開幕ー1
「あら、レイ起きたのね…」
「はい、お早うございます。」
「ん??なんか…顔色悪いぞ?大丈夫か??」
「…何か変な夢を見たような気がするんですが…ん、思い出せないので…」
「ふーん、まあ、今日はお前が主役なんだし…緊張してるのかもな。あんま無理すんなよ?」
「はい…」
欠伸を噛み殺して談話室に入れば、すでに控えていたキアラさんとめずらしく自ら起きていたフィーリさんがいた。
朝の私の日課であるフィーリさんを起こしに行く、という仕事がなくなり不思議と見つめていると、今日ばかりは自力で起きたのだという。
なんて珍しい…。
朝から顔色が悪いことを指摘され、先ほどまで見ていた夢を思い出そうとしたものの、やっぱり思い出せない。
少しモヤモヤする。
朝からそんな心地の悪い気分になりながら談話室のソファに身を沈めた。
重い息を体の底から吐き出した。幸先不安だ…。
「そういや懐かしい話してたんだぜ?」
「?懐かしい、話ですか…」
にんまりと笑ってフィーリさんが手を頭に乗せてくる。この顔は悪いことを考えている顔だ…。
嫌な予感がする、と眉をしかめて見つめ返すと、キアラさんが呆れたように声を掛けてきた。
「あなたがジルヴィオ陛下に攫われた時の話よ」
「あー…はい。」
ソファに埋もれながら気の抜けた返事をする。
あれは私の中でなるべく思い出したくない事件だ。
今から7年前、私が初めてジルヴィオ陛下にお会いした時の事件。ジルヴィオ陛下の拉致未遂。
当時のフィーリさん達の間では結構な大ごとになっていたらしく、今でもずっと私がからかわれる一番のネタになっている。
好きで攫われたわけじゃないんだから勘弁してほしいんだけれど、外野の皆からしたら面白い以外の何物でもないようで…。
時折思い出したかのように話し始めるのだ。
私が拐われ、保護された後、しばらくレクリュス様から離れられなかった。
レクリュス様も私を離さなかったもんだから2人してべったりとその日はずっとくっついていた。
ジルヴィオ陛下に強く引っ張られたことによって赤く腫れてしまった右手首を見られた時、皆の顔といったら凄くて…
レオニア様なんて翌日、ジルヴィオ陛下を直接呼び出して軽く2時間追加でお説教をしたらしい…。
私としては確かに痛かったし、当然の報いだと思うけどレオニア様のお説教なんて考えただけでも背筋が凍る。
だからジルヴィオ陛下にはほんの少しだけ同情した。
怒ったレオニア様なんて想像できない。
だからこそ恐ろしい…。
ぶるりと身を震わせて途中まで想像しかけて_____…やめた。
「あの時のレオニア様…怖かったよなぁー。」
「レオニア様もそうだけど、私は隊長の方が恐ろしかった…。」
普段何かあってもレオニア様のこと以外で感情を出す人じゃないから…。
と付け加えたキアラさんに私も同意する。
私はその場に居合わせてなかったから、怒れるダンさんの姿を見ていないけれど、キアラさんが今でも語るほどなのだ。相当に恐ろしかったに違いない。
聞くところによると訓練場のダミー敵兵は勿論、ありとあらゆる設備が半壊していたそうな…。
それほどまでにダンさんは何かと私に気をかけて?くれるのだ。
私がジルヴィオ陛下に攫われた時も右手以外に怪我はないか、と再三確認されたし、しかもその日はずっとおんぶか抱っこで移動だった。
足を怪我したわけではないので歩けると言ってもなぜか聞いてもらえなかった。
その次は私が7歳の時に初めて、人に手をかけた時のことで…。
中距離の物陰から刃物を投げて相手の首に致命傷を与えるという簡単なものだった。
予想通りその日はなかなか寝付けず、食事が喉を通ることもなかった。
別に直接相手の肉を切ったわけでも、接触して息の根を止めたわけでもない…ただ気づかれないように近づいて、確実に当てられる距離にまで行ったら、目的の人物の首元目掛けてナイフを投げただけだ。
それだけなのに、血がぴゅーっと噴水のように流れ出ていく様が頭から離れなくて、その日からしばらく食事が喉を通らなかった。
私の初めての獲物。
その人物は第一王子派(セオ様派)の人で第二王子のレクリュス様を王太子に推している私達にとってかなりの邪魔者だった。
商会を束ねる大商人で物流に精通し、貿易面からセオ様派の貴族に莫大な資金、資源を流していた白亜至上主義の一人。
その初老の男の死に顔が当時はずっと頭から離れなくて、悪夢にも晒された。
日に日に崩れていく体調をそばでずっと見守ってくれてたのは、ダンさんに他ならない。
「無理するな…今は眠れ」
「ダン、さ…」
「あぁ…わかっている。わかっているから…お前はいい子だ。」
優しく頭を撫でられて悪夢に起きては今のようなやり取りを繰り返す。
いくら人の命を取ることに対して躊躇はないと思ってはいても、やる前とやった後ではかなり変わってくる。
一人の命の重みとはこんなにも重かったのかと思い知らされ、だからこそもう後には引けないのだという覚悟もできた。
きっと私一人だったならそんな覚悟は持てず、あのまま衰弱して酷ければ死んでたかもしれない。
それを引き止め、繋ぎ止めてくれたのがダンさんだった。
それは私を拾ったという責任があったから、レオニア様との約束があったから…。
私を見捨てずに側で見守ってくれたのかもしれないけど、あの時の私には確かに人の温もりが必要だった。
最初は魔物、次に人、とターゲットが上級化していくにつれて私が受けていた鍛錬の内容はより実践的なものに変化していった。
今ではフィーリさん、キアラさんとの対人練習がメインで時折、森で魔獣を狩りに出たり魔道具を駆使した機動訓練をしている。
私は魔道具との相性がかなり良くて、魔道具を使えば機動力では恐らく、体が小さいことも相まって黒賊で一番だ。
「もう、レイが来て7年が経ったのか…なんつーか、早いな」
「そうですね…私も先日成人しましたし。」
「流れてみるとあっという間ね…最初はあなたのことを受け入れるつもりなかったのに…。」
「キアラはいつのまにかレイのこと溺愛してるもんなー?」
「う、うるさいっ!!」
「ッダ!!??」
フィーリさんがキアラさんをからかい、またいつものように鋭い平手打ちを食らっている。
それを横目に、ここに来た当初のことを思い出した。
私が拾われた日。
それがこの世界での私の誕生日という扱いになっていた。記憶が定かではない私の唯一の記念日。
拾われたのは緑の季節の半ば、確か10日だった。
前世的に言うならば5月の10日ということになる。その日私は運命的な出会いをし、今の自分を築き上げた。
剃刀で雑に切って短くなっていた髪もまた伸びて、今ではダンさんと出会った当初と変わらないくらいの長さまでに伸た。
これはレクリュス様から切らないでほしいとお願いされたから動くのに邪魔だけど切るのをやめた。
私の髪色を褒めてくれるから少しずつ、この色をまた好きになれている____気がする。
「…何となくキアラさんからは歓迎されてないんだろうなとは思っていました。でも、…キアラさんはずっと優しかったですよ?」
「そんなことない!!!!」
「キアラちゃんったら〜照、れ、屋、さんッ」
「黙れ!!!そっ、それはそうと!!レイッ!叙任式では何を着るかもう決めてあるの!?」
勢い任せに赤い顔のままキアラさんがキッと鋭い視線をこちらに向ける。
キアラさんはとても愛らしい人だ。
「はい。レクリュス様から衣装箱?が届いてて、それを着ようかと」
「そうッ!!ならもう準備始めるわよ?あとでドタバタするのも嫌でしょう?」
「レクリュス様もやるねぇ。レイも会うの久しぶりなんじゃねぇの?」
長椅子にふんぞり返りながらフィーリさんがニヤニヤと茶化してくる。
「…そうですね、かれこれもう5年は会っていないような気はします。」
「俺とキアラは護衛として割りかし会うからな…。それにしても5年か、…長かったな?」
楽しみか?
と聞かれて私は曖昧に頷いた。
最後に会ったのは私が初めて人を殺して、体調を崩してしまった時。
一度だけお見舞いに来て下さったのだ。ダンさんに会うという名目でコッソリと私の部屋に会いに来てくれた。
「レイ…?」
「レクリュス様…っ!?」
「ははっ…。驚かせてごめんね?…お見舞いに来ちゃった」
ダンと父上にはちゃんと許可とってるから大丈夫だよ?と藤色の目を細めて簡易的な、レクリュス様には到底似つかわしくない木製の椅子に優雅に腰かけた。
ベッド際で私の手を取り、慈しむように撫でてくれるその人は本当に天使だと思った。
「ご飯は?」
「まだ…。その…___あまり…」
「そっか…そうだよね。___あのね、レイ。…嫌だったら、ちゃんと嫌って言わなきゃダメだよ?本当の選択までにまだ時間はある。答えを急いても疲れちゃうだけだ。」
「…わかっています。」
この時すでにもう私の中で答えは出ていたのだけれど、きっとこの優しい人にはそう言ったところで考え直せとも言うだろうし、もっと時間を掛けてとも言うだろうと簡単に想像ついた。
いつだってこの人は人の心を優先してくれるから…
だからこそ、この儚く美しい人を守るのは、私でありたい。
そう私はこの時点で未来の選択肢を一つに絞っていた。
「今はゆっくり休んで…、君が眠るまで側にいるよ」
手から瞼に移動したその温もりにほんの少し擦り寄って甘える。
するとレクリュス様は嬉しそうに笑うから、私もホッとしてそのまま意識を落とした。
翌日、目を覚ますとすでにレクリュス様はもういなくて、それでも私の心は晴れていた。
あのお見舞い以来レクリュス様に会うことはなく、月日は流れた。
それが5年という歳月になる。
噂でレクリュス様の功績やジルヴィオ陛下の訪問が度々あったことを知り、その度に警戒して避けまくった。その甲斐あってか今の今までジルヴィオ陛下ともあの事件以来会っていない。
「何だよ、その微妙な返事」
「いえ、会えることはとても楽しみなんですけど…何となく…、怖いというか、不安というか…」
よくわからない気分に陥っていることを言うと、フィーリさんは納得したように頷いて、ただ無言で頭を撫でてくれた。
「レクリュス様は凄く会いたがってたぜ?」
何せ隊長が絶対に会わせないようにしてたから尚更だな。
と意味深な言葉を置いていった。
なぜそこにダンさんが出てくるんだろう?
「レイ、あなたの寝室にあった箱の、あの衣装でいいのね?早くいらっしゃい?」
「あ、はい!今行きます!」
「いってら〜」
先に私の寝室に入って準備を進めていたキアラさんに呼ばれ、駆け足で部屋に戻る。
手招きしているキアラさんの元へ向かい、後ろ手に扉を閉めた。
私のベッドの上にはレクリュス様からであろう美しいドレスが横たわっていた。
「え、あ…これ?」
「?レイ今初めて見たの?」
「…はい、何だか開けるのもったいなくて」
シャンパンゴールドに輝く、薄いプラチナのような品のいい金色の布地をメインに、光の角度によっては虹色に見える銀糸で細かな刺繍を施されたシンプルだけど美しいドレス。形状は体のラインに沿っていてボリュームはほとんどないと言っていい。美しい生地の流れを存分に活かしたものだった。胸元や裾にはポイント的に薄紫色の宝石が輝いていて金と紫という組み合わせにレクリュス様の姿が重なる。
「何ていうか、呆れてものも言えないわね…」
「え?」
「いえ、なんでなもない…。さあ、準備するわよ。」
そこから怒涛の支度が始まり、別に12歳の子供がそんなにめかしこむ必要があるのかと思われるほど念入りにしごかれ、磨かれた。
何でも叙任式は格式高いものらしく、参列者は王族、貴族と該当する黒賊予定の者、その他の限られた関係者しか参加できないそうだ。
この国の一番古い教会で行われ、黒賊に任命された者は皆、一度は必ずここで叙任式に出席する。
今回は特例としてキアラさんとフィーリさんの立会いも許可されたため、幼い私をフォローしてくれるそうだ。
だけど、二人も叙任式に参加するのは初めてのことだそうで、結構緊張してるらしい。
「叙任式であなたがすることはほぼ何もないわ。担当の王族、この場合はレクリュス様だけど、レクリュス様が全て取り仕切ると思うから、あなたは流れに身を任せていなさい」
「…はい」
「最後にこれをつけて…。…はい、終わりよ」
目元の視界が少し狭くなり、いつの日かのように仮面をつけられた。
「あなたの瞳のことは機密事項。今後は私たちの前以外でその瞳を見せることはほとんど叶わない。素のままの自分でいられるのは今日で最後よ」
「…」
「胸を張りなさい。あなたはレクリュス様の黒賊になるのだから」
キアラさんの言葉に顔を上げて、仮面越しにキアラさんの目を見つめ返す。
私の態度に満足したのか、薄く微笑んでキアラさんが優しく抱きしめてくれた。
何も言わずにただそっと抱きしめられて、硬くなっていた体から力が抜ける。
そっと体を離してから立ち上がったキアラさんは、キビキビとまた動き出し、叙任式までの数刻をせわしなく駆け回っていた。




