不意ー3
なんて厄日なんだろう。
先日、警戒しなさいと再三キアラさんから忠告を受けていたジルヴィオ陛下となぜかバッタリ無名棟内で会ってしまい、そのままローランド城内にある彼の部屋まで連れてこられてしまった。
私は私なりに対抗したのだし、立派な拉致だと思う。そして確かにこの人横暴だ…人の話なんて全く聞かない。
キアラさんの言った通りだった。
挙げ句の果てには私をそのままヴィシュガルツまで持ち帰るとか言い出す始末で、どうやったら逃げられるか必死に足りない頭で考えていた。
そうして、ずっと帰して欲しいとお願いしても、無視され続けた私の幼い心はポッキリと折れてしまった。
最近じゃ制御しようとも思わなくなった涙腺が簡単に緩む。
無名棟から彼の部屋まで担がれてきたけど、その間に嗚咽が出てきてしまう始末だ。
私が泣いたことで流石に焦ったのか、悠々と歩くのをやめて少し小走りで先の道を急ぎ出したジルヴィオ様…
部屋に着くなりクレドと呼ばれた人に私を押し付けてあやすように命令していた。
突然の私の登場に最初は冷ややかな視線を寄越していたクレドこと、クレイバルドさんもあわあわと慣れた手つきで私を抱き上げ、背中をポンポンと叩いてくれる。
ああ、この人慣れているなぁという安心感があって思わず擦り寄ってしまった。
私が落ち着き始めると伺うように目線を合わせ、無言で大丈夫かと問いてくれた。
濃い青色の瞳は先ほどのような冷たさはなくて眼鏡の奥で心配そうにこちらを伺っている。落ち着いたことを頷いて教えるとそっと頭を撫でられて、ゆっくりと床に下ろしてくれた。瞳と同色の髪がさらりと流れて耳にかける仕草は色気を感じる。思わずまじまじと顔を見始めて、口元にホクロを発見しチャームポイントがあって覚えやすいと感動した。
そして壮大な計画に私の存在のことを語られ、己が選択について迫られた。
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「それはお前の意思がで決めた事なのか?」
「…意思。違う…私の役目、です。私が…どうこうではなくて、私が生きる条件…」
「その時点で自分が一人の人として選択をできていないと言う事にまだ、気づかないか?」
「_____。」
レクリュス様の黒賊になること、それは私がこの世界で生きていく上での最低限の条件だ。
そう思ってダンさんについてきて、ここローランド城で過ごさせてもらっている。右も左も分からない私を拾ってくれた。すぐには使えない5歳というこの年齢の私を…
ダンさんの小屋で途方に暮れていた私を、別にダンさんは拾うことなんてしなくても良かったはずで、それどころか邪魔だからっていって殺されててもおかしくはなかったと今になってわかる。
窮地に立たされていた私を拾ってくれたのは間違いなく彼で、そんな彼に恩返ししたくて本業を知ってもついていくことを決めた。
これは私の選択ではないのだろうか?
差し迫った状況にあったとはいえ…私は私の人生を選んだわけではなかったのだろうか?
この世界において黒は悪。
そんな中で最悪の条件を兼ね備えて、私はこちらに来てしまった。
郷に入れば郷に従え。
与えられた条件下で生きていくことを考えるのが今の私にとっても、あの時の私にとっても最善の策だったと思いたい。
けれど、ジルヴィオ陛下はそれではダメだと言う。
ではどうしたら良かったというのか…
あのまま引き下がってダンさんが最初に提示してくれたように、孤児院のようなところにお世話になればよかったのだろうか?
その後の生活がどん底に落ちていくと知りながら…
一番最初の選択が間違っていると言われた私は何だかよくわからない怒りのような悲しみのような、負の感情が入り混じった感覚になった。
「そんなの…知らない…」
「ぇ?」
小さく小さく呟いた言葉は辛うじてすぐそばにいたクレドさんには聞こえたのだろう。
小さく聞き返されたがそんなものに反応してあげられるほど今の私は大人ではなかった。
その代わりに止まったはずの涙がまたじわりと奥からせり上がってくるのを感じる。簡単な感情の高ぶりからきたものじゃない…本当に私は泣いている。
そんな勝手なこと言うならなんで、なんであの時あの場所にジルヴィオ陛下はいなかったの?
後からやってきた人に文句を言われる筋合いはない…
文句言うくらいなら来た時、私を最初に拾えばよかったんだ…
冷静さを失った頭は有り得ないことを考え始め、ぐるぐると感情が回った。
何だか胸が痛い…
(レクリュス様に…会いたい…)
無条件で私を受け入れてしかも、この世界をしっかりと学んだ後、成人後にまた選択肢をくれるという…
7年待たせ、更にその後の選択は私次第だと自由をくれたのだ。
ごく薄いプラチナブランドの髪がなびき、流れた涙を優しく拭ってくれた細い指を思い出す。
前の世界でも見なかったような、それはそれは神秘的な色合いで、ああ、確かに黒が嫌われてしまう理由もなるほど、そういうことか…とこの人を前にしたら納得してしまう。
それくらい衝撃的だった。
透けるような金髪と薄い藤色の瞳…
そんな色彩を持つ人の瞳に私の黒が映っている。あの人の側はとても居心地の良いものだけど、視界に入ることはとんでもない罪のようにも感じられた。
そんな不思議な感覚に陥りながら、私はこの人を命がけで守らなければならないと強い使命感に駆られ、抱き上げられた時この役目は誰にも渡さないと強く思ったのだ。
俯きながら改めて自分の思いを噛みしめ、早くこの場から逃れてダンさんやフィーリさんに会いたいと願った。
その時、ゾワリと毛を逆なでされるような感覚に全身が襲われた。
ミシッミシミシ…
入口の扉から不穏な音が聞こえる。
ゾワリとした感覚が一気に膨れ上がったかと思うと次の瞬間、扉が爆発しジルヴィオ様の部屋に煙が雪崩れ込んできた。
ツーっと一筋、ジルヴィオ様の頬に汗が伝うのを目にする。
驚いて入り口に目を向ければ、ふんわりと立ち上る煙の向こうから複数の人影が見えた。
「ッおいおい、皇帝の部屋にノックもなしとは…ずいぶんな事じゃねぇか?」
「自分の城の部屋へ王が訪ねるのにノックはいらないだろう?」
懐かしい声が聞こえた。
見慣れた人達の後ろからゆっくりとレオニア様が現れる。
いつか見た時と同じ品のいい刺繍が各所に施された服を着て、少し長めの髪をかきあげ部屋に入って来る姿は相変わらず神々しかった。
なびいた袖の銀糸がキラキラと輝いていて、それに見とれていると私の姿を目にしたレオニア様は一度驚いたように目を開き、私を安心させるためかすぐ笑顔になって力強く頷いてくれた。
「ジルヴィオ陛下…あまり勝手なことをなされますと私たちも目を瞑るのに限界がございますが?」
「よお、キアラ。久しいな」
各々お揃いのようで、と姿勢を正し、恭しく礼をしたジルヴィオ様はそれはそれは立派な一国の主に見えた。
「ジルヴィオ殿、その子は我々の庇護下に置いている者だ。今すぐこちらに戻して頂きたい。」
ダンさんが綺麗な所作でに床に膝をつきジルヴィオ陛下と対峙する。姿勢は低いけれど、その姿からは殺気ともとれるような冷たい空気が流れていた。
まず王族に向けていい視線や空気ではないのだが、ダンさんにとってはレオニア様以外皆変わらない。
すぐにでもダンさんの元に走り出したかったが、私の前にジルヴィオ陛下が仁王立ちしてるお陰でそれも叶わない。
ジルヴィオ陛下がダンさん、レオニア様達と対峙してるからか、乗り気でなかったクレドさんまでも向かい合う形で身構えている。
「レイはヴィシュガルツで引き取り、育てたほうが良い。ただでさえ腐りまくってるこの国で飼い殺せば、コイツも腐っちまうぞ?俺の元に来る方がレイの将来は拓ける。それはお前らが一番わかっていることだろう?」
「もしもこちらに渡して頂いた場合、責任持って身辺の保護、心的安定は保証しましょう。もちろん黒賊などというものにはせず、普通の子供、平民として生きていけるようにはからいます。」
仕方なしというようにジルヴィオ陛下の肩を持ちはじめたクレドさんに、余計なことを言わないでくれと思いながら見上げる。
目が合って申し訳なさそうに笑いかけてくれたが、あなたの主を止めて欲しい、一刻も早く切実に…
立ち上がることもできずに一触即発の状態を見守っているとまた懐かしい声が、扉の向こうから聴こえてきた。
「そのようなことは、あなた方が決めることではないでしょう?」
「っ!!!!」
バッと振り返れば軽い足取りで部屋に入ってくる藤色の瞳と目が合った。
レオニア様よりもさらに薄い色…
少しウェーブがかったふんわりとした髪を揺らして、
_______私の主人が入ってきた。
「やぁ、レイ…久しぶりだね?」
「レク、リュス…様…。」
合った目が逸らされる事はなく、初めて出会ったあの時の様に釘付けになった。
前世では決して見る事のなかった色彩が私の瞳を捉えて離さない。背後にダンさんをはじめとする黒賊達を従えて、レオニア様の更に前に出てクスリと笑った。
「__________」
「…。」
「っ!?おいっ!!」
レクリュス様の口が音を出さずに動く。
______おいで…。
そう囁くように小さく動かされた口を見て、今まで動かなかった体がウソのようにレクリュス様の元へと走り出した。
突然動き出した私に驚いたジルヴィオ陛下が静止する声をあげ、手を伸ばすも私の動きの方が少し早い。
勢いを殺す事なく両手を広げ、膝をついて待っているレクリュス様の懐へダイブした。まだ別れてから二週間あまりしか経っていないというのに、受け止めてくれたレクリュス様の腕にこれ以上ない安心感を覚える。
「ふられましたね。」
「…うるせぇ」
背後でジルヴィオ陛下の舌打ちが聞こえたかがそんなものは気にならない。
めいいっぱいにレクリュス様の首元にしがみつきギュウギュウと抱きつく。
私の心がここが居場所だと叫んでいた。
「うっわーーー陛下ふられてやんの〜。」
おなかを抱えて左頬に痣を作っているフィーリさんがゲラゲラと笑う。
そしてお帰りと言う言葉とともに優しく頭を撫でてくれた。
「フィーリさん…その顔は一体…」
「あーーーーレイが拉致られたのは俺の監督不届きだからねぇ〜…まぁ、反省ってやつよ」
「当然でしょ?むしろその程度で済んだ事を有り難く思う事ね」
左頬をさすりながらごめんなと続けて謝るフィーリさんにキアラさんがフンと鼻を鳴らして追い打ちをかける。
いつもの掛け合いに無事黒賊の皆の元に帰って来れたとホッと息をついた。
「ジルヴィオ殿…あまり私は貴殿、及びヴィシュガルツとの間に問題を抱えたくない。しかし、我が城内であまり目につくような事が過ぎれば…容赦はいたしません。二度目はないでしょう」
「…レイは貴公の国にいればいるほど壊れていきますよ?」
「っ」
自分の背後で不穏なやり取りが行われている。
レオニア様の聞いた事もないような低い声で告げると同時に、ダンさんがスッと身を構え、それに呼応するようにジルヴィオ陛下からもひやりとした空気が漂ってくる。
恐らくクレドさんの力だろう。
どういう原理かわからないけれど同じ隷属?でありながらクレドさんは立派な魔法を使いこなしていた。ジルヴィオ陛下に向けていた先ほどの氷柱を思い出し、それが今自分たちに向けられているのかと思うとカタカタと情けなく身が震えた。
そんな私の震えを抱えているレクリュス様は敏感に感じ取ったのか、優しく頭を撫でてくれる。
そして私を抱えたまま立ち上がるとジルヴィオ様へ向き合った。
「ジル、7年…レイには時間を与えています。レイが成人するまでのこの7年…生きていくための術を教え、その上でこの子にはその後の人生を歩ませようと考えています。だから、レイがそのときになって答えを出すまでは手出し無用で頂きたい。」
「なら、もしその7年後…そいつが俺の元に…ヴィシュガルツに来たいと言ったならば…?」
「レイがどんな答えを出そうと僕たちにはそれを止める権利はないよジル…。」
「…そうか…いいだろう。7年だ…、7年後また迎えにくる」
ジル…、とレクリュス様がジルヴィオ陛下に話した瞬間、ジルヴィオ陛下の持っていた鋭い雰囲気がふっと柔らかくなる。
それと同時にダンさんやフィーリさん、キアラさんの緊張も解け、張りつめていた空気が霧散した。
ジルヴィオ陛下に拉致られていたとき、レクリュス様のことをレクと愛称で呼んでいた事を思い出して、きっとこのお二方は普段、親密な間柄であるのだろうと察する。
柔らかくなった空気を読んで、背を向けていた体をジルヴィオ陛下の方へ向けると最初に会った時のように不適に笑っていた。
赤い吸い込まれるような瞳にゾクリと体がうずく不思議な感覚を覚え、身構えると鼻で笑われた。
レクリュス様とは正反対とも言えるような色彩を持つこの人はこの人で、言い知れぬカリスマ性が溢れている事を改めて思い知った。確かにジルヴィオ様なら隷属の王国を作り上げてその頂点に君臨するだけはあると思う。
しかしこの貫禄で齢14である。
7年後など想像するのも恐ろしい。
「騒がせて悪かったな…次からはもう少し大人しくしていてやるさ」
「ぜひともそうしてもらいたいものだ。あまり期待はしてないが…」
「おい、ダン。お前のことだって俺はヴィシュガルツに引き抜きたいんだ…そうつれないことを言うなよ」
ダンさんがため息をついてあきれたように首を振るが、そんな事もおかまい無しにジルヴィオ陛下は悪びれる様子もなく反論する。
君主らしいんだか、らしくないんだかよく分からな人だ…
「…それでは、邪魔をしましたね。部屋は新しく既に用意させてあります。そこに控えているメイドに案内させますので」
「あぁ、悪いな…それじゃぁなレイ。俺はあと数日この国に留まる予定だ。気が変わったらいつでも来い」
「…どうも」
いつのまにかレオニア様の側にはいつもの通り、タンザさんが控えていて、凛とした姿でジルヴィオ陛下を先導していった。
気が変わる事なんてないと思うけど…一応皇帝に話しかけられたのだから応えない訳にもいかず、無愛想な返事になってしまった。
クレドさんが去り際に、申し訳なさそうに深くお辞儀し、先を行ったジルヴィオ陛下の後についていった…。
部屋には静寂が戻り、ふうと大きく息をついた。
朝から疲れた。
コテンとレクリュス様の肩口におでこをつけて、ぐったりと体から力が抜ける。
本当…なんて厄日なんだ…。
深く息をついてどうダンさん達にどう謝ろうか、必至に考えてその日は終わった。




