中、この広い廊下に響くのはキアラさんと自分の呼吸する音、そしてお互いの歩く音だけだ。


無名棟から外に出るため、人が通る事などほとんどない薄暗い回廊を歩く。

カツカツとまばらに響き渡る二人の足音だけが、石造りの廊下に響き渡った。


アーチ上の天井にはどういう仕組みか未だに分からない、白い柔らかな明かりが灯っていてぼんやりといく先を照らしている。



「緊張してる?」

「…少しだけ。」

「それは叙任式の試験に対して?それとも…」



表情が硬くなっていた自分を見かねてか、キアラが声をかけ、早鐘を打っていた心臓が心持ち落ち着きを取り戻す。

自分を見下ろすオレンジ色の瞳は天井の明かりに反射して琥珀色に見えた。

初めて会った時から7年経っても、キアラさんは変わらず美人のままだ。

むしろ一段と美しさに拍車が掛かったように思う。そんなキアラの言わんとすることは、もちろんレクリュスのことだろう。

それもそうだ。

だってもう何年も会っていないのだから…。

肩甲骨辺りまで伸びた髪を耳にかけ、私から視線を外して納得したように呟く。



「そう…やっぱり、レクリュス様ね…」

「…私は…」

「ん?」

「____いえ、何でもないです。」

「?____そう。」



_____彼の側にいてもいい存在だろうか?



口を開きかけてから、やはりこれは今更言うべきことではないと判断して口をつぐむ。

そんな私を見てキアラさんは訝しげに眉をひそめたけれど、それ以上の追及はなかった。

キアラさんは昔から聞いて欲しくないことは踏み込んで聞いてこない。

人を気遣える、観察力のある人でその踏み込んでこない配慮には前から救われてきた。ダンさんの私兵なんだから当たり前かもしれないけど、キアラのこうしたさり気ない気遣いは本当にありがたいと思う。


静まり返った回廊を進みながら思い出すのは、初めてレクリュス様に謁見したあの日のこと…自分の無力さと不甲斐なさに打ち拉がれた…

地に足が着いていないような、そんな心もとない感覚。

それと圧倒的な力不足とそれへの恐怖。


必要とされているのに、自分にはその必要な力がない。


それでもこの人を守り抜かなければと本能的に感じた…。

まるであの日のことを昨日の事のようにはっきりと思い出せる。

この世のものとは思えないような美しい神秘的な色彩_____、目を奪われるとはこのことを言うのだと初めて知った。

心をぎゅっと鷲掴みにされて目が離せなかった。

一目惚れに近いのかもしれない。

けれどそれは恋愛とか親愛とか、そんな生ぬるいものではなくてもっとドロドロとした執着とか固執とかそんな表現の方が近いと思う。

私を捉えて離さない藤色の瞳…。

あれから7年経った今…、私は未だに思うのだ。


_____足りない。

と______。



そう、まだ私はレクリュス様を守る為に必要な力が足りていない。

たとえいくら年月が経とうとも、この気持ちが満たされることはないのだろう。

5歳の自分が感じた底知れない恐怖とはまた違う、これは漠然とした確信だった。

もちろんあれから技術的な面も、精神的な面も肉体的にも成長はした。成長はしたがそれは決められていた伸び白を伸ばしただけの事で、心の奥底には拭えない自分への不信感が募って燻っている。


このままレクリュス様の元へ就いていいのだろうか?


レクリュス様を取り巻く環境はきっと考えている以上に過酷で、誰が敵かも定かじゃない…四面楚歌。


もしも、もしも何か起こった時、私はレクリュス様を守りきる事ができるだろうか…。

命を投げ出す事はもちろん厭わない。

何もかもを失ったとしても、この命はレクリュス様に捧げられる。

けど、私がレクリュス様にできることはそれくらいで…。

むしろそれしかなくて。


ただ、命を落としたその後はどうだろう?

一時の肉壁になったとして、その後は誰がレクリュス様の盾になるというのだろう…?

自分が死ぬ事よりもその先にあるレクリュス様が_____死んでしまうかもしれない未来の方がいっとう恐ろしい。


一瞬、脳裏に真っ赤な景色が掠めたような気がして頭を緩く振った。



「どうかした?」

「いえ…」

「…そう。…外に出たら裏門から馬車で古の教会『契約のフェズニアス』に向かうわ。何度か隊長と行ったことがあるでしょう?」

「はい。えと、あの灰色の…??」

「そう。旧王城跡地に建つ、この国で最も神聖な場所…」



苦々しげに呟くキアラさんは眉間に深く皺を寄せていた。つられて私も眉間に力が入ってしまう。

それもそのはず、契約の丘と呼ばれるだけあって、全ての始まりの場所なのだ。この隷属と白亜という立場が出来上がってしまった場所、旧王城跡地の真ん中に建ついにしえの教会。

白き魔女と賊の聖戦の地…。

何度かダンさんに連れられて、私も教会に足を運んだことがある。延々と続く緑の丘に静かに佇む灰色の城。古い教会というだけあって廃れてしまい、廃墟のような状態になってはいるが白亜の人々の手によって大切に大切に保存されている。

苔生した城門をくぐってひたすらにのびる一本道を進めば、見えてくるのは切り出した石を積み上げて作られた教会だ。

普段は一般にも開放されていて参詣は自由となっている。ただこうした重要公務の際は全面立ち入り禁止となり入場は制限されるが…。

寂れた空気をまといつつも、厳かで、どこか居住まいをたたさねばと思わせるような荘厳な雰囲気を持つ「契約のフェズニアス」。

キアラさんは白亜ゆかりの地というだけあって、かかなり毛嫌いしている様だけど私は何となく好きだった。

個人的にも実はちょくちょく訪れているくらいで、叙任式はここで行うと聞いた時、少し嬉しかったのだ。

日本で言うところの寺院仏閣のようなあの場所は、どこか居心地が良い。煌びやかな白亜の世界が広がるローランド城に比べて、しんと静まり返った灰色の地は色がないせいか酷く落ち着くのだ。



「あれに乗るのよ」

「おぉ…」



裏門に着いてみれば小さな馬車が通りを挟んで止まっていて、隷属の御者が待っていた。



「すまない、待たせたかしら?」

「えっ!!!あっ、いえ、それほどお待ちしておりません。さあどうぞ…」

「??そう…、じゃあよろしく。」

「すみません、宜しくお願いします」

「はい、かしこまりました。」



早足に彼の元へ寄り、キアラさんが尋ねれば若いそばかすをつけた隷属の青年は人懐っこい笑みを浮かべて頭を振る。多分あれはキアラさんに見とれていたな??


我に返った青年にお手をどうぞと手を差し出され、おずおずとその手に掴まった…。

基本的にダンさん、フィーリさん、レオニア様、レクリュス様以外の男性とはあまり接する機会がなかったため、何となく緊張してしまう。おぼつかない足取りで馬車に乗るも、どこか浮き足立ってしまって叙任式どころではなくなりそうだった。

簡素な馬車にキアラさんと二人で乗り込み、ゆっくりと揺られる。

少し古い馬車には自分の出で立ちが酷く浮いていて居心地が悪かった。



(どうせ試験でドレス脱ぐんだし、別にこれ着る必要なかったんじゃ…)



叙任式の最終試験では実力のほどを測る、という名目で任命された黒賊は割り当てられた魔物と戦わなければならない。

当日のその時にならなければどんな魔物とあたるか分からず、また過去にどんな魔物が出たかも口外禁止で知ることも、対策を練ることもできないようになっている。


ランク的にはAランク以上の魔物らしいけど、分からないものの事を考えたところで無駄なので、その場で私は何とかしようと思っていた。

因みにAランクの魔物というと、きちんと部隊や編成を組んで討伐にあたる魔物のクラスで、一部隊当たりだいたい12-13人、それを2、3部隊編成するから学校の1クラスくらいの人数を要するほどの魔物だ。それに加えて討伐すると最低でも500万ガリエは必ず報酬で支払われる、というたいそうな獲物で、これを相手にできるのは王の近衛兵、『しろがね部隊』かギルドに所属している上級冒険者、『ブライト称号』を持つ者しか挑戦することはできない。

何はともあれ単独討伐は基本、ありえないレベルの魔物のことだ。


まあ、例えそのくらいの魔物が来たところでこの7年間、フィーリさんキアラさんに鍛えられ、ダンさんからは死に追いやられるような鍛錬や任務を課せられてきたので、それ以上に死と向き合うこはないだろうと思う。


そんなことを馬車に揺られながら思い、裏口から細い道を通って少しずつローランド城の中心から離れていく。

中心街から郊外に進むに連れて、石で舗装された道は無くなり馬が土を踏みしめる音へと変わった。窓の外に目を向ければ牧草地帯が無限に広がり、牛に似た草食動物カロと羊に似た動物のメウルが群れをなして歩いていた。

この牧草地帯を超えて更に馬車で20分ほど進んだところに契約のフェズニアスはある。



「あれ?そういえばフィーリさんは?」

「フィーリは後から貴方の装備一式を持って、合流する予定よ。」

「…そっか…フィーリさんが持ってきてくれるんだ…」



魔物と戦うための装備はフィーリさんが私のものを一式持ってきてくれるらしい。フィーリさんもフィーリさんで正装で動きにくい格好であるはずなのに申し訳ない…。



「気にする事はないわ、フィーリは使ってなんぼよ」

「…はい」



これはノーコメントで。

それから暫くお互いに何も話さないまま馬車に揺られ続けた。



「レイ…着いたわよ」

「…。」



ぼーっとしていたところにキアラさんに話しかけられ頭を上げる。

すると窓の向こうに灰色の城壁が見えた。



「いよいよね…」

「はい。」



いまいち叙任式の段取りは分かっていないけど、流れに身を任せていれば良いってキアラさんが言っていたからそれでいいんだろう。

緑の草原に建つ契約のフェズニアスを目にしてグンと一気に緊張してきた。

既にレクリュス様やレオニア様、ダンさんはあそこにいて叙任式の最終準備やら調整やらに追われているのだろう。

膝の上に乗せていた手にぎゅっと力を込めてゆっくりと息を吐く。


_____7年…経った。


未だに漠然とした不安があるけれど、これでやっとレクリュス様の隣に立つことができる。そう考えただけで緊張とは違う興奮がわき上がった。



(レクリュス様に…会える)



現実だけど少し夢心地のような、不思議な感覚に酔う。

___________会いたいんだけれど、会いたくない…


ため息を吐くと隣からくすくすと笑い声が聞こえた。



「レクリュス様は貴方に会うの楽しみにしていたわよ?」

「…、はぃ…。」

「その様子だと緊張するなって言ったところで無駄ね」



更に笑われて、いたたまれない気持ちになる。焦がれていた人にいざ会えるとなると、どうして良いか分からなくなってしまうのだ。


誰にだってあるだろう遠方の親類や友人に久しぶりに会う時に感じるあの期待と緊張が入り交じる複雑な心持ちが…。

まさしくそれなのだ。



(何を話そう、どう話しかけたらいい?お久しぶりです、お元気でしたか?とか?いや、そんなありきたりなことある?)

「お二方、お待たせしました…契約のフェズニアスに着きましたよ。」

「っ!!」



馬車がゆっくりと止まったかと思うと、小窓から御者が顔をのぞかせて到着を告げる。

少しの振動と共に馬車が止まり、扉が御者によって開けられた。


馬車に乗った時と同じように御者の手を借りて下りれば、目の前には静かにそびえ立つ灰色の城門が見えた。

相変わらず荘厳だけれど、どこか騒がしさを感じるのはその城門の向こうに人々が集まっているからだろう。

この叙任式に一体何人の人が関わってるのかわからないが、いつもとは違う雰囲気を纏っているだけでレイは背筋が伸びるのを感じた。



「どうかご無事で…」

「ありがとうございました。」



名も知らぬ御者の人に途中までエスコートしてもらい、キアラさんと二人で城門の前に立つ。

左右に控える憲兵は私とキアラさんの姿を確認するとゆっくりと城門を開けてくれた。


開かれた城門のその先に広場がすぐに現れる。

その中心に、見覚えのある人影が複数。

一人はダンさんと…もう2人は…。



「っあ…」



仮面越しでも決して見まがうことはない。

城門が開いた音に気づいたのか、中にいた人々全員がこちらを向くのを感じた。

そんなたくさんの視線を感じながらも私にはたった一人しか目に入らない。



「…」

「っ!!」



その人はゆっくりと振り向いて、藤色の瞳を大きく見開く。

随分と大きくなったその体はゆっくりと片膝を立て、まるでいつかの時のように両腕を広げて私を呼んだ。

声までは聞こえない、けれどその口の動きだけで私には充分だ。



『レイ』



呼ばれたとわかった瞬間、体が前に出る。

先ほどまで感じていた緊張はなんだったのか、7年前に会った時よりも伸びた髪は高い位置で結わえられキラキラと主人の体の動きに従って揺れていた。

白い服に身を包み、正装の金の刺繍が走るマントを羽織ったその姿。

駆け出し、その勢いを殺すことなく待ち構えていた両腕に私は突っ込んだ。

以前だったら二人してそのまま地面に転がっていたが、7年という歳月を経た主の体は難なくと私を受け止めてくれる。



「…やあ、レイ大きくなったね…。おかえりなさい。」

「レク、リュス…様」



息が切れてうまく言葉が出てこない。

ただただ頭をグリグリとレクリュス様の肩口に押し付けてぎゅうぎゅうとしがみついた。


ずっと、本当にずっと会えなかったのだ。

心の中で燻っていた寂しさや言い知れぬ不安が呼吸をするごとにゆっくりと溶けて無くなっていく。



「この時をずっと待っていたんだよ、僕は」

「っ…はい」



優しく背中を撫でられてゆっくりと顔を確認される。



「…今回ばかりはこの仮面、本当に憎らしいね」

「っ!!」



仮面の上に乗る髪を軽く撫でられ、ほんの僅かに仮面を上にズラされた。

狭かった視界が徐々に開けて行く中、私の目には揺れ動く金糸と藤色の瞳でいっぱいになる。



「っおいレクリュス、流石にそれは…」

「ダン、今は…」



私の目は叙任式を終えるまで門外不出。

機密事項だからかダンさんが人目をはばからず行動したレクリュス様を止めにかかった。

だがそれもレオニアに制されて、伸ばしかけた左手をゆっくりと下ろす。

レクリュスだってバカではない、周りからは見えないようにちゃんと配慮してレイの銀色の瞳を独り占めしていた。



「ダン達は毎日見れてたなんて…ホントにずるいなぁ」



レイの瞳の渕をなぞりながら、ほぅと息をつきレクリュスはその色に見とれた。

二人だけの世界に浸っている様子にため息をつきながら、ダンは飽きれたように視線を背ける。



「今日を終えればお前も見放題になるだろう?何なら瞳の色はお前の魔力に影響されて同じ藤色になるはず

ぞ?」

「銀色も魅力的で凄く好きなんだけれどね、僕の色に染まったレイはそれはそれで凄く楽しみだ」

「そう、なんですか?…それは、凄く嬉しいですね。」



レイはレクリュスに視線を合わせて、添えられていた手にそっと擦り寄った。

その様子にレクリュスは瞳を細めて満足げに微笑む。


そう、黒賊は主と定め仕える相手の魔力の影響を受ける。

ダンは自分には似つかわしくないと言って、あえて瞳の色を変えずにいるが、本来であれば瞳の色はレオニアの魔力の影響を受けて変わっている。

そしてダンの場合は左胸に鳥の紋様が黒く浮き出ていた。

レイは何度かそれを目にし、気になっていたもののオシャレの一貫だと勘違いしていて、深く尋ねなかった。ただ、ダンでもそういったオシャレをするのだと不思議に思ってはいたが。

黒賊の試験を終えると契約を交わした黒賊は白亜の支配下に置かれた証として、体のどこかにその人が持つ魔力の模様が浮かび上がる。それを【魔力痕】と言う。魔力は人によりその性質が違うため契約の際に浮き上がる紋様も人に寄り変化する。


主になる者は自分の魔力痕を魔法棟へ登録し、身分証明としても使う。同じように隷属も契約さえしていれば、体のどこかにその魔力痕が浮き上がるので誰の黒賊なのかすぐに判別がつくようになっている。


その事実をここで知り、レイは自分の体のどこかにもレクリュスの紋様が浮かび上がるのかと胸を弾ませた。

どこに紋様が出てくるのか、場所も人それぞれのようだが、浮かび上がるその瞬間を想像してそっと自分の胸に手を当てた。

いつの間にか試験への緊張は薄れていった。







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