謁見ー2
湯船からそそくさと上がってみると脱衣場には真新しい服が用意されていた。
きっとキアラさんが用意してくれたのだろう。
新しい服は真っ白のワンピースで、貫頭衣のように頭からすっぽりと被るタイプのシンプルなものだ。
丈は膝丈、腰での切り替えもなく本当に1枚の布から切り出しただけのような簡易的なもの。
端処理はされているけれど着た感じは木綿に近く、ゴワッとした肌触りだった。
そのワンピースに袖を通して鏡の前に立ってみる。一層自分の黒髪がこの服によって際立っていてなんとも言えない気分になった。
この国、いや…この世界では「黒」は祝福されない。
私は日本人として、この黒髪は好きだった。
日本人の象徴とも言えるこの黒髪。
まさか自分の知らないところではどうしようもない悪で、意味嫌われてしまう証だとは思わなかった。
それに、この世界で生きていくにはどうやったってこの黒髪は目立ってしまう。
________私はおもむろにこの黒髪を切らねばならないそう思った。
生きていく覚悟を決めるためにも、前の世界との別離を決めるためにも…。
鏡ごしに銀色の見慣れない瞳を見つめる。
まるで自分ではないナニカに見える少女は無表情に私を見つめ返していた。
_________ここは脱衣場で洗面台。
鏡の下の戸棚を探れば予想通り、カミソリのようなものがあった。私が見慣れているカミソリよりも幾分か大振りで刃渡りは大きい。子供の手で扱いきれるか不安だが私は一思いに腰まである髪の毛を掴むとうなじの辺りから一気にカミソリの刃を引いた。
ザリザリッと耳元で大きな音がし、バラバラと黒髪が舞う。一度では切りきれず、指の隙間から髪が逃げて、床には無残な形で黒髪が散らばった。
一度では切り切れなかった髪を確実にカットする為、もう一度カミソリと髪を握り直した時、突然背後にあった脱衣場の扉が開いた。
「レイ、上がったかー??…っ!?!?!ってなにやってんだっ!!!!!お前ッッッ!!!」
「いっ!?」
驚いて思わずカミソリの刃を握ってしまう。
次の瞬間には私の手からカミソリは取り上げられていて、私の両手もまるごと頭上で拘束されていた。
一瞬のことすぎて何が何だかわからないが、目の前にあるフィーリさんの顔は今まで見た中で1番強張っていた。
右手にじんじんとした熱を感じだらだらと血が流れている…そんな気がする。
恐る恐る見上げてみるとフィーリさんに握られた手首、そこには私の手のひらから流れ落ちる赤い血が伝っていた。その血は私の手を握っているフィーリさんの手にも流れていく。
「…何、やってんだ。」
「髪を…切ってました。」
無表情のフィーリさんからはその感情は読み取れない。
何でそんなに怒っているのかもわからない。
でも何となくひんやりとした空気が辺りを包んでいることはわかった。もしかしたら若干の敵意、あるいは殺気のようなものがフィーリさんから漂っているのかもしれない。
しばらくフィーリさんと見つめあったまま私はどうしたらいいかわからず、何の色も見えないフィーリさんの瞳を見つめ返していた。
私は何も悪いことはしていない_____。
「…一体何の騒ぎ?ってレイ!?その怪我はどうしたの!?」
騒ぎを聞き付けたキアラさんがフィーリさんに拘束されていた両手をバッと振りほどいてくれる。
意外と簡単にほどけたフィーリさんの拘束から、私の手のひらを凝視して綺麗な顔を歪めた。
「結構深いわね…それにその髪、一体何が、…??」
「…邪魔だったからです。長いのと、その、__黒いのが…。」
「っ____…、そう…。」
深く息を吐いて、ゆっくりと瞬きをしたキアラさんは私の手のひらをそっとはなした。
彼女の手は優しく私の頭の上におかれる。
「あまり無茶をしないで…。私もフィーリも驚いてしまう。」
「はい。ごめんなさい…。」
髪が切りたかったのなら言いなさい。
キアラさんに諭されてから、申し訳なさが突然溢れてきて、うつむいていると上から冷静な声が落とされた。
だけどそこにはトゲはなく、柔らかい声色だ。
「髪を切り揃えなくちゃね。これでは王の御前に立てないもの。」
「…俺は包帯を持ってくるよ。治癒魔法でも使えたら一発なんだけどなー」
私から取り上げたカミソリを持ったままヒラヒラと手を振って脱衣場を後にしたフィーリさん。
先ほどのようなキンとはりつめた空気はなくなり、いつものような飄々とした彼に戻っていた。
そうして暫く私の手のひらはフィーリさんが、髪の毛をキアラさんが手入れしてくれて見るも無惨だった私の風貌は整えられた。
「_______…で?そうなったのか。」
「はい、時間がかかってしまい、すみませんでした。」
私の髪の毛は肩より上で切り揃えられ、前下がりになった。もとより腰まであった長い黒髪はみる影もない。
随分と首もとがスッキリして私個人としては割と気に入っている。
ジトっとした目でダンさんには見られようとも関係なかった。
頭が軽い!
手にきつく巻かれた包帯に目をやるとじんわりと赤色が滲んでいる。
今はもう痛みというよりかは切り傷特有の熱とうずきを感じるだけだ。
「はぁ…。」
「ご、ごめんなさい…。」
頭上でため息をつかれて思わずびくついてしまう。
ダンさんは私の頭を一撫ですると勿体ないなと呟いて目を細めた。
「??勿体ない、ですか?…黒くて目立つから切った方がいいかなって」
「そのうち切らなくてすむようになる。いや…する。」
「、?はい。」
切らなくて済む?それはどういうことだろう?
私は理解できないまま曖昧に頷くことしかできなかった。
そんな私を見てダンさんは薄く笑うと立ち上がった。
「朝から騒がしかったが、レイ…。時間、行くぞ。」
「!!」
王との謁見の時。
背中を向けて歩き始めてしまったダンさんの背中を慌てて追う。
私の新しい人生がついに始まろうとしている。
人殺しとしての運命が。
王様はダンさん曰く怖い人ではないようだから信じてついていこうと思う。
ダンさんが仕えると決めた王様だ。きっとこれまたすごい人物で貫録たっぷりの人に違いない。だってあのダンさんの上に立っている人だ…、ダンさんの上に立てる人…とは…。
緊張と不安が入り混じる中、恐る恐るダンさんの袖を握った。
袖の違和感に気づいたダンさんが握られた自分の袖を見つめて目を細める。
「……。」
「……。」
お互い見つめあって数秒。ダンさんは顎を引いてそのまま歩き出した。
袖をつかんで歩くことを許してくれたダンさんについて私も歩き出す。私の歩幅に合わせてゆっくりと歩いてくれるダンさんは本当に人殺しなのかと疑うほどに優しいと思う。
「レイ~頑張れよー?そんな硬くならなくてもレオニア様なら笑ってればどうにかなるからさー」
「くれぐれも王に失礼のないよいうにね。余計なことはしゃべらないのよ。」
「はい、行ってきます。」
キアラさんとフィーリさんにも見送られて居心地のよかった黒賊の部屋を出る。
さびれた古い扉がゆっくりと背後で閉まり、薄暗い廊下にダンさんと二人で立った。
「レイ、マントを羽織れ」
ダンさんに言われ、すっぽりと頭から足先まで覆うマントを被る。
私の目立ちすぎる目は仮面のようなもので隠されて、その上からさらに目元まで目深くフードを引く。これで完璧に私の黒髪と銀の目は見えなくなった。
王様がいるエレンデルと呼ばれる棟まではいろいろな場所を通って行かなければならない。
いわゆる王族の住まうエレンデルは中央棟、内政や外交、経済といった国を回すための部署が集結している中心部でそれらを囲むように、軍部、財部、魔法部、貴族院、文部、その他たくさんの棟があるんだそうだ。
今私たちがいるのは名前も付けられていない無名の棟。一時は監獄としても使用されていたこともあるようで、エレンデルからは一番遠く、さびれた場所にある。
ダンさんたちが使っていた部屋は当時の看守部屋にあたる部屋らしく、それを聞いて内装の簡素さに納得した。この監獄に収容されていた人は王家を狙った暗殺者や、敵対している王族の黒賊等、外の監獄には到底入れることなどできないような人々だったようで、勝利した黒賊が敗者の黒賊を見張り、拷問し、管理していた場所らしい。
曰くつき過ぎてくらくらする。
「どうした、寒いのか?」
「いえ…。ただ、すごいところだなぁ、と」
こんなところ現世だったら、いや、前世?だったら事故物件過ぎてニュース沙汰だ。夏の特番組まれるくらいだと思う。むしろニュースで収まるレベルを超えている。
ぞわぞわと鳥肌が立ってきたような気がして腕をさすっていたら、ダンさんに寒いと勘違いされたみたいだ。
でもたしかに、心なしか寒いような気もする…き、気がするだけ!!!
「エレンデルもっとはすごいぞ。王家のみが住まうことを許された場所だからな。」
「ほぉ…」
私の言葉の「すごい」を別の意味に捉えてしまったダンさんに苦笑いで相槌を返す。
そこからはダンさんがエレンデルとはいったいどういう場所で、何があるか、どういう人がいて何をしているか、事細かに話してくれた。
情報量が多すぎて半分以上頭に入ってこなかったけど、まぁ、結論…「王様のいるところで、すごい豪華なところ」と押さえておけば何ら問題はなさそう。
大人になったら覚えればいいや…。
「ここが無名棟と本棟を結ぶ渡り廊下だ。この先からは俺たちにとって敵国みたいなものだな」
「はい…。」
そう、ここから先は白亜の領域。
白亜が支配する棟が続く、黒賊にとって一番近寄りたくないところナンバーワンといえるだろう。
現にこの世界に来たばかりの私でさえ白亜には苦手意識どころか嫌悪感しか抱いていないのだから。
無意識に眉間にしわが寄っていく。体が敵地に対して強張って緊張して鼓動が速まっていた。
「ローランド城に入る前も言ったが時期馴れる。これがここで生きていくことの一番の障害と言ってもいいかもな。」
「…。」
無名棟と中央棟群を隔てる門を超える、両脇に控える衛兵も勿論白亜だ。
鋭い視線を受けながらダンさんと歩調を合わせてゆっくりと前に進む。横で小さな舌打ちが聞こえて思わずにらみ上げた。
息をのむような音が聞こえてしばらく睨みつけていると、ダンさんに歩くことを即され強制的に視線が外れた。
「教えてもないのにその殺気か…つくづく有望だなレイは。」
「??ありがとうございます?」
舌打ちされたからムカついて睨んだだけなんだけど…。
黒賊に必要な殺気が漏れていたなら…まぁ、上出来といえるのかな。
それにしても幼女に睨まれただけで腰を抜かしかけるなんて…所詮白亜…いや、白亜であってもなくても男として、衛兵としてどうなんだ?
情けなさすぎるだろう。
人事異動を勧めたい。
「有望なのはさておき、いちいち反応していたらキリがない。適当に流すこともここで生きていくことには重要だ。」
「…わかりました。善処します。」
子供のせいか人の感情や視線にやけに敏感になっている気がする。
その衛兵を越えてからは、それ以上に鋭い視線をエレンデルに向かうにつれて浴びるようになった。
ダンさんが通るということもそうなんだが、ダンさんについていく私により視線は集まる。
私の「色」が見えてこないからか猶更、探るような視線が向けられて、ざわざわとなんだか心もとない。
ふかふかなレッドカーペットに華やかな天井、壁、装飾をじっくりと見ていきたいのに…
視線を、頭を左右に振ることも困難だ。
誰かと目を合わせたらさっきみたいにチラリと敵意が顔を覗かしかねないから床を見て歩くしかないし…
なんて不便な。
前に進んでいると、私たちの横をありとあらゆる誰かが素通りする。
それはこのローランド城に勤める執事であったり、メイドであったり小間使いであったり、ときには貴族と思われるような恰幅のいい身なりの男女など…様々だが皆一様にダンさんを見ると恐怖でおののき息を詰めるか、嫌悪のまなざしを向けるか。
(本当にこんな人の中に…こんな人たちに囲まれている王様がいい人なのかな…)
迷いなくずんずんと進んでいくダンさんにちょこちょこと着いていくけど、先行きが不安すぎて気持ち悪くなってきた。
息が上がってきてなんだか吐き気もするような…
徐々に歩調がダンさんとずれていく、どうしようこのままじゃ…置いていかれちゃ…
「ん?レイ??…大丈夫か、どうした?」
「ダン…さん、気持ち、悪いです。」
「…ふむ。」
「ふぇっ!?」
気持ち悪いと思ってうずくまりかけた瞬間、体がふっと宙に浮いた。
気づけばダンさんが右腕で私を抱え上げていた。腕をお尻にひいて頭を肩に乗せるような形で安定感が半端ない…実はこの人お子さんとかいるんじゃないだろうか?ってくらい自然に抱き上げられて変な声が出てきてしまった。
っていうか!っていうか私成人済みだって…!!!!
恥ずかしさで頭にさらに血が上る。
「これは、その、…歩けるって言っても…無駄ですよね?」
「わかっているなら大人しくしていろ。」
「おぉ…。」
顔をダンさんの肩にうずめてやり過ごす。一層周囲の声がざわついて落ち着かない。そりゃそうだよね…王様の黒賊が子供抱き上げて颯爽と歩いているんだから…一大事件ものじゃないかな…。
王様の住むエレンデルに行くまでに私の心臓が持たなさそうだ。踏ん張ってもうちょっと歩くべきだったと後悔しながら、ぐらぐらする意識のままダンさんに連れられて後の道を進んだ。




