教育ー2
あれから2日が経ち、黒賊になるための訓練が早速始まろうとしていた。
今日は皆が団欒していたあの部屋(談話室)を出て別の部屋、この無名棟の地下部分の広い一室でキアラとレイは二人っきりで向き合っていた。
今日はフィーリがレクリュスの護衛に着き、任を果たしているらしい。
レクリュスとはしばらく会えなくなるそうだが、そのことにレイはなんとなくホッとしていた。
苦手とか、嫌いとか…そういうのではなく、単にレクリュスが綺麗すぎて近づくことが許されない気がするのだ。
そう、レイにとって彼は眩しすぎた。
(少しでも今より強くならないと……)
レクリュスとまだ会ったり話したりするのは難しいが、会えないは会えないで少し寂しさもも感じる。
矛盾が生じている心持ちを持て余しながらぼんやりと考えごとにふけっていた。
「そうね…最初はは気配を消すことかしら…元々あなたは気配が濃い訳ではないからすぐにやれるようになると思うけれど…」
「んー…。…ん?気配を、消す…?」
そう言われましても…
ぼーっとしているところに常人ではまずできないであろうことを、さも当たり前のように言われて更に脳内がバグる。
今まで生きてきて気配を消すなんてことはしたことがない。
いや、大抵の人がそんなことを意識して生きてきたことなどないだろう。そもそも気配を消すということの概念がレイにはわからなかった。
うんうん考え込んでいるのを見かねて、キアラはレイにこんなたとえ話をする。
「普段の生活から何となく、よ。」
例えば道を歩く時、歩く人々の影に隠れて歩いてみたり、人の死角を意識して動いてみたり…。
つまり目的の人物に対して自分の存在がバレなければいいらしい。
けど、大衆に紛れながら”目立たない”というのは私達には難しいから黒賊にとって気配消すというのは【標的に認識されなければいい】というのだ。
「…な、なるほど??」
自分に置き換えて想像してみた結果、『相手に見つからなければいい』それだけならできるかもしれない。自分にも少なからず習得できることがあるかもしれないという淡い希望を持てたレイは、次から人前に出る時意識して実践してみることを決意した。
けれど、今のところそんな機会は中々訪れそうにもないので、とりあえず気配の話は頭に隅に留めておくとする。
「あなたの場合まだ体が幼すぎて基礎体力や精神力、筋力が無いから…って言ってもわかりにくいかしら…。んーー、そうね、…難しいことはもう少し大人になってからまた伝えるわ。」
レイは頷くことで返事をし、キアラに即されるまま備え付けの椅子に腰かけた。
ここでもレイ専用の座高を高めるクッションが引いてある。
未だに屈辱的だけど、我慢してその上に大人しく座った。
そんなレイの心情など露知らず、キアラはパキパキと説明を始める。
「まずは常識的な知識から…記憶がないって隊長から伺っているから一から教えていくけど。まずはどれから知りたい?」
「…あー、えっと、、、こ、この国の歴史…とか」
そう答えたとたん、上からドサドサドサッと降ってきたのは本という本だ。
歴史、言語、戦略、魔法、外交、基礎学問、、、
あげたらきりがなさそうな少なくとも10冊以上はある本が目の前に落とされる。しかも全部10cm弱はありそうなくらい分厚い本。
この中でやりやすそうなものは、と視線を巡らせた時レイの目に入ったのは歴史書でダンさんと出会った小屋で何となく取っ掛かりがあっただけに入りやすそうだと手に取る。
「そう、じゃあこの国のこと、それから近隣諸国のことから話しましょう。」
「よろしくお願いします。」
「この国の名前はアルベール王国。現国王レオニア=ロンドウェル=レソロア=アルベール様が治る、建国から約500年ほど経つ大国よ。この辺りの国の中で1番、国力も面積も大きい国。この国の真上、北に位置するのがトニア、東の方から南にかけてにあるのがヴィシュガルツ、西の小国がリッツロール。私達の国、アルベールはこの三国の中心で主に魔法と交易で栄えてきたの。」
大まかな地図を広げながらキアラは丁寧に説明して行く。
ふむふむとレイももらった紙にメモを取りながら、頭の中で国同士の関係性を整理していった。その時キアラの視線がレイの手元に止まり、じっとその動きを見つめる。
「レイは不思議な文字を書くのね…その字、読めない。」
「っぅえ!?…あ、これは…えっと、、、その…」
そうだ。
ここで日本語はまず通じない。
なぜか言葉は最初からこちらの言語が話せたけど文字だけは私は日本語のままになってしまうのだ。
どう説明したらいいかわからず、思わず口ごもってしまう。
「?別に責めたりしているわけではないわ。むしろ読めない文字が使えるということは、それは機密がバレる可能性が少ないということよ。誇りなさい。
ついでだから他の人にも見せて調べてもらうのも手ね。誰が読めて、誰が読めないのかはっきりとさせた方が貴方のためだわ。それは別の日に隊長にでも頼んでみて。」
さらりと日本語への自己解釈をしてくれたキアラさんはさすがとしか言いようがない。
何も問い詰められることもなく、レイはぽかんとしてしまう。
キアラさんは思った以上に淡白で論理的な人なのかもしれない…。
「話を続けるわよ」と、それはそれ、これはこれと話を切り替えたキアラに合わせてレイもまた、頭を切り替える。
「トニアとは最近、小競り合いが絶えなくて国境付近の砦では厳重な警戒が敷いているの。隊長もつい3日前まではそこに任務で派遣されていたし。その帰りにあなたを拾ったみたいだけど…。」
「なるほど、会った時何となく空気が殺伐としていたのはそのせいだったんですね…」
初めてレイがダンに会った時、かけてもらった外套の血糊の正体を何となく察してしまってレイは視線を遠くにやる。
(魔物か何かの血であればいいと思っていたけど、あれは人、だったのかな…)
遠くに飛ばしかけているレイの意識を戻すようにキアラが机上の地図をコツコツと指で叩く。
「そのトニアはアルベールほど歴史のある国ではないけれど、独自の魔法文化を発展させた国ね…。
北国というだけあって水や氷等の 結晶魔術に長けていて、氷菓が特産品。動物の毛皮や質の高い魔具もこの国の特徴よ。そして白亜と隷属の割合は大体6:4くらいかしら?
トニアの若者は貴重な労働力と見なされているから、少し弊害はあるけど隷属も充分生きていける。それなりに隷属にとって生きやすい国だと思うわ。ただ自然資源が少ないからヴィシュガルツや農耕の盛んなリッツロールに食料品の輸入をして国民の飢えを防いでいるの」
「なるほど(イメージ的にはロシアとか北欧のイメージを持っておけばいいのかな?)」
自分なりの国のイメージを持って覚えやすいように横付けで名前を書いていく。
(水や氷か…)
鋭利に尖った氷柱が思い浮かび、その魔法はきっとキラキラしてて綺麗なものが多いんだろうと想像を膨らませた。
(雪だるまつくろー…なんて、ね)
某海外の映画アニメを思い出して、一人でそのトニアという国を勝手に作り上げて内心クスクスと笑ってしまう。
「?どうかした?」
「!!いえ、…何でもないです。」
「そう?…何か疑問に思ったらすぐに言いなさい。答えられることなら答えるわ。
話を戻すけど、トニアは今内政がとても不安定なの。現国王は病に伏せり、国としての地盤が崩れつつある。そのせいでトニア国内の有力貴族が勝手に兵を挙げて最近はよくアルベール、その他近隣諸国にちょっかいを出しているわね。そのせいでしばらく私たちには休暇がないの。」
「…ということは国境のいざこざはトニアの王様の意志ではない、ということですか?」
「その通りよ。むしろレオニア様はトニアの現国王とそこそこ交流があったみたいだから、内政の安定を手助けしているようね。けれど、最早今は引きどころを見極めている状態かしら。
次、誰が後を継ぐがでアルベールがどう動くかも変わる。順当に王位を継いでもらうのが一番いいんだけど…まあ、これ以上詳しいことはまた後日改めて…複雑なのよ。_____次の国は、そうね…リッツロールのことでも話しましょうか」
「はい…」
どの国にもいざこざの1つや2つはあるだろう。
けれど、そこに兵や国民とか多くの人の命がこうも身近に関わっているのだとわかると、やっぱり前の世界との生きにくさを覚えた。
それから、トニアに関しては1日で教え切れないほど複雑な内政事情、外交事情が絡んでいるらしく一旦切り上げとし、そこから西方のリッツロールという国について教わる。
この国は比較的新しい国で元々南方のヴィシュガルツから独立した国と教わった。
というのもヴィシュガルツは現在、隷属が国を治めている…ということになっている?そうで…。
いささか信じられないけれど、前国王夫妻の息子、その他有力貴族、宰相格の子供ほぼ全員がなぜか濃色で生まれてきたそうなのだ。それに反発した白亜の強硬派が同じ思想の貴族同士で固まり独立を果たした。それが近年できた新しい国、リッツロール…らしい。建国から十数年という出来立てほやほやとのこと。
そのため、必然的にヴィシュガルツでは隷属が後を継ぐことになり、隷属の立場が急速に回復した。
濃色の人々を「隷属」とは呼ばずに、新しい呼称「黒曜」と呼ぶようになっているようだ。
「ふ、複雑」
「ここにいれば嫌でも情報は毎日入ってくる。そこから私たちがどう動くか、隊長とレオニア様が決めていくのよ。」
時には自分の考えや判断も必要になるから、常に考えておくといいわ。
と後にキアラさんは付け足し、一度休憩にしましょうと席を立った。
背を向けて部屋にある簡易的なキッチンのところに向かうキアラさんを見送りながら、メモったことを見直す。
自分で考えろとは言われたものの、ここに来てまだ1週間も経っていない私には途方も無いことだ。
それにまだ、5歳だし…
(隷属の王様…かぁ、、、ヴィシュガルツ…気になる…)
全くもって想像もつかない。
だって隷属は白亜から虐げられて当たり前で、特にこの国ではそれが自然なことで…。
白亜よりも立場が上の隷属なんて存在するのか、夢物語なのではないかと疑ってしまう。初めてこの世界に来た時に手にした本には、確かに何処かの国では王族や貴族の間で濃色の子が生まれてしまい、一騒ぎあったと書いてあったけれど。その後どうなったかは書かれていなかった。
きっとその国がヴィシュガルツに違いなくて、しかも隷属として、いや黒曜?として国を治めているというのであるから、その黒曜の人がどれほどすごいのかわかってしまう。
「はい、お茶淹れたから。」
「あ、ありがとうございます!」
「…何か気になることはあった?」
「いえ、…あ、でも強いて言うならヴィシュガルツ…でしょうか?」
メモった地図のヴィシュガルツという名前を指でなぞり、そのことを伝えると、キアラさんはなぜか思いっきり眉をしかめてしまった。
「…確かにあの国は特殊ね。だけど近づいても百害あって一利なしよ。」
「ぇ、…え?」
ものすごく嫌そうに顔をしかめるキアラさんを見て、何事かと身構えてしまう。
同じ隷属というか、濃色の立場だしむしろ好感を抱いているかと思っていたけど…。
「あの国の現皇帝…嫌い。」
「ん!?…ンー???」
何だろうものすごく個人的なお話なような気がする。
「えと、理由をお伺いがいしても??大丈夫ですか??」
「理由?…理由ですって…???っそんなものあげたらキリがないわよ。そうね、まずあの傲慢さ、この世界にあるものは全て自分のものと言わんばかりの態度ッ!同じ隷属、というか黒曜?でありながらあの配慮のなさッ!!
図々しさだけは天下一品で、何考えてるかまったく読めない癖に、こちらの内情には構わず口を突っ込んで搔きまわす天才っ。
まさしくトラブルメーカー!!!そう、あいつに関わるとロクなことないッ。一国の王でありながら自国のことは配下の者任せ!!!!気づいたら他国に勝手に侵入しているようなッッッッ次見つけたら…______ころ…ッ_____…ごめんなさい。つい、取り乱した」
「い、いえ…何かすごい人、なのは、…伝わりました。」
(うん。絶対近づかない。)
基本的にキアラさんはダンさんやフィーリさん、王様のこと意外はあんまり興味を持ったりしないのに…。
ここまでの嫌悪感を表すのはむしろ、かなり珍しいような気がした。
まだそんなにキアラさんのことを理解しているわけではないけど、まくしたてるように罵詈雑言を言ってのけたその勢いは、かなり貴重なものなのではないだろうか?
「とにかく、レクリュス様とそんなに変わらぬ御年でありながらあのうつけ者。レクリュス様の爪の垢でも煎じて飲ませてやりた…
「はい??待ってください待って。」
どうしたの?突然。」
今レクリュス様とそんなに年が変わらないとか言いおったぞ。
「いや、今レクリュス様とそんなに年が変わらないって…」
「ああ、そうか…知らないのよね。
ヴィシュガルツの現皇帝、ジルヴィオ陛下は…齢14になるの。」
「じゅ、14歳で…皇帝陛下!?」
「不可能ではないでしょう?確かに早い即位かもしれないけど12歳は悠に過ぎて成人しているもの。」
「…た、確かにそうではあるんですが…」
なんて事だ12歳で成人ってことにも驚いたのに、次は14歳の皇帝様ときた。
「あれ?え、…すでに14歳でそのお性格というか、気質は何て言うか…だいぶ問題児では…?「問題児どころの話ではない。」、すみません」
かなりのヤンチャ、というかすごい…皇帝みたいだ。
確かにレクリュス様と比べるとその性格にはかなりの差があるように思われる。普段レクリュス様に接し、慣れている人だったらきっとジルヴィオ?陛下と対面したら胃に穴が空きそうだ。
「カリスマ性はあるが、それだけよ。いい?間違っても近づいちゃいけない。女と見れば誰かれ構わず手を出すんだから。」
「は、はあ…?」
いやいやいや、待って私5歳。
流石に14歳…思春期真っ盛りが5歳のロリに手を出すとは思えないんだけど。というか14歳ですでに女性関係に手を出している時点でだいぶ、だいぶやばいと思う。
(本気だ…本気でキアラさんはジルヴィオ陛下が嫌いだ。)
さっきも不穏なことを言いかけていたし…
「だけど、非常に…残、念、な、こ、と、に!!!ヴィシュガルツと我が国アルベールは一応友好関係よ。なき者にはでにないわ。」
「も、もちろんです。」
「だけど、自ら近づく必要もない」
「なるほど…」
「いい、レイ?アイツ…いえ、あの方は勝手に人様の城に侵入して探検しているような奴なの。だからその気配を感じ取ったら逃げなさい。いいわね?」
「ハイッ」
私も逃げたい。逃げたいけど、、、
顔も声も知らない人から逃げることなんて、できるのだろうか??わからないけど…頑張ろう。私のためだ…。
キアラさんの話だけじゃなくてフィーリさんとかダンさんにもジルヴィオ陛下のこと聞いてみよ…。
ジルヴィオ陛下のことで盛り上がってからお茶を楽しみ、午後からのキアラさん講義に取り組んだ。




