謁見(別視:レクリュス)
ダンの影から小さな子供が出て来た時、僕は目を疑った。
今日あらかじめ父上から隷属の子供が僕の黒賊になるべく、謁見しにくると聞いていたけれどまさかここまで小さい子だとは思わなかったからだ。
ダンの上着の裾をギュッと握りしめ、なるべく前に出ないように踏ん張って抵抗している。
ダンはというとその抵抗する子供を前に出すべく、軽く膝を曲げてグイグイと押し出していた。
子供のあまりの嫌がりように見兼ねた父上がダンに疑惑の視線を向ける。
「何か、その子すごく嫌がってない?ダンもしかして実は拾ったんじゃなくて誘拐してきたの?」
「バカを言うな…レイっ…いい加減に…おいっ」
「ンーーーーーーーーーっ!!」
レイと呼ばれたその子は頭をブンブンと左右に振ってそのままズルズルとダンの足下で小さく踞ってしまった。
(____行かなきゃ)
考えるよりも先に体が勝手に動いていた。
座っていたソファーから立ち上がって、駆け足で踞った小さな存在の元に跪く。
何かに怯えるようにゆるゆると軽く頭を振りながら、フードをぎゅっと握りしめて小さな子供は震えていた。
何に怯えているのか分からないけど守ってあげたくて…、
側にいてあげたくて…その顔を見てみたくて…。
「…やぁ。初めまして、レクリュスっいうんだ僕。」
驚かせないように自己紹介をした…。
つもりだったんだけど、僕のことなんか眼中になかった彼女にとって僕の突然の登場は驚き以外の何者でもなかったみい。
まぁ、それでも顔を上げてくれたから結果的に良しとしよう。
彼女はフードだけじゃない、目も隠すように簡易的な仮面も付けていて、せっかく顔を上げてくれたのに肝心の顔を見ることはできなかった。かなりの厳重な隠しように、思わずくすりと笑みが漏れてダンを見上げた。
「…これダンがやったの?」
僕と視線が合ったダンは居心地悪そうに目を逸らして顎をくいと動かす。
ダンの行動にいつだって意味があるから、きっとレイには“目”に何か秘密があるんだろうけど…。
「これじゃあ顔が見えないな。…ねぇ、どうか怯えないで…?僕は、僕と父上は君に危害は加えない。」
さっきよりも優しく、怖がらせないように気をつけながらより姿勢を低くした。
僕は12歳だからレイよりもだいぶ大きい。レイから見たら僕だってきっと恐怖の対象だ…なるべく視線が同じになるように、表情は柔らかく…。
マントをぎゅっと握りしめていたレイの手をそっと解いていく。
触れれば驚くほど簡単に力が抜けた小さな手を撫ぜた。
(!!右手…怪我してる…)
小さく綺麗な手には似つかわしくない包帯に若干赤が滲んでいるのに気づいた。
何があったかわからないけど、後で治癒魔法でもかけてあげよう…。
今魔法をかけて更に怖がられたらたまったもんじゃない。それに顔を上げたレイは仮面越しでも分かるほど僕から一切その視線を外さない。
生まれて初めて向けられる強い視線に、ここで目を逸らしてはいけないと思った。
伺われているような視線なのに全く嫌悪感をいだかない…不思議な感覚だった。
「レイ…?。」
「…。」
どれほど視線を交わし続けたか…。
それは数秒だったかもしれないし数分だったかもしれない。
いくらかの時間が音もなく僕とレイの間を流れて不思議な感覚のまま僕はゆっくりとレイの頭に手を伸ばした。レイの名前を呼んで案にフードのことだと示唆すればレイは勘づいたのか小さな頭を縦に振った。そのことだけでも僕のことを認めてくれたみたいで心が歓喜する。
「いいかい?」
「…。」
もう一度うなずいたレイを確認してから、そっとレイの頭を覆っていたフードを下に引いて落とした。
(!!…すごい…)
覗かせた頭はそれはもう漆黒だった。
静かに沈むような黒…。夜空とも違う…艶やかな黒髪がレクリュスの眼前にさらされた。フードが払われた瞬間誰もが息をのむ。
レイが頭を動かすたびにさらさらと短い黒髪が揺れた。
「っこ、れは…。見事な黒髪だね。」
レオニアの声が広々とした応接間に響いて沈む。
レイだけがその声に怯えたのか、上げた顔をまた下に向けた。サラリとレイの顔を撫でていった黒髪が陽に透けて淡く輝く。陽の光りを通した黒髪は金とも銀とも言えないような微妙な色合いをして輝いていた。
ダンの濃い紫色の髪で隷属の濃色に見慣れていたレクリュスはその光景に息をするのも忘れた。
ダンの髪も綺麗だと思っていたけど、レイは格が違う。
自分には一切ない色がレクリュスの視線を捉えて離さない。
人々は自分の色が特別だと言うけれど、この色を前にして果たして同じことが言えるだろうか?
「____綺麗。」
「ぇ?」
振り絞った言葉がこれだった。
社交界でどんな相手でも臆することなく言葉を交わせるように、生まれたときから勉強してきた言葉の中から出せた一言だ。
たったこれだけ…これだけしか言えなかった…。
もっと気の利いた言葉や、相手を励ます言葉を言うべきなんだろうけど、何を言っても違うような気がして…。自分の心に訪れたこの衝撃をどう表現していいかもレクリュスにはわからなかった。
案の定レイの口からは困惑の声が漏れる…、
違う。そんな…もっと、あるんだ…もっと…。
言葉で表しきれないからどうにかして伝えようとその黒髪に手を伸ばす。指の間をするすると抜けていく黒髪を撫で、再びこの世のものかとまじまじと見てしまう…。
「!!」
レイの手がゆっくりと動いて、僕の顔を見上げてたその目を覆う仮面に伸ばされる。
その間も僕の顔をじっと見上げたままだ。レイが自分からその瞳を見せようとしてくれている。しかし、その手はまだ微かに震えていて自信無さげだ。後押しするようにレイの手にその手を重ね、一緒にその仮面を外した。
(っ!!!!!銀…色…)
いや、銀とも言えないような…。
応接間の窓から差し込む陽光がレイの瞳を複雑に反射させていた。
黒髪に、銀色の瞳…。
初めて見る色の組み合わせにレクリュスは幼いながらも戦慄した。鳥肌が立ち、恐怖ではないぞわぞわとした何かに心を奪われる。宝石のようなレイの瞳がレクリュスを映していた。
自分よりもずっと色素の薄い瞳を持つ隷属の少女…
いや、黒髪を持った類いまれな白亜の少女とも言えるだろう。
幼いながらにレクリュスは事の重大さを悟ってしまった…。
「!!??こ、れは…。____…瞳は銀色なんだね。」
そう言葉にして改めて“銀色”という至高の色を見つめ返す。
そう呟きながら親指でレイの目元の頬を撫でた。それに応えるようにレイがレクリュスの手に遠慮がちに擦り寄る。
「!?ぎ、銀色だって!?ダンっ!どういうことだっ!?」
「見たまんまだ…余計な騒ぎを起こすわけにはいかないからフードに仮面をつけさせてここまで連れてきた。」
「そんな…こんなことが、あり得るのか?隷属のこの髪色で…瞳は銀色なんて」
「…っ」
後ろで騒ぐ父とダンに思わず顔をしかめる…。
そんなに声を荒げてはレイがまた怯えてしまう。
そう危惧した途端に、せっかく手のひらに感じていた温もりが父達の声によって離れてしまった。そのことにため息を出さずにいられない。
父上のことはダンに任せるとして、顔をうつむかせてしまったレイの顔をまた見たくて必死に言葉を紡いだ。
「レイ?ねぇ…、顔を下げないで?やっと顔が見れたんだ。…改めて、初めまして。僕はアルベール第二王子のレクリュス=ロンドウェル=レソロア=アルベールだ。君の名前を君の口から教えてくれない…?」
頭を撫で、背中を撫で、小さめの声で自己紹介をした。
声はどんな声なんだろう…聞いてみたい。
少女の口からその名を聞いてみたい…。
「レイ…です…」
苗字はありません…。
そう小さく、本当に小さく呟かれた声はとても愛らしかった。
子供ならではの少し舌足らずな声に、必要最低限しか発されなかった言葉にはどこか大人びた雰囲気も漂わせる。
自分の顔をしっかりと見て名前を教えてくれたレイが、耐えきれないといったような表情をしてまた視線を逸らしてしまった。_____ちょっと傷つく…。
自分の顔が嫌いだからではないようにと願いながら、体調が悪いのかと訪ねれば緩く首を振ってそれは否定する。
どうしたのだろう?
何かを訴えたそうに口を小さく開けては閉めるを繰り返すレイに、その言葉を紡いで欲しくて話すように即した。
すると下唇を一度ぎゅっと噛み締めてからレイはゆっくりと大きく息を吸い、再びレクリュスをその瞳に映した。
「______あの、自分…全然強くなくて。役に立てるか…わからなくて、魔法もわからないし、そもそもじ、自分が…誰かさっえ…っわからないん、で…す。」
全てを言い終える前に、堰を切ったようにレイの大きい瞳からぼたぼたと雫が溢れて落ちた。
それはまるでガラス玉が落ちていくような、神秘的な美しさを持っていて不謹慎にもまた魅了されてしまう。
そしてレイは両手で顔を覆って、ごめんなさいと繰り返す。その姿はとても繊細で、頼りなくて、いじらしかった…。
(…そっか…そうだよね。この子は僕の“黒賊”になろうとしてくれてるんだよね…)
レクリュスは懸想する。
父上やダンは多くを語らないけど、黒賊という立場が一体どんなものでどんな存在なのかを、成人してからはより考えるようになった。
きっと二人の間には切っても切れない絆があって、ダンは自らの意思でで父上に仕えている。だからもし、父上が命の危険に晒された時、ダンは自身の命をいともたやすく投げ出すだろうことも想像がついた。
それは父上だけではない、きっと僕が同じように死に直面してもダンは救ってくれる。…何かを犠牲にして。
犠牲の上に成り立つ自分の命と黒賊の命。
二人の関係を見ていると、とても綺麗なものに思えるけどその実態はいびつで歪んでいると言ってもいい。僕達を救うため、或いは守るためにダン達黒賊は何かを失い、犠牲にするのだ。
レイは幼いなりにそのことを察しているのか…いや、もしかしたら純粋に自分には力がないから役に立てないと罪悪感から涙を流しているだけかもしれない。
どちらにしてもレイがその身に余るほどの想いを抱えて、何よりもレクリュスを想って涙を流していることに変わりなかった。
後から後から溢れてとまらない涙を、レクリュスは思考を巡らせながらそっと拭っていた。
(…なんて、可愛いんだろう)
可愛い、大事にしたい、守りたい
レイの姿を見てレクリュスの心を支配したのはその感情だった。
人が涙を流す姿を見ていささか不謹慎と思われるかもしれないが、どうしようもなくレクリュスはレイに囚われた。
「あぁ、そうか。君はもうこんなにも…レクリュスを気にかけてくれているんだね?」
「ぅ…っ?」
「初めまして。私は…ダンの主でありこの子、レクリュスの父である…レオニア=ロンドウェル=レソロア=アルベール____この国の王だ。」
レイの告白を黙って聞いていたレオニアがゆっくりと二人の側に近寄りレイをその腕に抱いた。
純粋でまっすぐな告白はこの国の王までも動かしてしまったのだ。
そこからはレオニアとダンがレイの今後について交渉し、レイ自身が成人となる「7年後」にまた改めてレイの決意を聞くこととなった。
レクリュスもそのことには賛成で、もしこの小さな命が自分のために途絶えてしまうことを考えたら、いても立ってもいられなくなってしまう。レイの命が潰える…想像しただけでも言いようのない恐怖に襲われ思わず身震いが起きた。
「これからよろしくね!!レイっ!あ、黒賊としてじゃないよ?一個人としてね!!」
「??はい。」
「んーーーーーーーっレイは可愛いなぁ!!」
不安を打ち消すようにレイを抱え上げて抱きしめる。
何の抵抗もしないことをいいことに、レクリュスはレイを思う存分に撫で回した。
お気に入りの黒髪には指を絡めて、白いすべすべの頬には頬ずりをして。
「そうだ、その手治さなきゃ…。」
どうして怪我したの?と聞いても不注意です。としか返してくれない。
何か危険なことをしでかして…ということではないと思うけれど、心配なものは心配だ…。
「はい、手を貸して…」
「?」
差し出してくれた右手から丁寧に包帯を解いていく。
「うわぁ…ほんとに何したの?レイ…」
「不注意です…」
「はぁ…」
同じ問答の繰り返しに思わずため息をこぼし、レクリュスはレイの右手をまじまじと眺める。
レイの右手はすでに血は止まっているものの似つかわしくない一文字の大きな切り傷があった。しかも結構深いのかうっすらと未だに傷の奥では血がじわじわと滲んでいる…。
うぅ、あまり直視できない…。
「はい、じゃあ力を抜いて楽にしててね?」
「…わかりました。」
「いくよ…」
簡易的な術式をレイの右手の上に展開する。淡い緑色の魔方陣がレイの手のひらに現れ、その傷口に重なっていく。
最初の一回で半分ほどに傷口は小さくなり、二度三度と重ね掛ければスゥっと傷口は消えていった。
「はい、おしまいっ」
「おぉ」
レイがまじまじと自分の手のひらを眺め、握ったり開いたりを繰り返していた。
魔方陣が出たときも目を丸くして凝視していたけれど、あんまり見たことないのかな?
「治癒魔法がそんなに珍しかったの?簡易的なものだから民間の医療師にかかればいくらでも処方されるようなものだけど…?」
「レクリュス、レイには記憶がない。だから魔法そのものに驚いているんだろう。」
「は!?」
そんなこと聞いてないっ!!
そう思ってダンをバッと振り返ると、悪くびれもせずさも当たり前かのように言われた。
「聞いてない、は無しだぞ。今言ったからな。」
「そ、そんなの酷い!!教えてくれても良かったじゃないか!!!ダンのバカっ!父上も何か言って下さいっ」
「…っあーーーーーーー。まぁ、私は事前に報告を受けていたから…。すまない、レクリュス…ダンのせいというより私の伝え忘れだ。」
「は?」
ばっちり舌と出してウィンクを決めてきたレオニアにレクリュスは絶句する。
本当にこの父親は…
どうしてこうも時折抜けているのか…ダンだって同じだ。重要なことをよく後回しにするっ。
自分でも分かるほど眉間にしわが寄っていく。どうお説教をしようかと二人を睨んでいると太もものあたりのズボンの裾が軽く引っ張られた。
「っ何!?」
「っあ…その、記憶がないこと…自分で伝えるべきでした。だから王様もダンさんも悪くない、ので…、その…怒らないで下さい。」
いらだちそのままに強くレイにあたってしまったことを後悔する。
若干怯えながら申し訳なさそうに謝罪してくるレイが…まぁ、可愛い。
しゅんとうなだれるその姿は小動物さながらだ。
「あぁっ、レイ…違うんだよ?レイが謝ることなんて何もないんだから…ね?ごめんね?」
「わーーーーレイちゃんは可愛くていい子だなぁ…どこぞの息子とはおおちが…いっ!?」
「…反省するんだなレオニア」
魔法で軽い電撃を父の足先に当ててやる。
それはもちろんレイの見えないところからだ。
かわいそうなものを見る目でダンに見られるこの人は、本当に大国であるこのアルベールの国王なのか…息子ながらにたまに心配になる。
一息ついたところでレオニアがタンザを呼びつけ、再びお茶会となった。
謁見は無事終了。
午後のあたたかな日差しの中で、焼き菓子の甘い匂いと紅茶のさわやかな香りが4人を包み込んだ。




