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夢見






そう、私はきっと…夢を見ている。











ドロドロとした沼のような、ほどよい温かい水の中に沈んでいるような…そんな感覚に身をまかせる。

ボーッとする頭で、ああきっとこれは夢なんだろうと虚ろに考えるけど、果てしない微睡みの中で私の意識が覚醒することはなかった。


延々と続く黒い空間の中、私は目を瞑っているのか、開いているのか、上か下かもわからないまま存在していた。

ただ果てしなく黒い世界が広がっていて、その中で私の存在がだけが嘘くさく、淡く光って主張している。


そんな体に力を入れようとも思えず、ただゆらゆらと揺れながら存在さえも疑わしい自分の体を弄んでいた。

もしかしらたここでは肉体という概念はないのかもしれない。そうやってしばらく身を任せていると、黒い世界の向こうから淡い光が漏れてきた。

それはそれは優しい温かい光で、この空間から何となく出たくなる。

きらきらと優しく包み込むような光りを宿したそれに、どこか既視感を覚えながら揺らぐ意識の中、触ろうとした。

そっと触れれば思った通り、優しく包み込んでくれるような感覚があって思わず擦り寄る。

その存在に触れながら、ただひたすら私は願っていた。


____何を?

それさえもよくわからないんだけど、私はただひたすらに願っていたのだ。


ずっと一緒にいたい…側にいたい…


そんな単純な事のような気がする。

安心や平穏、私が求めてやまない拠り所…。


しかし、優しい時間は長くは続かなくて、次の瞬間その存在は醜く歪み、内側から赤いナニカに食い破られるような形で壊れてしまった。

パンっと弾け飛んだ温もりはドロドロと赤い液体を撒き散らす。


優しい淡い光の内側から食い破って出てきたのは、真っ赤に染まった細い腕で…

それが次から次へと、淡い光の一体どこにそんな入れる場所があったのかと疑うほど、手の群れは止まらなかった。



(_____ッ!?)



ドロリとしたぬめるような赤い液体にまみれた腕々は迷わず側にいた私の首にのび、握りつぶさんとする勢いで絞めに掛かってきた。

その瞬間、胸を締め付けるような苦しい想いがシミのように心に広がって、私の思考を埋めていく。


憎い、辛い、悲しい、寂しい、怖い__________…


ついさっきまで優しい気持ちであったはずなのに、

幸せであったはずなのに、

その感情は先ほどの空間のような黒い澱みに飲み込まれていき、心は黒く塗りつぶされた。


必死に抵抗して、大切な優しい存在を壊された事が悔しくて首を絞める腕に爪を立てる。

すると案外簡単に外れ、咳き込んで膝をつく。

喘ぎながら視線を上げれば、腕のその先がいつの間にか現れている事に気がついた。



『なっ…ぇ…ッ!?』



夢の中で、はたして声が出ているかなんて分からないけど、声が出ていたのなら私はきっと、こう発していた。



(わ…た、し…??)



全身赤く染まってしまっているその存在は間違いなく”私”だった。

その腕の中にはもう一つの存在が抱えられている。



(うそ…そん、な…________

_________________レク、リュス…様_____)



どことなく甘ったるい匂いが充満し、抗えもせずその光景に釘付けになる。

赤くぬれた私の右腕に抱えられているレクリュス様はぐったりとしていて、投げ出されている四肢はぐにゃんと人形の手足のように生気がない。

いつの間にか周りの空間は黒から目が眩みそうになるほどの赤に変わっていて、赤い鏡面のような地に私はへたり込んだ。


そんな私を前に薄ら笑う赤い私は左手に血塗れたナイフを握っていて、ただじっとへたり込んでいる私を見つめていた。


あの優しい光の正体はレクリュス様だったのだ…

そのことに気づいてしまい苦痛が身体中を駆け巡る。



『なん、で…どうし…て』

『…』



喉がからからに乾いて掠れた声しか出なかった。

あまりの静寂に包まれたこの世界で、目の前の光景だけが私を捉えて蝕む。



『…っか、返して!!!!!!!!』

『?』



私は知らず知らずそう叫んで、目の前のもう一人の私に突進していた。

すくっと立ち上がりバシャバシャと地を蹴る。

鏡面のような赤い地面は、薄膜を張ったような液状だった。

連想させるものは死、そのものしかなくて足も心も絡めとられて中々進まない。ただ必死に前に進んで赤い自分を突き飛ばした。

あっけなく突き飛ばされた自分に構う事なく、レクリュス様を膝に抱え上げる。



『そんな、ウソ…だ。…レク、リュス…っ』



跪いた時についた赤い液体が私の手を汚して、レクリュス様の頬を撫でていたそこも赤くしてしまう…。

どんどん悲惨な状態になっていくレクリュスに、なす術など無く絶望した。

確かに重みが合って力が抜けきった、死んでしまった人の重さを感じる。しっかりと抱えているはずなのに、ずるずると膝から崩れ落ちて赤い地面に飲み込まれていきそうだ。



『どこですか、どこを…怪我して…』



どうしてこうなってしまったのか…

レクリュス様の体が真っ赤に染まりすぎてどこをどうしてしまっているのか見当もつかない。

頭が追いつかなくて、壊れたラジオのようにレクリュス様の名前をただ繰り返す。



なんで

どうして

いつ

そんな

うそだ

いや

おねがい

おきて

ねぇ



心臓を握りつぶされているような胸の痛みに上手く息をすることもままならない。

揺さぶったって、叩いたって、呼びかけたってぴくりとも動くことのないレクリュス様に目の前が真っ黒になっていく。どうして?という絶望にまみれた想いがじわじわと、どす黒い醜い感情に飲み込まれて変わっていった…。



だれが

いつ

どうして

ゆるさない

なぜ

ユルサナイ

こわす

みつける

ころしてやる

なにもかも



この空間が終わりを告げるように地面だけ赤かった場所が、上からも、横からも赤い液体をまき散らして染め上げていく。

いつの間にか視界も赤く染まって、異常な高揚感に支配された。

抱えていたはずのレクリュス様はずぶりずぶりと赤い地面に飲み込まれていって、ついにその姿を消してしまった。

ふと顔を上げると、突き飛ばしたはずの私が目の前に立っている。

一言も発しない私は黒髪に赤い目をしていた。

左手には先ほど見かけたナイフを握ったまま対面していて、気味悪く薄笑いを浮かべていた口がにぃっと更にに歪んだ。


もはやその私は人ではない。


醜さを全面に出した獣のような飢えた瞳で、この世のすべてを憎み、喰らい尽くすような本能さが、そのものだ。



『っ!?』

『フッ』



2mは空いていたはずの距離がいつの間にか詰められ、確かな衝撃を胸に感じ、喉の奥から熱い何かが競り上がってくる。

気づけば私と私の体は重なって、彼女わたしの左手がぐちゅりと胸元で動くのを感じた。

生暖かい悩ましい息づかいが耳から首筋にあたり、胸元が濡れていく感覚で刺されている事を知る。

何の慈悲もなく、獲物を的確に捕らえた彼女わたしは初めてその声を出した。



『喰らえ』



肩口に合ったはずの私の顔が眼前に迫りその口が私の口を掠める。

血のような真紅の瞳に吸い込まれるような感覚に陥った。

今にも唇が触れそうな距離で彼女わたしは言った。



なぶり、甚振いたぶり、すべてを喰い尽くしなさい』



その言葉は私の胸にすとんと落ちた。

もう意識も曖昧で目も開けていられない。

聖母のように微笑む真っ赤な私を視界に最後まで捉えながら自分も赤い地面に沈んでいく。

残されたのは確かな悪意と、どす黒い憎悪ナニカだけ。



足りない、たりない、タリナイ…



頭がその言葉で満ちて、枯渇した砂漠に水を求めるような渇望を覚えた。

薄れいく意識の中でもそのどうしようもない、本能のような欲望が警笛のようにがんがんと頭を殴る。

狂いそうになるほどの渇望は、テレビの電源が落ちるように、意識がなくなると同時にぷつんとあっけなく切れた。
























__________

______________

__________________

______________________



ふっと息をついて目を覚ます。

何だか良く分からないけど、とてつもなくぐったりとしていて倦怠感に苛まれた。


寝ていたはずなのになんでだろう?


首を傾げながら上体を起こし、部屋を見渡した。

ああ、机の上に飾られていた花がいつのまにか枯れている。

そして、カーテンの隙間からは細く、朝日が部屋を両断するようにのびていた。

それがたまたま自分のいるベッドの向こう側から、世界を仕切るようにのびていたから思わず眉をしかめてしまった。

まるで自分と向こうの世界、白亜達と隷属を仕分けているようで腹立たしい。

イライラしながら気持ち悪くピタリと汗で張り付いていた前髪をかきあげた。


きっと何かしらの夢を見ていたんだろうけど、どんな夢だったかは全く思い出せなかった。


こんなにも寝起きがだるいのはいつぶりだろうか…

思い出すのも億劫おっくうになるほどの遠い昔だったと思うけど、そう、たぶんこの世界に来たての頃の…


そう思考を回らせながらいつまでもベッドの上でだらだらしているわけにもいかないので、いそいそと床に足をつける。

そしてか細い朝日を伸ばしていたカーテンを思いっきり横に引いた。

寝起きには辛い強い光りが眼孔を満たし、思わず目をつむる。ゆっくりと目を慣らして瞳を開ければ7年前と変わらない、無名棟の中庭が見えた。

そう、あれから7年。

私は12歳になっていた。


いつのまにか時は流れるように過ぎ去って、あんなに抵抗を覚えていたはずの仕事コロシだってもはや当たり前のようにこなす日々。

私の存在は公にされておらず、正式な黒賊にはまだなれていない。

実は今日、叙任式がありそこで正式にレクリュス様の黒賊として発表されることになっていた。

レクリュス様とはもうずいぶんと会っていない。

久しぶりに会う主に高揚感と緊張感を覚える。

こちらに来てから2年経った頃、7歳になってから本格的に私の任務がはじまり、レクリュス様はレクリュス様で、レオニア様について公務への介入するようになったからだ。相手は王族、私は隷属、そうやすやすと会う事も許されない。

黒賊という地位を得るまでは、あくまでも隷属は隷属…

正式に謁見は愚か、相手の視界に入る事だって許されなかった。

だから恐らく…私はもう5年くらいレクリュス様、レオニア様とは会っていない計算になる。

もちろんフィーリさんやキアラさん、ダンさんからお二人の様子や状況は聞いていた。だから何ら思うところはないのだけど…それでもレクリュス様の、あの絶対的な安心感を幼いながらに覚えてしまった私は、どこか満たされない日々を送っていた。


だが、それも今日で終わりを告げる…

お昼頃から行われる叙任式を経て私は今日、レクリュス様の黒賊になる。

少し前にあった私の誕生日の時に、ダンさん達に再三確認をされた。

あの約束の期限を迎えて私の意思を…これからどう生きていくのか…黒賊に、本当のお意味で表舞台から消える覚悟はあるのか、と…。



『レイ…いいのか?本当に』

『愚問です。ダンさん…私は初めて人を手にかけた時、もう決めていました。』



もう後には引き返せません。

ダンさんの鋭い眼孔にも臆する事なく、私はじっと見つめ返した。

私はもう知っている。

彼の目は鋭いけれど、その奥に心配や恐れ、優しさが隠れていることを…

少ししわが増え、さらにすごみが増したダンさん。手合わせをしても私が勝てたことなど勿論一度もない…まぁ、ダンさんだけじゃない、フィーリさん、キアラさんにも勝てた試しなんてないんだけど…。



『レイは…変わらんな』

『?』

『いや、こちらの話だ。…分かった…もう何も言わん』



ダンさんの寝室で決意表明をして、私が何を言っても引く気がないのをしっかりと見届けるとダンさんは出ていった。

そこからめまぐるしく叙任式の日取りや内容が決められていった。

なんでも最終試験と言う形で、闘技場で上級魔獣と一戦交えないといけないらしい。

けど、たいした障害でもないので対策はその時になってから考える事にした。

感慨深く庭を眺めてからゆっくりと寝室の扉へ向かう。

きっともうダンさん、キアラさんは起きているだろう。変わる事のないあの談話室へ…、寝坊しがちのフィーリさんを起こすのは私の役目だ。いつからか本人たっての希望で任命された。なんでも唯一常識的に起こしてくれる存在らしいから、だそうだけど…どんな起こされ方したって寝坊するフィーリさんが悪い思う。

特に緊張する事もなく、いつものように談話室への扉を開いた。





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