開幕ー2
ガチャっと背後で扉の開く音が聞こえて準備がやっと終わったかと後ろを振り返ったフィーリはレイの姿を見て固まった。
そこには髪の毛をシンプルに高く結い上げ、薄いゴールドのドレスに身を包んだレイが立っていた。
顔こそ仮面で隠されてしまって見慣れた銀色の瞳は見えないものの、漆黒の髪と金色のドレスが美しいコントラストを描いている。
ストレートの髪が空いた背中を撫でてレイが歩くたびにサラサラと揺れていた。
12歳にしてはしなやかな筋肉が付いているレイの肉体は子供とは思えないような艶やかさも兼ね備えている。
「…マジ、か…」
「まともな感想は言えないの?」
言葉をなくし、息を吐き出すように呟いたフィーリにキアラが満足げに胸を張る。
齢12歳でこれだ。
もっと成長すれば花がほころぶように美しい女性になるのだろう。レクリュスを引き立てる最高の素材で、それでいて鋭い刃になる。
レイの持つ触れれば切れそうなキンと張り詰めた鋭どい空気と、レクリュスの持つ柔和な空気が相乗効果を生んで、最高の主従が出来上がるであろうことが容易に想像ついた。
今は見えない仮面の下に隠されている銀色の瞳が惜しくて仕方ない。
「仮面で目を隠しちまうの勿体ねえよなホント…」
「こればかりは仕方ないです。無駄に目立ってしまうようなので…」
立ち尽くしていた足を動かしフィーリはゆっくりとレイに近づく。
レイがつけていた仮面をそっとずらし、その銀色を見つめた。7年前よりもずいぶん大人びた顔がフィーリの視線を奪う。
まっすぐに見つめ返してくる瞳を見て、はて…そういえばこの子は笑ったことがあっただろうか?とふと疑問に思った。
共に過ごしてきた7年間、いくら思い返してもレイの笑顔だけが記憶に残っていないことに今更ながら気づき、この子供は一体どう感情の起伏を制御しているのかと不思議に思う。
何となく雰囲気で楽しんでいることや、落ち込んでいることは察してきたが決定的な表情の変化というものはフィーリはちゃんと目にしたことがないと思い知る。
ダンやレクリュスには割と表情豊かに接しているようだが、レイはまともに笑顔を見せてくれていない。
「なあ、レイ…笑えよ」
「…は?」
仮面を右手で上げたままフィーリは左手でレイの頬をそっと撫でそう呟く。
何となくこの無表情な子供の笑顔とはどんなものかと、見てみたいと思いお願いしたがレイは怪訝な顔をして、笑顔とはむしろ正反対の表情を作り出してしまった。それを見て参ったなぁと苦笑する。
「え…、フィーリあなた何口説いてんの、まさかそういう?」
「はっ!?だっ!?あ!?!!いやっ!?!?!?」
「フィーリさん…」
「やめろ!!そんな目で見るなッ!!!!バカッ!!誤解だッ!!!!!!!」
無意識のうちに溢れてしまった心の声に自分でも動揺し急いで真っ直ぐ視線を飛ばしてくるレイの瞳に蓋をする。
あの銀色で射抜かれたんじゃ、しばらくは立ち直れないくらいの傷を負う。
レイだけじゃない、キアラにもゴミを見るような目で見られてレイを自分の懐へと囲う彼女から軽蔑の眼差しを受けた。
「純粋に気になっただけだっつの!!あんまり見たことねーなぁーって思ってだなぁっ!!!」
「あらそう??意外と笑ってるわよ??目が節穴なんじゃないの?」
「なにぃ〜????!!!!!」
ねー?レクリュス様の前じゃ形無しよねぇ〜?と懐のレイを面白そうに撫で回すキアラに思わず反応する。
あの様子だとキアラはよくレイの笑顔を見ているようだ。
何となく兄弟に仲間はずれにされたような感覚になって不貞腐れる。
いい大人が何考えているんだか…そう思うものの自分たちの中でレイは着実に自分の居場所を作り、溶け込んでいった。今になってなんとなくわかる。
ダンが当時、この少女を殺さずにここまで持ち帰ってきた理由が。
レイは最初からここに存在していたかのように自然に溶け込んで馴染むのだ。
最初こそ出したての絵の具のようにその存在をはっきりと主張してくるが、次第に水に溶けていくようにその周囲を自分の色に染めていく。
そして気づいたら当たり前のようにそこにいる。
最初は警戒を全く解かなかったあのキアラでさえも、今は妹のように至極当然に可愛がっている。
なんなら暗器の扱いはキアラ仕込みだ。
(最初はレイを殺そうとしてた癖に…。)
「ったく…ただ、何となくさ、いつまでもお前甘えてこないし、子供ってこんなんだったか?って心配になるわけよお兄ちゃんとして…」
「…兄、ですか」
「おう…!…特にこの叙任式が終わったらお前は正式にレクリュス様の黒賊になる。そうなったら俺たちともあまり会えなくなるかもしれないからな…」
「…」
そう、フィーリとキアラはあくまでもダンの“私兵”。
決して王族着きの黒賊ではない。
その逆にレイはレクリュスに付きっきりの黒賊になってしまうため、今までのように共に過ごす時間はガクンと減ってしまうことが容易に想像できた。
レイに何かあったとき、すぐに駆けつけてやることのできない状態になってしまう。
これに関してはキアラも心配している。ダンについては表に出さないものの二人以上に心配しているに違いない。
「…でも、全く会えなくなってしまうわけではないんですよね?」
「んーーー、多分…??」
「なら、なら…大丈夫です…寂しくありません」
「レイ…」
視線を斜め下に下げたレイを見てフィーリはクスリと笑う。
いつもレイは自分の意にそぐわないことがあると視線を下に下げる癖がある。それはこの7年間レイとともに過ごしてきて気づいた数少ない彼女の癖だ。
そうやって子供らしくない我慢の仕方をするからフィーリたちはその微かな表情の変化をくみ取って、レイがわがままを言わない分、心の奥底に隠れている望みをなるだけ叶えるように努力してきた。
「寂しくなったらいつでもここに来い…」
「…いいんですか?」
「もちろん!今更遠慮すんな?」
レイのセットされた髪の毛を崩さないようにそっと撫でる。
甘えるように上目使いで見上げてくるこの子は、きっと相当な手練れになるに違いない。黒賊としても女としても…。
嬉しそうに少し頬を染めるこの姿なんて悶絶ものだ。
かわいい…。
そんな未来の想像をしながらフィーリは妹のようなこの存在がレクリュスのものになってしまうことに少し悔しさを感じた。
「顔が崩れてるわよ…」
「うるせぇ…」
己の顔がにやけてしまって崩れていることなんてとっくに自覚済みだ。
表情にあまり起伏がないレイだけに、こういったわかりやすい変化があると、それはそれはかわいく見えて仕方がない。
キアラもしきりにレイの頭を撫でているあたり、思っていることは同じだろう。ただそれが顔に出るか出ないかの違いだけだ。
「…そろそろ時間ね…レイ、行くわよ。隊長も首を長くして待っているはず。」
「はい…あの…お世話になりました。今後もよろしくお願いします。」
「おうよ!!とりあえず行ってこい!俺も後で行くから」
緊張した面持ちのレイを見送り、自身も正装に着替えるべく自室に下がる。
背後で扉が閉まる音が聞こえてこの部屋に一人になったことを悟った。キアラはレイの同伴として一緒に出ていったから…。
着ていた私服を脱ぎ捨てて、久しぶりに袖を通す指定された制服に身を包み、息苦しさに詰められていた襟を崩す。
こういったところは所詮、正式な黒賊ではないのだからお咎めなしだろうと適当に着こなして、自分も会場に向かうべく歩みを進めた。
ダンはすでに会場に向かっていて恐らくレオニアのもとにいるだろう。
誰もいなくなった黒賊の談話室に何となくの寂しさを覚えて目を細めた。もうじき今まで過ごしてきた当たり前がなくなって、新しい生活が始まることに一抹の不安を覚える。
自分はいつまでここにいることができるのか…。
ここまでアルベールでの生活に馴染むつもりではなかった。フィーリは燃えカスしか残っていない暖炉を眺めて唇を噛んだ。
もうキアラとダンはフィーリの本来の姿を知っている…いや、見抜いているといった方が適当だろう。
本来はここに存在してはいけない人間だということを知りながら、ダンに至ってはずっと側において育ててくれた。キアラは…よくわからない。害がないから特段、興味を持たれてないのかもしれない。
彼らの真意は未だにわからないままだが、どうせ俺なんかがダンに刃を向けたとしても、赤子の手をひねるように簡単に返り討ちにされるだろう。
いつでも消せる。
だからこその放置なのだ。
そろそろ自分の居場所に戻らなくては…そう思いながらズルズルと過ごしてきた。
キアラが落ち着いたら離れよう、それがいつの間にかレイが落ち着いたら…、に変わっていて自分でも思った以上に腰を落ち着けてここで暮らしてしまっていた。
日当たりがいいとは言えないこの薄暗さが心地よい。
数少ない窓から差す光に目を細めて深く息を吐く。目をつぶって脳裏に映るのは本来の自分が仕えるべき主の姿。
「…時間だな」
誰もいない部屋でそう呟いて談話室に背を向ける。
まだ、まだ…あともう少しは、ここにいることが許されるだろうか?
レイの晴れ姿を見て…そうだ。それから考えよう。
そろそろ主も動き出す…レイが成人することを誰よりも待ち望んでいたのは主なのだから…。
________そう…ジルヴィオ陛下…
御方なのだから…。




