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不意ー1


「うっ…眩しぃ…」



暗いところから突然明るい所に出たせいか、目が慣れるまでに少し時間がかかった。

徐々に視界がひらけてきて目が慣れてきたころ、談話室のソファーに腰掛け書類とにらめっこしているダンさんを見つけた。

私が部屋に入ってきたことに気づいて、書類から顔を上げる。今日はいつもと違って髪を後ろで小さくまとめていた。

ダンさんの髪はさらさらしていて、ほんの少しまとめられたとしてもすぐに後れ毛が髪紐から落ちてきている。そのうちするりと紐はほどけてしまうだろう。男性なのに髪質が良くてうらやましい…。



「レイ…さっきフィーリが慌てて出て行ったが…何してるんだ?」

「かくれんぼです」

「かくれんぼ…?。…ああ、そういうことか…フィーリにしては考えたな」



私から視線を外し、顎に手を当てて小さく笑ったダンさんはこのかくれんぼの意味を正しく理解したらしい。

流石だ…



「で?レイはどこを探すつもりだ??」

「ん…外でしょうか?」

「なぜだ?」

「なぜって…」



このかくれんぼの目的は緊急時に備えての行動力と判断力を身につけることだ。

現時点で敵が来た時、今の私が一番に考えることはまず【逃げる】こと。けれど、この無名棟は広いとはいえ一棟しかないわけで、そうなってくると逃げ回れる時間もスペースも限られてくる。

特に私の場合はまだ戦闘のせの字も知らない5歳児で、敵襲なんてあった日には十中八九「死ぬ」しかないだろう。

そんな私が今考えなきゃいけないことは「生き延びること」だ。まずは生き延びてダンさん、またはフィーリさんキアラさんと合流すること…。

そのためには「逃げる」ことが最優先。


この無名棟はローランド城にあるどの棟からも隔離された、いわば離れ小島のようになっている。そして、その周りは見通しが悪くなるように背の高い木々で覆われているから、小さな森状態だ。

そこにさえ逃げ込めれば、私の黒い髪の毛や服装なんかは簡単に紛れ込むことができるだろう。

だから無名棟の外に繋がっている中庭を目指すのが一番優先すべきことと考えたんだけど…



「外に…近いから…」

「外に出てその後は?」

「ダンさんとフィーリさん、キアラさんに合流したい…です」

「…まぁ、今はそれが限界か…。判断は間違ってない。」

「??はい。」

「時間制限があるんじゃないのか?早く探してこい」

「!!はいッ…行ってきます!」



ダンさんの意味深な返答に気を取られていたけれどそうだよ!!!

ご褒美が掛かっているんだった!

それを思い出した私は一気に体を中庭の方向にむけて駆け出した。

転ぶなよ?というダンさんの声掛けに軽く手を上げて答えてから、軽快に外を目指す。

地上階に上がったところにある談話室から、中庭に出るには繋がっている廊下をしばらく進んで、無名棟の玄関ホール?に出てから裏口の扉を開ければすぐだ。

あたりの部屋の様子にも気を配りながら、玄関ホールを抜けて中庭へ…

表玄関の扉よりも幾分簡素な作りの扉を両手でめい一杯開けてから、暖かい日差しが降り注ぐ中庭に出た。


生温い風と共に緑の香りが鼻腔をくすぐる。

優しく私の体を吹き抜けていった風に少し目を閉じて、中庭一帯を見渡した。

切りそろえられた芝生に所々に咲いている野花。

自生している野花は背丈がそこそこに全部高くて成人男性一人くらいなら、いくらでも隠れることができそうな感じだ。



(もし私が隠れるなら…)



そんなことを考えながら芝生の上を歩き出す。

たった10分じゃ絶対フィーリさんは見つからないだろうな…

思った以上に中庭に探さなきゃいけないところがあることに気づいてしまった私はげんなりして、予想を誤ったことを恨んだ。



「フィーリ、さん…どこ…」



とりあえず端から攻めることにして、中庭の隅から背丈の高い草をかき分けていく。

時折大きな木もあったりするから慎重にいかないと見落としかねない。

見たことのないような花や草で目を楽しませながら、無名棟の塀に沿って進んで行った。



(これだけ草木が周りに生い茂っているなら外にさえ出れればいくらでも隠れることできそう…)



きっと私くらいの大きさならしゃがんでしまえば早々見つかることはないだろう。最初はかくれんぼなんてと思っていたけれど、いざやってみると意外にも楽しくてお散歩感覚で中庭を練り歩いた。

無名棟の広さと制限時間10分という短さを天秤にかけて、フィーリさんを見つけることは早々に諦めている。

中庭の奥へ奥へと進んでいき、野草の密度と木の多さを感じたところを両手で掻き分けた。



「…あ?」

「え??」



その時。

私は会ってしまった。

知らない…「黒い人」に______。



「銀の目…」

「…?」



誰だこの人…。

目があったその人は真っ赤な瞳で私と同じ黒髪だった。

いや、ほんの少しこの人の方が青みがかった黒…かもしれない。



「ふーん、…お前かレクのお気に入りって」

「え?」



1人勝手に納得してうんうんと頷いていたその人は突然立ち上がり私の手を掴んだ。



「行くぞ」

「え?…!?」



次の瞬間、立ち上がった青年といえる年頃の男の人は無名棟の塀に向かって一直線に歩き出した。

ススキのような草木を越え、ようやくグイグイと私の手を引いているこの男の人?の全貌を拝むことができる。


さらりとなびく黒髪は少し癖があるのか外に跳ね、長めの襟足も首筋に沿ってからきれいにカーブを描き跳ねていた。

ラフっぽい無造作な髪型は何となく前の世界の面影を見ているようで懐かしさを感じる。

カジュアルな服装も質は良さそうなもので薄手のシャツにベスト、黒いスラックスに革靴。開かれた胸元には鮮やかな赤色の宝石が煌めき、その青年の瞳を連想させた。

動きの一つ一つは大きく見えるが気品を漂わせていて、ただ者ではないことだけがパニック状態の私に唯一わかることだった。



「いや、あの…誰?っていうか、私フィーリさん探してて…えと、無名棟ここから出ちゃいけなくて…」

「黙れ」

「…」



すごい威圧感と共に重い声が落とされる。

不機嫌なのかしらないけれど、子供にその威圧はひどくないか。

それに足のコンパスが違い過ぎて半分浮いているような感じで引っ張られているせいで、手首が痛い。無駄かもしれないけれど抵抗してみるが、私なんぞの抵抗等もはや気付かれもしなかった。

というか…、本当に私ここから出ちゃいけないんだけど…。

ご褒美が…。

フィーリさんが…。

隠れ続けているフィーリさんを思い、足を組んでいたダンさんを思い出し、_____。


どこに連れていかれるかもわからない、自分の今後が恐ろしい。

とにかく前を向いて歩き続ける男の人にまともに逆らえるはずもなく、どうやって逃げたらいいかということだけ考えていた。



「登れ」

「え?」



やっと歩くのを止めたかと思えば目の前には塀。

いや、塀だよ?これ。


目の前にそびえ立つはこの無名棟を囲う塀の一角で、その高さは優に5mを越える。

これを5歳児に登れと?

いや、何を言っているんだこの人は。



「む、無理ですよ?」

「は?お前の魔力ならこの程度いけるだろ?」

「何考えてるんですか?例え私に魔力があったとしても私はできませんよ!?」

「チッ…」

「ふぁっ!?」



少し考えるような時間があってから次の瞬間、米俵を担ぐが如く肩に持ち上げられ、

______飛んだ。

私の頭が着いていかないけど…一気にこの人は5mほどの高さまで飛び上がったのだ。

あまり心地よくない浮遊感に叫び声をあげそうになる。



「ッ!?!?!?」

「…叫ばなかったことだけは褒めてやる」



上機嫌な声が上から聞こえ、担ぎ直される。

一瞬で塀を越えその人は地上に立っていたけど嫌な浮遊感が私の体から抜けていかない。



「…あの、帰してください。」

「無理な相談だな。」


担がれながらも抗議の声を上げてみるが全く効果なし。ピシャリと発言もさせてもらえないような拒絶に頭を抱えてしまう。

どうしたらいいものかと悩んでいるとズキリと右手首に痛みが走った。

よくよく見てみると赤く腫れあがっていて、そういえばさっき思いっきり引っ張られながら歩いて全体重が右手に集中していたことを思い出した。

どうやらあの時にやってしまったらしい。

なんか痛いし熱いしで全く何なんだこの人は…。とイライラしてきてしまった。



「あの、本当に私…怒られちゃうので…」

「そんなことは知らん」



じわじわと怒りが湧き上がってくるのを感じながら、

それでも下手に出て抗議をしても虚しく、私の意見も無視してズンズンと歩みを進めるこの人。

名前も知らないからなんて呼んだらいいかも謎だ。

だけどこの人が選ぶ道は人通りが全くなくて無名棟から出たというのに白亜の人はおろか、そもそも人とすれ違うことさえなかった。

そのことにドンドン恐怖を煽られていく。

このまま私は一体どこへ連れていかれてしまうのだろうか?

というか、この人も紺色に近い黒髪だから、黒賊、あるいは隷属にあたるはず。

このローランド城の中心部にいること自体が違和感だ。

無名棟の正面玄関から出ていかないあたり不法侵入に近いものだと思うけど、侵入者がいて気づかないような甘い警備をここローランド城がしてないことはもうすでに分かっている。

それか私が知らないだけでこの人も誰かの黒賊…なのだろうか?

ローランド城が騒がしくなっていないあたり、今日も何も問題がない1日で侵入者の報告はない。

だってもし、侵入者なんていたらダンさんが優雅に談話室に腰掛けているわけがないのだから。



「どちらに行くおつもりですか?」

「俺の部屋だ。」

「俺の部屋って…そもそもどちら様ですか?」

「そのうちわかる」



必要最低限のこと以外喋らないタイプだ…。

話にならない。

私が制限時間になっても探し出していないことやそもそも、気配がなくなった時点でフィーリさんが大騒ぎしてダンさんも血相を変えて怒りそうだ。

せめてもの抵抗をと思い目をギュッとつむってこの瞳だけは外部に漏れないようにした。

目瞑ったらどこに連れていかれるかわからなくなるけど、この黒髪で目が銀色っていうのが不特定多数にバレることの方が問題だ。

だからダンさんは私を無名棟に隔離してたわけなんだし…。



「へぇ、頭は悪くないらしいな…」

「??」



頭上から青年の声が聞こえてくるけどそんなことはどうでもいい。

一刻も早く、俵担ぎにされているこの状況が終わることを願っていた。

ガサガサと外を歩いていた雰囲気からカツカツと石か何かを踏みしめる音に変わる。

聞こえていた外の鳥たちの声もいつのまにか消えていて屋外から屋内へ移動したことが何となくわかった。



「一度降ろすぞ」

「!!」



肩に担がれていた状態からお腹に手を回されてゆっくりと地面に足がつけられる。

周りに人がいる感じはしないけどここは無名棟の外だから、いつどこで誰に見られているかわからない状況だ。

だから目を開けることはできなかった。

しかし癖で目が見えていなくても、左右に頭を振って状況を確認しようとしてしまう。

ヒリヒリと痛む右手首をなんとなく抑えて自分の目の前に立っているであろう青年を見上げた。ここでダッシュしたらワンチャン逃げられるのではなかろうか??



「…ここからはこれを被っておけ。」

「そんなことはいいので返して下さい。」

「聞かない奴だな…」

(あなたがね!、!)



パサッと頭上に何か掛けられてモゾモゾと顔が出せるところを探る。

薄手のシャツっぽいものを掛けられたみたいだけどこの人、ベストとシャツ以外に着てなかった…よね???

ということは今…上半身…はだk…

そこまできて私はそっと考えることをやめて、自分は5歳児だから犯罪ではないとひたすらに言い聞かせていた。



(ダンさん、フィーリさん…ありえないけどキアラさん…)



そう、今日からは中央棟にキアラさんは出勤でレクリュス様の護衛についているので、ここに来るのはまずありえないのだが、あの頼れるキアラさんのことを思い出して心細くなる。



「ぅっ…帰してって…言ってる…っ…」

「っ!?」



じんわりと目元がまた熱くなり始めてあー、これは涙が出るなぁと人ごとに考えていた。

ことごとく、どんどん幼児化が進む自分に最近じゃあまり驚かなくもなったけれど。

未だに目元に集まる熱には慣れることはない。



「と、とにかくこっちだ!!!」

「うぅッ…ぅぇッ…」



えづき始めた私に焦り出したのか、ひょいと抱き上げられてさっきよりも速いスピードで歩いている?走っていることが振動で伝わってくる。

さりげなく背中に回された手はポンポンとあやすように当てられていて、まともな子供の扱いも出来るではないかと少し、ほんの少し見直した。

これで素直に帰してくれたら最高なんだけど…

拉致容疑者はとにかくズンズンと前に進んでいってしまいここがどこなのか、教えることもない。


クレドに任せればどうにかなるか…


と新しい名前?を呟きながら右に左にと廊下を突き進んでいった。







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