謁見ー3
今日のお昼頃にダンが拾った子供を連れてくると約束を取り付けていった。だから待っているというのになんだか約束の時間よりも遅い気がする…
完璧なダンが遅刻するとは…何かあったか?
「珍しく落ち着きがありませんね陛下。」
「あ、あぁ…。まぁね…ダンが遅いの、珍しいなと思って…」
「まぁ、そうですね。約束の時間よりかは幾分か遅れてはいるみたいですけれど…」
控えていたメイドのタンザにお茶を注がれながら机の上で突っ伏した。
連れてくるといった子供が気になって気になって仕方がない…。
自分の息子よりも幼い子供なんて…これから彼女に待ち受けている未来を思うと、どうしても今回の話には乗り気になれなかった。
「うぅ…。あーーーどうしよう…また厄介ごとだ…」
「??何が厄介ごとなのですか?父上」
「レクリュス…。」
お疲れのようですね?と苦笑いしながら近づいてくる息子に母親の顔が重なった。
(顔立ちはルナヴェルそのまんまだな…)
「?父上??」
そばに来たレクリュスの頭をそれとなく撫でる。
自分よりも幾分色素の薄いアプリコットのような色合いの髪の毛は指通りよく流れていった。
淡色のまつ毛に縁取られたその瞳は極薄い藤色だ。
その瞳の色が今は亡き、妹のそれと重なる。
ルナヴェルは私の妹でありこの国の女王であった。近親婚…王族としてはよくあることだが…妹と夫婦関係になるというのは当時の私は何だか腑に落ちなかったのを覚えている。
妹の影を色濃く残した息子を見つめて、その小さな肩に手を置き首を振った。
「いいや、厄介ごと…ではないな。レクリュス、今日ここに呼んだのはお前にとって、とても重要な1日になるからだ。」
「重要な日??」
「今日…お前の黒賊候補をダンが連れてくる。」
「!!??…僕はっ、僕は何度もいらないってお伝えしましたよねっ!?」
「分かっているよ、お前の意思は…。けれどどうか聞き分けてほしい。
私だってこんな制度早くなくなればいいと思っている…。だけどね、周りや現状がまだそれを許さない。以前よりかは隷属の立場もだいぶマシになったとは思うが、まだまだこの国は…腐っているんだよ。」
「僕が…、僕が、変えて見せます。いえ、共に変えていきましょう父上っ!僕たちにならできるはずです!!」
「ふふっ、それは頼もしいな?」
情けない自分の表情を見せてしまったせいか、励ますようにレクリュスが声を上げる。
意気込む息子をほほえましく思いながら、若いっていいなぁなんて思ってみたり。
私が幼い時、市井に住んでいた頃、自分の周りに隷属がいることなんて、______
共存することなんて当たり前であったからか、自分ができているのだから国王になってもすぐに白亜と隷属の差など埋められると思っていた。
しかし、上の立場になればなるほどその溝は深く、壁が厚いことを思い知らされた。
おかげで信じていた身内に殺されそうになることだってあったし、もう数えきれないほど命の危険に晒されていた。
それと同じくらいダンはきっと私の身内に手をかけているんだろうけれど…。
ダンと初めて対面した時を思い出す。
成人した時、突然王城に呼び出されたかと思ったら目の前にダンがいて…「黒賊」だと紹介され、何を言われるかと思っていたらその日はそのまま家に帰された。
今の生活を変える必要はないと、当時の王に言われたので市井に帰ってみれば身の回りにいた世話係、住人、友人の隷属は皆殺しにされていた。
その時の惨状は今でもはっきりと脳裏に焼き付いている。
私たち兄妹二人が住むのに不自由ない、むしろ少し広いくらいの家にお手伝いに来てくれていた、隷属の気のいいおばさんマルタ。
隣近所に住んでいた珍しい、駆け落ちしたという白亜と隷属の夫婦、ダリルとテッサ。彼らはいつもお裾分けをしてくれた。
そして、向かいに住んでいた隷属の青年ジャス。おじいさんと二人暮らしでよく働く、しっかり者だった。
そんな彼らは…皆血だまりに溶けていた。
生活を変える必要はないと王が言った理由がこの時ようやくわかった。
…自主的に変える必要はないのだ。
変えざる得ない状況を奴はこしらえていたのだから。
自分のせいで、彼らが命を奪われたかと思うと腹わたが煮え繰り返る思いだった。
彼らは全くの無関係なはずで、…後悔と懺悔の意識に自分を殺したくなった。けれど、留守番をしていたルナヴェルがリビングで、謝罪の言葉を叫びながら大泣きしているのを見て、自分がしなければならないことをハッキリと自覚した。
隷属は白亜が思うような、危害を与える存在では決してない。
市井で育った自分がこうして息をしているのだから…。この事実が何よりも証拠になるだろう。
まぁ、彼らはまさか私が王族の末端の存在だとは思いもしなかったからかもしれないが。
白亜と隷属の壁は白亜が勝手に作り上げたもの…。
隷属はそれはそれは悠悠自適で、自由で、おおらかな人々が多いのだ。
それを知り、そして目の前で私と関係を持った人々を殺されてから私はこの国を変えなければならないそう思った。
これが私の使命だと…。
そしてその日のうちに私は王城にとんぼ返りし、王族の端くれとして生きていくことを決めた。
そばに控えていたダンが軽く顎を引いたのを覚えている。
それからはもう目まぐるしく駆け抜けていった。
私が気に食わないと思った直系の王族が、知らぬ間に次々と死んでいったり、気づいたらフィーリとキアラがそばにいたり、そして…レクリュスが生まれてルナヴェルが死んで…。
ふと自分の袖口を引っ張られる感覚にハッと意識を戻し、妹の血を色濃く受け継いだ息子を眺めて自分も年を食ったなぁとしみじみと思った。
「陛下…ダンが到着したようです。」
「そう、ありがとうヘリオ。タンザと共に下がってくれ…ここからは王と黒賊の時間だ。」
「ハッ!」
綺麗に礼をした近衛兵長のヘリオを下がらせる。
私に専属でついているメイドのタンザと近衛兵長のヘリオは私自身が選抜した、白亜の中でも隷属に対して何ら差別意識を持たない貴重な人物だ。このエレンデルでは常に私の周りにはこういう人物しか置いていない
…と、いうより気づいたら周りにそんな人材しかいなかったというほうが正しい。
この現象を「ダンの魔法」と呼んでいる。
どんな魔法かは…ご想像にお任せしよう。
「さあ、レクリュス。ダンを迎えに行こうか…あとお前の黒賊もね。」
「…まだ、黒賊【候補】です。決まったわけではないですよ!」
「ハハッ。ごめんごめん。」
未だに納得していない息子をなだめながら執務室を出る。
おそらく応接室で待機しているであろうダンの仏頂面を思い浮かべて、レクリュスに着く黒賊はあんなムサイやつにならないといいなぁ…と思ってみたり。
感謝し切れないほどダンには感謝しているが、壮年の男が威圧感たっぷりに睨みを効かせる姿は正直主であっても身の毛がよだつほど恐ろしいのだ。
レクリュスはよく懐いているけれど…。
「ダンに会うのは久しぶりです!」
「そうだね…ダンには短期だけど国外へ任務に飛ばしていたから…。いつもの通り余裕しゃくしゃく、無事に戻ってきて、帰還したその日にはレスガルドと城内で揉めてたくらいだし、元気だよ。」
「それは…叔父上に同情しますね…。」
「あの場に鉢合わせた私にも同情をしてくれレクリュス。」
息子と並びながら応接室に向かう足取りは軽い。
どういう結果になろうともダンが判断したのだから、きっと連れてきた隷属の子もいい子なんだろう。
レクリュスと手をつなぎながらまた一波来ることを私は感じていた。
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周りの喧騒がだいぶ静かになって、ダンさんが扉を開ける音でずっとぼーっとしていた意識が戻ってきた。
「ん…ダンさん?」
「気分はどうだ?ここはもう王族の所有するエレンデルだ…だから先ほどよりかは、貴族の視線もなくマシだと思うが…。他人の敵意にあてられたな。」
「はい…だいぶ楽になりました。ごめんなさい。」
「謝るな。俺こそ気づいてやれず、すまなかった」
ダンさんに優しく頭を撫でられてホッと息をつく。
他人から敵意のみあてられるという体験には、なかなか慣れそうにない…。ダンさんとフィーリさん、キアラさんはもう超人だと思う。
「…すべては馴れだ。もう気を張り詰めなくていい…ここエレンデル、王の居住区にはごく限られた王族と従者しか入れないからな…どうだ、歩けるか?」
「はい…ありがとうございました。」
「ダン殿っ!!」
ダンさんにお礼を告げて下ろしてもらえば、廊下の奥からダンさんを呼ぶ声が聞こえてきた。とっさにダンさんの足の陰に身を隠し、声の主を窺い見る。
ガシャガシャと金属が擦れあうような音が廊下に反響し、その音の主によーく目を凝らせば、体格のいい騎士の格好をした人が青いマントを翻して足早にこちらに向かってくるのが見えた。
銀色に鈍く輝く鎧が眩しい。
「ヘリオか…」
「久しいですね!トニアへの遠征については陛下から聞いておりました。お疲れ様です…。ん??その子供は?」
「レクリュス様の黒賊だ…。」
「あぁ…なるほど。ついにこの時が…。奥の応接の間で陛下が首を長くしてお待ちですよ。」
タンザ殿がお茶を用意しています。
と綺麗に撫でつけられたオレンジよりの明るい茶色の髪がダンさんに向けて礼をとる。
白亜の人がダンさんに丁寧に接しているのを初めて見た。
衝撃的過ぎてしばらく唖然としてしまったけれど、前世でいうなら本来はあれが人と人が関わりあう上での普通の対応だ。
きっと位の高い人なんだろう…このヘリオと呼ばれた人物は。
身のこなしや口調はどれもどことなく気品があふれていて、サファイヤ色の瞳が髪とマッチし、貴族然としてかっこいい。
切れ長の目もこの人の気品とまじめさを際立てるポイントになっていた。年齢は__まだ若いだろう…。
おそらく二十代半ばか後半くらいだ。
そんな風にまじまじと人間観察をしているとヘリオさんと目が合ってしまった。
急いでまたダンさんの影に隠れるも、こちらに向かって歩いてきて私の目の前にスッとかがむ。
仕方がないから顔だけ出して、近寄ってきた騎士を伺い見た。
彼の右耳についている目とお揃いの青いピアスが揺れていて、お洒落れな人だと思った。
整った顔と視線が絡み合い、じっとそのままお互い見つめあった。こうして近くで見ると尚更顔のパーツが整っていることを思い知る。…お洒落さんな上にイケメンさんときた。腹立たしい。
「初めまして、陛下…、えっと…レオニア様に仕える近衛兵長のヘリオです。ん?…顔が?」
「…初めまして。レイ、です…。」
「髪も目もすべて隠しているようですが、これは?…ダン殿、何かあるんですか?」
「そのうちわかる…レオニアとレクリュスに謁見する前に晒すわけにはいかないからな…。」
「…わかりました。お二方とのご挨拶を終えて諸々終わったらまた紹介して下さい。」
「あぁ、そのうちな」
ヘリオさんは一度考えてから、私に何かあるのだろうと納得してくれたようで、フード越しに頭を撫でてから颯爽とまた元来た道を帰っていった。
その後姿を見送りながらまた私は最初のようにダンさんの袖を握る。ダンさんは特に気に留めた様子もなくそれが当たり前かのようにゆっくりと歩調を私に合わせて歩き出した。
(レクリュス、様…)
私が黒賊として着くことになる王子様。
第二王子と言っていたけれど王位継承権はレクリュス様のほうが上みたいだし、そこらへんはまだ詳しいことはわからないからあまり深く掘り下げられない。
けれど、私にとってかなりの重要人物になることは確かだ。
ダンさんにとってのレオニア様、国王様になるのだから…
…ん?今思ったけど、位の高い人に着けばつくほどその黒賊もまた強い…ということなら、私は相当…というかどんなに努力したところで力不足なのではなかろうか?
(…やばい、やばすぎる。やばい)
自分の能力値は自分が一番わかっているつもりだけど、今のところ秀でてすごいところが何なのかまったくもって見当もつかない。
強いて言うなら目が銀色で隷属のくせに魔力があるかもしれないっていうことくらいだ…。こんなぺーぺーが王位継承権を持つ王子様の黒賊になっていいんだろうか?
応接の間に近づいていくごとにまた気分が悪くなっていくような気がする。ダンさんが面倒を見てくれるとは言ったけどある程度黒賊にだって「素質」というものが絡んでくることは察していた。
(どうしよう…来た時よりも未来が見えない気がする)
「…レイ着いたぞ。」
あぁ、もしかしたら転生早々に人生詰んだのかもしれない。
いや、黒い時点で終わりを迎えているようなものだけれど、それを差し置いても今自分がここに立っているのは誤ったことだとわかる。
容赦なく開けられる扉に私は目をつむって、ここに来たことを今さら後悔し始めていた。




