教育ー1
「隊長っ!それにレイも…おかえりなさい。」
「随分と長い間話し込んでいたんですねぇ…よーしよしよしちゃんと話せたかーレイー?」
「はい!」
「フン…」
国王様達との謁見を終えて無名棟に帰ってくるとキアラさんフィーリさんが温かく迎えてくれた。
頭をわしゃわしゃと撫でてくるフィーリさんは私を動物みたいな扱いをしてくる。初対面の時といいこの人は人の頭をかき混ぜる癖があるみたいだ。
「おおー、ちゃんと切り傷直してもらったんだなー?よかったよかった!!」
「____フィーリさんがノックせずに脱衣所に入ってこなければ…」
「え?俺のせい?俺のせいなのか???おや?レイー?」
「早々に嫌われたわね…」
今日の疲れが溜まってちょっと不機嫌だったのでフィーリさんに当たってしまう。
予想以上にちょっと傷ついているようでうっすら涙を浮かべているのは見なかったことにしよう。背後でレイー、レイーと呼んでくる彼のことは無視だ。
「…レイの黒賊従事は7年後までお預けだ」
「へー、7年後ーーー…っへ?!7年後!?」
「また随分なお預けをくらったみたいですね…その理由をお伺いしても?」
「レオニアに一杯くわされた…。レイの将来をレクリュスにやる約束をした代わりに、今から成人までの7年間をきっちりと教育することを命令された。その上、7年後実際にレイが黒賊に付くか否かは本人に決めさせると王命までしてきた、あの国王。」
「あーー、レオニア様もやりますね〜。レイの権利をカッチリ貰って、その貰った権利でレイの育成を義務付けたわけですか。伊達に王様やってませんよね、あの人」
やるなぁーと頭の後ろで手を組んで笑い声を漏らすフィーリさんにキアラさんの鋭い平手が打ち込まれるのを見てから、ダンさんの真向かいにある2人がけのソファーに腰を下ろす。背後で何やらよろしくない音が立て続けに響いてるけど気にしたら負けだろう。
「チッ…その間、今まで通りレクリュスにはフィーリとキアラ交互で付け。空いている一人はレイの教育だ。」
手が空いてれば俺もやる。
と言ったダンさんに驚いて思わずダンさんの顔をガン見してしまう。
今何て…???
「は?隊長が、レイを直々に指南なさるのですか??」
「どーゆう風の吹き回しすか??え?子供の相手ですよ?育児ですよ?」
「?貴様らにもしただろう…??」
「いーやいやいや、ダメです。絶対にダメ。アンタが一番やばいんだって…。隊長マジでどうしたんですか?変なもんでも食って食あたりすか?」
二人の反応に引っ掛かりを覚えながら私も何となく不安になる。だってダンさんが育児とか、、、ちょっと笑えるくらい全く想像がつかない…抱っこは上手いと思ったけど…。
初めて会った時の頭を撫でられた感触を思い出す。悪い人じゃないんだけど…何て言うか確実に子供慣れはしていない手つきだった。ダンさんの顔を見上げながら真意を探ろうとする。
_____…ん?だけど、あれ?
「ん?…あれ??でもフィーリさんとキアラさんってダンさんに育ててもらったんですよね?…なら意外と育児とか…できるんじゃ…」
「やめろレイ…思い出させるな…アレは育児とは言わないぞ…アレは…」
「へ?」
「そ、そうね…流石の私でも…ちょっと…。もう一度受けろと言われたら丁重にお断りするわ…」
「!?」
常日頃からダンさんを尊敬しているキアラさんまでもが…眉を寄せて嫌そうな顔をしている。
たった二日しか接点のない2人だけど、ここまで頑なにダンさんのことを拒否する姿を初めて見た。思わず目の前にあるダンさんの顔をさっきよりも見つめてしまう。
ダンさん…あなたは一体どんな「育児」をしたんですか…。
「やめろレイ…見るな。あいつらには必要だと思ったことをしただけだ。」
「必要な、こと???え?当時9歳の俺を魔獣の巣窟であるグレアの闇森に1週間放置することが…すか?」
「…私は11歳の時…当時13歳のフィーリとA級魔獣のラゾグ討伐に…」
「思い出すなキアラ…。3ヶ月もユグド峡谷を彷徨ったことなんか…」
遠くに視線をやる2人に背中がゾクゾクとする。
これは…これはひどい…。
何が何だかよくわからないけど、ひどいのだけはわかる。
地名も何も理解できてないけど…、けど、私にだってわかる。普通の「育児」ではまず9歳の子供を魔獣がウヨウヨいる森に放置しないし、11歳と13歳にだって三カ月も放浪させない。
いくらこの世界で12歳から成人と認められても、普通はしないだろう。
_____命の危機を感じる…。
私が冷や汗をダラダラと流す中、ダンさんは理解できないというように困惑した表情でフィーリさんとキアラさんを眺めていた。
「その程度のこと、こなせなければ死ぬのは貴様らだからだ。…必要な教育だった。」
「教育中に死んじゃあ意味ないでしょーーー隊長ーーっ!」
「あの程度乗り越えられなければ未来はないと言っているのだから、遅かれ早かれ死ぬとしたら早い方が篩にかけられていいだろう?」
「いやいやいや!!!!誰が早く死にたいって言ったよ!!??」
「???結果生きているだろう?」
「ホントニアナタハナニヲイッテルンデスカ」
ダメだ…
全く噛み合っていない。
ダンさんは本気で何が間違いなのかわかっていないみたいですよフィーリさん。
フィーリさんが必死に訴えるも、さらにダンさんは怪訝な顔をしただけで、その代わりにキアラさんはどんどん顔面蒼白になっていっていた。
ダンさんの教育は「死んだらそこまで、生きてれば効果あり」というやり方のようだ…。
どうしよう…私、生きていける気がしない…。
「アーーーッ!!!もうっ!いいですかっ!隊長!!!!き、ほ、ん、て、き、に!!!レイの面倒は俺とキアラの二人で見るんで。隊長は成長過程の確認とか、あとは…手ほどきとかして下さいッ!!!」
手ほどきはあくまでも屋内でのみ武器の扱いとか肉弾戦のやり方とかであって山、森に放置することじゃないっすからね!!!
と、フィーリさんが早口にまくし立てダンさんを丸め込む。
キアラさんもその隣で激しく首を縦に振っていた。
「それは、構わないが…流石の俺でも5歳のレイをグレアの森やユグド峡谷には連れて行かんぞ?」
「当たり前ですってそれ!!!???それでも却下ッスよ、却下」
「とにかく、隊長は黒賊そのものの「動き」をレイに教えてあげて下さい。私とフィーリは日常的なものごとから、戦闘の基礎基本だけ携わるので」
「フン…まぁ、いいだろう。好きにしろ…、だが、あまり甘やかすな。」
教子たちに全力で否定されたことが腑に落ちないのか、いつもよりも眉間に深くシワを刻みながら、ダンさんは暖炉の火でタバコをふかし始めた。
外着用のマントからタバコの匂いがすると思っていたが、ダンさんは普段からどうやら吸っているらしい。けれどここのタバコはすぐに煙がスゥッと消えてしまって、匂いもそれほどキツくない。
タバコに詳しいわけじゃないけど、向こうにいた時に思っていたタバコの印象よりも遥かに軽いこちらのタバコはむしろ、自分への安心材料で好感を持ってしまっていた。
口から出た瞬間に秋口の白い息のようにあっという間に消えてしまう煙を目で追っていると、パンと手を鳴らしたフィーリさんがニコニコと笑っていた。
「うしっ…それじゃあ1日挟んで明後日から少しずつ色々教えてやるよ。」
「レイの場合きっと魔法の面でも才能を発揮するだろうから、そちらの方も後々人を付けて貰いましょう。」
「…あの、私本当に魔力とか、魔法とか知識どころか自覚さえもないのですが、大丈夫でしょうか?」
「候補は考えてある。レオニアのところには胸糞悪い白亜は少ない…安心しろ。」
魔法を扱う=魔力量の多い白亜
という話に必然的になってしまうので、今聞いた話だと私としてはかなりの不安材料だ。
確かにレオニア様やレクリュス様と話してみて彼らの人間性はわかったし疑うところはない。きっと回りに仕えている人達も差別意識とかない人達なんだと思う。
そこで真っ先に思い出したのは近衛兵長のヘリオさんだけど…隊長さんと言うだけあってきっと私の面倒をみる時間はないだろう。
となると必然的に一度も会ったことのない白亜の方に教えをこうわけで…
心を覆っていた不安が更に濃くなったような気がして、いくらダンさんのお墨付きとは言え暗雲が立ち込めるような気がした。
全く乗り気にはなれない。
顔に不安が出ていたのだろう、私を見てフィーリさんが背中を撫でてくれた。
「やってみなきゃわかんねーんだから、ンな顔するなって!な?隊長が変な白亜を連れてくるとは思えねーし…もし何かされたら俺かキアラにでもチクっちまえ?そしたらサクッと…な?」
「_____こ、心強い、です」
「だろーーー?」
サクッと…何する気だ!?
撫でられ続ける背中に冷や汗が伝いながら、今後彼らに文句は絶対に言うまい…。
私の言葉次第で白亜の人がサクッと…やられてしまう。
こんなフィーリさんの言葉を聞いても、キアラさんもダンさんも呑気に私の育児方針のことを話していて何の難色も示さないあたり、お咎めなしみたいだ。
「え、えっと!これからよろしくお願いします。」
「礼儀正しいなぁ、レイは!まぁ!!俺たちに任せなさいって!」
「…くれぐれも隊長の期待を裏切らないことね…」
二人に向かって、できるだけ丁寧なお辞儀をする。
お辞儀をしていると、フィーリさんによって私の体は持ち上げれ、高いたかーいをされてしまい、羞恥のあまり顔面に蹴りを入れてしまったのはここだけの話。
仕方ないこう見えても前は成人済み…だったはずだから…。
高い鼻を痛そうに抑えるフィーリさんの元から逃げて、いそいそとダンさんの足影に隠れる。
ソファーに座るダンさんのシャツの袖を握りしめ、フィーリさんを睨みつけてやれば私の頭にはダンさんの手が乗った。
「!?」
「っ…あらまー」
その光景に二人は驚いているようだけど、ダンさんは二人に目をやることなく私の頭をなで続けるだけだ。
口数の少ないダンさんの側はとても居心地がいい。
そう、何て言うか…父のような安心感。
暖炉の前でほどよい火の温もりと灯りを受けながら私もそっとダンさんの手にすり寄った。




