教育ー3
「ということでーー!!!ハイッ今日からはこの俺、フィーリが担当しますッ」
「よろしくお願いします」
国の歴史を学んでからしばらくキアラさんの座学の時間がずっと続き、一通りこの世界で生きていくのに必要な基礎知識はみっちり身につけた。
おさらいとして白亜と隷属の関係。
魔法及び魔力の定義(隷属は濃色であるほど保有魔力が少ないとか…)
などなど。
そして今日からついに実技の時間が始まることとなる。
ちなみにこの世界に来てから今日で早2週間は過ぎているところ。
そしてあの謁見の日からレオニア様、レクリュス様共にお会いしていない。
「どう??ここの生活には慣れてきたか?」
「そう、ですね…慣れた、と言いたいところなんですが、この棟から外に出ていないので棟内部と棟に出入りする方々には慣れたって感じです。」
「あー、ね??まあ、レイのことはホント俺達とレオニア様の側近中の側近しか知らないし、教えちゃいけないから…レイにとっては軽く軟禁状態だよなぁ…」
ごめんな?
と苦笑いをして本当に済まなそうに謝って来るフィーリさんに私はかぶりを振って答える。
むしろ外の世界に出ないことで私は安心していた。
だって外の世界は怖い。
人を人とも見ないような視線ばかりが溢れていて、皆が皆私の敵のような外の世界。
それに比べてここ無名棟は外部とは隔離されていて、基本的にキアラさん、フィーリさん、ダンさん以外とは会うことがない。
無名棟にはレオニア様は勿論のこと、レオニア様の側近、ヘリオさんやメイドのタンザ?さんだって遠慮しているのかあまりやってこないのだ。
レクリュス様だって勿論、ここに訪れることはない。レクリュス様とたまに会うらしいダンさんによると私に会いたがってくれているようで、何だか恥ずかしかった。
しかしレクリュス様は王子様だし、黒賊候補とはいえ隷属に頻回に会えるはずもなく、王子様としての公務を日々こなしていらっしゃるそうだ。
人からも外界からも物理的に隔離されてはいるけれど、窓はあるし、他の棟から隔離されているだけで別にこの棟だって十分広い。
どこもかしこも冒険したがるような年でもないと思うし、むしろ私は部屋に篭って本や書籍を読んでいる方が性に合っていた。何しろここの知識ゼロなのだからまずは「常識」を知らなければ立ち居振る舞いだってままならない。
だから私は今の生活が気に入っていた。
「むしろこれくらいの閉塞感があった方が個人的に落ち着きます。たくさん本読めるし…」
「…ねえ、ホントにお前、5歳児なの?」
「5歳です。」
「そんな5歳児…いやだ…。」
まあ、5歳にしては確かに落ち着き過ぎているかもしれないけど。
でもこの精神年齢で外に出たいと泣き喚いたり、ままごとしたいなんて口が裂けても言えない。
というかやりたくないし、興味がないのだから仕方ない。
可愛げねーなーと残念そうにつぶやくフィーリさんを無視してキアラさんとの時、使っていた椅子にポスンと腰を下ろす。
そんな私を見て伏し目がちに見てフィーリさんは呟いた。
「はあ…。準備万端…て感じね。」
「…緊張はそこそこ、していますよ?」
そうなのだ。
実技っていうことはつまり、「人を殺める方法を学ぶ」ということなのだから。
さっきから手先がヒヤリとしていて血の気が通ってないように感じる。
「いいんだな?本当に…」
「今、それを聞きますか?…」
「…っ。わかった」
フィーリさんは何か言いかけたように一度口を開いたが、そこから音が発されることはなく、その後重々しく一言了承の意を伝えてくれた。
私だってこんな技術、学ばずに済むのならやりたくない。
無駄な殺生は避けるべきだと思うし、何ならそんな技術、身につけなくて済むなら身につけたくないのが本音だ。
だけどこの世界で私が「黒」である限り私はここの人達の「敵」として見られてしまう。何もしてなくても息するだけで罪として咎められてしまうのならば、私も自衛の手段は持たなければならないはずだ。
自分の命と他人の命
どちらが大切かと問われれば綺麗事などかなぐり捨てて、私は自分の命とはっきりと答えられる。
幸か不幸か私はダンさんと出会い、拾ってもらえてここまで来た。
なら私はダンさんを裏切ることをしてはいけないし、そしてレクリュス様を守れるだけの力を付けなければいけない。
「じゃあ、そうだな。まずキアラに最初に言われたかもしれねーけど呼吸と気配から。呼吸は浅過ぎもせず、深過ぎもせず、常に一定のリズムを持ってすること。口呼吸の音って結構静かな場所だったりすると響くから鼻呼吸が基本な。最初の方とか難しいと思うから、普段の生活からやってると癖がつい自然にできるようになるぞ。」
「はい。」
スッと目が細まったフィーリさんが私の前にかがみ呼吸から丁寧に教えてくれる。
呼吸が一定になると自然と気配も薄まるんだそうだ。
「でもレイは元々の気配が全然ないっていうか薄い?から逆にあんまり意識しない方がいいかもな。」
「似たようなことをキアラさんにも言われました。気配があんまりないって…」
「だろうなー。なんて言うんだこればっかりは個人差があるんだけど、それにしたってお前は薄いよ。」
あまり喜べないかもしれないけど黒賊としては天性だな。
と言われ頭を撫でられる。
一撫でだけしたその手はダンさんとはまた違う感じにゴツゴツしてて時折マメのようなものが掠めた。お兄ちゃん、のような手だ。
「隊長からも聞いたけどさ、あの隊長が初めてレイに会った時部屋に入ってすぐにレイの姿を見つけきれなかった時点で相当すごいんだぞ?」
「でも、私寝てただけなんですけど、」
「それは置いとけ」
軽く流されてムッとしたけど破顔しているフィーリさんを前に何も言う気にならなかった。
「だから基礎中の基礎、気配は最初からレイはクリアしてるようなもんなんだよ。だから今日やるのはその応用編、題して〜〜〜っ!!!【フィーリさんと仲良しかくれんぼ】だぁあ!」
「は?…かく、れんぼ?」
「そう!かくれんぼ!!」
え?知ってるよな?
と確認されてぎこちなく頷く。
かくれんぼって私が知るあのかくれんぼで合ってるのだろうか??
「あーーー、なんでかくれんぼするかわかってねーな????」
「え…遊び?のかくれんぼ…ですよね?」
「そうだぞ〜。かくれんぼが一番実戦に近いからな…見つからないように隠れて気配を消す。遊びだけど隠れる側と探す側がいる。こいつを実践に置き換えると追う側と追われる側になって何かあった時に落ち着いて対処できるだろ?」
「なるほど…」
つまり何かあった時、または緊急時の練習兼リハーサル…ということになるんだろう。
「特にこの無名棟は黒賊の俺たちが使い込んでるだけあって隠れ場所はたんまりあるぞ?隠し通路に隠し部屋、隠し扉に抜け道。
ここ白い巨人と呼ばれるローランド城だって戦場にならない保障はない、特にここ最近はトニアがきな臭い動きしてるからな。だからレイにもせめてこの無名棟の中くらい熟知してて欲しいんだよ。」
「なるほど…わかりました。頑張ります!」
「じゃあまず最初に俺から隠れるな?制限時間は10分くらいでいいか…。見つけられたらご褒美やるぞ〜」
「!!」
ご褒美!!
今ご褒美と言ったぞフィーリさんは!!
私の耳が心地いい音を聞きつけて背筋がピンと伸びる。
ご褒美と聞いて心踊らないわけがない。何をくれるんだろう…お金かな?ご馳走かな?
頭に浮かんでは消える私の欲望たちを前に俄然やる気を出してしまった。。
「な、なんかレイ…目が据わってない?」
「当然です。」
「そ、そうか!!やる気があるのはいいことだよな!!!そうだよな!?!?!?じゃ、じゃあ俺隠れるからその間この部屋から出るんじゃねーぞ!!!!1分したら探し始めていいからーーっ!!」
慌てたようにフィーリさんはこの地下の部屋を勢いよく出て行き、パタンと扉が閉まった。
範囲はこの無名棟敷地内全域。
中庭だって含まれる…これは中々一筋縄ではいかなそうだ。当たりをつけて的確に探していかないと10分たらずじゃ絶対にフィーリさんを見つけることはできない。
全てはご褒美のため…
欲には忠実にいこうではないか。
カチカチと時計の音か響いているこの部屋で静かにその時を待つ。
時間軸も前の世界と全く変わらないことに最初気づいた時も嬉しくてずっと時計の前に座っていた。
秒針を見つめ、じっとその時を待つ。
12という数字を過ぎたのを見届けて私はゆっくりと立ち上がった。
「さて、どうしよう…。」
子供らしくこの遊戯を楽しんでいる自信がある。
狙うはフィーリさん。
ご褒美という言葉に釣られた子供の本気を舐めちゃいけない。
体が子供になってから、気分の浮き沈みが時折激しい時があるけど。今は最高潮に上がっている時だと思う。
フィーリさんのことだ。気配丸出しなんてことはしないだろうし…だからといってノーヒントで見つけ出させようともしないと思うんだけど。
だって気配なんて読めないし、探れないんだから…
何かしらの痕跡をどこかに残してくれていると信じてとりあえず部屋から出てみた。
ヘンゼルとグレーテルのパンのカケラを探していくように足元や壁を注意深く観察しながら歩く。
ここ、地下の部屋は一番奥にあって廊下を挟むようにずっと他の部屋が続いている。部屋というか鉄格子がついてるから牢獄といったほうが正しいのかもしれないけど…。
ピチョン、ピチョン________…
とどこからか水が落ちる音が石造りの廊下に響いて湿った空気にぼんやりとランプが輝いて如何にもな雰囲気を醸し出す。
過去にここで何があったかなんて考えるまでもなく廊下の古いシミやサビをなるべく目に入れないようにした。
だってなんだか赤黒いんだもの…。
「流石にこの階には何もないかな…」
牢獄の前を通って自分なりに感覚を研ぎ澄ませてみるけど何にも感じられない。
なんていうか、本当に何も感じられないのだ。
こればっかりは感覚の話で直感的にここにはいないと告げているような気がした。
「上、かな…」
歩いてきた廊下を振り返り石階段を登って地上階にいく。
木製の扉の小窓から上の光が差し込んでいて湿った牢獄の入り口をサラサラと照らしていた。
ここに入れられてきた人達はきっとあの光だけを頼りにしていたんだろう。
暗闇の中で差し込む光の美しさは例えようもない。たとえ牢獄の中だとしても私と感じていることは同じだろう。
中々深く考えることのなかった地下を見下ろして、静かに扉の向こう側へすり抜けた。
さて次は中庭に行こう。




