謁見ー4
「ダンっ!遅いじゃないか!!心配したぞ」
「すまん…。」
レイをつれて応接間に入れば、待ちくたびれたかのように顔を勢い良く上げたレオニアと目が合った。
タンザが準備してくれたお茶も冷めちゃったじゃないか!
と随分ご立腹の様子で、口を尖らせている。
王なのだから俺に構わず先にレクリュスと茶でも何でも飲んでいればいいものを…、律儀に俺が来るまで待ち、全く手をつけないというのがレオニアの凄いところだ。
しかし、だいぶ待たせてしまったのか…大層ご立腹の様子で頬杖をついて不貞腐れていた。
形のいい眉がその主によって歪められ、指はコツコツと机を鳴らす。そんなに待たせてしまったか、と時計を見れば確かに約束の時間からはだいぶ過ぎていた。
レイが来る途中に体調を崩したこともあり、到着に時間がかかってしまったようだ。
レイはレオニアの苛立ちを気にして臆してしまい、俺の足の後ろに姿を隠してしまっているし…。
そして、がっちりと裾を掴んで離さない。今までで一番強く裾を握られている気がして、不思議に思い視線をやって確認しようとするものの、当の本人は俯いており、その表情は読めなかった。
まぁ、ここに来るまでに強烈な敵意に晒されてきたばかりだ。
ヘリオと俺が談笑している姿を見て、口をぽかんと開けていたように、隷属を平等に扱う白亜の存在を未だに信じられないのだろう。
「ダン!おかえりなさい。父上が首を長くして待っていたんですよ?」
「あぁ、見たらわかる。すまない、約束の時間よりずいぶんと遅れたようだ。」
「??あれ?連れてきた子供は?私のところから見つけられないんだけど…」
レクリュスが首を回して、座っているソファーから顔を出す。
父親であるはずのレオニアの方が何となく反応が幼いのは、息子の方が母親の性質を継いでいるからだろう。二人が並ぶとまるでルナヴェルの生前のころのようで懐かしい。
ふと過去の優しい記憶を思い出し、胸元が温かくなった。
ダンは今は亡き女王、ルナヴェルを思うと胸元がうずくような、抉られるような気分になる。
とっくの昔に捨てたはずの心がチクチクと痛む気がして、思わず胸元を握りしめた。
それは若くして亡くなってしまった、彼女の半生を思ってのこともあるが、ダンにとってレオニア、ルナヴェル、レクリュスのこの3人が胸が痛むほど大切な存在だからだ。
ルナヴェルはレオニアの2個下の妹。
レオニアがこのローランド城に登城した当時、レオニアは12歳、ルナヴェルは10歳だった。
この世界の大体の国が12歳で成人と定められている。
だからこそレオニアは成人になると同時に、先代に登城を命ぜられ、半強制的にローランド城に連れてこられてきた。
そして、レオニアを目にした先代王はその色に魅せられた。
王の世継ぎが派閥争いの最中、全員亡くなってしたこともあり、レオニアを後継にすると決め、俺をレオニアに就けたのだ。
先代王は根っからの差別主義で、後継としてやってきたレオニアも隷属をどうせ差別する、そう思っていた。だから最初は警護なんざサラサラやる気もなかった。
しかし俺もレオニアと初めて相まみえたとき、その色濃い白亜の姿に驚いたことを覚えている。先代王よりもはるかに純粋な白亜で、これが王族の末端なのかと疑ったほどだった。
レオニアと共にやってきたその妹も負けず劣らずの色素の薄さ…まさに伝説の「白き魔女」を生き映したかのような神々しさを放っていた。
あの頃の自分はかなり白亜を嫌悪していて、白亜を目にしただけで殺気が漏れることもあったが、レオニアとルナヴェルを見た時はそんなことも消し飛ぶほどの純粋な美しさに見惚れてしまった。
それに加えて兄のレオニア同様、ルナヴェルもそれはそれは優しい娘だったのだ…。
隷属の俺を蔑むこともなく、任務終わりには必ず出迎え、傷を負えば心配し、危険を犯せば怒り、そして…涙を流した。
意を決して自分の考える隷属の未来を語れば二人とも俺に賛同して、その未来を作る努力をしてくれた。レオニアに至っては今でも俺に協力してくれている…。
俺はそんな二人が、大切だった。
そして、ルナヴェルと________。
「…ダン?」
「いや、なんでもない。レイ、いい加減に出てこい」
「…。」
レオニアに声を掛けられたことでハッと現実に意識が戻ってくる。
物思いにふけっていた自分を叱咤し、何を考えているんだと頭を振った。そして無言の抵抗をしていたレイの手を強引に離し前に出るように即す。
レイはというと体重をかけてかかとで踏ん張り抵抗を見せるが、まだまだ幼い彼女の力は弱く前にズリズリと簡単に押し出せてしまう。
相当嫌なのかここまでの抵抗を見せたのは初めてで、思わず眉間にしわが寄った。
「…何か、その子すごく嫌がってない?ダン、実は拾ったんじゃなくて拉致してきたの?」
「バカを言うな…レイっ…いい加減に…おいっ」
「ンーーーーーーーーーっ!!」
顔を背け、なおも踏ん張るレイに呆れてものも言えなくなる。
何で急にそんなに嫌がるんだ!
レオニアのことはあれだけ大丈夫だと言い聞かせていたのに突然どうしたんだ?
あまりにも普段からの大人っぽさからかけ離れていて本当の五歳児に見えてくる。
いや、五歳児なんだが…。
羽織っているマントの両端を前でギュッと固く閉じ、ついにはその場に膝をついてフードの裾をさらに目深く被ってしまった。頑なに己の姿を見せようとしない姿勢に違和感を覚え、その姿は駄々をこねる子供に見えなくもないが、それにしてはひどく震えている。
はっきりと今のレイからは恐怖と不安が感じ取れた。
そんなレイの突然の豹変ぶりに理解が追い付いていない俺の横をすり抜けて、サッと淡い金色が視界の端を通っていった。
「…やぁ。初めまして、レクリュスっていうんだ僕。」
「っ!!」
ふわりと薄い金髪が揺れる。
あっという間にレクリュスがレイに近づき、目線を合わせるべく片膝をついてそっとその顔を伺いみていた。
突然のレクリュスの登場にレイも驚き、震えていた体がピタリと固まる。
レクリュスが視線を合わせようとするも、レイには俺がフードに加えて仮面も付けた。いくらレクリュスが覗いてもレイの顔を拝むことはできない。
「…これダンがやったの?これじゃあ顔が見えないな。…ねぇ、どうか怯えないで…?僕は、僕と父上は君に危害を加えない。」
そっとレクリュスの両手が固く握りしめられていたレイの手をそっと包み、固く閉じていた指を優しく解いていった。右手に巻かれた包帯に一瞬目を見開いたが、その小さな手をレクリュスは労わるように撫で両手で握る。
握られた手を見つめてから、ゆっくりと顔を上げたレイは仮面越しにじっとレクリュスの顔を見据えていた。
そして俺と初めて会った時のようにカチリと視線を合わせて目を離さない。
レイにとっては自分の命を捧げることになる相手だ。本当に信頼できる人物なのか…命を掛けれる相手かどうか…見極めどころなのだろう。今この出会いが、レイにとって自分の未来を左右する起点になることは間違いない。
2人の邪魔をしないよう後ろに下がり、レオニアと並んで二人の様子をそっと外野で見守った。
「レイ…?。」
「…。」
レクリュスがまるで野良の子猫に接するように、恐る恐るそのフードに手を伸ばす。
「いいかい?」
「…。」
無言で頷いたレイの小さな頭から似つかわしくない大きめのフードがレクリュスの手によってハラリと落とされた。
そして眼前に晒される漆黒の髪…。
「っこれは…。見事な黒髪だね。」
「っ…。」
レイの髪を目にしたレオニアが息をのみ、言葉をこぼす。
市井の中で過ごしたレオニアでさえもここまで黒いのは初めてお目にかかるようだ。俺でもレイと初めて会ったとき、その黒さに驚いたのだから当然と言えば当然なのだが…。
応接間の窓から差す陽の光がレイの漆黒の髪を照らして、黒髪なのにキラキラと輝いて見えた。
白亜の髪では決して出せない、温かく優しい金色だ。レイがまだ幼児であるため髪質も細く繊細だから、きっとより光を反射してこの色が出るのだろう。
かく言うフードをとった張本人のレクリュスはそのレイを前に固まりピクリとも動かない。
_______いくらレクリュスでもここまで黒いのはダメだったか…
見たことのない色に対し放心しているレクリュスを横目にどうしようかと考える。
たとえ黒賊の存在やレオニアとの価値観の共有で隷属の色素へ理解があったとしても、限度があったのかもしれない…。
そしてその違和感から主が黒賊を否定してしまっては、その関係に亀裂が走り最悪の事態になりかねない。だからと言ってレイを他の誰かに就ける、なんてことはもっと考えられない。
レイをレクリュスの黒賊として育てるとしてもレクリュス本人には気づかれないように…本当に暗躍する影として育てることにしたほうがいいか。
そう判断しかけた時、ぽつりとレクリュスが呟いた。
「____綺麗。」
「ぇ?」
思わず聞き返したレイの反応を意に介することなく、レクリュスは優しくレイの髪を撫でた。
レオニアの言葉に硬直していたレイの緊張が、その手の動きに合わせてゆっくりとほどけていくのが見て取れる。
するとレイは自ら目元を覆っていた仮面に手をかけた。
しかし、その手はまだ微かに震えていてカタカタと仮面が揺れている。そんなレイの手の上にレクリュスがそっと手を重ねて一緒に仮面を上へずらしていった。
「!!??こ、れは…。____君の…瞳は銀色なんだね。」
「なっ!?ぎ、銀色だって!?レクリュス、それは本当かいっ!?!?ダンっ!どういうことだっ!?」
「見たまんまだ…余計な騒ぎを起こすわけにはいかないからフードに仮面をつけさせてここまで連れてきた。」
「そんな…こんなことが、あり得るのか?髪は黒で…瞳は銀色なんて」
「…っ」
レオニアの言葉を聞いてレイがまたさっと顔を俯かせてしまう。取り乱した大人はきっと子供のレイには酷く怖く見えるのだろう。
所在なさげにぺたんと座り込む姿は普段のレイよりだいぶ小さく見えた。
「レイ?ねぇ…、顔を下げないで?やっと顔が見れたんだ。…改めて、初めまして。僕はアルベール第二王子のレクリュス=ロンドウェル=レソロア=アルベールだ。君の名前を君の口から教えてくれない…?」
動揺を隠しきれないレオニアとは対照的に、落ち着いてレクリュスはまた優しくレイに語りかける。
本当にレクリュスだって子供とは思えない…。
「レイ…です…」
「??大丈夫?気分悪いの?」
再び視線をそらしてしまったレイにレクリュスが心配そうに声を掛ける。子供ながらに懸命にレイから言葉を引き出そうとするレクリュスにルナヴェルの面影が見えた。
「大丈夫、怖くないよ。…だから何でも言ってみて?」
「______あ、あの、自分…全然強くなくて。貴方の役に立てるか…わからなくて、ま、魔法もわからないし、そもそもじ、自分が…誰かさっえ…っ」
わからないんです。
と、どんどん尻つぼみに言葉が小さくなっていったレイの肩は小刻みに震えていた。
息継ぎをするところを見失い、しゃくり上げるその姿は幼い子供の姿そのもので…。
誰もがハッと眼を見張る。
大きく訴えかけるように開かれた銀色の瞳にじわじわと雫がたまって、ついにはポロリと溢れてしまった。ぽたぽたと敷物の上に一つ二つとシミができ、白い頬にはスーッと雫が伝っていく。
泣いている…レイが。
どんな敵意に晒されても、剃刀で手を深く切っても切れても泣かなかったレイが自分への不信感で泣いている。
しかもその内容は自分の未来への不安ではなく、レクリュスやレオニア、きっと俺も含まれているんだろう俺たちの未来のことでだ。
俺はレイが「使える」と思ったからレイを拾った。そのことをきっとこの小さな子供は薄々でも感じ取っていたに違いない。
あまりの順応性の高さ、そしてその思考の染まりやすさにゾッとした。
もうすでにこの子は、自分の生きる条件がレクリュスの命と引き換えだと知っている。そして、それが使命であることを認識している。
何ならもはや最低条件だと心得ている。
(なんという…子供だ)
子供とはこんなにも無垢で、少しの教育と概念を与えればその通りに育っていく。たった数日でこれなのだ、年月をかければ…どうなることか…、とダンは想像し身震いした。
フィーリとキアラにも話した通り、レイは自分がいかに希少でたぐいまれな能力を秘めているか、など知りもしない…無自覚だ。だからこそ自分が生きる条件と引き換えにレクリュスを_____その命を、人生をかけて守ると決めたことに力不足であると怯えているのだろう。
自分ではレクリュスを守れない、レクリュスを守れない己には価値などないのだと…それに恐怖しているのだ。
彼女の目からだらだらと流れる涙は留まることを知らず、嗚咽をあげながら謝罪する子の姿に皆一様に戦慄した。
レイの行動はこそ年相応の幼児のそれだが、その理由はひどく大人だ。
「あぁ、そうか。君はもうこんなにも…こんなにも、レクリュスを気にかけてくれているんだね?」
「ぅ…っ?」
「初めまして。私は…ダンの主でありこの子、レクリュスの父…レオニア=ロンドウェル=レソロア=アルベール____この国の王だ。」
一歩ずつゆっくりと近づいたレオニアがレクリュスの隣に膝をつきレイの前にかがむ。そしてそっとその腕を広げてレイを優しく抱きしめた。
「ようこそ…アルベール王国へ。よく来てくれたね…歓迎するよ、そしてダンと出会ってくれてありがとう。」
レイの頭を自分の肩口に預けさせ優しく撫でてやる。それは親が子にするような温かいもので、レクリュスがまだ幼いころによくやっていたものと同じだった。
「あ、あの…。」
「うんうん。君は確かに、まだ強くないね…。だけど強さとは急いて得られるものじゃない、時に強さの定義はあいまいなもので己が図れるものではないんだよ。」
「…。」
「君は本来まだ守られて当然、守られてしかるべき小さな子だ…。親に甘えて、愛されて、この世の穢れなんて目にすることのない、純粋であるはずなんだ。」
レオニアの言葉を聞いたダンの瞳が何かから目を背けるように伏せられる。ダンだって心のどこか奥そこではレイをこの世界に引き込むことに抵抗を覚えていたはずだ。
だからこそ、初めて出会った時隷属の孤児をあずかる施設の存在だってレイに提案していた。
その小さな心の抵抗が引きつるようにレオニアの言葉に反応する。
「それを私たちの勝手な事情で、君のこれからの人生を食いつぶす…。この国の王だというのに君のような小さな民だって一人まともに守れやしない。むしろ民の陰に守られなければ自分の命の保証ができないなんて随分な矛盾で滑稽極まりないって思わない?だというのに口では一丁前に隷属と白亜の共存を語っているんだよ…私は。」
「…レオニア、今の現状はお前のせいじゃない…一代で変えられるものではないと前にも言ったはずだが?」
「そうだとしてもっ!!!!______僕にはやっぱり…許せないんだよ、ダン」
「…。」
私から僕に一人称が変わり、素面のレオニアが顔を出す。そこにはこの国の「王」ではない一人の「父親」がいた。
抱きしめていたレイをそっと離し、レオニアはその肩を両手で優しく持つと困ったように笑った。
「でもね…息子の命も、大切なんだ…」
「____は、い。」
「どうか、こんなずるい我々を許してほしい…いや、許してくれなんて言えないね。僕のことは恨んでもいい、憎んでもいい、罵ったって構わない。だけど君のこれからを…僕たちに預けてはくれないだろうか?」
「…。」
泣いて赤い目をしたレイがレオニアを見据えて静かに頷いた。
先ほどの抱擁でだいぶ落ち着いたらしいレイを見てダンは流石だとレオニア見る。混乱し、怯える子供をよくわかっている…。
ありがとうとレイの頭を一撫でし、スクッとレオニアが立ち上がった。
「7年だ。」
「は?」
挑むような視線をダンに向け、ニヤリとレオニアが笑う。
嫌な予感がした…。
「今、レイは5才なのだろう?なら12歳になって成人するまでの7年…その間ダン、レイを育ててあげて?そして7年たったら改めてレイに聞いてみよう。レクリュスの黒賊になるかを…」
「______さっきと言ってることが違くないか?」
「いいや?レイの"これから”の7年だから間違ってはいないさ…。彼女の命は彼女のものであるべきだ…自分の身の振り方は周りが決めていいものじゃない。だから7年、黒賊の知識を学び選択肢を得たとき改めて君に問いたいな。」
レクリュスに尽くしてくれるかどうか…。
そう言ったレオニアは次はレクリュスの頭をなでる。
父親の言葉を聞いたレクリュスは嬉しそうに笑って大きく頷いて見せた。
「僕もそれに賛成です父上。7年の間はフィーリとキアラを僕に交互に着けてくれればいい…僕は待ちます。そしてレイが成人したら…」
「っ!!」
「君は自分の人生を選ぶといいよ」
レクリュスがレイを抱き上げて笑いかけた。突然のことに硬直したレイはされるがままポカンとしてレクリュスを見ている。
「…適わないな。」
「いつもやられっぱなしだからね…お返しさ。」
レクリュスがレイを撫で繰り回す様子を、クスクスと笑って見守る主にダンはため息をついた。
いつだってこの男には適わない。
自分の選択も間違いではないと声を大にして言えるが、この男はそれを全部外から覆ってしまって反撃させないのだ。白に蝕まれる黒とはこのこと…。だが、その蝕まれている黒には不快感はなく逆に居心地の良さを覚えてしまう。
はぁ、と大きく息をついたダンは幼い二人の子供を眺めた。
未だに無反応のレイに構わずレクリュスは大事そうに抱え、頬ずりしたり髪をいじったりとやりたい放題だ。陽だまりに浮かぶその白と黒のちぐはぐな光景にこの国の未来が重なって見えた気がした。




